【17-01】我が家に二人目がやって来た!

2017年 3月 7日

青樹 明子

青樹 明子(あおき あきこ)氏: ノンフィクション作家、
中国ラジオ番組プロデューサー、日中友好会館理事

略歴

早稲田大学第一文学部卒業。同大学院アジア太平洋研究科修了。
大学卒業後、テレビ構成作家、舞台等の脚本家を経て、ノンフィクション・ライターとして世界数十カ国を取材。
1998年より中国国際放送局にて北京向け日本語放送パーソナリティを務める。2005年より広東ラジオ「東京流行音楽」・2006年より北京人民ラジオ・外 国語チャンネルにて<東京音楽広場><日本語・Go!Go!塾>の番組制作・アンカー・パーソナリティー。
日経新聞・中文サイト エッセイ連載中
サンケイ・ビジネスアイ エッセイ連載中
近著に『中国人の頭の中』(新潮新書)

主な著作

「<小皇帝>世代の中国」(新潮新書)、「北京で学生生活をもう一度」(新潮社)、「日本の名前をください 北京放送の1000日」(新潮社)、「日中ビジネス摩擦」(新潮新書)、「中国人の財布の中身」(詩想社新書)、「中国人の頭の中」(新潮新書)、翻訳「上海、か たつむりの家」 

 私の両親、特に父は、男の子を欲しがった。

 しかし、なかなか思い通りにはいかず、生まれて来たのは女の子ばかりである。四人目でようやく男の子が誕生し、「末っ子長男姉三人」状態となった。

 産児制限のない日本でも、さすがに四人姉弟は珍しい。こういう家庭環境は、私たち姉弟の人格形成に大いに影響した。

 父の教育方針の基本は「四人は平等」という点だった。それでも、完璧に平等なんてあり得ない。上は上で「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」と言われ続け、下は下で「まずはお姉ちゃんからでしょ」と躾けられる。姉弟が多いということは、楽しいことも多いけれど、やはり「譲り合い」であり、「気配り」が必要となる。

 食事もおやつも四人平等である。私は二番目で、どちらかといえば「上の子」だったため、常に、みんなにちゃんと行きわたっているかどうか、気遣いせねばならない。長じてから、自分が招待される側であっても、お鍋やサラダなどが来ると、率先してとりわけ役に回っている。

 興味深いのは、一人っ子で育った方は、食事中にキョロキョロすることが少ないようだ。一人っ子は、おやつも食事も、そして親や祖父母の愛情も含め、100%自分のものにすることができる。

 姉弟の有難さは、大人になってからようやく知る。

 幼い頃は一人っ子が羨ましかった。親の愛情も、家の経済も、すべて一人のものだった。一人っ子の友達は、「お古」を知らない。「お姉ちゃんだから我慢しなさい」と言われることもない。子供部屋も幼稚園の頃から独占状態である。

 このように「100%が自分のもの」という環境で育った一人っ子に、突然弟や妹が出来たら、どうなるのだろうか。

 地球上において、最も一人っ子の数が多いのは、中国ではないだろうか。「小皇帝」と呼ばれ、両親、祖父母に溺愛され、大人たちの愛情を一身に受けてきた中国の一人っ子たちに、新しい試練がやって来た。

 2017年初頭。これまで約40年近くにわたって実施されてきた「一人っ子政策」が廃止されてから1年が過ぎた。この1年で、多くの一人っ子たちに、弟や妹が誕生したのである。

 春節特別報道番組のなか、メディアは「我が家の二人の子供たち」という新しい家庭像に着目した。「子供が二人いる」環境がもたらす「喜びと苦悩」の両面にフォーカスを当てている。

 中国の人々は「家には子供が二人」という日が来ることを、長い間待ち望んでいたはずだった。夢見た環境が現実になった今、苦楽が同じ比重で存在することを知る。

 最も戸惑っているのは、これまで愛情を独占してきた一人っ子たちだろう。

 中国中央テレビでは、春節特別番組の一環として、「子供が二人」という家庭像を取材した。番組で紹介されたのは、二人目が誕生するまでは「一人っ子」として育てられてきた「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」たちの心の声である。

 二人目を産んだ母親たちのインタビューより。

 二人目を産んだばかりの母親たちは「上の子」の想像以上の反応に心を痛めている。

 「二人目が生まれた時、上の子はとても不機嫌だった。“赤ちゃん返り”のような症状も見せる。比較的聞き分けのいい子だったのに、弟ができてからはいつも機嫌が悪い。ある時は、ベビー服をどこかに隠してしまって、弟に一切着させようとしなかった」

 「赤ちゃんに授乳していると、上の子も私の胸に飛び込んでくる。自分もおっぱいが欲しいと言って、赤ん坊と私を取り合うようになった。自立し始める年だったのに、一気に赤ちゃんに戻ってしまった」

 「私が下の子を抱いていると、上の子はひどく怒る。そもそも赤ん坊が家の子だという実感がないようだった。二人目を産んで、産院から家に戻ったとき、親戚が赤ん坊を抱いていたので、上の子は親戚の子だと思いこんでいるようだ。その親戚に、早くこの子を連れて帰ってと叫んでいる」

 「二人目を産んでから上の子が情緒不安定になった。ある時、1歳にならない下の子を抱いてテレビを見ていたら、上の子が、不公平だ!と言って切れた」

 番組では「ママ、二人目なんて考えないで」という一人っ子たちの声も紹介している。

 「おもちゃを全部買い替えないとだめになるよ。お金がかかって大変でしょ」「おじいちゃんおばあちゃんに負担がかかって可哀そう」

 二人目を産んで一年未満という、80年代生まれの母親は、雑誌のインタビューに対して「二人目がもたらす最大の課題は、上の子に対する教育である」と語っている。

 「長女が11歳の時に下の子が生まれた。女の子だった。年が離れているうえ、長女は一人っ子時代に“唯我独尊”で育っている。彼女は常に、両親の愛情が幼い妹に移ってしまったと感じているようだ。

 私たちにできることは、長女に言ってきかせること以外にない。“妹はまだ赤ちゃんなんだよ。一人では何もできないから、お父さんやお母さんが世話をしなきゃいけないだけなの。お父さんお母さんの、貴女に対する愛情は、少しも変わってないんだよ”」(华西城市读本)

 両親は、長女も次女も同じように愛していると説くが、これまで愛情を独占してきた長女に、その道理が伝わるには時間がかかるようだ。

 こんな調査もある。

 37名の小学生に「弟や妹が欲しい?」というアンケートで、17名が「嫌」と答えたという。

 「家にあるお金は、みんな弟や妹のものになってしまう」

 「お父さんお母さんの愛情が弟や妹に移ってしまう」

 長男長女なら誰しも経験する「弟や妹に親の愛情を奪われる」という危機感が見て取れる。この想いは世界共通だが、国の政策で作られた中国の「一人っ子」たちは少々事情が違う。「産めなかった子供の分まで」愛情とお金を一身に受けてきた彼らは、世界が180度変わるという試練に直面しているのである。

 中国の一人っ子たちは他の国の一人っ子に比べると、親の手のかかり方が半端じゃない。

 1988年に発表された一人っ子の労働教育に関する報告書では、「一人っ子一期生」たちの実態が明らかにされている。北京でも有名校とされる幼稚園や小学校の先生たちの報告である。

 某小学校。ある母親は、毎日二時間目が終わる時間になると、温めた牛乳を持って学校にやって来る。子供が飲み終えると、口を綺麗にふき取って、戻って行く。

 別の某小学校。全校掃除の時間になると、校内は父兄たちでいっぱいになる。父兄参観ではない。子供のかわりに自分たちが掃除するのである。窓ふき、草むしり、校庭の掃き掃除、その間子供たちは、与えられた菓子を食べながら、親の働く姿を眺めている。

 別の別の某小学校。

 昼食の後「お茶の時間」が設けられている。子供たちは「茶菓子」を持参するのだが、以前はスイカの種やら干し梅など、中国の伝統的なおやつを持ってきた。

 しかし、小皇帝たちは教師たちの常識を超えていた。果物、キャンディー、チョコレート、ケーキ……、それらがぎっしりと籠に詰められている。お昼を食べたばかりである。健康に良くない、と判断した先生が食べるのをやめさせようとすると、

 「お母さんが食べろって言ったんだよ!」

 と大声を出す。そして、

 「これは学校が買ったんじゃない。僕の家が買ったんだから、先生は関係ないじゃないか!」

 ……。

 親たちは言う。

 「自分たちが苦労するのは厭わない。しかし子供たちが苦しいおもいをするのは耐えられないんだ」

 知り合いの80後、80年代生まれで一人っ子として育った女性は、子供の頃から家事をいっさいさせられたことがないのだそうだ。彼女は結婚してからも、テーブルひとつ拭く習慣がなく、もちろん料理をすることもないので、毎日家族で外食する生活が続く。

 二人目が生まれた後、情緒不安定に陥るのは「上の子」たちばかりではない。親たちも同様である。

 広東テレビのニュース番組で行った調査では、70%の家庭で「二人目が生まれた後の夫婦関係」を心配しているという。

 子供が二人という家庭では、一人の時より夫婦間で衝突が起きることが多くなったのだそうだ。

 私の育った家庭は基本「放任主義」だったが、中国で放任主義はあり得ない。中国式子育ては、とにかく手がかかる。

 まずは必須事項として、学校に行く子供の送り迎えがある。昔は自転車、今は自家用車だ。幼稚園や小学校だけではない。高校卒業まで、ほとんどの親は子供を学校へ送る。

 お稽古事も同様だ。バレエ、絵画、ピアノ、声楽…、一人平均二つから三つは習い事をするが、もちろん親が付き添う。

 そして勉強の手伝い。夜食を作る程度ではすまない。私の知り合いは、「子供の勉強する横に坐って、言われる通りにパソコンで検索する。それをプリントアウトするのが私の役目」なのだそうだ。

 一人っ子だったから、ここまで手をかけられたのである。これが×2になると、夫と妻の間で分担しなくてはならない。これを平和裏に行うのは至難の業だ。

 もちろん経済も逼迫する。

 二人の子供の教育費、習い事、日々の身の回りの経費など、比較的裕福な中間層でも、かなりのプレッシャーとなる。

 また、二人目を「生む・生まない」という問題で、意見の一致を見ず、挙句の果てには夫婦間の矛盾が表面化することも多い。

 夫の「二人目が欲しいんだが」、という提案に、妻は「そんな時間の余裕はないわ」と拒否するパターンである。

 二人目問題から、離婚に発展する例も少なくないと聞く。

 一人っ子政策廃止後の2016年、中国の出生児数は1786万人となった。そのうち、二人目となる子供は45%、単純計算でいくと約800万人である。中国人口協会は、2017年はもっと増えるだろうと予測を立てる。

 しかし問題は山積している。「上の子」「下の子」の感情問題、夫婦間の矛盾以外でも、解決しなければならない事柄はたくさんある。

 産院では、不足ベッド数が約8,9万床、不足医師は約5,3万人で、少なくとも、あと8.9万床のベッドと、14万人の医師と看護師が必要なのだそうだ。

 小学校教師の数も足りない。

 幼稚園も足りない。0歳児から幼稚園入園前の3歳児を預かる託児所も少ない。

 そして出産に危険を伴う高年齢出産も増えている。北京の産院では、2016年妊婦の80%が高年齢出産だったという。

 一人が二人になることは大きい。プラスもあればマイナスもある。社会の機構は今後徐々に整っていくだろうが、最も心配なのは、「小皇帝」だった一人っ子たちの心の問題なのではないだろうか。


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