【07-105】科学者に直撃インタビュー“日中格差は何年か?”

寺岡 伸章(中国総合研究センター シニアフェロー、在北京)  2007年8月20日

 中国人が好きな言葉に、「実事求是」と「愛面子」がある。前者は事実に基づいて真実を求めることで、毛沢東が好んだとされている。後者は面子を大切にすることである。この二つの概念は時に、矛盾を起こす。真実を追究すれば、実態が赤裸々となり、面目を失うことがある。面子ばかり気にしていては、真理に到 達することは困難になる。 

 科学の本質は当然、真理追究だ。面子等と言う人間の営みを気にしていては、自然は永遠に真の姿を見せてくれない。ただ、研究は人間の営みであるため、科 学の世界と相容れないことが起きる。各国の研究水準は、調べれば実態が明らかになるが、面子が邪魔をしてそれを認めたくないという場合が生ずる。これを文化衝突ということもできよう。しかし、実際の姿を明らかにし、その事態を招いた原因を科学的な手法で追究し、それを着実に改善していかなくては、研究水準を高めることは難しい。簡単なことであるが、時としてできない場合もある。何故か。科学の本質を十分理解していないからである。 

 日中米の科学者に日中の研究水準について質問した。科学者のほとんどは正直に答えてくれたと思う。それをまとめてみたい。ただ残念であるが、本人に迷惑がかかるといけないので、実名を書くことは避けることにした。真理追究と非難は別の概念である。真理を追究しているつもりでも、ある人々から見ると、非難されていると感ずるものだ。面子を傷つけられたとガンと主張する者も現れる恐れがある。信頼関係があれば、真理追究や議論は生産的なものとなろう。しか し、それが構築されていなければ、仮面をかぶったまま、事象や発言を紹介するしかない。

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 さあ、前提はこれくらいにして、インタビューを紹介していこう。 

加速器科学の中堅の中国人研究者は明言する。  

「中国の重粒子加速器科学は日本よりも15年は遅れている」

 外国語の英語を話しているからであろうか、それとも若干酔っているからであろうか、中国人にしてははっきりと自己評価する。

「中国は、やっと日本と同規模の重粒子サイクロトロンを整備できるようになったが、それは同様の研究成果を上げられるということを意味しない。日本も 113番目の原子を発見するまでに、15年から20年を費やしている。中国が同レベルの成果を上げるまでには、あと15年は必要である」

 最後に彼は付け加える。

「我々の実力を過度に高く評価しないで欲しい」

 加速器科学はまず装置ありきであるが、装置の整備がすぐに成果に結びつくわけではない。納得できる議論である。

 今度は日本人の加速器研究者の発言。誤解しないで欲しいと、前置きしながら、

「わが研究所は、海外の専門家の評価で不可能といわれた加速器建設を必死になって成功させ、成果も出して世界を驚かせ、今では世界トップの加速器研究所に なった。中国のカウンターパートの研究所にも人的、技術的な支援を積極的に行ってきており、彼等はデッドコピーに近い加速器を建設している。新しさへの挑 戦を余り感じない。これでは世界に追いつくのは早いかも知れないが、世界の有数な加速器研究所になるには、発想の転換をしない限り相当困難ではないか」

 加速器科学の分野は、国際的にみると、競争よりも協力がより重視されている。研究が進んでいる国が遅れている国にアドバイスしたり、研究者を受け入れた りすることは当然とみなされている。世界の研究者が国境を越えて協力して、加速器科学を発展させようとしているようだ。しかし、各研究所が特徴のある“新しさ”に挑戦することが国際協力の前提である。

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 次に中国人化学者に発言してもらおう。

「中国の化学研究分野で、一流研究機関と呼ばれているのは、北京大学南京大学、アモイ大学、科学院化学研究所(北京)、科学院上海有機化学研究所、科 学院大連化学物理研究所、科学院長春応用化学研究所等であるが、その中でも世界レベルに達しているのは50人程度。世界一流の化学分野の雑誌を見ると、中 国人の占有率は増加中ではあるがまだ5%に過ぎず、一方日本人は30%も占めている。日本に追いつくには、まだ20年から30年もかかる。

大陸の中国人がノーベル賞を受賞するのは私(40歳代前半)の世代ではなく、今の30歳代であろう。外国がなんと評価しようが、中国は、実際にまだかなり遅れているのだ」

 同じく化学分野だが、今度は日本で働く中国人。

「私の研究室は、錯体触媒を使って、選択性が高く、精密に有機化合物の合成ができるようになった。まだ、触媒を理論的に設計し、合成することは困難であ るが、水素結合の作成等ある程度の予想ができるようになった。一方、中国は特定のポリマーの効率的な生産等社会ニーズに結びついた目的志向の研究が多いため、複数の触媒や原料を混ぜて使う不均一性触媒を使う段階にあり、合成の選択性が高いとは言えない」 

具体的な数字こそ挙げてもらえなかったが、触媒合成の思想や方法の面で一世代の差があるといわんばかりである。

 応用範囲が広いレーザー開発ではどうだろうか。日本人研究者に登場してもらおう。

「私の研究室は数百アト秒(1アト秒は100京分の1)のパルスを発振できる。欧州にはもっと短時間のレーザーを発振しているところがあるが、我々の特 徴はレーダーの輝度が強いということだ。つまり、輝度が強いと原子や電子を見ることができる。超微視の世界の観測手段として有効である。

中国側はフェムト秒のオーダーのレーザーまでは発振できている。レーザー発振の日中格差は2年である。新しいレーザーを発振できたら、論文が世に出るま で6ヶ月かかる。中国側はそれを熱心に読み、技術的な工夫を重ねて、実際に発振できるまでに更に1年半がかかる、つまり、合計2年かかるので、2年間の格 差があると私は考えている。但し、彼等が追いつく頃には、我々はその先を行っている」

 たかが2年、されど2年である。これを埋めるのに何年かかるか分からない。中国側は論文と言うヒントを与えられており、自ら必死になって全く新しいことにチャレンジしているわけではないのだから。

 新規のレーザーの発振は、様々な技術の複合で初めて実現できるものであるため、産業の基盤技術が弱い国では世界の先端を行くことは困難である。

 似たような議論は別の研究者からも聞いた。中国研究機関の実情に詳しい日本人。

「中国の研究環境には問題がある。研究所のガスバーナーの火力が弱く、化学合成に必要な真空ラインが作れない。業者にやらせても精密加工ができない。これでは、精密な合成ができるはずがない」

 研究を支える産業や社会の基盤が遅れていると、その上部構造である科学が大きな花を咲かせることができない。

「また、NMRや三次元画像が見える光学顕微鏡等の高価な研究機器はあるが、日常で使う汎用的な計測機器が研究室にない。正確な温度を測るための温度計 すらない。これは論文の表面には出てこないが、このような基礎的なことを疎かにしていては、得られたデータの信憑性がなくなる恐れがある。教授が若いとき に本物の研究をやっていないために、このような科学の基本の重要性が分からないので、温度コントロールの重要性が理解できず、それに必要な精密な温度計を 購入しようとない。実験の基礎的なセッティングができていない。つまり、科学の本質が分かっていない」

 かなり辛らつなコメントである。中国に普遍的な現象か、特別なケースか判断できないので、このような意見もあると理解していただくしかない。

文化の面にまで踏み込んで議論する日本人研究者もいる。

「中国では、研究に基本的なことが欠けていると思う。例えば、試薬の在庫がないと海外から取り寄せるため3ヶ月間(日本は3週間)もかかってしまう。物流システムが整備されていない。 

また、研究室が汚いのも大きな問題だ。北京は埃が多いため、窓を開けるなと学生に再三言ってやっと守られる。汚ない場所ではそもそも研究ができないの だ。埃が実験台に積もっていても平気であるという感覚では現代科学は推進できない。混合物が入り、再現性がなくなってしまう。中国人は日本人に較べて清潔 感がないという欠点を克服しなければならない。普通の人々の感覚では科学は成り立たないのだ。さらに、文化的な面だけでなく、科学の基礎が教育されていな い。科学精神が何たるかが理解されていない。実験をやって、得られたデータをまとめて、論文を書き、雑誌に投稿するという行為が研究と誤解されている」

 これでは、日中格差が何年かという質問自体が意味をなくしてしまう。

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 米国人研究者にも意見を伺った。

「中国人研究者がSCI収録雑誌に投稿する論文は、かなりの数が掲載を拒否されている。実験データがlousy(ひどい)のだ。中国人研究者は毎年一定の 数の論文の掲載を強く求められているため、データが得られれば、精査せずにすぐに論文を書いて投稿するため、このような事態に陥っている。中国の基礎研究 水準が上がっているようには私には思えない」

 中国国内の雑誌掲載の論文のあるレフェリーは、8割の論文は送り返していると言う。新規性がないからだ。

 一方では、中国に対して楽観的にみる研究者もいる。脳科学の日本人研究者。

「私は遺伝病の一種であるハンチントン病の遺伝子レベルでの研究を行っている。ハンチントン病は、生まれながら特定の遺伝子を持っていると、アルギニン酸の連鎖が出来、それが凝集して100%発病する病気だ。アルツハイマー病の遺伝子研究については、米国が圧倒的に強いため、他国が追いつくのは難しい。しかし、研究のアプローチ法は分子生物学的方法(ノックアウトマウスを使った遺伝子レベルの研究等)等に限られているため、ハンチントン病やその他の遺伝病 で同様の手法を熱心にやっていけば、中国でもそれなりの研究成果が上げられるはずである。最初は論文を読んで、やり方を取得し、コツコツやっていけばその うちに独創的な研究へと結びついていく。日本から中国に戻った研究者に聞くと、研究費は十分にあり、研究装置にも困っていないと、言っている」

 彼は、中国は生命科学の分野では、力をつけてきており、いずれは追いついてくると考えている。ただ、それがいつかは判断できないようだ。研究者の創意工夫などに大きく依存しているからである。

最後は発生学の中国人研究者。

「私が所属する大学の場合、2003年のSCI収録論文は80報にすぎなかったが、今では500報近くまでに成長した。喜んだ学長は、SCI論文を書いた 研究者を北京郊外のホテルに招待したほどだ。助教授以上の2000人の教官のうち研究費をもらっているのは百数十人に過ぎなく、彼等は頑張って成果を上げている。もっと広く研究費が行き渡れば、中国の基礎科学は急成長するはずである」

 私もそう期待したい。日中の科学者がともに科学の発展に貢献することを願う。

 ここで紹介したコメントが、どれほど中国の研究の実態を客観的に反映しているかを知る術はない。中国の研究水準に関心を持つ方々がそれぞれの視点で冷静 なコメントを発信することで、実像が見えてくると思われる。参考になれば幸いである。


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