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第103回CRCC研究会「高い被引用回数の論文を著した研究者に関する調査―中国の研究者を一例として―」(2017年4月7日開催)

「高い被引用回数の論文を著した研究者に関する調査
―中国の研究者を一例として―」

開催日時:2017年4月7日(金)15:00~17:00

言  語:日本語

会  場:科学技術振興機構(JST)東京本部別館1Fホール

講  師:
林  幸秀 国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター上席フェロー
樋口 壮人 国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センターフェロー
高い被引用回数の論文を著した 研究者に関する調査報告~中国の研究者を一例として~
PDFファイル 1.21MB )
周  少丹 国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センターフェロー
中国の科学技術の進展及び 報告書を受けての日本への示唆」( PDFファイル 0.99MB )

講演詳報:「 第103回CRCC研究会講演詳報」( PDFファイル 6.30MB )

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被引用回数だけで論文の質評価は疑問

中国総合研究交流センター 小岩井忠道

  急激に増えている中国の論文を対象に被引用回数と科学技術力の関係を調査した科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)の林幸秀上席フェローらが4月7日、J ST中国総合研究交流センター主催の研究会で調査結果を報告した。

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林幸秀研究開発戦略センター(CRDS)上席フェロー

 研究会では林氏に加え、「高い被引用回数の論文を著した研究者に関する調査報告書~中国の研究者を一例として~」と題するこの調査報告書を林氏、寺岡伸章氏とともにまとめた樋口壮人フェロー、周 少丹フェローが、それぞれ中国の現状を日本との比較もまじえて詳しく紹介した。調査の基礎データとなったのは国際情報サービス企業トムソン・ロイター社のIP&Science部門( 現クラリベイトアナリティクス社」)が、公表している「Highly Cited Researchers 2015」。2003年から2013年の11年間を対象として、2 1に分けた研究分野で被引用回数が上位1%に入る科学論文を毎年特定し、それらの論文の著者の中から約3,000人を選んでいる。

 この中に中国大陸の研究者として特定できた研究者は115人に上っていた。これに対し日本の研究者の数は79人とだいぶ少ない。さらにこの79人の専門をみると植物・動物学28人、免 疫学18人とこの2分野だけで6割近くを占めている。中国大陸の115人の専門は材料科学32人、化学32人、工学27人、数学13人、地球科学7人、物理学6人という具合に日本のような極端な偏りはない。中 国大陸研究者が多い分野で日本の研究者の数をみると、化学5人、物理学5人、材料科学4人、工学4人と物理学以外は軒並み見劣る。人数だけでなく、専門分野のバランスからみても日本の方が劣勢という観は否めない。

 では、これが日中の研究力の違いを本当に反映しているのだろうか。林氏たちがもう一つ参考にしたのが、ノーベル賞やガードナー賞など著名な34の国際賞の受賞者数だ。日本人は、ノ ーベル医学生理学賞を受賞した山中伸弥京都大学教授をはじめ4人いる。対象の賞を国際学会賞などに範囲を広げた結果でも、日本の31人に対し、中国大陸の研究者は7人と劣勢は明らかだ。ノ ーベル賞受賞者の発表直前に公表し、ノーベル賞受賞者を予測する有力な資料とみられているトムソン・ロイター社の引用栄誉賞(2002年から毎年公表。現在はクラリベイト・アナリティクス社が引き継ぐ)でも、日 本は79人中7人がこれまで受賞しているのに対し、115人の中国大陸の研究者に受賞者は1人もいない。

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樋口壮人研究開発戦略センター(CRDS)フェロー

 こうしたデータを挙げて、樋口氏は、「中国単独の科学技術力を経年的に分析する場合には、被引用回数は有力なツールと考えられる」とする一方、「中国を含めた国別の科学技術力の比較に際し、被 引用回数の多さを過大視することは避けるべきである」としている。また、氏は次のような中国特有の事情を指摘した。中国経済の急拡大に伴い、研究資金や人材が大幅に増加した結果、論文数が増えたことに加え、研 究者数が多いため、科学的観点からじっくりと評価するより、論文数という数量での評価が中心となっている。このため、「短期間に多くの成果が出るテーマで論文を多く書く」ことや「先駆者が切り開いた分野で、条 件を変えたり、手法を少し変えたりする研究を行って論文を多く書く」といった傾向がある。

 引用回数が多いことについては、ホットな分野に非常に多くの研究者が集中し、多くの研究者が多くの論文を書き、それを相互に引用し合うため、被引用回数が増える」ことや、「 中国の研究者はコミュニティ作りがうまく、仲間内での結束が固いため、仲間同士での引用が非常に多い」といった要因も、樋口氏は付け加えている。

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周少丹研究開発戦略センター(CRDS)フェロー

 一方、周少丹フェローは、今回の調査報告書から浮き彫りになった日本の研究力に関する実情と課題を次のように指摘した。科学論文数や被引用回数での国際順位は低下している。これは、科 学論文の作成能力が徐々に劣化していることと、被引用回数を稼ぐ論文が書けなくなっていることの現れ。さらに、中国に比べ、トップレベルの研究者が高齢化している。

 確かに周氏が示した「Highly Cited Researchers 2015」に選ばれた中国大陸の研究者115人と、日本の研究者75人の年齢比較から、日 本の研究者に若手が少ないことは明らかだ。30~49歳の研究者の占める割合は、中国の約50%に対し、日本は約33%にとどまる。40歳未満になると5人(約7%)しかいなく、このうち35歳未満はゼロだ。逆 に60歳以上は27人(36%)だ。40歳未満が22人(約19%、うち35歳未満3人)で、60歳以上が16人(約14%)の中国との違いは相当、大きい。

 周氏は、日本のノーベル賞学者が若いころ海外に出て知的刺激や異文化を経験し、人的ネットワークを形成したのに比べると、現在は日本人の留学生が減少し、国 際共著論文数も相対的に減少していることに注意を喚起した。同時に、今回の調査で、中国の場合、科学技術的な価値と被引用回数とが乖離(かいり)していることが明らかになったことを挙げ、「 論文の数や被引用回数が評価指標として一人歩きすると、科学業績とは何かが忘れられる恐れがある」と指摘した。

 両氏の報告の後に設けられた質疑応答の時間でも、論文の数や被引用回数という定量的な評価の持つ限界や危うさについてのやりとりが目立った。会場の参加者からの質問に答えた林幸秀上席フェローは、中 国の論文が急激に増えてきたことで、論文の比較が、実際の国別科学技術力の比較に必ずしもマッチしていないのではないかという疑問が、今回の調査のきっかけだったことを明かした。

 林氏は、被引用回数の多さを過大視すべきではないとの調査の結論を再度確認した上で、研究者同士の評価が特に中国では難しいため、論文という定量的な評価を重視せざるをえない事情に加え、競 争的研究資金が有力研究者に集中しがちなことや、はやりの研究分野,研究テーマに研究者が集中し、論文も急増する傾向があることを指摘した。さらに中国では、欧 米流の科学研究が活発化したのが文化大革命終了以降であり、真理を徹底的に追究したり科学や科学者を尊敬したりする文化が社会に十分に根付いていないことも理由であろうと述べた。

 一方で、林氏は日本の課題についても触れ、「特にバイオ関係の弱さがはっきりしている」など、中国だけでなく欧米主要国との論文に関する比較でも低落傾向にあることに警鐘を鳴らした。

関連リンク:「 高い被引用回数の論文を著した研究者に関する調査報告書~中国の研究者を一例として~

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hayashi

林 幸秀 (はやし ゆきひで)氏:
国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター
上席フェロー

略歴

 1973年東京大学大学院工学系研究科修士課程原子力工学専攻卒。同年科学技術庁(現文部科学省)入庁。文部科学省科学技術・学術政策局長、内閣府政策統括官(科学技術政策担当)、文 部科学審議官などを経て、2008年(研)宇宙航空研究開発機構副理事長、2010年より現職。著書に『理科系冷遇社会~沈没する日本の科学技術』、『科学技術大国中国~有人宇宙飛行から、原子力、i PS細胞まで』、『 北京大学清華大学』『インドの科学技術情勢~人材大国は離陸できるのか~』『 米国の国立衛生研究所NIH~世界最大の生命科学・医学研究所』など。

higuchi

樋口 壮人(ひぐち たけひと)氏:
国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター
フェロー

略歴

 2002年一橋大学経済学部卒。東京工業大学大学院イノベーションマネジメント研究科博士課程修了。博士(技術経営)。(財)未来工学研究所客員研究員、東 京工業大学大学院イノベーションマネジメント研究科産学官連携研究員等を経て、2014年より現職。著書に『インドの科学技術情勢~人材大国は離陸できるのか~』など。

higuchi

周 少丹 (しゅう しょうたん)氏:
国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター
フェロー

略歴

 2005年大連外国語学大学修士課程(言語学専攻)修了。2009年、早稲田大学大学院社会科学研究科修士課程政策科学専攻修了、2 014年に早稲田大学大学院社会科学研究科博士課程政策科学専攻博士課程修了。2014年4月により現職。共同執筆で『日本語翻訳実務3級』(中国労働部の主催する全国翻訳資格試験での指定教科書)、学会論文「 先進製造技術の研究開発:中国の事例」、「主要国における橋渡し研究基盤整備の支援 : 中国の事例」、「中国科学技術の歴史と現状」など。