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第122回CRCC研究会「中国はなぜ成長し、どこに向かうか、そして日本の課題を読む」(2018年11月19日開催)

「中国はなぜ成長し、どこに向かうか、そして日本の課題を読む」

開催日時: 2018年11月19日(月)15:00~17:00

言  語: 日本語

会  場: 科学技術振興機構(JST)東京本部別館1Fホール

講  師: 和中 清 (株)インフォーム代表取締役

講演資料:
中国はなぜ成長できたか(レジュメ)」( PDFファイル 192KB)
中国はなぜ成長できたか(図表)」( PDFファイル 748KB)

講演詳報:「 第122回CRCC研究会講演詳報」( PDFファイル 2.52MB )

中国の変化を信じよ 和中清氏が日本企業に提言

小岩井忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)

 上海を拠点に日本企業を支援するコンサルティング会社を経営する傍ら、中国の経済状況を詳しく紹介し続けている和中清株式会社インフォーム代表取締役が11月19日、科学技術振興機構(JST)中国総合研究・さくらサイエンスセンター主催の研究会で講演し、日本人の多くが見逃している中国の実態と変化の速さを詳述した。「近い将来、中国の経済は行き詰る」といった日本国内に根強い見方の多くをさまざまなデータを挙げて否定し、中国の変化を信じることを日本企業に提言した。最近の日中両国の関係修復に向けての動きに対しては、80年代、90年代に交流が進んだときのような熱さが感じられない、と悲観的見通しも明らかにした。

先が見えないことがパワーに

 和中氏がまず強調したことは、中国の躍進をもたらした中国人のパワーの源泉だった。1と2があれば3があると考える日本人の一般的思考法と異なり、1の次に何があるか見えないと感じるのが中国人。それが逆に激動の中で新しいものを受け入れ、前を向いて進む中国人のたくましさとなり、急激な経済成長をもたらしたという見方を示した。例として挙げたのが米国生まれの「ケンタッキーフライドチキン」や「スターバックス」が中国社会に受け入れられた速さ。1991年には上海ですら街でコーヒーを飲むのにさえ苦労したのが、今やスターバックスだけで中国国内に3,000店舗まで増えている事実を紹介した。

 さらに和中氏は、中国が米国と交易を始めたのは日本の開国より85年も前である歴史を挙げて、そもそも中国には改革と実践の伝統的な風土があることを指摘した。かつて米国の大陸横断鉄道の建設工事に12,000人もの中国人労働者が関わり、今、アフリカの奥地に多くの中国人が仕事で出かける。こうした中国の現実と、対照的な和中氏自身の苦労を併せて紹介し、激動の中で常に前を向いて進んできた中国人のたくましさを重ねて強調した。氏の苦労話というのは、氏が関係している中国の工場に駐在員として送り込む若い日本人を集めようとすると、「洗浄便座はあるか」「日本食の店はあるか」といった言葉が出て来るという体験だ。

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誤り多い農民像

 和中氏が講演の中で繰り返し強調したことの一つは、日本人の中国観の多くが間違っていること。その一例として、中国では地方の農民が農民工として都市に出てきて苦労し、農村に残った家族もまた貧困な生活を強いられているという思い込みを挙げた。故郷を離れて都会で過ごしている人々は、2016年時点で2億4,500万人に上り、そのうちの80%が農村戸籍の人たち。これら農民工と呼ばれる人たちが都市部の経済発展に大きな役割を果たしたのと同時に農村も豊かにした、というのが和中氏の主張だ。氏によると1990年代から2000年のはじめにかけて多くの農民工がふるさとの家族に仕送りをし、このお金を基に農村で新しい仕事を始めた人が多い。

 実際に2000年に入ってから農村を回ると、幹線道路沿いに起業して自分で営業を始める家が建ち始めていた。90年代から2000年代になって農村にはレンガづくりの家が増え、今は3階建ての住宅がたくさん建っている。チベット族がたくさん住んでいる四川省の村には、御殿のような住宅もあった。こうした和中氏自身が見た農村の現状を紹介し、「中国の成長は農村の安定が支えた」との見方を示した。農村の安定をもたらした農民工の仕送りは年間22兆円くらいに上るという。農村の発展によって、最近は仕送りをする人たちが少なくなった。都市の近郊農村では、工業団地建設のために土地を手放して会社の株主になっている農民もいる。家族で年間数万元あるいは数十万元という配当金をもらい、またアパート経営をして暮らしている人たちが深圳や上海など都市近郊の農村にはかなりいる。こうした農村の姿も紹介された。

都市中間層に対する誤解も

 農村の安定とともに中国の成長を支えてきた要因として和中氏が指摘したのは、都市中間層による消費の拡大。これに関しても多くの日本人が描くイメージと現実とはギャップがある、と氏は四つの理由を挙げた。一つは中国で格差が拡大していることを問題視する情報が日本で出回っていることの影響。14億人もの人口を抱える中国のような国にとって、機関車のパワーを大きくしない限り全員を引っ張ることはできない。格差は自ずと生じる。格差をつくらずに皆が豊かになる方法はおそらく社会主義国でも資本主義国でもないはず。格差が生まれることでその先の共同富裕が実現するという鄧小平が主張した先富論も妥当な道である、と氏は格差が存在する中国の現実を肯定した。

 ギャップを生んだ二つ目の理由として和中氏は都市中間層には表面に現れていない隠れた所得があることを指摘した。さらに三つ目の理由として、中国のGDP(国民総生産)における労働分配率が低いと指摘されることもギャップの原因と指摘した。中国では、一般庶民の所得の多くがGDPの計算では企業所得(営業余剰)で計算されている。その理由は、中国では個人事業主(個体工商戸)が日本と比べ圧倒的に多く、彼らの所得は企業所得で計算されるから。また、工場の従業員の食事や寮費も無償のところが多いことも労働分配率を低くしていると指摘した。

 さらにギャップの四つ目の理由として、GDPの計算で消費やサービスの統計が過少になっていることを挙げた。中国のGDPの計算式は旧ソ連や東欧のMPS計算方式から出発し、西側のSNA方式に移行したので、伝統的に生産統計に強く、消費とサービス経済の統計に弱い。計画経済社会はそもそも生産が主で、サービス経済は想定していなかったこともその要因であると指摘した。GDPの推移を見ると確かに投資主導で消費が伸びていないようにみえる。いろいろな調査で日本に来る中国人旅行者の大半が都市中間層。こうした事実を列挙した上で和中氏は、表に出ない所得が都市中間層になく、本当に労働分配率が低かったなら、大勢の中国人旅行者が日本を訪れるようなことが起こるわけはない、と氏は都市中間層に対する大方の日本人の見方に修正を迫った。

 都市中間層に関する日本人の誤解の例としてもう一つ和中氏が挙げたのは、「所得の60%は税金で消える」と書いたある日本の経済誌の記事。これに対しても氏は経済誌の中国の税に対する解釈の誤りを指摘するとともに、教育費として1学期に2,000元~5,000元支払っている小中学生が42%、5,000元~10,000元支払っている小中学生が29%もいるという調査結果を紹介して、経済誌の記事の主張を否定した。

住宅バブル崩壊もうそ

 住宅需要についても、実態と合わない見方が日本に多いことを和中氏は指摘した。今年9月に前月と比べた各都市の住宅価格が公表された時、日本の新聞の記事の見出しは「住宅価格の上昇都市が減少」。住宅価格が上昇した都市が前月に67あったのが64に1カ月で3都市減ったことに対する報道である。これまで日本では中国の住宅価格の上昇都市が少し減少し、価格が少し下がればバブル崩壊と言われ続けた。日本での中国報道は良い面より、マイナス報道が先行したことも中国を読み誤る原因になった、と氏は指摘した。

 氏によると、これもまた一部の日本メディアに「中国の経済崩壊願望」があることの現れ。持ち家に対する中国人の思いは日本人の理解を超えたものがある。上海あたりでは、住宅を持っていることが結婚の条件にもなっているほどだ。中国で住宅取得の動きが出始めたのは1990年代の後半で、2012年時点での住宅取得率はまだ40%。都市化と所得の向上で、多くの農民工がこれから住宅取得に向かうことが予想される。90年代までに建てられた住宅の老朽化による買い替え需要も予測される。今年の9月まで主要都市の賃貸住宅価格は7か月連続で伸び続けており、住宅需要が根強いことはこのデータからも明らか。

 こうした背景や実情を説明して氏は、日本のメディアにみられる住宅をはじめとするバブル崩壊報道全体を、オオカミ少年の叫びのような誤った予測だと指摘した。

 多くの日本人にはこのほかにも意外に感じられると思われる中国の現状が紹介された。その一つは、中国の成長をもたらした要因が今後も健在とみられる一方、中国の経済がいろいろな分野で制限がある中で進んでいるという実態だ。住宅に関しては住宅ローンに関するさまざまな規制が新たにかけられたり、上海のように住宅価格に上限を設けるようなところも出ている。北京では自動車の購入に制限措置がとられており、ガソリン自動車の購入は大幅な倍率になっているほか、中国が導入に熱心な電気自動車に関しても、ナンバープレートの数制限から2年待たないと手に入らないという状況があるという。

変わる経営者と成長地図

 多くの日本人が気づいていないもう一つの中国の大きな変化とみられるのが、経営者の姿勢だ。和中氏によると、中国の工場で自動化が急速に進んでいるのも経営者の決断の速さから。広東省では、電気自動車の製造ラインや無人飛行機の製造分野など新しい分野への外資参入も進む。また、松下幸之助、稲盛和夫という著名な日本人経営者を信奉する経営者が中国では増えている。一昨年秋には和中氏自身が関わった展示会が上海の空港で3カ月間、開かれ、松下、稲盛両氏の業績を紹介するようなことも行われている。裏で金を使って権力につながる。こうした古いイメージとは全く異なる経営者が中国で増えている現状に、氏は注意を促した。

 沿岸地域と内陸地域の格差が大きい。こうした日本人のイメージも変える必要があることを和中氏はデータを基に指摘した。氏が示した資料の中に、2016年の生産総額が多い順に15地区を並べたグラフがある。広東省、江蘇省、山東省、浙江省という早くから発展した沿岸の省が上位1-4位を占めるが、続く5-7位には河南省、四川省、湖北省という内陸の省が並ぶ。さらに湖南省(9位)、安徽省(13位)、江西省(15位)と上位15地区に内陸の6省が含まれている。

 また、これら15地区の2006年と2016年の生産額を比べると、四川省、湖南省、湖北省、安徽省という内陸の省の生産額の上昇率が高いのが目立つ。「14億の人口を抱える国として、地域が競争し、また地域を競争するように仕向けて経済の分散を図っている。深圳、上海の改革、土地制度、外資投入優遇制度などさまざまな戦略で中国は成長を遂げたが、加えて経済の分散という大きな戦略が成長を支えている」と氏はみている。

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日本企業は中国の変化を信じよ

 では、中国の将来に課題はないのか。和中氏は、成長の起爆剤になったのが、とにかく前に進むという中国人の「自己本位」というべき資質だと繰り返し指摘した。ただし、中国の社会は、規模の成長から質の向上を図る時代に入っている。自己本位から協調や連携を大切にする考え方への修正が求められている。さらに中国の企業のうち95%は中小企業。GDPの60%を中小企業が担っているが、中小企業政策は遅れている。高齢化社会に入る中で年金や医療費の負担増に耐える財政の見直しも迫られている。こうしたリスクを中国が抱えていることも氏は指摘した。

 一方、日本の抱える課題にも和中氏は触れた。まず挙げたのは、中国に比べて新しいことへの取り組みが遅すぎることだ。また、中国からの訪日者が増えているのに対し、中国を訪れる日本人が逆に2007年から減り続けている。人気が高い新疆を訪れる外国旅行客のうち日本だけが際立って減っている。こうした変化を表わすグラフを示し、「一方通行の交流は長続きしない」と強い懸念も表明した。さらに政治的な交流が進み出したことに対しても、「あまり期待感を持っていない」と悲観的な感想を述べた。80年代、90年代に進んだ交流に比べると熱さが違い、双方が非常に無理をしているようにみえるからだという。和中氏は、日本企業に対する次のような期待を述べて、講演を締めた。

 「中国で環境対策など進むわけはないと私もよく言われた。しかし、既に大きく進んでいる。日本企業に一番必要なことは中国の変化を信じることだ。これだけ変化し、これからも変化する、という...」

(写真 CRCC編集部)

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和中清

和中 清(わなか きよし)氏: (株)インフォーム代表取締役

略歴

昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業、大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年、(株)インフォーム設立 代表取締役就任
平成3年より上海に事務所を置き日本企業の中国事業の協力、相談に取り組む

主な著書

  • 『中国が日本を救う』(長崎出版、2009年)
  • 『中国の成長と衰退の裏側』(総合科学出版、2013年)
  • 『仕組まれた中国との対立 日本人の83%が中国を嫌いになる理由』(クロスメディア・パブリッシング、2015年8月)