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中国の初等中等教育の発展と変革

第一章 基本概況

 13億人を超える巨大な人口を持つ中国では、初等中等教育に就学する児童・生徒数は約2億人に達する。この巨大な学齢人口に適切な教育を提供し、人材として育て上げることが、建国以来の政府の課題であり、初等中等教育の普及と質の向上という2段階の方法により達成されようとしている。

 本章は、中国の初等中等教育の体系を概観した後、教育政策を歴史的にみることで初等中等教育が発展してきた過程を描いている。教育体系をみると、初等中等教育で6・3・3制もしくは5・4・3制をとっており、日本と近似した体系になっていることがわかる。一方、政策面では、政府は1980年代以降、憲法や義務教育法を公布し、義務教育普及のための法的根拠を明確にしたと同時に、次々に義務教育の普及と非識字の解消のための政策やプロジェクトを実施した。そのため、2000年までに全国の85%の人口が居住する地域において義務教育の普及と青壮年(15~50歳)の非識字の解消が成され、初等中等教育は基本的に普及した。その後、政府は特に経済発展の遅れた中西部地域での義務教育の普及を積極的に推進した結果、2011年には9年制義務教育の全国的普及が成し遂げられた。普及の完成によって、初等中等教育の目標は質の向上に移行したが、同時期に起こった市場経済化による人口の流動化や産児制限による学齢人口の減少は新たな課題を生み出している。しかし、初等中等教育における就学率の国際比較を見ると、初等教育では純就学率はほぼ100%に到達しており、粗就学率は前期中等教育段階で92%、後期中等教育段階で62%と、諸外国と比較しても高い普及レベルにある。教員については、教員一人当たりに対する児童・生徒数は世界平均より少なく、年を追うごとに教員資格取得に必要な学歴を有する教員の割合が増加している状況から、教育の質の向上を見ることができる。2010年までに普及及び質の両面で、中国の教育は大幅な発展を成し遂げたといえるであろう。ただ、農村部でのインターネット整備の遅れや、大規模クラスが依然存在する状況から、教育資源の地域間格差が大きいことが見て取れる。そのため、2020年までの教育中長期計画では、初等中等教育の普及をより完全なものとし、質を向上させることで国内の教育格差を縮小し、全国民に公平な教育を提供することを目標としている。

新井 聡(文部科学省生涯学習政策局参事官付専門職)

第二章 教育行政

 中国の教育行政制度は、教育行政を総括する教育部を中心とした中央集権的体制とともに、各地方政府が現地の状況に合った教育を実施する分権制をとっている。

 教育行政は、国・省・地区・県の4つのレベルで行われており、国レベルでは国務院(内閣)を構成する1機関である教育部が、全国的な政策方針の決定等のマクロ的な管理を担っている。初等中等教育の運営・実施に責任を負っている地方政府は、省レベルでは域内の教育事業の立案や各種法令の制定等の管理を行っている。最も直接的に初等中等教育に関与する行政レベルは県であり、教育機関の設置や教員の任用等の実務的業務を行っている。また、教育行政系統以外にも、財務、国家の発展計画、厚生・労働等を担当する行政機関が教育行政を補助している。その他、教育行政を監督・指導するための視学制度が全国に整備されている。このようなレベル別の管理に基づく行政体制は80年代からの教育事業の試行錯誤から形成されたものである。現行の県レベルを主体とする教育行政は2000年代の改革によって確立した。同体制は、当初財政面に課題を有していたが、2000年代後半の教育財政改革によってその財政基盤が強化され、初等中等教育行政の安定化が図られた。

 今後の初等中等教育行政は、これまでの教育管理体制改革を深化させ、平等で秩序ある教育を提供する基本公教育サービス体系を確立することを目指している。

新井 聡(文部科学省生涯学習政策局参事官付専門職)

第三章 教育財政

 教育財政は公財政支出教育費とそれ以外から成り立っており、経済及び財政基盤の発展とともに、2000年代以降どちらも急激に予算額を増加させている。特に公財政支出教育費は、政府が国内総生産に占める公財政支出教育費の割合を4%にするという目標を打ち出し、教育予算の確保に努めた。2012年には同目標が達成されており、この成果は義務教育の普及及び無償提供という2つの政策実施のための政府の力強い各種取組を反映したものである。

 財政状況の改善により2010年以降、義務教育経費がほぼ公財政でまかなわれる状況になったことから、2013年現在、教育財政の体制は整備されたといえる。この他、私立学校は、運営において児童・生徒からの納付金に頼っており、どの程度公的支援を行うのかは、今後の課題である。義務教育でない後期中等教育において授業料収入は重要な収入源であるが、2020年までの教育中長期計画では、公財政を主体とした体制に移行する方針が示されている。国による初等中等教育段階の就学・修学支援体制は就学前教育から後期中等教育までカバーしており、教育諸経費の無償化や生活補助等、広範囲な分野を対象としている。

新井 聡(文部科学省生涯学習政策局参事官付専門職)

第四章 教育課程改革

 教育の普及とともに質の向上を目指す政府は、1990年代から諸外国の教育課程を比較研究し、よりよい教育課程の開発を進めてきた。研究により、現行の課程は大量の学習内容を暗記させる硬直的なものであり、21世紀の社会・経済に対応した創造的能力を発達させるものではないという課題が明らかとなった。

 教育部は、90年代末から課題解決のための専門家チームを形成し、課程開発のための研究を行った。2001年にその成果は新たな教育課程基準の試行案としてまとまり、全国の実験地域で試験的に導入された。同案の特徴は、児童・生徒一人ひとりの全面的な発達を推進する「資質教育」を目指しており、知識だけでなく、生活や経験と結びついた技能や道徳観を伸長させる内容となっている。そのため、日本の「総合的な学習の時間」に相当する「総合実践活動」や情報教育、道徳教育に重点がおかれた。教育課程基準の内容の変更は、児童・生徒の評価や教員研修の方法の転換を迫り、各地で行われた試験的導入の中で新たな方法は定着していった。同時期、後期中等教育における新たな課程基準作りも行われ、生徒の全面的で個性的な発達を目的とした課程が徐々に全国に広まっていった。

 2000年代後半から行われた新課程基準の導入を評価する調査では、同基準は、既存の教育課程の課題をある程度克服し、教員の価値観や教育方法を転換させる効果があったと積極的に評価しているが、国内の教育学術界では効果について論争が続いている。新課程基準の導入が計画・実施された時期と同期間に発刊された教育専門の雑誌や新聞の報道では、導入にあたって教育現場や教育界の試行錯誤が現れており、課程改革の困難さを示している。

新井 聡(文部科学省生涯学習政策局参事官付専門職)

第五章 入試・評価制度

 教育資源の整備と教育の普及を同時に進めていた1990年代には、多くの進学者を抑制するため、入学者選抜が必要とされ、筆記試験による方式が主流であった。さらに、教育資源と予算が不十分であった当時は、学校をランク付けし、進学率等で優秀な実績を上げる学校に対して優先的に教育資源が割り振られる「重点校」政策が行われ、より整備された学校を目指す受験者によって受験競争に拍車がかかった。しかし、義務教育が基本的に普及した2000年代以降は、平等な教育機会の提供と受験競争の鎮静化を目指し、入学者選抜改革が模索されている。

 後期中等教育への入学者選抜では、試験だけでなく、総合資質評価と学力測定に依拠する方法がとられ、高等教育への入学者選抜では、各大学による自主的な入学者選抜が試みられている。前者は、2000年代後半から各地方で実験的に実施されており、一定の成果を上げている地域があるものの、新たな方法が本当に受験競争を鎮め、一人ひとりに公平で適切な教育機会を提供できるようになるのか、現在も検討中である。後者については、国内トップレベルのいくつかの国立大学が2000年代から導入しており、自らの理念に合い、統一的な試験では選抜できないような能力のある学生を選ぶ目的で面接、推薦等を実施し、その結果を従来の全国統一入学試験に加点する形で取り入れている。2010年以降は各大学が連携して行う自主的な募集が開始されており、全国統一入学試験とは異なる進学ルートを形成しつつある。

 この入試改革と歩調を合わせて、初等中等教育機関では、児童・生徒の総合的な資質を評価する取組が導入され、教育評価の多様性が模索されているが、評価結果の妥当性や従来の大学入学者選抜試験との連携等で解決すべき課題も多く、各大学における自主的な選抜が、総合的な資質の評価を代替している状況である。

新井 聡(文部科学省生涯学習政策局参事官付専門職)

第六章 教員管理制度

 教育規模の拡大を図っていた時期は、教員を各教育機関に配置することが第1の目標であったが、教育が一定程度普及し、質の向上が求められるようになると、従来の教員養成・管理制度では対応できなくなった。そのため、2000年代以降、教員の養成・管理の制度改革が急速に進行した。まず、教員の質を高めるため、後期中等教育機関が担っていた初等教育の教員養成を高等教育段階に引き上げるなど、養成機関の高学歴化が実施され、教員の学歴水準を向上させた。また、教員養成カリキュラムの刷新、教育学修士取得に向けたカリキュラムの設置、教育実習の教科等、養成方法の充実化が進み、在職者研修に関しても5年ごとの研修実施や研修機関の設立等の体制が整備された。資格制度において各教育段階ごとに教員の役割・知識・専門性を規定する各種基準の制定や教員資格の更新制度が確立した。任用に関しては、教員定員基準を重視し、公募方法や契約任期制、職階制度が定められた。さらに長年にわたる課題である都市と農村、地域間・地域内の教育格差を解消するため、教員の異動に関する様々な方式が実施されている。教員の養成・管理制度は、初等中等教育の発展とともに制度が改革され、教育全体の質向上をはかれるような体制を形成している。

新井 聡(文部科学省生涯学習政策局参事官付専門職)

第七章 初等中等教育が直面する主な問題と改革の趨勢

 本章では、ここ数年来の中国初等中等普通教育の直面する課題を義務教育段階と高校段階に分けて総体として整理し、改革プランがどのように提示され進められているか、主として「中国国家中長期教育改革・発展計画綱要」に即して論じられる。

 それによれば、義務教育段階に存在する主要問題は、(1)地域間、都市農村間の格差、(2)農村義務の学校配置の非合理性、(3)大中都市にみられる学校選択問題、(4)流動人口子女の教育条件改善の必要性、(5)教育改革の核心の「資質教育」の推進上の困難、である。長年義務教育の均衡発展に全面的に取り組んできた中国では、2006年の義務教育法改訂以来一定の成果を収めたものの、2010年現在、どの指標をとっても格差は依然として存在する。経済格差を背景とした都市への人口流動によって農村部が過疎化したため義務教育施設も統廃合問題に直面、それに伴う諸矛盾が生じる一方、都市部ではニーズを満たす質の高い教育不足から学校選択問題がエスカレートしている。周知のように総人口の16%以上にのぼる流動人口の子女の教育問題は2000年代の中国を揺るがす一大社会問題であり、親とともに都市部に移住した子女の教育は、近年法的措置がとられたこともあって義務教育段階では改善されつつあるが、移住先または地元での後期中等教育への進学問題が依然として残る。また、子女が農村に残留した場合の、いわゆる留守児童の発達と教育の保障問題も深刻である。

 高校教育の場合にも、教育費・学校の施設設備等条件の地域間、都市農村間格差が依然として存在し、普通高校の改革モデルとして「進学高校・総合高校・就業教育優先高校・特性化高校」の4類型の創出がめざされてきたにもかかわらず、財源や人的資源の不足する地域では人材育成モデルの画一化が打破されていないなどの問題がある。

 これらの諸問題を踏まえて「計画綱要」では、義務教育の均衡発展の目標数値を明確化し、辺境や貧困地域に重点を置く政策を採用したほか、義務教育機関の標準化推進のモデル地域も特定、困難地域での教員不足の解消策としては教員優遇や都市と農村の教員人事交流制度が打ち出された。さらにこれまでと異なるのは格差縮小のための中央財源50億元を投入した諸プロジェクトも始動し、保障メカニズムも法的・財政的・モニタリングの諸面で整備されている点であることが論及される。同様に、農村の学校配置の合理化については「計画綱要」にのっとり2012年にとられた規範化措置を紹介する。さらに、学校選択問題の解決に関しては、法外な費用徴収問題への規制強化のほか、選択行為をそもそも不要にするような学校改善・教員異動制度の確立、良質な教育資源共有、私学教育の健全な発展等の諸策について述べられる。流動人口子女の教育改善に関してもこれまでに講じられた一連の措置のポイントを、子女が農村から都市部に出た場合、農村に残った場合の双方に関して明確にする。

 高校の多様化政策については「計画綱要」に即して施策が解説され、初等中等教育全体に関わる資質教育・教育の質向上のさらなる推進に関しても、国家基準の導入、質評価制度や課程・教材・教育方法の改善、学習負担軽減、徳育優先、児童生徒の実践能力・イノベーション能力の育成、全面発達と健やかな成長の促進、の諸方面から、改革のポイントと動向について解説される。

一見 真理子(国立教育政策研究所総括研究官)

第八章 理科教育とイノベーション人材の育成

 科学技術の持続的な発展と国際競争に伴い人材に対する需要も切迫しており、理科教育とイノベーション人材の育成は各国が注目する重要問題の一つとなった。理科教育の発展趨勢から見ると、現在の理科教育はすでに技術の応用と人文的精神が融合しており、統合化・人文化の趨勢を見せている。

 中国の初等中等段階における理科教育は、今世紀初めの教育課程改革後、新たな特徴を持つようになった。中国は理科教育を発展させる一方、イノベーション人材を多く育成し、国際競争において強固な足場を築くため、初等中等教育段階におけるイノベーション人材育成のメカニズムとモデルも絶えず模索している。

 本章では、中国の初等中等段階における理科教育(理科教育の総合化と人文化、義務教育と高校での理科教育の課程基準の特色と動向)とイノベーション人材育成の発展概況(イノベーション人材の定義と特徴、中国におけるイノベーション人材育成の歩みと教訓、国家中長期教育改革・発展計画綱要が提出したイノベーション人材育成策とそれを受けた北京市はじめ6省市における先行的な実験)について紹介するほか、中国の初等中等教育段階に大きな影響を及ぼしている「翺翔計画」(こうしょうけいかく:翺翔とは大鷲が天空を飛翔すること)について重点的に解説する。

 翺翔計画とは、北京市が実施する高校段階(高大連携型)でのイノベーション人材育成策で、自薦他薦と選考を経た十分な資質を持つ生徒を対象とする。参加校(一般高校)・拠点校(参加校と大学等を繋ぐことのできるセンター的高校)・大学等研究機関の3機関が関わる管理メカニズムをとり、それぞれの教員が生徒一人ひとりに指導者として関わり、基礎カリキュラム・過渡的カリキュラム・体験カリキュラムを担う。このうち過渡的カリキュラムは各人の特質とニーズに合わせて組まれる育成プランのことでこの部分の開発が要となっている。生徒たちは本格的な科学研究者のもとで育つチャンスを与えられ、自らの課題に取り組むが、発達段階にふさわしい結果よりもプロセスを重視する評価と成果の公表が行われる。こうした育成モデルはさまざまな好影響を教育現場と業界にもたらしており、各界の注目を集め、参加校が広がっている。

一見 真理子(国立教育政策研究所総括研究官)

第九章 流動人口子女の教育

 80年代半ば以降の中国では、教育改革の主要目標を義務教育の全国的普及と青壮年の非識字の解消(万人のための教育)に求め、それらを次第に量から質へと向上させる資質教育の全面推進へと転換させてきた。その途上で直面せざるを得なかった最も深刻な社会問題が都市と農村の経済格差に起因する流動人口の子女の教育権保障問題である。21世紀に入り「教育公平」が声高に叫ばれる状況は、急成長する都市部と過疎化する農村部の双方で顕著となり、政策的な優先課題としてようやく取り組まれている。第9章では、この流動人口子女の教育問題について、現状と課題への対応について概説される。

 第一節で扱われるのは、親とともに都市に流出した、2010年現在全国で3,500万人にも上る義務教育段階の子女(「移住子女」)たちの教育問題である。移住子女たちは、中国の戸籍制度上が出生地主義をとるための制約(農村戸籍所有者が都市部に出た際の教育等のサービスに公的財源保障のないこと)、流出先政府の財源不足と認識・対応の遅れにより公立学校からは多大な教育費を徴収され、一方手の届く民間の民工子弟学校は無認可のまま質保証がないなど、如何に不利な立場にあったかが論じられる。中央政府はこれに対して2003年以降、政策措置をとり、2006年の義務教育法の改正により移住子女の義務教育は現地政府が責任を持つことが明確化された。またその後も、移住子女が公平かつ無償の義務教育を受けられるよう段階的に問題解決をはかる方針が2008年~2010年に打ち出されている(全国人民代表大会政府活動報告、国家中長期教育改革と発展計画綱要)。しかしながら戸籍制度改革には困難が伴い、解決の待たれる問題は多い。本稿ではそうした中での移住子女の就学保障メカニズムについて、財源拡大と再分配システムの確立、その実施を支える管理制度・モニタリング制度の実施、民間セクターからの各種のサポートに至るまで、13項目にわたって整理している。

 第二節では、親の都市部への移住により農村に残された子女(留守児童)の教育問題を扱う。この問題は、声なき農村部で静かに進行していたが、留守児童の殺傷事件というセンセーショナルな形で、移住子女の問題よりも数年の時差をもって社会問題化した。中国農村部の留守児童は5,800万人存在し、そのうち義務教育学齢期の児童は3,000万人余りを数える(2008年)。必要な時期に家庭、とくに親からの十分なケアと愛情を得られないこうした児童少年は、当然ながら発達上・安全上のリスクを抱え、これらを放置することは教育公平の原則にももとり、新たな社会不安の温床となりかねない。本稿では、すでに実施され効果の確認された問題解決のためのモデル事例(例えば重慶市における学校を拠点とした包括的な教育モデル、代理保護者モデル、寄宿制学校モデル、家庭的保育サービスモデル、親との連絡モデルなど)を紹介し、そうした実践を可能とする、教育行政部門・学校・社会全体の責任分担や協力体制の在り方についても論じている。

一見 真理子(国立教育政策研究所総括研究官)

第十章 初等中等教育段階の校外補習教育

 本稿における校外補習教育とは、学校での正規の教育に付随して生じるもので、各家庭が費用を負担して子女の放課後または休日に受けさせるインフォーマルな教育をいう。それゆえに、正規教育の「影」(shadow)とも呼ばれている。表面的に見れば、校外補習教育は、家庭が自費で行う児童生徒の規定外の学習にすぎない。このため、中国の教育界のこの問題に対する研究は比較的単純なものにとどまってきたという。すなわち、既存の研究は、ほとんど補習のコストや児童・生徒の学習負担の問題に集中している。これに応じた政策的対応も、補習機関に規制を加えること、学習負担を軽減すること、補習機関の役割を学校が代替して保護者の経済的負担を減らし政府の監督もしやすくするなど、比較的直接的なものが多い。しかしながら、よりマクロな社会的背景の下で校外補習教育の現象を見なおすと、児童生徒の校外補習という単純な現象の背後に、複雑な政策問題が含まれていることがわかる。

 補習教育はすでに巨大産業として世界的に発展している。「影」であるはずのこの体系は、数万の雇用を生み、多大な負担を家庭にかけて消費構造に影響し、教員と児童生徒の大量の時間を占有している。ユネスコ国際教育計画研究所(IIEP)のMark Bray 所長によると、韓国の保護者が補習教育に費す金額は政府の教育総投資額の1.5倍に達するという2。補習教育はさらに教育政策の盲点を露呈している。教育政策は一般的に、教育機関を対象としたもので、教育部門の既存の系統を通じて実施される。授業料徴収の規範化にせよ課程改革にせよ、技術的な難度はあれ、本気で推進すれば、実施は可能であり、政策手段を見出すことができる。だが家庭の教育行為の調整は、政策手段を取っても効果に限界がある。保護者に対するキャンペーンによって期待する選択を促すのがせいぜいで、政策手段をいかに行使すべきかが不明確である。それどころか、家庭の教育行為は世論を形成し、政策の方向性を決定付ける力すら持っている。児童・生徒の校外補習教育に関するあらゆる政策は、政府と補習市場、政府と個人の選択とに関わる。これらは、中国の各レベルの行政部門が最も苦手とする分野である。

 本章の執筆者によれば、それゆえに中国では現在、初等中等教育段階の校外補習に関する政策は存在しない。そこで、ここでは今後の補習政策の基礎となるべき情報提供のみが行われる。第一節では、校外補習に関する近年の報道と調査資料を分析して現状が描出される。第二節では、国際的な分類基準によって校外補習教育の分類が試みられ、現象は同じでも家庭によって補習の選択目的が異なることが説明される。第三節では、前述の補修の異なった選択目的に応じて、家庭への関与戦略が提案される。第四節では、中国と諸外国の校外補習教育の国際比較を行い、今後の校外補習教育政策への基礎的情報の充実がはかられる。

一見 真理子(国立教育政策研究所総括研究官)

第十一章 中等職業教育の発展段階と改革動向

中国の中等職業教育をとらえることの意義

 中国の教育をたとえるのに「二本足で歩く」と表現されてきた。それは学校教育と成人教育を指す場合と、さらにそれぞれの体系の中での普通教育と職業教育を指す場合とがある。さらに近年では、学校教育体系における公立学校と民営学校をいう場合もある。

 「二本足」という表現に示されるように、そこには、このどちらが欠けても教育体系としては不十分であり、双方の均衡のとれた発展こそが、教育は国家の制度としてその役割を十分に果たすことができるとの認識があった。最近、これがあまりいわれなくなったのは、「改革と開放」後、とくに1985年に中国共産党中央委員会「教育体制改革に関する決定」が公布され、学校教育体系の整備が宣言されてから、中国の教育事業の中で学校教育がきわめて急激な発展を遂げたこと、そしてその背景に急速な経済発展があり、それがいわゆる正規の教育制度つまり学校体系の整備を求めたことが深くかかわっている。

 上記「決定」の枠組みは、9年制義務教育の段階的普及、中等教育の普通科に偏った構造から普通科・職業科のバランスのとれた発展への組み換え、高等教育の学科構成の社会の需要に応じた改編であり、国家主導で学校教育体系を整備することであった。この学校教育体系整備と1992年の鄧小平南巡講話以降の急激な経済発展とが相俟って形成されたのが、民衆の学歴需要の高まりである。社会は「学歴社会」と化し、それがさらに一人っ子政策とも重なることで、親が我が子の出世を願う「望子成龍」「望女成鳳」の感情が学校を進学競争の場へと変えることとなった。この間、わずか10数年である。

 しかし、中国の教育は学校教育のみで構成されているわけではなく、また学校教育は普通科のみであるわけでもない。むしろ政府は、民衆の激烈な進学圧力を緩和する一方で、国家の経済発展と社会の安定に資する中堅人材の育成を重視し、職業教育の拡充を推し進めてきた。今日、全国的に見て、中等教育における普通科・職業科の学生比率はほぼ5対5であり、高等教育においても6対4である。しかも職業教育は、80年代まではほぼ成人教育の中の在職訓練に特化されており、職業系の学校はあっても、十分な整備はなされてこなかった。それが、とくに90年代初頭には、成人教育から独立して独自の教育領域として確立され、学校教育の中に組み込まれることで、中等・高等教育の重要な一部分として、いわば実践的な専門職業人を育成する学校体系として整備されてきたのである。

 中国の教育を考察するとき、普通学校のみをとらえていては不十分であり、職業教育の変遷と現状をとらえることで、本来の意味で、中国の教育事業の発展と特質、そして今日の学校教育の抱える課題を分析する視点を得ることができる。今回、本報告書に、中等職業教育に関する論文を加えることとなったのは、中等教育が学校体系にあって、9年制義務教育つまり普及から高等教育つまり向上への狭間のボトルネックとなっており、さらに職業教育が民衆の人生選択の欲望と国家の発展の要請との間の矛盾を体現するものとなっているからである。

 職業教育は、「職業」に繋がる「教育」の一類型であり、一般的に、ある特定の職業に従事する職業人を養成する教育(訓練)活動をさす。比較職業教育論によれば、職業教育制度における普通教育と職業教育の関係はその国の教育制度の発展段階・構造や職業教育概念の意味合い、労働市場との関係でみた職業準備性の程度に依存し、国ごとに異なる 。職業教育の理念と制度は、その国の産業経済の歴史発展や教育制度のありよう、また中等教育制度の性質や労働市場との関係性に規定される。それは職業教育の手段的(経済・社会的)価値と目的(人間形成)価値の二つに区別される2。職業教育には、(1)個人の発達過程に則した知識、スキルの教育、(2)科学と技術の進展や企業社会、経済成長の原理に従う内容の教育という二つの側面を持つ活動が含まれているとも読み取れる。

 改革開放後の中国の中等職業教育は社会的経済的変動、企業制度の変革、教育の普及など経済的と教育的要因に影響され、また経済発展の需要と民衆の教育ニーズに対応してきた。そこで改革開放後の中等職業教育の発展は経済発展、また人間形成にとって一体如何なる役割を果たし、そのあり方は如何なるものであったのだろうか。

 改革開放後、市場主義への移行により、中等職業教育は高校教育の一部として、工業化を推進する労働力を養成するため、社会的に重要視され、学校体系に位置づけられることとなった。今日では、職業教育は普通教育とともに学校体系を構成する重要な制度として形成されている。それは主に義務教育終了後の中等職業教育段階において整備されている。中等職業教育に対する思惑は、政府側が経済発展に必要とされる技能労働者の養成を重視する一方、個人は高校段階の職業教育を利用しつつさらに社会的地位と経済的利益を得ることを目指してきたようである。市場経済への移行が進む中で、職業教育に係わる各主体(行政、業界・企業、個人を含む)がそれぞれ求めている利益は一致するものもあれば、一致していないものもある。

 本章では、20世紀80年代以降市場体制への移行に伴って進展してきた中国の中等職業教育のあり方について、まず改革開放以来の発展段階を遡って整理する。その上で、中等職業教育の整備に係わる行政管理体制、財政体制、学校専門構造と教育課程、教員の養成と研修などの発展課題を政策動向と実践的成果を踏まえて検討する。最後に、中等職業学校卒業生の就職状況を取り上げ、その有効性を検証する。

牧野篤(東京大学大学院教育学研究科 教授)

第十二章 初等中等教育の国際化

 世界経済の一体化が加速し、新たな科学技術革命と産業革命が進むに伴い、教育による人材育成競争は国際競争の最前線となり、それも高等教育段階から初等中等教育を含む各レベル・グループの人材育成競争へと拡大している。教育の国際化は、全世界でもはや必然的な趨勢となっている。中国の「国家中長期教育改革と発展計画綱要(2010-2020年)」では、「開放を通じた改革・発展の促進を堅持する。レベルと分野を超えた教育交流と協力を実施し、中国の教育国際化の水準を向上させる」ことが提起された。30年あまりにわたる教育の対外開放の実践により、初等中等教育段階の国際化は、教育の国際化を構成する一部分であることが証明され、今や中国の教育国際化プロセスにおける重要な選択肢の1つとなっている。すなわち、中国の発展地域の初等中等教育段階における、国際化の規模と地域分布は次第に拡大し、注目と関心を集めるようになっているのである。

本章執筆者によれば、中国が推進する主な初等中等教育の国際化には、以下の4つの種類がある。

  1. 交換留学生の派遣と受け入れ、教員・学校管理者による国際的な相互訪問、教員・児童・生徒による交流と教育プロジェクト協力を進めること。
  2. 初等中等教育をめぐる国際協力・交流を実施し、教育理念を絶えず向上・最適化すること。
  3. 国外の良質な教育資源を導入し、初等中等教育の国際競争力を効果的に向上させること。
  4. 早期グローバル化人材育成のためのプラットフォームを構築し、初等中等教育資源を拡大・増加し、国際化された良質な教育へのニーズを満たし、中国の伝統文化が世界に与える影響を絶えず拡大すること。

 以下では、上記の国際化の諸局面から、第一節で、初等中等教育段階の留学の動向と課題をとりあげ、第二節では学校経営における国内外の協力(中外合作)として、学校運営における外資導入、教育課程の国際化(国際課程、ダブルディグリープログラム)、国際学校(外国籍子女のための学校)の動向を紹介する。また第三節では、国際交流・交流に関して、国際理解教育の実施、国外との姉妹校提携、教員の海外訪問研修と児童生徒の短期遊学、外国籍教員の初等中等学校への招聘の各動向をとりあげる。結びの第四節では、以上の国際化の問題点として主に中外合作の学校運営や国際プログラム、留学斡旋、それぞれの規範化問題、異文化接触における自国の伝統文化保持について論じられる。

一見 真理子(国立教育政策研究所総括研究官)

補節  現代中国における英語教育

―小学校英語教育の現場から―

 中国ではグローバリゼーションの大きな潮流に呼応する形で、小学校 3 年生からの英語教育が、2001年段階で必修化されている。中国の小学校における英語必修化の動きは、文革後に展開された改革開放政策の総決算としての2001年の WTOへの加盟、さらに同年に2008年の北京オリンピック開催が決定したことと軌を一にしている。そして2001年の「全日制義務教育英語課程標準」の実施によって、英語教育は小3から正式にカリキュラムに組み込まれることになった。

 中国における外国語学習は、政治状況や国際関係を鮮明に反映するものである。たとえば、中華人民共和国建国直後から50年代にかけてはロシア語が、また日中国交回復から文革終了後にかけては日本語学習が、積極的に取り組まれてきた。さらに、2000年代以降は WTO 加盟、そして北京にオリンピック開催に向けて、小学校において英語学習が全国的に推進されている。本稿では、グローバル化の中で、超大国に向けて歩み始めた中国が、どのように国家戦略として初等教育段階で英語教育に取り組んでいるのかについて、初歩的な考察を加えることを課題として設定する。

 具体的には、第1に、英語教育必修化の動向を検討した上で、中国における英語熱について紹介していく。

 第2に、小学校の英語教科書を分析していく。中国では、地域の経済発展や教育状況が異なるため、地域ごとに採用される英語教科書は一様ではない。ここでは、北京における教科書を取り上げていきたい。

 第3に、小学校の英語授業における参与観察に基づきながら、英語教育が、どのような手法によって行われているのかを論じていく。

 本稿で用いるデータは、中国でのフィールドワークで収集した資料に依拠している。主な調査は、上海(2005年)、遼寧・大連(2010年)、吉林省朝鮮族地域(2011年)であり、現地小学校での参与観察及び担当教諭への半構造化インタビューに基づいている。

新保 敦子(早稲田大学教育・総合科学学術院教授)

第十三章 変革の中の中国初等中等教育

―日中比較の視点から―

 1978年の改革開放政策開始から30年余りを経て、中国の経済・社会は大きな発展を遂げた。経済体制の改革を通じた社会の巨大な変革が実現し、伝統的な農業社会は近代的な工業社会に転換を始め、知識経済・情報時代の到来を迎えている。改革開放以来の国家の一連の新政策実施は、中国を飛躍的に発展させ、初等中等教育にも大きな発展がもたらされた。義務教育の普及率や進学率、高校教育への進学率は以前に比して非常に高い水準に達した。とりわけ21世紀に入って以降、経済社会の発展は急速に成長期し、国内総生産(GDP)は2006年から2011年までに21兆元から47兆元以上にまで拡大し、年間平均成長率10%以上が維持された。国民収入や消費水準、貿易額なども大幅に成長し。外貨準備総額は1兆663億ドルから3兆1,811億ドルに拡大し、貿易総額は1兆7,605億ドルから3兆6,421 億ドルに拡大した。農村住民の一人当たりの平均純収入は3,587元から6,977元となり、都市住民の一人当たりの可処分収入は1万1,759元から2万1,810元となった1。以上のように中国は、世界第2位の経済体として確実に存在感を増している。こうした情況は、初等中等教育の発展の堅固な土台となったことは言うまでもない。例えば、初等中等教育における最も代表的な成果として全国2,856県(市、区)の義務教育の人口カバー率が2011年末に100%を実現したことが挙げられる。小学校の学齢児童の純就学率は99.79%に達し、中学生の粗就学率は100.1%、9年制義務教育の修了率は91.5%となり、高校粗就学率も84.0%に達した2。こうして国民の教育権が基本的に保障されると同時に、中国が初めて参加した「生徒の学習到達度調査(PISA)」では上海市の生徒が3科目で世界首位の成績を収め、各国の注目と関心を呼んだ。以上は、中国の初等中等教育が量と質とにおいて高水準に達し、量の発展から質の向上を追求する段階に入ったことを示している。

 だが現実には、複雑な国内状況や中国固有の特殊な教育発展の歴史、さらに社会の急激な発展による一連の新たな問題(都市農村間や地域間の経済発展の不均衡、教育法制の未整備、教育管理体制の不統一、一人っ子や流動人口の家庭教育問題など)を抱える中国において、教育普及を高レベルに保ちその質の広範囲な向上を達成するためには、歴史的に残されてきた一連の問題や社会の激動による矛盾を解決しなければならない。これは極めて困難な事業である。言い換えれば、中国初等中等教育事業の発展と改革の新段階においては、普及や資源配分、財源確保などの基本的問題を解決すると同時に、教育の公平性や均衡発展、質の向上、資質教育の実施、生徒の負担軽減などの問題にも取り組まなければならない。このためには、中央政府と地方政府はさらに高い実行能力を持たなければならず、民間セクターのさらに積極的な参加も必要となる。

 以下最終章では、執筆者の以上のような問題関心に基づき、19世紀末からの教育近代化のプロセスで多くの共通の問題に直面した日本のケースともマクロ比較を試みつつ、考察が進められる。

一見 真理子(国立教育政策研究所総括研究官)


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