【06-003】長江文明の発見が意味するもの

2006年12月20日

寺岡 伸章(中国総合研究センター シニアフェロー、在北京)

 古代四大文明に関する歴史教科書の記述が変わろうとしている。中国を代表する古代文明は黄河文明とされてきたが、最近の発掘調査から長江域に 発達した文明は黄河文明よりも古いということが明らかにされつつある。エジプト、メソポタミア、インダスの文明と比較して黄河文明が何故遅れて発生したか は謎とされてきたが、長 江文明を東アジアを代表する文明と位置付けることにより、四つの古代文明はほぼ同時期に興ったことになる。

 では、何故同時期に発生しなければならなかったのか。これを説くために、四大文明よりも古い巨大な文明を想定し、その文明の突然の破壊と消滅 が四大文明を同時期に興させたという夢想家もいた。こ の質問に対して科学的に答えることは、歴史の原動力は何かという別の重要な命題解決への鍵にもなって くる。今までの歴史家は、社会内に包含される体制矛盾が正常化へと向かうエネルギーが社会を変動させ、歴 史を動かしてきたと唱えてきた。つまり、ヨーロッ パ人が生んだ弁証法的思考による歴史観である。弁証法といえばマルクス主義が有名であるが、ヨーロッパの歴史観は基本的には弁証法である。矛盾は必然的に 解消され、人間社会は理想社会へと向かって進化し続けるのだと彼らは言う。

 この発想に対抗するように現れたのが、日本文化研究センターの国際日本文化研究センターの安田教授が唱える環境変動文明推進説である。

 四大文明の発生は、ユーラシア大陸の中央で起こった突然の寒冷化という気候変動がもたらしとものであることが次第に明らかになってきている。寒冷化により 狩猟民族が一斉に南下し、ナ イル川やユーフラテス川のような大河の畔で原住民と出会うことで交易が起こり、都市が発展し、文明が興ったとされている。寒冷 化がトリガーとなり、民族の移動、交易促進、文化融合、都 市発生へとつながっていったのだと。歴史は社会の内部矛盾が主な原動力ではなく、環境変化こそが 根本的な原因であると新説を披露している。

 では、中国では何が起こったのか。1万4千年も前に、長江中流域で稲作が始まる。長江域は、上流の三星堆遺跡、中流の城頭山遺跡、良渚遺跡、 石家河遺跡、下流域の河姆渡遺跡、羅家角遺跡、馬 家遺跡が発見されているように、様々な都市文明が起こった。ちなみに小麦が中国にもたらされたのは4千年 前でしかない。長江文明は稲作農耕漁労を特徴とする文明だ。それに比較して、黄 河文明は畑作狩猟を中心とする文明である。両方の文明はある時期までは並存 していたと考えられる。しかし、4100年前に、突然の寒冷化が黄河文明を襲う。生存の危機を察知した人々は長江へと南下していく。黄 河文明の人々は鉄と 馬を既に使用していたので、長江文明の人々との戦いに勝つことは容易にできた。敗れた長江文明を築いた人々の一部は貴州や雲南へと逃れていく。苗(ミャ オ)族 はその文明を受け継いだ少数民族という。また一部は長江をくだり、東シナ海へと船で逃げて行く。現代で言うボートピープルだ。彼らは日本にやってき て、長江文明の継承者となる。当 時の日本には1万年前から稲作や畑作に頼らずに漁労と木の実の収集を基にした都市国家、つまり縄文文明が起こっていた。 長江の稲作漁労と縄文文明が融合し、日本文明の基礎を形成したと考えられている。長 江文明も縄文文明も自然との共存を主とする循環型文明だ。日本人が雲南 省に行くと、心の安らぎを覚えるのは、同類の文明だからだと。

写真1

 黄河文明の特徴は、畑作と狩猟を特徴とするため、羊の飼育に代表されるように、自然から作物やエネルギー源を強制的に収奪するため、土地は痩せ、場所を転々とする生活を強いられる。循 環型でないため定住ができなく、自然破壊を前提とする文明だと言える。

 漢民族の文明には、基本的には黄河文明が色濃く反映している。小麦や羊を主食とする、パンと乳の匂いのする文明という分類では、漢民族はヨー ロッパ文明に近いものだ。世 界の米と小麦の作付け面積はほぼ半分だが、単位面積当たりの収穫量では米は小麦の2倍だ。アジアの人口がヨーロッパを大きく上 回っているのはこのためだ。将来の人口圧迫による食料不足を考えると、稲 作の方が合理的と言える。一方、稲作には、水の管理等で集団の高度なきめ細かい技 術が求められる。稲作で培った管理技術は製造業を支える能力となり、アジアを世界の工場に変身させる基礎になるとも言える。

 仮に長江文明を被征服文明と位置付けると、大和民族は被征服民族の末裔であり、その遺伝子に中国コンプレックスが刻み込まれていることにな る。一方、漢民族の立場に立てば、黄河文明の継承者として、大 和民族に対して中国国内の少数民族に感じる優越性を感じているとも言える。日中両国の民族 は、4100年も前にその運命が決定つけられていたのかも知れません。

 長江文明の発見者である厳文明北京大学名誉教授に面会する機会があったので、上記の考え方をぶつけてみた。厳文明名誉教授の主張は予想を超えるものであった。

写真2

 先生は「長江文明」、「黄河文明」という言い方に賛成しない。「長江の文明」と「黄河の文明」という言い方を主張する。長江の文明の起源は、江 浙、両湖(湖南、湖北)、四 川盆地の三つの地域に分けられる。文明の発展に伴って、江浙地域には呉国と越国、両湖地域には楚国、四川盆地には蜀国が誕生し た。この三つの地域はそれぞれが東西に交流するのではなく、む しろ南北地域の交流が盛んになった。つまり、江浙地域と山東地域、両湖地域と河南地域、四川 盆地地域と甘粛、陝西地域との交流がもっと密接になって行った。長江地域において、1 万年前に稲が既に存在したという証拠は余りなく、7000年から 8000年前に植えられた証拠が多く発見され、長江の文明と黄河の文明がほぼ同時に発生したことを明らかした。

写真3

 数千年前に中国は北方、黄河、長江と 南の四つの地域に分かれていた。北方地域は砂漠と草原であるため、遊牧生活中心の生活をしていた。黄河地域は乾燥していたため、アワが主要な食料品であった。長 江地域の主要な食料品は稲である。 南地域は山地が多いため、狩 猟中心の生活をしていた。4100年前の突然の気候の寒冷化によって、北方に住んでいた遊牧民族が南下、黄河地域を奪った。黄河 地域に住んでいる人たちは防御するため長城を建造した。遊 牧民族は馬を使っていたので、戦力が黄河地域の人より強かった。黄河地域の人は仕方なく長江流域 に逃げて、長江流域の人々と融合し、一緒に暮らしていた。黄河文明の人々が長江文明を破壊したのではない。ま してや、長江文明の人々が海に出て日本に上陸 したという証拠もない。日本人は朝鮮半島経由でやってきたと考えるのが自然である。

 長江文明の遺跡の代表は河姆渡、田螺山、良渚である。梅原猛先生が河姆渡遺跡を見て、7000年前の河姆渡は今の日本によく似ていると言って いたし、雲南省の苗族と日本人の風俗や気候が似ている。日 本の学者が日本人の起源を長江文明に求めるのはそうした理由からであろう。

 安田教授と厳名誉教授の発想の相違を復習してみる。安田教授は、4100年前の寒冷化が引き金となり、自然支配環境破壊指向の漢民族の黄河文 明が環境協調型のより古い長江文明を存亡させたと主張しているのに対して、厳名誉教授は黄河文明と長江文明の両者ともに漢民族の文明であり、その融合が中 国文明の正統性であると言う。また、安 田教授は漢民族を支配民族、大和民族を中国の少数民族と同じような被征服民族と捉えている。さらに、安田教授は日本 人の起源を長江文明に求めているのに対して、厳名誉教授は、長 江文明は中国古来のものであり日本との関係はないと説く。中国天下の分裂や対立を認めたくな いし、ましてや漢民族は周辺の少数民族を抑圧するような支配民族であるはずがないと主張しておられると、推 測するのは無謀であろうか。

 長江文明の発掘調査はまだ始まったばかりであるため、実証的な説明をすることは困難である。ただ、両学者の主張を聞いていると、大和民族と漢 民族の関係は時空を経て、複雑怪奇であり、両 者が容易に理解し合えるまでには相当な努力と時間がかかると思えてくる。民族のアイデンティティーの基本であ る民族の起源さえよく分かっていないのだ。

 ただ、厳名誉教授は74歳という高齢にもかかわらず、私が帰る際に薄着のまま自宅からエレベーターホールまで見送っていただいたのには感激し ている。こ のような気遣いは両国民の心に刻み込まれた自然の作法である。道のりは厳しいかも知れないが、きっといつか理解し合えるはずと思う。


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