【07-102】ノーベル賞学者の系譜

2007年3月20日

寺岡 伸章(中国総合研究センター シニアフェロー、在北京)

 2007年1月16日午後3時、東京大学本郷キャンパスの安田講堂の北側に位置する小柴ホールは、著名なノーベル賞受賞の物理学者の講演を聴こうとする超満員の聴衆の熱気に溢れていた。その学者の名前は、中国系米国人のコロンビア大学教授Tsung-Dao Lee、中国語名は李政道である。理化学研究所主催の旭日重光章受賞記念講演のために、日本を訪れたのである。

 李政道を知らない中国人はいない。科学技術教育創造立国(中国語は「科教興国」)を国家の目標として高く掲げる中国政府にとって李政道は現代中国の英雄である。多くの優秀な若者たちが李政道を手本に、大陸初のノーベル賞学者になろうと勉学に励んでいる。李政道は、80歳になるが足取りもしっかりとしていて元気であるばかりでなく、誰とでも気軽に写真撮影に応じる人格者でもある。笑顔を絶やさず、かつ童顔であるにも関わらず、人を惹きつけるカリスマ性を持ち合わせている不思議な大学者である。さらに、彼が中国の科学技術政策に及ぼした影響は甚大である。天はこのひとにマルチの才能を授けたのである。奇跡と言ってもいいかも知れない。

 講演の演題は、「対称性と非対称性」。本人は、冒頭日本語でそう書いたスライドを示した。サービス精神旺盛である。講演の最後には、若者に対して物理学の困難な課題に果敢に挑戦するよう激励した。熱心に聴いていた学生の中から、数十年後ノーベル物理学賞受賞者が誕生するかもしれない。なお、この演題名を覚えておいてもらいたい。後ほど、再び触れることにする。

 李政道は、1926年上海に生まれ、日中戦争の混乱のために昆明に疎開していた西南連合大学(清華大学北京大学南開大学の3大学連合)で勉学に励んでいた。この時、彼に人生最大の転機が訪れる。米国留学である。このチャンスがなかったら、今のT.D.Leeは存在しなかったであろう。当時米国に住んでいた中国近代物理の父である呉大猷は、2人大学院学生を中国から招く権利を与えられる。彼が選んだ学生のうちの一人が「奇才」と呼ばれていた李政道で、もう一人は朱光亜である。李政道は1946年秋、米国シカゴ大学フェルミ研究所の土を踏むことが許されたが、大学の規定では大学も卒業していないため、大学院生になることは出来ないと告げられた。しかし、フェルミと同僚の教授の強い支持を得て、晴れてポスドクとして雇われることになった。李政道は指導教授フェルミと、天体、流体、粒子、統計、核物理といった広い領域で討論を重ねた。恐らく、すでに群を抜く天才であったのであろう。

 1956年、李政道は中国人の楊振寧とともに、「パリティの非保存に関する研究」の論文を発表し、翌年ノーベル物理学賞を共同で受賞する。また、1956年、30歳未満でコロンビア大学教授となるが、同大学の史上最年少の教授誕生である。

 李政道は、中国政府から請われて、当時の政府要人とも相次いで面会している。1972年に周恩来、1974年に毛沢東と会っている。そればかりでなく、彼は中国政府に対して、科学技術振興のための勧告を出し続ける。科学技術大学の少年班(天才理数系クラス)の設立、中米両国が連携した物理学のポスドク制度の発足、1986年の中国自然科学基金委員会の設立は、李政道の業績と言われている。開放改革政策が始まったばかりの1979年、李政道の仲介で中米両国は高エネルギー物理学の分野で協力協定を締結している。理化学研究所と中国科学院との協力協定締結よりも3年も早い。鄧小平は米国の高エネルギー物理学の代表団を接見しているばかりでなく、高エネルギー物理研究所の大型加速器の建設に尽力している。李政道の鄧小平に及ぼした影響も大きかったのではなかろうか。鄧小平は「科学技術は第一の生産力」と国民を鼓舞し続けたそのひとである。李政道は、中国人学者としてその名声を世界に広めたばかりでなく、祖国中国の近代化実現にも多大な貢献と恩返しをしているのである。

photo1

 一方、日本人最初のノーベル賞学者である湯川秀樹がコロンビア大学教授を辞して日本に帰国する際、その執務室を継いだのが、実は李政道であった。湯川秀樹が使用していた机、椅子、黒板等はそのまま李政道が使用することになる。東洋の物理学の巨人二人はコロンビア大学の同じ執務室で繋がっていたのである。系譜はこれで終わらない。

 理化学研究所の歴史を書いた本に、湯川秀樹と朝永振一郎に触れた部分がある。

 「1939年、英独開戦前夜の緊迫した状況の中、在独日本大使館の勧告で在留邦人たちは最後の引揚船「靖国丸」の待つハンブルグ港に集結した。一人はハイゼンベルクの下に留学していた朝永振一郎。もう一人は、ブルッセルで開催されたソルヴェー会議で、日本科学者としては初の招待講演のために出席した湯川秀樹。不運にもこの会議は中止、「中間子仮説」の国際舞台へのデビューは実現しなかった。靖国丸はニューヨークに寄港、湯川はアインシュタイン、オッペンハイマー、フェルミらと交流、しかし、朝永は一足先に帰国する。」

 実は、この靖国丸には、欧州視察に行っていた野依良治の父母が偶然にも乗っていたのである。野依良治は、2001年ノーベル化学賞を受賞したそのひとである。野依の父母は、サンフランシスコから横浜港に戻る「鎌倉丸」にも同乗し、途中のハワイで撮った写真に湯川秀樹と野依夫妻が写っている。その当時から知己の仲であったようだ。当時、野依良治は1歳で、祖父母に預けられていた。

 それから10年後の1949年湯川秀樹はノーベル物理学賞を受賞し、当時小学校5年生であった野依良治は子供心に湯川に憧れ、科学者の道を選択することになる。野依良治は、夕食時に父母が話してくれた、湯川秀樹の話題に目を輝かせて聴いていたことであろう。

 李政道と野依良治が始めて会うのは、2003年9月、バチカン市国のシスティナ礼拝堂で開催された法王庁科学アカデミー創立400周年を祝う集会においてである。2005年9月、野依良治がコロンビア大学教授の李政道を訪問した際に、李政道から渡されたものは、湯川秀樹が京都祇園の一力亭で遊んでいた時に手に入れた「手ぬぐい」であった。一力亭は忠臣蔵の大石内蔵助が豪遊し、また近藤勇や大久保利通、西郷隆盛も通った日本一の伝統を誇るお茶屋である。二人は赤い糸でではなく、一本の手ぬぐいで結ばれていたのである。余談であるが、最近の研究者はこのような優雅な遊びをする経済的余裕も精神的余裕もないために、偉大な研究者つまり学者になれないのではなかろうか。いずれにせよ、湯川秀樹から李政道へ、そして李政道から野依良治へと、ノーベル賞学者の手によって手ぬぐいが渡された。

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 さらに面白いことがある。李政道は「対称性と非対称性」の演題が物語っているように、「対称なものはより安定であるにもかかわらず、なぜか自然は対称性を壊したがる」という問題を追究してきた。一方、野依は「不斉触媒反応」つまり、対称性で大きな業績を挙げている。それぞれ、物理と化学の異なる分野において、追究してきた問題は自然界の左右の問題である。これも奇遇なのか。

 李政道は、1997年から理化学研究所ブルックヘブン研究所の初代所長も務めている。当時の有馬朗人理事長からこの案件で東京に招聘された李政道は、日本出張を躊躇していたという。病床に臥す夫人の健康を心配していたからである。しかし、夫人は、「いい話であるからぜひとも日本に行きなさい」と励ましてくれたと、李政道は語る。夫人は間もない1996年、帰らぬひととなった。この一言がなければ、理化学研究所とブルックヘブン研究所との緊密な協力は実現しなかったであろう。李政道は、日米の科学技術協力でも極めて大きな貢献をされたのである。それに報いて、日本政府は昨年、李政道に旭日重光章を授与した。

 李政道と野依良治は、「人類は生存の危機に面している。これを解決するには科学に頼らざるを得ず、日中両国が協力して新しい科学を創造していくことが非常に重要である」と口を揃える。大量生産と大量消費型文明で、瀕死の重傷を負っているかけがえのない地球とそこに住む人類を救うためには、自然と人間との調和を大切にする東洋の哲学と科学が必要であるのではなかろうか。

 李政道は、「次は、日中の科学技術協力のために貢献する、何でも、気軽に相談に来て欲しい」と、好奇心に満ちた少年の顔で言った。

 三人のノーベル賞学者の系譜のお話は終わった。困難な時代にもめげず、彼等が築いた物語を引き継いで語り続けるのは、次世代の努めである。


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