第68回CRCC研究会「日中産官学連携研究の成功事例」/講師:高橋五郎(2014年1月29日開催)

演題:「日中産官学連携研究の成功事例
―冬ナツメを対象とするデンソー、愛知大学、中国浜州市沾化県(はましゅうし・せんかけん)政府・中国K公司の連携による実証実験の取組」

開催日時・場所

2014年 1月29日(水)15:00-17:00

独立行政法人科学技術振興機構(JST)東京本部別館1Fホール

詳報

第68回研究会速報」( PDFファイル 373KB )

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冬ナツメで保鮮事業モデルづくり

小岩井忠道(中国総合研究交流センター

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 冬の一時期しか出回らない「冬ナツメ」の鮮度を保ち、季節ずらしの高価格果物として市場に出す―。日中の産官学連携によるビジネスモデルづくりが、山東省の冬ナツメ産地で進んでいる。1月29日、科 学技術振興機構中国総合研究交流センター主催の研究会で講演した高橋五郎・愛知大学国際中国学研究センター所長の報告から紹介する。

 日中産官学連携のきっかけは、自動車関連技術を世界の自動車メーカーに提供している日本企業デンソーが、事業分野の裾野拡大を目指し社長直属の新事業開発室を2009年に発足させたことだった。ち ょうど中国産農産物や食品の汚染が問題化していたころだ。中国の農村・農民経済を専門とし、中国で長年農村調査の実績を持つ高橋所長にデンソーが委託研究を申し入れ、最 終的にデンソーと愛知大学の共同研究として同年9月にスタートする。

 デンソーからは、営業、特装、冷房、設計、デザイン、色彩など専門分野を異にする6、7人がメンバーとして参加した。大手企業との初の産学連携事例となる愛知大学からは、高 橋所長を中心に物流経済専門家や研究員、博士課程大学院生などが加わる。高橋所長の提案で、農産物保鮮事業を中国で確立することを目指すことが決まった。冷蔵技術を持つデンソーが、装置の開発に加え、中 国の冷蔵技術に関する情報収集を担当し、愛知大学が農産物物流や消費者動向などそのほかの情報収集にあたるという役割分担も決まる。

 中国では、国家発展改革委員会の「農産物コールドチェーン発展計画」が翌2010年6月に決定され、2015年までに「青果物、肉類、水産品のコールドチェーン輸送率をそれぞれ15%、30%、40%に 引き上げる」などの意欲的な目標が盛り込まれた。中国は産地から消費地までの距離が長い。クーラー輸送車も少ないことから、輸送中に腐敗してしまう青果物が20~30%にも上り、肉類の12%、水産品の15%も 同様に腐敗して無駄になっているのが現状。青果物の損失だけでも年間1,000億元(約1兆6,000億円)にも上るといわれている。

 「中国の特定の農産物を用い、中国で保鮮実証実験を行う」という基本スキームは、まさに中国のニーズにもぴったりと思われた。移動式冷蔵装置をデンソーが試作し、山東省青島市で省・市政府、青果市場、地 元大学など関係者などに集まってもらい研究会を持つ。ところがそこで高橋所長によると「メンバーの気持ちが折れそうになった」というほどの思わぬ反応が返ってきた。

 「日本製の冷蔵庫は高い。日本の冷蔵庫を買うくらいなら、農産物を腐らした方がまし」と言われてしまう。確かに日本製は中国製の2,3倍あるいはそれ以上する。さらに、各 地の冷蔵関係研究機関を回って構想を説明しても「何十年間冷蔵研究してきたが、そんな技術あるはずがない」と乗ってくる機関はなかった。「デンソーが事業撤退も検討するなど、研究会は時として暗い雰囲気に」( 高橋所長)という苦しい事態に陥る。

 ここで頓挫しなかったのは、高橋所長が2011年に北京、鄭州、青島のスーパーや一般商店の農産物販売価格調査を実施した結果、ある確信を持ったためだった。「 所得向上と富裕層の増加で消費者の階層化が進み、高価格農産物需要層が生まれ、高級果物嗜好(しこう)層もできてくる」(高橋所長)。中国では、露天商から一般商店、有 名スーパーと顧客層がはっきりと分かれており、さらに有名スーパーで高い商品でもどんどん買う富裕層が今後ますます増えてくるはずという…。

 では、どこのどんな農産物を対象にするか。議論の結果、選ばれたのが高橋所長の人脈も活用できる山東省浜州市沾化県の特産品である冬ナツメだった。冬ナツメは甘くておいしい、し かもビタミンCにも富む中国人にとっては特別の意味を持つ果物といえる。値段も高い。収穫時から数カ月、保鮮し、市場から消えたころに売れば、さらに高く販売でき、大きな利潤も期待できる、と考えた。浜 州市沾化県は、人口約39万人、うち90%が農村人口という農業地域で、青島氏から車で5,6時間の距離にある。

 2012年、環境にも配慮した移動式冷蔵庫という意味から「移冷緑庫」と名付けた長さ40フィート(約12メートル)のコンテナ式冷蔵庫を2台、浜州市沾化県の冬ナツメ農場に設置した。保 鮮実験期間は4カ月。まず10月初旬の収穫時に沾化県政府が収穫、撰果し、入庫作業の際には、一部を無差別抽出し、糖度、硬度、水分、色などを調べ、個体ごとに記録してから2台に装入する。さ らに1カ月おきに2月までサンプル調査すること、になっていた。ここに至るまでには、愛知大学とデンソーの人間が何度も現地に出向き白酒で乾杯し合うといった、信頼関係を築くための大きな努力も重ねた。

 ところが、ここでまた難題に直面する。9月に日本政府が尖閣諸島の国有化を決定したことから、事情は激変、沾化県が作業をボイコットいう挙に出たのだ。愛知大学、デ ンソーの人間4人ずつで畑や作業上で全ての作業を行わざるを得なくなった。この結果、入庫できた冬ナツメの量は、予定(2台に20トンずつ)の5分の1にとどまる。さらに1カ月後、デ ンソー社員がサンプル調査をしたところ、1台は劣化が激しく以後の検査を断念せざるを得なくなった。入庫直後の1カ月は温度変化が生じるので扉を占めたままにしておかなければならないのを、現 地の誰かが扉を開けてしまったらしい。

 こうしたトラブルを経ながらも残る1台で実験を続けた結果、4カ月後の冷蔵庫内冬ナツメの歩留まりは約80%という結果が得られる。思わぬ良い結果に驚いた現地との関係も修復に向かった。

 現在、この実績を基に、新たなビジネスモデル構築のための実証実験が行われている。移冷緑庫の数を5台に増やし、設置場所も4カ所、冬ナツメの提供者も企業、冬ナツメ合作者に増やした。昨年11月初旬、入 庫1カ月の最初のサンプル検査は、良好だ。

 高橋所長は、今回の日中産官学連携から得られた教訓を次のように語った。

  • 日中間には信頼関係の醸成が最も大事。
  • 大学側は研究が唯一の目的とせず、納得した場合には企業の事業化を手伝う意識を持つ。
  • 必要以上の研究費あるいは報酬は受けないよう心する。
  • 相手がどんな情報を欲しがっているかを見て、それ以上の情報を提供できるよう課題に取り組む。
  • 研究会での発言を肯定的に、かつ相互に補う姿勢で聴く。
  • 求められているテーマ、内容以外に手を出さない。
  • 楽しく取り組む。適宜、飲み会をする。
高橋五郎教授

高橋 五郎(たかはし ごろう) 氏:
愛知大学現代中国学部 教授

 愛知大学現代中国学部教授,2008年6月より大学国際中国学研究センター(ICCS)所長。中国・河南財経政法大学名誉教授。愛知大学法経学部,千葉大学大学院博士課程修了、農学博士。宮 崎産業経営大学教授を経て、1997年より現職。
専門は中国食料問題,中国農村経済学,中国社会調査法と統計制度の分析,中国農村土地制度論など。
主な著書は『世界食料の展望-21世紀の予測-』(翻訳)(ダンカン他著,農林統計協会,1998)、『国際社会調査-理論と技法-』(農林統計協会,2000)、『新版国際社会調査-中 国旅の調査学』(農林統計協会,2007)、『海外進出する中国経済』(編著,日本評論社,2008)、『中国経済の構造転換と農業』(日本経済評論社,2008年)、『農民も土も水も悲惨な中国農業』( 朝日新書,2009年)、『新型世界食料危機の時代―中国と日本の戦略』(論創社,2011年)など中国農業問題や食品安全問題を題材とした和文・英分論文,著書が多数。2014年春に文藝春秋社から単著、日 本評論社から編著を新刊予定。
毎年、中国農村調査を実施、年平均30日は各地の中国農村で過ごす。
現在、株式会社デンソー、中国浜州市沾化県政府と共同研究。愛知大学側の研究代表者を務める。


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