【16-04】中国人が抱く、日系企業のイメージ

2016年12月 5日

青樹 明子

青樹 明子(あおき あきこ)氏: ノンフィクション作家、
中国ラジオ番組プロデューサー、日中友好会館理事

略歴

早稲田大学第一文学部卒業。同大学院アジア太平洋研究科修了。
大学卒業後、テレビ構成作家、舞台等の脚本家を経て、ノンフィクション・ライターとして世界数十カ国を取材。
1998年より中国国際放送局にて北京向け日本語放送パーソナリティを務める。2005年より広東ラジオ「東京流行音楽」・2006年より北京人民ラジオ・外 国語チャンネルにて<東京音楽広場><日本語・Go!Go!塾>の番組制作・アンカー・パーソナリティー。
日経新聞・中文サイト エッセイ連載中
サンケイ・ビジネスアイ エッセイ連載中
近著に『中国人の頭の中』(新潮新書)

主な著作

「<小皇帝>世代の中国」(新潮新書)、「北京で学生生活をもう一度」(新潮社)、「日本の名前をください 北京放送の1000日」(新潮社)、「日中ビジネス摩擦」(新潮新書)、「中国人の財布の中身」(詩想社新書)、「中国人の頭の中」(新潮新書)、翻訳「上海、か たつむりの家」 

 「日系企業なんだよ、ここは!」

 という、我々日本人にとって、ある意味衝撃的な言葉が飛び出すのは、中国のテレビドラマ『蝸居』である。原作は2007年に発表されたベストセラー小説『蝸居』(六六著・邦題『上海、かたつむりの家』拙訳)で、ドラマは放送直後から視聴率トップに躍り出た。

 人気の理由はただひとつ。

 「中国の今が全部入っている。好いも悪いも、社会の問題点も含めて、すべてが織り込まれている」

 からなのだそうだ。

 描かれた内容は、「太事实了!」(あまりに真実)だとの評判を得た。

 蝸居とはかたつむりの殻のように小さな家という意味である。兎小屋よりなお狭い。

 物語は、このかたつむりの家からの脱出作戦から始まる。その後に続くローン地獄、一円でも節約するつましい生活、官僚の汚職、不倫、性愛の落とし穴……。蝸居で描かれた「中国の今」からは、日本を追い抜いた「世界第二位の経済大国」の光と闇が等身大で見て取れる。

 現代中国があますところなく描かれた『蝸居』は、ドラマ放送当時から中国駐在の日本人の間でもよく話題に上った。何故なら、ドラマの重要なシーンで「日本人」「日本企業」がしばしば登場したからである。

 主人公は四人。地方から上海に出てきた有名大学卒の若い夫婦を軸に展開していく。

 妻、海萍(ハイピン)は、「一人の女性が、毎晩夜中の二時まで勉強して、有名大学に合格して得ることができた価値」が、月給3,500元(約6万円)ということに納得ができない。少ない給料で過度な要求をする会社と、彼女は色々摩擦を起こしていくが、会社は「葵の紋所が目に入らぬか」というかわりに、このセリフで締めくくる。

 「日系企業なんだよ、ここは!」

 そう、彼女が勤務する会社は、日系企業だった。

 彼女がその「日系企業」と衝突した原因は「残業」である。

 中国の「残業」とは、ほとんどが無給、つまりサービス残業である。「会社」は、毎日のように社員に残業を強いるが、嫌がる社員たちに、中国人の課長は高々と宣言する。

 「残業はアジアの文化なんだ。嫌なら辞めてくれ!」

 問題は、海萍(ハイピン)が残業などできないことだ。かたつむりの家から脱出するためには、家を買わなければならない。年収の25倍とも言われる家を買うためには、お金が必要だ。彼女は毎日会社が終わった後、外国人に中国語を教えるアルバイトをしていたのである。

 ──残業は無償労働、アルバイトは一時間半で150元(約2,500円)。どっちが得か……、考えるまでもないわよね。

 思ったことははっきりと口に出す。中国・働く女性の処世術である。

 「仕事は決められた8時間以内で終わらせているから、残業する必要なんかありません。残業は能力のない人がするものだと思います!」

 日系企業の特徴は残業が多いこと。中国人の誰もがそう考えている。その「常識」に刃向うとどうなるか。こうなる。

 次の日、彼女が出勤すると、オフィスから彼女の机が消えていた。机は、廊下のトイレの前に置かれている。会社の報復が始まったのである。

 血相を変えて抗議する海萍に、課長はこう告げた。

 「きみは出勤したくないんだろう? それじゃあ、きみにやってもらう仕事はないよ。きみの机はトイレの前に置いた。きみはそこで、雑誌を見てもいいし、新聞を読んでもいい、自由にしたまえ。ただその場を離れると、サボりとみなす。三回呼んでいなかったら、怠慢であるとして、自動的に解雇される。これは社の規則にはっきりと書かれているから、きみも知っているだろう」

 このバトル、最後は大逆転で海萍が勝利する。視聴者は、冷酷な「会社」、つまり「日系企業」の敗北に、おおいに溜飲を下げることになった。

 『かたつむりの家』に描かれる「日系企業」は、もちろんデフォルメされたものである。しかし、中国人のイメージする日系企業を的確に捉えているのも事実だ。

 原作者の六六さんは、別に日本が嫌いなわけではない。彼女は社会を切り取る一種の天才で、日本と日系企業についての描写も、「中国におけるステレオタイプの日本」を切り取っただけである。

 ステレオタイプの日本。抗日ドラマ等で、捻じ曲げられた日本人はその代表例だが、日系企業にも、やはりステレオタイプがある。そしてそれはしばしば、大きく現実と隔たっているから、時に深刻な問題になりやすい。

 再びテレビドラマの話になるが、『相愛十年』という作品にも、日系企業が登場する。

 舞台は90年代初頭の広東省・深圳である。北京の大学を卒業した若者三人が、深圳で成功を目指して奮闘する物語だ。有能な若者たちが、改革開放の最前線で出会う数々の矛盾と、その過程で生じる悲劇を描いている。

 この三人のうち一人が就職したのが日系企業である。物語には「清水部長」という日本人上司が登場するが、この人物は「ステレオタイプの日本人駐在員」を10倍以上に戯画化して描かれている。

 彼はたしかに、毎日毎晩、遅くまで仕事に精を出す。疲れ切った「部長」は、「少しは休んだほうが」と心配する中国人部下にこう言うのだ。

 「深圳は楽しいところがいっぱいあるんだろ?きみ、連れていってくれたまえ」

 楽しいところとは、女性がいるカラオケクラブである。清水部長は女性の肩を抱いて、楽しそうに歌を歌う。曲目はもちろん「北国の春」だ。

 まるで漫画のようなキャラクターの「清水部長」、けっこう中国人視聴者にはウケがいいので驚く。

 日本から上司が出張してくる。宴会ではお約束通り「泥酔」だ。歩くこともできないくらい酔っぱらった日本人上司を、中国人の女性社員が部屋まで送る。その時に日本人上司の取った行動は、日本社会では「セクハラ」と言われ、解雇されても不思議はない。

 ドラマでは徹底的に戯画化されている日本人駐在員と日系企業だが、中国人の一般視聴者はどう感じるのだろう。

 ネットなどの書き込みを見ていると、「日本人と日系企業の特徴がよく出ている」との声が高い。

 「日本人と日系企業の特徴」といっても、大部分の人たちは自らの体験によるものではない。ステレオタイプからくるイメージで捉えているのである。

 そして問題は、日系企業は自らのステレオタイプをよく知らないまま、中国に進出していることが多い。

 中国に進出する日本企業の数は増加傾向にある。

 2016年8月末の時点で1万3934社に達したそうで、前回調査(2015年6月)の1万3256社に比べ、678社増えていて、増加率は5.1%なのだという。

 業種別で見ると、「製造業」の5853社が最多で、2位以下は、「卸売業」の4633社、サービス業の1705社と続いている。(2016年10月・帝国データバンク第4回中国進出企業実態調査より)

 中国進出企業の増加は、日本に限ったことではない。世界中の企業が経済発展を続ける中国を目指して進出を加速させている。

 そこで何が起きるかというと、優秀な人材の奪い合いである。

 一人でも多くの優秀な人材が欲しいなか、日系企業は人材獲得戦線で、出遅れの感が否めない。中国人が抱く、等身大にほど遠いステレオタイプが邪魔をしているのである。若者たちは日系企業を敬遠しがちなのだ。

 中国の就職関連サイト、中華英才網が毎年行っている調査に「中国・大学生人気企業ランキング」というのがある。その結果をふまえて、毎回独自の特集企画を組んでいるのだが、2004年は「日系企業の人気が下落し始めた」ことに焦点を当てていた。何故ならこの年、ソニー、パナソニック、ホンダという世界的に有名な企業が、軒並みランクを落としたからである。

 記事はこう指摘している。

 「日本製品は中国市場で人気が高いが、日本企業となると話は別だ。彼らは中国でブランドを確立する際、品質に関してはおおいに宣伝したが、企業イメージについてはPRを怠った。つまり、自らの企業文化について、好いイメージを創りあげることをおろそかにしてしまったのである。中国で人材を確保するためには、企業の実力もさることながら、魅力的な企業であるというイメージもやはり大切である」

 日系企業は、製品の魅力は充分アピールしてきたが、企業としての魅力は発信してこなかったということである。

 その結果、日系企業は伝説が先行し、いびつな形のまま中国の若者の心の中にすり込まれてしまっている。

 そのイメージをひと言で言いあらわすとこうなる。

 ――日系企業って、なんかヘン。

 いったい何が「ヘン」なのか。中国人大学生の抱く日系企業のイメージを集約すると、おおむね、こんなところのようだ。

 「安い給料」「ガラスの天井」「将来性がない」「ストレスの高さと給料が一致しない」「残業が多い」「融通が利かない」「頑固」「仕事のプロセスにこだわりすぎる」「多くのやり方は日本のやり方のままで、中国の実情に合っていない」(産業能率大学・国際経営研究所2008年度調査より)

 なかでも、日系企業のイメージについて、多くの中国人があげるのが「残業が多い」「給料が低い」「管理が厳しい」という三項目である。

 北京に住んでいた当時、私のアパートの目の前はオフィスビルだった。連日、夜の九時十時まで、窓には灯りがともり、パソコンの前に坐る社員の姿が見て取れる。土日も例外ではない。

 経済大国となった中国では、日系企業かどうかにかかわらず、すべての会社で残業は多いようだ。しかしながら、日系企業の残業のみが、中国人の頭の中で、大きくクローズアップされているというのも、ひとつの事実である。

 イメージ先行の日系企業であるけれど、もちろん「日系企業ファン」の中国人も存在する。彼らの伝える日系企業は、イメージや伝説ではなく、等身大に近い姿を伝えている。

 日系企業の魅力とは何か。それは「最高のビジネススクール」であることだ。

 日系企業情報交換サイトより。

 「日系企業最大の特質は、社員教育制度が充実していることだ。中国国内の企業はもちろん、どんな欧米企業に比べても、新人教育をきちんとしてくれる。新卒で日系企業を経験しておけば、どこに行っても通用するに違いない。最高の学校だ」

 「仕事を覚えない間は、給料は低いけど、経験を積むに従って、給料は確実に上がっていく。そして日系企業の最大の長所は、一度採用されると、よほどのことがない限り、くびになることがない。安心して仕事に集中できる」

 日系企業が厳しいかどうかはさておき、ビジネスのイロハを学べる得難い環境であることは中国人にも浸透しているようだ。

 家族的雰囲気があることも、日系企業の魅力だという声も高い。

 「日本人上司はとても友好的。いつも食事に誘ってくれて、ご馳走してくれます。社内人間関係は、『一杯やる』ことによって作られていくんですね」(百度より)

 「新人が入社してくると、必ず歓迎会がセットされるし、辞める場合も歓送会を開いてくれる。社員の誕生日にはプレゼントを送るし、結婚や子供が生まれたときも、会社がお祝いしてくれる。こんな家族的な職場は、他の外資系企業にはないと思う。退職した中国人社員は、こんな日系企業の日々を、とてもなつかしがっていますよ」(某大手日系企業・中国人社員)

 「日系企業はたとえて言うと、イルカに似ているんです。イルカはお互いに協力しあって生存していくでしょ。友好関係を大切にする。欧米企業は、ライオンなんです。勇猛果敢で、領地拡張を常に目指している。中国の民間企業はサルかな。迅速ですばしこい。それぞれの特徴を研究して、自分に合った企業を選べばいい」(日系IT産業・中国人人事課社員)

 福利厚生の充実も、日系企業の特徴である。

 「やっぱりアメリカの企業に比べると、お給料は低い。でも、保険関係が充実しているので、結局は同じだと思う。医療保険、失業保険、介護保険、家賃補助、食費補助とかいっぱいある。病気や、交通事故などにあったときも、安心して養生できる」

 「僕は残業が心配だった。毎日、無償で残業させられたら、給料の額なんて意味がなくなるし。でも、きちんとした企業なら、本当に残業の必要性があれば、残業代をちゃんと支払ってくれる。面接のときに、きちんと確認しておけば問題にはならないと思う」

 経済大国となった中国では、世界各国の企業が進出を果たし、また中国国内の企業も事業拡張を目指している。そんな中国で発展を目指していくためには、優秀な人材確保が第一に求められている。

 しかし、相変わらず日系企業は、優秀な大卒者の採用に苦戦しているのは、大変に残念だ。

 優秀な人材を確保していくためには、まずは企業の魅力をアピールしなければならない。そのためには、中国人の間に根深い日系企業のイメージを改善し、より真実に近い姿を中国人に見せるのは、喫緊の課題と言えるのではないか。

 いずれにしても、まずは中国と中国人を知らないと失敗する。

 日本では、中国政治・中国経済についての研究はとても進んでいる。分析や論評のレベルの高さは、中国以上かもしれない。しかし、中国社会や中国人の生活習慣、考え方についての理解度は非常に低い。

 まずは中国人をよく理解し、コミュニケーションを図ることである。それがなければ、中国での成功はあり得ないと言っていいだろう。

 中国の若者たちは非常に優秀である。この優秀な頭脳を獲得するためにも、日系企業は、まずはステレオタイプを解消する必要があるのではないか。


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