第112回CRCC研究会「習近平とトランプのアジア」(2017年12月22日開催)

「習近平とトランプのアジア」

開催日時:2017年12月22日(金)15:00~17:00

言  語:日本語

会  場:科学技術振興機構(JST)東京本部別館1Fホール

講  師:吉岡 桂子 氏:朝日新聞編集委員

講演資料:「 習近平とトランプのアジア」( PDFファイル 556KB )

講演詳報:後日掲載予定

中国との関係は多国間の話し合いと協力で 吉岡桂子朝日新聞編集委員が提言

中国総合研究交流センター 小岩井忠道

 吉岡桂子朝日新聞編集委員が12月22日、科学技術振興機構(JST)中国総合研究交流センター主催の研究会で講演した。吉岡氏は、日中関係が悪化した2000年代半ばから中国特派員を務め、現在はバンコクを拠点にアジア各地で中国の動きを取材している。幅広い取材経験を基に、中国との対応には多国間で話し合い、協力していくことが重要になる、との考えを示した。激しい中国の変化をきちんと理解し、的確な対応を考える上で参考になる数多くの出来事とヒントも聴衆に伝えた。

 吉岡氏は、2003年から上海、北京で中国の実情を取材した後、2017年6月からバンコクに拠点を移し、外側から中国の動きを追う活動を続けている。日本以外の国で中国がどう見られているか、中国はどのようにふるまっているかについて取材することで、日中の外交関係や日本の対中感情、中国の対日感情を相対化できる情報を伝えられるのではないか、と希望した、とバンコク赴任の経緯を明らかにした。

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 バンコクを拠点に2017年末にはドイツなど欧州やロシアへも足を伸ばした取材経験も基に指摘したことの一つが、日本と外国での対中観の違いと戦略。ロシアも中国を警戒していると見る日本人は多い。しかし中国とロシアはそれだけにはとどまらず、お互い後ろからは「弾を撃たれない」という関係を維持し、それぞれが最大の戦略対象と考えている、中国は米国を含む太平洋に向けた活動、ロシアは米国、中近東に対する活動に注力できる合理的な関係を築こうとしている、との見方を氏は示した。

 科学技術分野に関しても、同様の指摘があった。例えば、ドローンの製造シェアで世界の半分以上を占めるDJI社など多くの先端的技術を抱える企業が多い深圳に対する賞賛の声は最近になって、日本に強い。一方、高速鉄道はドイツや日本の企業からの技術のぱくりだ、とする批判的な見方が根強くある。しかし、ドイツ企業シーメンスは高速鉄道の技術を売ったと見ており、「ぱくり」と批判する世論もきかない。中国の高速鉄道の路線長は2,200キロと日本の6,7倍。地盤の良いところ悪いところなどさまざまな条件の土地にこれだけの長さの路線を建設するうちに着々と技術を蓄積していると見るべきだ、と吉岡氏は主張した。むしろ、ドイツでは近年、中国企業が国策を背負って先端技術をもつドイツ企業を買収する動きへの警戒が強まっており、中国による買収を念頭に規制や審査を強化する動きに注目すべきだ、と述べた。

 中国の科学技術に対する考え方の特徴として氏が例に挙げたのは、電気自動車への取り組み。中国科学技術部への取材経験などを基に、カーブでアクセルを踏む、つまりトレンドが変わるときに大量の資金をつぎ込めば、国内に巨大な市場を持つ利点と合わせて攻めに出られる、という考え方が中国に強いことを紹介した。ガソリン車やハイブリッド車ではいくら力を入れても日本の前に出ることはできない。しかし電気自動車なら可能とみてアクセルを踏み込む、という考え方だ。

 高速鉄道に関しては、技術に対する日本の考え方が海外輸出にマイナスに働く危険性も氏は注意喚起している。「かゆいところに手が届くような技術」自体はすばらしいが、それだけを誇っても、時刻表通りの運行をどの程度求めるかは、国によって異なる。そうした国に日本の技術の得意分野ばかり繰り返し主張しても効果はない。相手が求めているのは何か。それに対してこちらの強みをどう適応させていくかをもっと考えた方がよい、と氏は提言した。

 2期目に入った習政権については、1期目の5年間で日本と韓国との外交関係が修復できなかったことを「習氏の失点」と断じた。世論調査などでみた場合、2003年以降、日中とも悪化したままの相手国への感情は、現在、中国で先行して改善の兆しが見える。これは中国人が日本への観光などを通じてより身近に感じるようになったことに加えて、習氏に対日関係の改善を図る必要性と国内政治的な余力が出てきたためとみることができる。習氏にとって経済成長を推進することは、政権を支えるために引き続き大きな課題である。特に地方への投資拡大のためには日本との関係改善が望ましい。さらに、米国のトランプ政権は中国にとっても不確実性をもたらすリスクとなっている。世界中を悩ませている、この不確実性は、日中も当然共有する問題である。北朝鮮問題への対処も含めて、双方にとって最も重要な国である米国がもたらす不確実性も、日中関係改善の動きの背景の一つである、というのが吉岡氏の見立てだ。

 一方、米中間と日中間の人的つながりの違いも指摘した。日中間では大学人の交流をはじめ裾野は広い。ただし、政策決定に影響力を持つ人、経済に力を持つ人同士のつながりは、中米間の方がはるかに上回る。これはエズラ・ボーゲル博士も常々指摘しており、日本にとって息の長い課題となる。

 また、米国と同じような国力を備えた国になりたいというのが中国の夢。「当面の日中の関係は改善されるが、この中国の夢が追求する世界で日本がどのような位置を占めるか、どちらも明確には規定できていない」という表現で、吉岡氏は日中関係の長期的な安定を判断するには時期尚早とする見方を明らかにした。

 中国には国策としての世論や歴史認識の誘導はあっても、中国人の日本に対する好奇心の幅もまた広がっていることに反し、日本人の中国に対する好奇心がこの10年間で衰えていることにも懸念を示している。相手を知ることは、競争・協調いずれの視点からも欠かせないという認識を示した。

 中国の経済力に加え、トランプ米大統領の登場により、東南アジア諸国の政権担当者に変化が起きていることを、吉岡氏は「居心地がよい」という言葉を使って紹介した。東南アジアは、日本と欧米先進国の援助が復興を支えてきた歴史がある。援助を受けるのと同時に先進国が重視する民主主義や人権を軽視しないことが求められていた。独裁的傾向の強い指導者がいる国もこうした要請に配慮する政治を行ってきたが、中国からの援助が増えたことと、民主主義や人権に無関心なトランプ大統領のおかげで、これまでほどには欧米的な価値観を重視しなくてもよくなった。こうした国の権威主義を好む政権にとってこれは「居心地がよい」状況ではあるが、一部の東南アジア諸国では「民主主義の後退という見逃せない変化が起きている」と、氏は具体例をいくつか紹介した。

 カンボジアでは、野党指導者の逮捕、英字新聞の廃刊、米国営放送VOAの閉局、米国系NGOの活動停止などが相次いだ。中国による鉄道その他のインフラ援助が増えたラオスも、カンボジアほどではないにせよ、ASEAN(東南アジア諸国連合)の会議で、中国寄りの発言をするようになった。吉岡氏の取材拠点となっているタイでも、軍政を疎んじたオバマ前政権とは一転して、トランプ大統領がプラユット暫定首相をホワイトハウスに招くという変化がみられる。中国からは高速鉄道や港湾などインフラ整備の支援を受けているタイやインドネシアは、日本と中国を競わせている。これまた「選択肢が増えた」として「居心地のよさ」を語る閣僚や高官もいるという。南シナ海の領有権を巡る問題もあり、ASEANとの関係は中国にとって重要である。ASEANの中で起きている変化について吉岡氏は、「中国が一部の国の発言権を双方の合意のうえで買いとった」という表現を用いて解説した。

  習政権が進める対外戦略「一帯一路」によって欧州諸国の間にも、東南アジア諸国にみられるような興味深い変化が起きている、と吉岡氏はいくつかの具体例を示した。最初に紹介されたのは、EU非加盟のセルビアとEU加盟国であるハンガリーをつなぐ鉄道建設計画に対する中国の支援。この種の計画については透明度の高い入札手続きを経るというEUのルールに反している疑いから、EUは調査を続けている。だが、セルビア側ではすでに着工され、ハンガリーも中国とやりたがっている。また、7月に中国で事実上の獄死をとげたノーベル平和賞受賞者、劉暁波氏が治療のため出国するのを中国政府が許可しなかったことをめぐって、EUが批判声明を出そうとしたが、ギリシャの反対でつぶれた。ギリシャは財政危機以降、港湾の経営を含めて中国経済への依存を強めている。こうした動きの背景には、政治体制や財政事情などで立場が異なるうえ、EU内でドイツの影響力が強すぎることに不満を持つ国もあり、中国の欧州に対する影響力が強まることを歓迎する向きがあることを、吉岡氏は指摘した。

 さらに、8月には英ケンブリッジ大学出版局が一時、中国政府の要請に応じ、中国研究誌「チャイナ・クオータリー」の特定記事に中国からアクセスできないようにする措置をとったニュースが国際的な関心を集めた。7月にベルリン動物園につがいのパンダが贈られたことをドイツの代表的な雑誌のひとつ「シュピーゲル」の表紙が、かわいくないパンダの表情を用いた写真と皮肉な記事で伝えたことなどを合わせ、これまで安全保障的な対立がないことから良好な経済関係を通じた外交が目立っていた欧州でも、中国に対する警戒感が出始めており、この行方が注目される、との見方を吉岡氏は示した。

 こうした海外で起きている新しい動きを紹介し、「中国をどのように取り込んでいくか。長きにわたって横たわっている課題ではあるが、膨張する中国が国際社会との接点を大きく広げているだけに、多国間で話し合い、協力していくことがこれからよりいっそう重要になる。それだけに、日本自身も相手への想像力と自らを客観視する力が求められる」と提言して、吉岡氏は講演を締めた。

(写真 CRCC編集部)

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吉岡桂子

吉岡 桂子(よしおか けいこ)氏: 朝日新聞編集委員

略歴

 山陽放送を経て、1989年に朝日新聞入社。東京・大阪で経済分野を取材したのち、北京・上海で約7年間、特派員を務める。2017年6月からバンコクを拠点に中国の動きを取材している。朝 日新聞朝刊木曜日の「ザ・コラム」の筆者の一人。著書に『人民元の興亡 毛沢東・鄧小平・習近平が見た夢』(17年5月、小学館)など。


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