第124回CRCC研究会「2019年中国経済の課題」(2019年1月11日開催)

「2019年中国経済の課題」

開催日時: 2019年1月11日(金)15:00~17:00

言  語: 日本語

会  場: 科学技術振興機構(JST)東京本部別館1Fホール

講  師: 田中 修:奈良県立大学特任教授/ジェトロ・アジア経済研究所上席主任調査研究員

講演資料:「 第124回CRCC研究会講演資料」( PDFファイル 724KB )

講演詳報: 後日掲載予定

現代化した経済システム実現へ 田中修氏が中国の2019年政策解説

小岩井忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)

 中国の経済情勢に詳しい田中修 奈良県立大学特任教授、ジェトロ・アジア経済研究所上席主任調査研究員が1月11日、科学技術振興機構(JST)中国総合研究・さくらサイエンスセンター主催の研究会で講演し、現代化した経済システムを2035年までに実現するという「習近平経済思想」を、経済減速が明らかになる中で中国がどのように推し進めようとしているかを詳細に解説した。

 氏がまず明らかにしたのは、2018年1~11月までの主要経済指標のデータと、前年との違い。自動車・乗用車の生産が前年を下回ったほか、消費、インフラ投資、輸出、外資利用などの伸びが鈍化したことを示し、経済減速が明らかであることを指摘した。氏の講演から10日後の21日、中国国家統計局は2018年の年間成長率が6.6%だったと発表した。6.6%というのは、天安門事件直後の1990年に記録した3.9%以来、28年ぶりの低水準だ。

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「新常態」から「新時代へ」

 田中氏によると、こうした事態は習近平政権にとって全く予想外だったとはいえない。2014年11月に北京で開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で習近平国家主席が、中国経済が「新常態」と呼ばれる状態に入ったと述べた事実を氏は挙げた。具体的に、「成長速度は高速成長から中高速へ」、「発展方式は規模・速度型から質・効率型に」、「経済構造調整はフロー・能力拡大から、主としてストック調整・フロー最適化への併存へ」、「発展動力は主として資源・低コスト労働力などの要素投入への依存から、イノベーション駆動に」とそれぞれ転換していることを習国家主席はこの時点で既に明示していた、と。

 田中氏は、この「四つの転換」が中国で既に進み始めている事実に加え、2015年の中国共産党中央委員会第5回全体会議(5中全会)で習総書記(国家主席)が提起した「第13次5カ年計画」党中央建議から経済発展を推進する動力の変更が重ねて明確になったことも指摘した。五つの新しい発展理念とは「イノべーション」、「協調」、「グリーン」、「開放」、「共に享受」。さらに2017年12月の中央経済工作会議と人民日報社説で提起された「習近平『新時代の中国の特色ある社会主義』経済思想」によって、「新常態」は「新時代」に置き換えられたとの見方を田中氏は示した。「新常態」が掲げる「中高速成長」が新たに「質の高い発展」に置き換えられ、今後「新常態」という言葉の使用頻度も次第に減っていくだろうとの見通しも、氏は明らかにした。

「現代化した経済ステム」2035年までに

「習近平『新時代の中国の特色ある社会主義』経済思想」の目指す具体像は何か。そして目標として掲げる「2035年までに建設する現代化した経済ステム」とは? 田中氏は、2018年1月30日の共産党中央政治局集団学習会で習近平総書記が示した「現代化した経済システムを実現するには七つのシステムが必要」という演説の内容を紹介した。演説でまず必要とされたのは「イノベーションがリードし、協同発展する産業システム」。続いて「統一・開放され、競争が秩序だった市場システム」、「効率を体現し、公平を促進する所得分配システム」、「優位性が顕著で、協調して連動する都市・農村と地域の発展システム」、「資源が節約され、環境に友好的なグリーン発展システム」、「多元化しバランスが取れ、安全で効率が高い全面的な開放システム」、「市場の役割が十分発揮され、政府の役割がよりよく発揮された経済体制」。習総書記は、これら七つのシステムが、個々にではなく一つとなって有機的総合体をつくることが必要としている。

 要するに五つの新しい発展理念によって、現代化した経済システムを、党の集中・統一的な指導により2035年までに実現する。現代化した経済システムとは、人民の日増しに増大する素晴らしい生活への多様化・高度化した要求を十分満足させられるシステムで、その実現によって21世紀中葉への強国化に備えようとする。田中氏は、習近平経済思想をこのように解説した。

初めて記された規律性の認識

 では、2019年に習政権はどのような経済政策を進めようとしているのか。田中氏が子細に政策内容を説明する中でまず注意喚起したのは、「規律性の認識」という新しい表現。2018年12月19~21日に開催された中央経済工作会議で示された経済政策方針の中で使われた。方針は「1年間、われわれは実践の中で新情勢下の経済政策に対する規律性の認識を深めた」として、「長期の大勢から当面の情勢を認識」することや、「社会の関心に遅滞なく対応」といった五つを必要な行動として挙げている。田中氏は「2018年の経済減速の中で、構造的脱レバレッジ政策と成長安定政策の協調・バランスの必要性などが、あらためて認識された」と、規律性の認識という表現が初めて使われた意味を解説した。

 さらに氏が注意を促したのは、「外部環境は複雑・峻厳であり、経済下振れ圧力に直面している」、「世界は百年来の大きな局面の変化に直面しており、変局の中で危機とチャンスが共生・併存している」といった認識が経済政策方針の中で記されていること。経済運営に変化・憂いがあり、下振れ圧力があることを認めながらも、プレッシャーを経済の質の高い発展の推進動力に変えることができれば、なお重要な戦略的チャンスの時期にあるという認識を崩していないことを示すものだ、と氏は解説した。

問われる党の集中・統一的指導強化

 では、2019年の具体的な重点政策とされているのは何か。田中氏は重点政策として挙げられている七つの任務について注目すべき点をそれぞれ指摘した。まず「製造業の質の高い推進」の中で、米国が攻撃の対象としている「中国製造2025」で志向している「製造強国」を放棄していないことを挙げた。イノベーションについては上からではなく、下からのイノベーションも重視していることに注意喚起している。上からというのは国家主導によるもので、下からというのは中小企業に期待するということだ。

「強大な国内市場の形成促進」では、2018年10月に個人所得税の課税最低限引き上げと低税率対象の所得層の拡大が行われたのに続き、2019年は特別控除の拡大で可処分所得を増やす政策がとられることを氏は注視している。「農村振興戦略の着実な推進」の中で、「トイレ革命」など農村の居住環境改善に加え、かねてからの懸案である農村土地制度改革が盛り込まれたことと、「地域の協調発展を促進」の中で、これまで「旧工業基地の振興」と記述されていた東北地方が「全面振興」に変わったことも注目している。

 このほか、田中氏が注視しているのは、「経済体制改革の加速」で「市場が自主的に調節できることは市場に調節させ、企業ができることは企業にやらせなければならない」という方針が、また「全方位対外開放の推進」で「製品と生産要素の流動型開放から、ルール等の制度型開放に転換する」方針がそれぞれ明記されたこと。また、知的財産権保護の強化等米中経済摩擦に関連し米国にかなり配慮した記述が見られることを氏は指摘した。

 さらに「民生の保障・改善の強化」の中で、大学卒業生と出稼ぎ農民に加え、「退役軍人」が雇用の安定を図る対象として明記されたことも注視している。「退役軍人の抗議活動が活発化し、社会の不安定要因になっているからだろう」との見方を氏は示した。

 こうした2019年の重点政策を詳述した上で田中氏は、習政権が「わが国の発展は十分な強靭性・巨大な潜在力を有しており、経済が長期によい方向に向かうという態勢に変化はない」との見通しを堅持していることを挙げ、その直面する課題を次のように提示して、講演を終えた。

 「さまざまなところで『党中央の集中・統一的な指導強化』が強調されている。ただし、そのために経済政策への党の指導能力・水準を向上させなければならなくなっている」

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(写真 CRCC編集部)

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田中修

田中 修(たなか おさむ)氏 :
奈良県立大学特任教授/ジェトロ・アジア経済研究所 上席主任調査研究員

略歴

1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信 州大学経済学部教授、内閣府参事官、財務総合政策研究所副所長、税務大学校長を歴任。現在、財務総合政策研究所特別研究官(中国研究交流顧問)。2009年10月~東京大学EMP講師。2 018年4月~奈良県立大学特任教授。2018年12月~ジェトロ・アジア経済研究所上席主任調査研究員。学術博士(東京大学)

著書

  • 「日本人と資本主義の精神」(ちくま新書)
  • 「スミス、ケインズからピケティまで 世界を読み解く経済思想の授業」(日本実業出版社)
  • 「2011~2015年の中国経済―第12次5ヵ年計画を読む―」(蒼蒼社)
  • 「検証 現代中国の経済政策決定-近づく改革開放路線の臨界点-」
  • (日本経済新聞出版社、2008年アジア・太平洋賞特別賞受賞)
  • 「中国第10次5ヵ年計画-中国経済をどう読むか?-」(蒼蒼社)
  • 『2020年に挑む中国-超大国のゆくえ―』(共著、文眞堂)
  • 「中国経済はどう変わったか」(共著、国際書院)
  • 「中国ビジネスを理解する」(共著、中央経済社)
  • 「中国資本市場の現状と課題」(共著、財経詳報社)
  • 「中国は、いま」(共著、岩波新書)
  • 「国際金融危機後の中国経済」(共著、勁草書房)
  • 「中国経済のマクロ分析」(共著、日本経済新聞出版社)
  • 「中国の経済構造改革」(共著、日本経済新聞出版社)

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