第121回CRCC研究会「台頭する中国新興企業~なぜ日本のユニコーン企業の数は中国に完敗したか?」(2018年10月12日開催)

「台頭する中国新興企業~なぜ日本のユニコーン企業の数は中国に完敗したか?」

開催日時: 2018年10月12日(金)15:00~17:00

言  語: 日本語

会  場: 科学技術振興機構(JST)東京本部別館1Fホール

講  師: 沈 才彬 氏((株)中国ビジネス研究所代表、多摩大学大学院フェロー)

講演資料:
台頭する中国新興企業~なぜ日本のユニコーン企業の数は中国に完敗したか?」(PDFファイル 228KB)

講演詳報:「 第121回CRCC研究会講演詳報」( PDFファイル 1.45MB )

若者への投資惜しむな 沈才彬氏が新興企業育成で日本に提言

小岩井忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)

 日本での研究生活が長く、躍進目覚しい中国企業の動向にも明るい沈才彬中国ビジネス研究所代表・多摩大学大学院フェローが10月12日、科学技術振興機構(JST)中国総合研究・さくらサイエンスセンター主催の研究会で講演し、急激に業績を伸ばした中国の新興企業の現状と、共通する特徴を詳しく解説した。対照的にユニコーン企業がほとんど生まれていない日本の問題点を列挙し、「若者への投資を惜しむな」と提言した。さらに最近激しくなった米中貿易摩擦の本質を「技術分野の覇権争奪」と断じ、技術分野において中国は日本を追い抜き、今や米国の大きな脅威になっている、との見方も示した。

ユニコーン企業中国59社、日本は1社

 ユニコーン企業というのは、創立10年未満、評価額が10億ドル以上で、非上場のベンチャー企業を指す。沈氏はまず、スタートアップ企業やベンチャーキャピトルの実態に詳しい米国の調査会社「CBインサイツ」のデータを引用し、ユニコーン企業の数で日本は中国に完敗の状況にあることを指摘した。「CBインサイツ」によると、2017年末時点でユニコーン企業は世界全体で220あり、このうち59社は中国で、日本は「メルカリ」1社しかない。

 こうした日中の差を説明するために、沈氏は、4月に出版した著書「中国新興企業の正体」の中で取り上げた中国の新興企業9社の特徴を詳しく紹介した。「中国新興企業の正体」は、沈氏によると、「私の著書の中で短期間のうちにこれほど多くの新聞雑誌に取り上げられたのは初めて」という。「国有企業が支配する中国経済」、「コピー製品があふれる国」といった多くの日本人が抱く中国のイメージを覆した内容が大きな反響を呼んだ、と氏は見ている。確かにBATとも呼ばれるバイドゥ(百度)、アリババ(阿里巴巴)、テンセント(騰訊)3社をはじめ、著書で紹介されている新興企業9社は全て民間企業だ。

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 沈氏は、この3社に同じく著書で紹介しているファーウェイ(華為)を加えた4社の頭文字を並べた「BATH」という呼称を提案し、「BATH」が米国の「GAFA」(Google、Amazon、Facebook、Apple)4社に匹敵する存在にのし上がっているとの見方を示した。「GAFA」に共通する特徴は、新しい分野を開拓したことに加え、それぞれの企業活動を通じ世界中の個人データを圧倒的な規模で集め、保有していること。「BATH」が「GAFA」をしのぐ可能性はあるとしても相当時間を要する、と「GAFA」との差は認める一方、「BATH」だけでなく、著書で紹介した残り5社を加えた新興企業9社の分野で中国に勝てる日本企業は一つも存在しない、と言い切った。

学生や国営企業リストラ組も創業者に

 最初に講演で触れた新興企業は、ディディチューシン(滴滴出行)。登録ドライバー数は、1,700万人、2017年1年間の利用回数は74億回で中国人一人当たり年5回利用した数に相当する、と、配車アプリで世界最大手にのし上がった現状を紹介した。次は、シェア自転車のモバイク(摩拝単車)。設立わずか2年で投入台数は700万台を突破し、昨年12月、札幌市、福岡市に進出したのを含め、世界8カ国180都市に進出している。

 次に紹介された2社は、大学生が創業者という共通点を持つ。ネット出前サイトのウーラマ(餓了麼)は、5人の大学生たちが創業したきっかけが面白い。起業について議論したが、うまい案が浮かばず深夜になったので出前を頼んだら断られた。空腹のまま朝を迎えた経験から、出前サイトというアイデアが浮かんだという。ウーラマ(餓了麼)は、「お腹がすいた?」という意味だ。創業10年で、従業員数1万5,000人、利用者は国内2,000都市に2億5,000万人、サイトに登録された飲食店は130万社に上る。スタート時の資金、12万元(190万円)は、家族や友達から集めた金だった。

 民生用ドローンと関連機器の世界のシェアが8割という圧倒的な強さを誇るDJI(大疆創新)は、香港科技大学を卒業したばかりの大学生が深圳で創業した。

 このほか、現在、18万人の社員を抱える通信機器大手のファーウェイ(華為)も1987年に深圳で創業したときは、社員がわずか5人。全員、国有企業をリストラされた人間だった。毎年、売り上げの10%以上を研究開発費に当てる。CEO(最高経営責任者)は固定せず、半年ごとの輪番制。上場せず、全ての株は18万人のうちの中国人社員8万人が持つ、という社の方針を堅持している。

 沈氏が、ファーウェイ(華為)とともに中国を代表する民間企業と評価するアリババ(阿里巴巴)については、創業者、ジャック・マー氏の興味深いエピソードが紹介された。沈氏によると「マー氏の人生は失敗だらけ」。大学入試は3回とも点数が足りず失敗、欠員が出た大学にかろうじて入学できた。さらに設立した会社でつくった中国最初のホームページは国有企業にのっとられる。アリババもベンチャー企業からの出資が得られず苦境に陥っていたところに、孫正義ソフトバンク社長が2,000万ドルを投資して息を吹き返した。

勝てる日本企業なし

 こうした新興企業の成功例を詳しく紹介した後、9社に見られる共通の特徴として沈氏は以下の7点を挙げた。

1:既存の製造業やサービス業ではない新しい経済分野

2:民間企業

3:庶民、若者を見方にした、かゆいところに手を届かせるベンチャー企業

4:上場している企業はいずれも時価総額が巨大、非上場の企業はユニコーン企業

5:創業者の年齢が若い

6:決してあきらめない創業者の精神

7:いずれの分野も勝てる日本企業が一つもない

 中国と日本の大きな差ができた理由として沈氏は、国全体の研究開発投資が日本は中国の半分以下であることと、研究成果の技術移転スピードが日本は遅いことを指摘した。加えて、問題があれば後で規制するという中国政府の方針に対し、まず規制をするという日本政府の方針の違いと、若者の創業意欲の差も挙げた。具体例として示したのは、新興企業9社の一つ、民泊最大手トウ―ジャ(途家)の成功を可能にした中国と、まず民泊新法を作ってからその条件を満たした者の参入を許可するという日本のやり方との違い。トウ―ジャは発足6年で、国内だけで345都市、世界70カ国で1,037都市に進出している。

 沈氏はさらに、2015年のベンチャー投資額が中国は489億ドルだったのに対し、日本は7億ドルだったという数字を示し、日本が若者に投資していないことが、今、日本の最大の問題点だと指摘した。若者への投資例として氏が紹介したのは、ネット出前サイト「ウーラマ」の創業者に対する上海交通大学の支援制度。創業した学生に対し、一時休学を認める制度で、上海交通大学は「ウーラマ」創業者に初めてこの制度を適用した。創業者たちは、まず家族や友達から資金提供受けて会社を立ち上げたが、1年以内に上海交通大学のベンチャーファンドから20万元(約320万円)の資金を提供されている。

スマホ普及至る所に

 研究会参加者の大きな関心を読んだ沈氏の話には、最近、氏が中国で経験し、氏自身も驚くようなスマホの普及振りがある。氏が紹介した一例は、浙江省杭州市の無人スーパー第一号店内に大勢の高齢者が座っている写真。高齢者たちは、買い物が目的ではなくとりわけ暑かった今年の夏を乗り切るために涼をとるだけの目的で無人スーパーの店内に座っていた。無人スーパーは、買い物の決済がスマホで済むが、入店もスマホがないとできない。多くの高齢者までスマホを持つのが当たり前になっている中国の現状を示す格好の例というわけだ。

 さらに深圳の地下鉄駅地下通路で一人のホームレスに出合った時の驚きも紹介した。ホームレスの前に置いてあったのは、茶わんとともに1枚のQRコードが印刷された紙。一人の通行人がポケットからスマホを出し、地面に置いてあるQRコードを照合してホームレスに寄付をしたのをみて、初めてQRコードがあった理由が分かったという。このほか広州市で初対面の人に名刺交換しようとして「スマホでしましょう」といわれ、面食らった体験も紹介された。中国ではスマホによる名刺交換がはやっており、沈氏も自身の所有するスマホに名刺交換ができるような設定を相手にしてもらい相手の習慣に合わせたという。

 習近平国家主席の主導によって建設が進む河北省雄安新区の現状についても興味深い体験が紹介された。市民センターと呼ばれる面積10万平方メートルの区域には電気自動車しか入れない。バイドゥ社製の自動運転の電気自動車が走っているので、本当に障害物があると停車するかどうか自身で確かめてみたという。走行中の自動車の進路に立ってみたら5メートル前できちんと停車したとのこと。2035年に世界初の自動運転都市になるという雄安新区の計画は達成可能性が高い、という予測を沈氏は示した。

米中貿易摩擦は技術分野の覇権争奪

 最近激しさを増す米国と中国の貿易摩擦について氏は、「本質は技術分野の覇権争奪」と語り、「今後20年間は続く」との見通しを示した。米国が対中経済制裁の重点対象品目に挙げた10項目は、中国が国家戦略「中国製造2025」に掲げた10大重点産業分野と同じ。米国は中国の技術を脅威と感じ、重点技術分野を狙い撃ちしている。トランプ大統領が乱暴に見えるが、米国が世界のナンバー2になるのは認めないというのは、米議会にも国民にも共通する思い。したがって、簡単には収まらない、との見通しを氏は示した。

 貿易摩擦が長引くのはやむをえないとする沈氏が、最も警戒すべきだとしたのが、米中の戦争にまでエスカレートすること。最悪の事態回避のため、中国、米国の仲介役として、双方への働きかけを強めてほしい、と日本への強い期待を表わした。

 中国と日本との技術をめぐる問題については、日本がユニコーン企業の数で中国に完敗した原因はさまざまであると指摘した上で、問題点の一つとして失敗を許さないような社会風土が日本全体にあることを挙げた。特に必要だとした若者への投資については、金だけでなく、社会全体として若者のための環境づくりが重要と指摘し、「若者への投資を惜しまずにしてほしい」と提言して、沈氏は講演を終えた。

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(写真 CRCC編集部)

沈才彬

沈 才彬(しん さいひん)氏:
(株)中国ビジネス研究所代表、多摩大学大学院フェロー

略歴

1944年 中国江蘇省海門市に生まれ
1981年 中国社会科学院大学院修士課程(日本経済史)修了、同大学院講師
1984年 東京大学客員研究員、早稲田大学客員研究員
1987年 中国社会科学院大学院助教授
1989~92年 御茶ノ水女子大学客員研究員、一橋大学客員研究員
1993年 三井物産戦略研究所主任研究員
2001~08年3月 三井物産戦略研究所中国経済センター長
2008~12年3月 多摩大学教授、同大学院教授。12年4月より同大学院客員教授
2015年4月より現職

主な兼職

  • 2006年-2015年 天城会議(日本有識者会議)メンバー
  • 2007年-09年 中国山東東亜研究所顧問
  • 2008年-09年 国土交通省観光立国推進戦略会議WG委員
  • 2011年- 中国ビジネスフォーラム代表 
  • 2014年3月-2016年2月 武田薬品工業株式会社 中国事業アドバイザー

主な著書

  • 『中国新興企業の正体』(角川新書、2018年)
  • 『中国の超えがたい9つの壁』(角川新書、2016年、2刷)
  • 『大研究! 中国共産党』(角川SSC新書、2013年、2刷)
  • 『中国ブラックホールが世界をのみ込む』(時事通信社、2010年) 
  • 『中国経済の真実』(アートディズ、2009年)
  • 『中国沈没』(三笠書房、2008年、2刷)  
  • 『「いまの中国」がわかる本』(三笠書房、2007年、10刷)
  • 『検証中国爆食経済』(時事通信社、2006年)           
  • 『チャイナショック』(日本能率協会、2002年)
  • 『動き出した中国巨大IT市場』(編著、日本能率協会2001年) 
  • 『中国経済読本』(亜紀書房、1999年)
  • 『喜憂並存の中国』(亜紀書房、1996年)

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