第2回中国研究サロン「日中摩擦時代に備えた今後の日中ビジネス新展開」/講師:範 雲涛(2013年7月25日開催)

中西部向け攻めのビジネス戦略を

中西部地域への投資奨励策をチャンスと捉える攻めの戦略的投資を!

 7月25日、科学技術振興機構中国総合研究交流センター主催の第2回中国研究サロンで講演した範雲涛・亜細亜大学アジア国際経営戦略研究科大学院教授が、日本企業に対し、中国・中西部に外国からの投資を促す中国政府の投資奨励政策に応え、中国の国内特需を掘り起こす積極的なビジネス展開を促した。

 範氏は日本での弁護士活動経験も長く、現在、上海に法律事務所も持つ。日本企業の中国でのビジネス展開を支援してきた経験も豊富だ。「日中摩擦時代に備えた今後の日中ビジネス新展開」と題したこの日の講演で、範氏が「活用すべきだ」と強調したのが、昨年5月、北京の日中韓首脳会議で調印された「日中韓投資協定」。それまでの日中投資協定(1989年発効)には明記されていなかった知的財産権の保護や、不合理な技術移転要求の禁止に関する規定が設けられている。さらに、投資家と投資受け入れ国政府間の紛争が起きた場合の解決制度(ISDS)が盛り込まれている重要性も、範氏は指摘した。ISDSは、投資受け入れ国が協定上の義務を履行しないために他の締約国の投資家が被害を被った場合、国際的な紛争仲裁手続きにのっとって国際仲裁・調停に訴えることができる制度だ。

 範氏は、「日中韓投資協定」の活用とともに、さらに6月10日に中国政府が公表したばかりの「中西部地域外商投資奨励優遇政策ガイドライン」で示された投資優遇政策にも注目するよう勧めた。このガイドラインは、「西低東高」から「西高東低」を目指す産業政策を促進するのが狙いで、投資誘致政策の対象が、2008年より89項目増えている。さらに設備導入時の輸入免税や法人税の15%への引き下げも入った。

 対象地域の中西部には四川省など12の省のほかに内蒙古自治区や重慶市など6つの自治区、直轄市が含まれ、名目GDP(国民総生産)は約1兆ドル(約100兆円)と、経済規模はASEAN(東南アジア諸国連合)10カ国(GDP約1兆3,000万ドル=約130兆円)に匹敵する。すでに外資の契約実効金額は、2012年末時点で192億ドル(約1兆9,000億円)と、中国全体の17.2%を占めるまでになっている。

 範氏は、「中西部地域への戦略的パイオニア投資を新たなビジネスチャンス」と捉え、「10年先をにらみ、ビジネスリスク管理と現地経営をしっかりやっていれば勝算はあるはず」と日本企業に奮起を促した。

範 雲涛(はん うんとう)氏

範 雲涛(はん うんとう)氏:
亜細亜大学アジア国際経営戦略研究科大学院教授
中国弁護士/京都大学法学博士

略歴

 1963年上海市生まれ。1984年上海 復旦大学外国語学部日本文学科卒業。1985年文部省招聘国費留学生として京都大学法学部に留学。1 992年、同大学大学院博士課程修了。その後、助 手を経て同大学法学部より法学博士号を取得。東京あさひ法律事務所、ベーカー&マッケンジー東京青山法律事務所に国際弁護士として勤務後、上海に帰国。上 海で渉外法律事務所を開設。日系企業の「 駆け込み寺」となる。2006年4月現職。2008年12月中国上海環境エネルギー取引所国際運営執行役員、東アジア事業部長兼任。

主な著書

  • 『中国ビジネスの法務戦略』(2004年7月日本評論社)
  • 『やっぱり危ない! 中国ビジネスの罠』(2008年3月講談社)
  • 『中国ビジネス とんでも事件簿』(2008年9月 PHPビジネス新書)2013年2月重版増刷

范云涛・亜細亜大学アジア国際経営戦略研究科大学院教授講演
日中摩擦時代に備えた今後の日中ビジネス新展開」概要

 習近平新体制は、胡錦涛-温家宝政権時代の積み残し課題の精算、改革のスピードアップ、党内の綱紀粛正、汚職・腐敗の一掃キャンペーンを目指している。3月に行われた李克強首相の記者会見、所信表明では、官僚主義、形式主義との決別と官民協調、所得倍増、格差是正とともに、胡政権時代と打って変わって法治主義が、独自カラーとして提唱された。

 外交では、戦略方針の大きな転換がみられ、「国家の主権」「領土の保全」「国家の安全」「国家の統一」「中国憲法が確立された国家政治体制および社会秩序の安定」「経済社会の持続的発展の基本的保証」という核心的利益が外国勢力の一方的な侵害によって阻害された場合には、容赦なく権益を擁護する方針を明確にしている。

 2010年末時点で中国の外資導入実績は1,400億米ドル(約14兆円)を達成、世界で2番目に大きい外資流入国となった。一方、1979年以来外資に与えられていた「超国民待遇」が「内国民待遇」へと、180度の政策転換の結果、外資企業を取り巻く経営環境が質的に急変し、EU(欧州連合)諸国をはじめ、米国、日本からも反発が一時期高まった。生産材の輸入免税や、企業所得税、法人税などに対する多くの優遇措置による包括的な進出メリットが、2006年を境目に段階的に見直し、縮小されてしまったからだ。

 こうした投資経営環境の変化は、2009年に起きたオーストラリア・RioTinto産業スパイ事件、フランス食品大手ダノンと杭州ワハハ集団との合弁紛争事件、2010年のGoogle撤退案件、コカコーラM&A審査案件に端的に現れている。今年1月5日には、外資への独占禁止法適用第1号として韓国サムソン、LGをはじめとする6社が液晶パネル価格カルテルに問われ、約50億円という高額の罰金を課された。進出企業が反不正競争法や、独占禁止法、会社法、労働契約法等新法の改正や制定、実施の動きに悩まされたり、予期せぬトラブルに巻き込まれたりする事態が起きている。

 日本企業が関わった訴訟例の一つに、日本企業が原告になった「トヨタ自動車ロゴマーク侵害訴訟」がある。中国製小型乗用車のエンブレムロゴマークがトヨタのものと似ていると、不当競争および商標権侵害容疑で損害賠償を請求した訴訟だ。「悪意模倣が成立しない」と一審判決はトヨタの請求を退けた。「クレヨンしんちゃん」の図形と、題名の中国語表記「蝋筆小新」を中国の3社が先取り商標登録したことに対して、日本の著作権者である双葉社が登録無効と行政決定取り消しを求めた訴訟では、双葉社が8年以上かかって上海高等裁判所の逆転勝訴判決を得ている。

 中国企業に日本企業が訴えられたケースとしては、オリンパス光学が使用した商標「ミレニアムドラゴン(千喜龍)」が、徐州市の有限公司がすでに登録済みだったことから、オリンパス光学が敗訴、25万元の賠償金支払いを命じられた訴訟例などがある。

 2001年にWTO(世界貿易機関)に加盟して以来、中国政府は「商標法実施条例」改正(03年)、「知的財産権税関保護条例」改正(04年)など、加盟の条件として求められていた地財関連の法整備を整えつつある。しかし、法律は整備されても、その運用面でグローバルスタンダードとのギャップが目立つ。

 近年の企業訴訟にはさまざまな形態があるが、欧米系や華僑系に比べ日本企業にコーポレートガバナンス(企業統治)の面でいくつかの課題があるのも事実だ。現地当局との意思疎通、関係構築の遅れ、現地の経営資源の活用や現地企業との連携の遅れ、さらに現地人材調達の仕組みの欠如や日本型労務管理の押し付けなどが、収益性の低迷や事業リスクへの対処の鈍さ、さらにはコンプライアンス(法令順守)経営マインドの希薄化などを招いている。

 これらの課題解決には、欧米系企業の投資経営戦略に習うことも必要だろう。製造部門は、2カ国間投資協定(BIT)対象地域に統括法人をつくる。サービス業や金融業は、国際租税回避地(タックスヘイブン)を利用した多国籍出資構成とする。台湾企業との複合経営体制の導入。さらには法務部機能を現地で貫徹させることなどによって、投資スキーム(枠組み)の分散化と資本構造・経営戦略ビジョンの再編成を図ることができる。

 あまり知られていないようだが、「日中韓投資協定」の活用を勧める。昨年5月に日中韓首脳会議で調印されたこの協定は、1989年に発効した日中投資協定に加えて、知的財産権の保護や不合理な技術移転要求の禁止に関する規定を設けてある。さらに投資家と投資受け入れ国政府間の紛争解決(ISDS)制度も盛り込んでいる。投資家に対する差別待遇や土地を含む私有財産の収用の補償額に関する紛争に関しては、国際仲裁・調停システムを利用できるようになっている。

 投資者に対して内国民と同じ待遇を保障し、公正公平な待遇、透明性の確保、資金移転の自由をお互いに認めるというものだ。日本が交渉に参加しているTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)にも、ISDS条項を入れておけば、TPP加盟国については現地政府から不当な差別待遇や許認可取り消し、国有化、立ち退きなどの仕打ちを受けた場合、迅速に国際仲裁申し立てを通じて紛争解決し、補償を得ることができる。米国企業から日本企業への申し立てが増えることを心配して、ISDS条項を入れることに外務省は難色を示しているようだが…。

 今後の日中ビジネスでは、中西部地域への戦略的パイオニア投資を新たなビジネスチャンスと捉え、中国国内特需を掘り起こす攻めの戦略オプションに打って出ることを勧める。「西低東高」から「西高東低」への産業政策に合わせ、高まる中西部開発の公共インフラ整備事業や第二次産業の開発を収益構造の多角化とする。さらに優遇政策のメリットを最大限生かし、拠点のネットワーク化、再投資による利益還元効果を最大にすることだ。

 6月10日に中国政府が公表した「中西部地域外商投資奨励優遇政策ガイドライン」を見てほしい。西部は12の省、自治区、直轄市が含まれ、国土面積で71.5%、総人口の28.6%(3億7,200万人)、GDP総額の20%(約34兆円)を占める。中部地方は江西省、安徽省、湖南省、湖北省、山西省、河南省の6省から成り、人口が3億5,000万人。国土面積の26%を占める。

 中西部合わせた経済規模は名目GDPで1兆米ドル。これはインド並みで、ASEAN(1兆3,000万米ドル)に近い。全国の21%を占める。

 外商投資誘致政策の対象業種としては500、2008年よりさらに89項目増えた。設備導入時の輸入免税、法人税も15%に引き下げられている。労賃コストは上海、北京の3分の1だ。すでに2012年末の統計では、外資の契約実行金額が、192.1億米ドルと全国の17.2%を占めるまでになっている。

 日本企業が、中西部地域への戦略的パイオニア投資を新たなビジネスチャンスと捉え、10年先をにらみ、ビジネスリスク管理と現地経営をしっかりやっていればまだまだ勝算はあるのではないか。

中国総合研究交流センター 小岩井忠道)


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