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第126回CRCC研究会「中国のイノベーション動向と社会の変化」(2019年3月6日開催)

「中国のイノベーション動向と社会の変化」

開催日時: 2019年3月6日(水)15:00~17:00

言  語: 日本語

会  場: 科学技術振興機構(JST)東京本部別館1Fホール

講  師: 梶谷 懐:神戸大学大学院経済学研究科 教授

講演資料:「 第126回CRCC研究会講演資料」( PDFファイル 912KB )

講演詳報:「 第126回CRCC研究会講演詳報」( PDFファイル 2.40MB )

異質な企業層がイノベーション持続 梶谷懐氏が中国の活力解説

小岩井忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)

 中国企業の動向に詳しい梶谷懐神戸大学大学院経済学研究科教授が2019年3月6日、科学技術振興機構(JST)中国総合研究・さくらサイエンスセンター主催の研究会で講演し、知的財産権への対応の違いから三つの層に大別される企業の存在が国全体として国際競争力を急速に高めている、と中国産業の現状を解説した。急速なITの普及、浸透が監視社会化を招いているとの懸念に対しては、犯罪が減っているというデータなどを挙げ、むしろ中国社会におおむね受け入れられているとの肯定的な見方を示した。

 梶谷氏がまず提示したのは「中国のイノベーションは持続可能なのか」という論点。政治経済学者の主流派はおおむね否定的であると指摘した上で、深圳や北京でどのような企業が急成長しているかという実例を示し、持続可能との見方を示した。

活況もたらす異質な企業群

 中国の急速な発展を示す代表的な都市、深圳の活況を、規模も社風も異質な三つの層に大別される企業群の存在で説明したのが、参加者の関心を集めた。三つの層とは、知的財産権を全く無視する「プレモダン層」と、自主開発・供給と特許を重視する「モダン層」、さらにオープンソースを通じイノベーションを促進している「ポストモダン層」に分類される企業群。「プレモダン層」に属するのは、山寨とよばれる中国で横行するコピー製品(主に携帯電話)を製造する零細企業で、深圳市の華強北地区に多い。

「モダン層」を代表するのは、現在、米政府の攻撃の標的にされているファーウェイ(華為技術)やZTE(中興通訊)といった世界的に知られる企業。ファーウェイは、約18万人の従業員中、R&D(研究開発)要因が約8万人に上る。特許の申請数では、2014年、2015年2017年に世界一となっている。水準の高い独自技術を開発し、特許でそれを囲い込む知財戦略の王道を展開する、と梶谷氏はこの層に分類される企業に高い評価を与える。

「ポストモダン層」に属する代表的企業として、梶谷氏が挙げたのは「SEEED」社。エリック・パン氏が2008年に創業した。オリジナルな技術を特許などで保護せず、自由にコピー・改良することを認め、大勢でイノベーションを実現しようとする「オープンソース」の思想を実践する特徴を持つ。この手法によってオリジナルなハードウェア部品の開発・販売に加え、顧客の注文に応じた電子部品の受注生産、さらにアイデア段階のメーカーに対し試作品製作の支援やスタートアップ段階の企業に対する大量生産への支援も担う。

 こうした三つの異なる層に分かれる企業が存在することで、むしろ相互補完的な共存共栄が図られている。こうした見方を梶谷氏は提示し、昔から知的財産の保護などは受けていない料理レシピが社会に普及する例なども挙げて妥当性を説明した。「コピー製品が存在し、流通することそれ自体がイノベーションを促進する側面がある」。カル・ラウスティアラ・米カリフォルニア大学ロサンゼルス校教授とクリストファー・スプリングマン米バージニア大学研究教授が「The Knockoff Economy」(邦訳:パクリ経済)の中で書いていることも、こうした見方が成り立つ理由として挙げている。

大きいデザインハウスの役割

 梶谷氏が、深圳の活況をもたらした企業群としてもう一つ挙げたのが、デザインハウス(方案公司)と呼ばれる統合型企業群。自らは量産機能を持たない設計受託専業会社で、製品メーカーなど顧客の要求に応じてソフトウェア・回路・機構・外観に関わる技術を組み合わせて端末の設計を行う。設計だけでなく製品を組み立てる時の部品とメーカーの一覧表も提供するため、「ノウハウがない企業でも新製品を生み出すことができる」と、デザインハウスが他の企業群に果たす役割の大きさを強調した。

 デザインハウスの力をうまく活用しているのは、小さな企業だけではない。中国の中では価値の高い特許を数多く所有ことでも知られる小米(Xiaomi)も、ローエンド品やミドルエンド品では、設計のほとんどをデザインハウスに丸投げして、コスト減を図っている。梶谷氏は、深圳の企業実態に詳しい高口康太氏(ジャーナリスト、翻訳家)の記事を引用し、小米(Xiaomi)がデザインハウスに設計を委託した比率が80%に上るという数字を紹介した。ちなみに高口氏の記事によると、ファーウェイ(華為技術)もまた、設計の38%はデザインハウスに委託しているとされている。

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北京が新たなイノベーション拠点に

 梶谷氏は、深圳とともにイノベーションの拠点となっている北京の状況についても紹介した。北京は、いろいろな世界の大学ランキングでも上位にランクされている清華大学北京大学をはじめとする理工系大学や研究機関が集中している。氏は、これら有力大学、研究機関に加えて、国有企業が参加するインキュベーターが資金、土地を含め手厚く支援する体制がここ数年でできあがっていることに注意を促した。

 北京の代表的インキュベーターとして、梶谷氏が紹介したのが、創業公社(VSTARTUP)。母体は、大手国有鉄鋼企業「首都鋼鉄集団」だ。「首都鋼鉄集団」は最盛期に従業員約8万人、粗鋼生産量世界23位だったものの、北京オリンピック開催(2008年)前に北京市内の製鉄所は大気汚染対策のため全て河北省に移転し、工場も2011年に創業を停止した。今は、傘下の投資部門だった創業公社(VSTARTUP)が国有企業として大きな役割を発揮しているというわけだ。国有企業の特典とも言える所有する広大な土地を利用して不動産業を全国で展開、利益をベンチャー企業に投資するための投資ファンドとして運用している。

 創業公社(VSTARTUP)は、ベンチャー企業に投資するほか、オフィスを貸し出しすることもしている。「投資ファンド(ベンチャーキャピタル)の動向やハイテク系企業の動向を見る上では、深圳以上に注目すべき都市になっている」。梶谷氏は、より洗練された技術を競い合うハイテク系企業が集まる北京の動向に大きな関心を持っていることを明かした。

監視社会化進む一方、秩序形成も

 ICT産業の発展と、IoT(モノのインターネット)やAI(人口知能)の急速な社会への浸透の影の部分として、プライベート侵害や監視社会化が懸念されている。梶谷氏は、中国の企業の急速な発展と先端技術が中国社会に急速に浸透したことに伴う社会変化の負の側面を認めた上で、全体としては肯定的な見方を示した。

 梶谷氏は注目される企業として、昨年9月に訪問した「Face ++(曠視科技)」を紹介した。清華大学出身の青年3人が2011年に創業した同社は今や「中国で最も聡明な会社」といわれる。清華大学北京大学出身者が多く、従業員は約1,7001,700人で平均年齢は26歳。認証、セキュリティ、リテール、スマホロック解除といった技術の社会実装を手がけている。特に認証技術はファーウェイ、OPPO、ノキア、モトローラ、サムスンなどのスマホ製品に使われているほか、ケンタッキーフライドチキンなど店舗が採用している。また、スマートリテールの技術は、ユニクロ中国の店舗にも導入されている。

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 梶谷氏がもう一つ紹介したのが、「アリ・ファイナンス」が提供している「芝麻信用(セサミ・クレジット)」という信用情報データ。「アリ・ファイナンス」は阿里巴巴集団(アリババ)の関連企業で、中国国内で5億2,000万人が利用している電子決済システム「支付宝(アリペイ)」の運用会社だ。「芝麻信用(セサミ・クレジット)」は、利用者個人の支払い履歴から学歴、職歴、住宅や自動車などの保有状況さらには交友関係までも把握し、点数付けしている。点数が高い利用者には金融商品の金利優遇といった特典が与えられ、さらにこの点数情報が保健サービスやシェアリング経済などの審査材料としても利用される状況が生じている。

 こうした技術、システム、サービスの社会への浸透がどのような変化を中国社会にもたらしているか。2012年から2017年の間に暴行罪の件数が51.8%減少し、重大交通事故は43.8%減った。10万人当たりの殺人件数も0.81件と最も少ない国の一つになっている。社会治安に対する人々の満足度は87.55%から95.55%に上昇した。人民網日本語版の記事(2018年1月25日)に示されているこうした数字を引用して、梶谷氏は次のような見解を述べた。

「芝麻信用(セサミ・クレジット)」などの技術が生む「向社会的行動の点数化」に人々が自発的に従うという行為により、中国社会は『お行儀』がよく、『予測可能』になりつつある」。さらに、監視カメラなどによって集められた情報がウイグル族など一部の少数派国民に対する抑圧に利用されているという指摘があることを認めた上で、「(新しい技術は)マジョリティ(多数の国民)にはおおむね受け入れられている」との見方を示した。 

(写真 CRCC編集部)

梶谷懐

梶谷 懐(かじたに かい)氏:
神戸大学大学院経済学研究科 教授

略歴

1970年生。神戸大学卒業、同大学大学院経済学研究科前期博士課程修了。中国人民大学に留学。博士(経済学)。神戸大学大学院准教授を経て、現在神戸大学大学院経済学研究科。専門は現代中国の財政・金融。/ / 著書は『「壁と卵」の現代中国論』(人文書院)、『現代中国の財政金融システム』(名古屋大学出版会・大平正芳記念賞受賞)、『日本と中国、「脱近代」の誘惑』(太田出版)、『日本と中国経済』(ちくま新書)/ 、『 中国経済講義』(中公新書)など。