【07-009】中国初の月探査機「嫦娥1号」打ち上げ成功

2007年10月25日〈JST北京事務所快報〉 File No.07-009


中国初の月探査機「嫦娥1号」打ち上げ成功

 日本でも報道されているとおり、中国初の月探査機「嫦娥1号」が10月24日18時05分(北京時間)、四川省にある西昌衛星発射センターから打ち上げられた。探査機はロケットから分離され、所 定の軌道に乗り、打ち上げは成功した(「嫦娥」(Chang'e:日本語読みで「ジョウガ」は、月に住むと言われる伝説上の仙女)。

「嫦娥1号」打ち上げについては、打ち上げ前から、プロジェクトの詳細などについてテレビや新聞などで大々的に報道されていた。打ち上げの様子は、中国中央電視台の全国放送で生中継されるなど、国 民的な関心が高まっていた中での打ち上げ成功だった。

中国の英字紙「チャイナ・ディリー」の10月25日付け紙面は、1面の4分の3を占める巨大な長征3号Aロケットの打ち上げ写真を掲げて、「嫦娥1号」の打ち上げ成功を報じている。「チャイナ・デ ィリー」のホームページでは、「嫦娥」の特集ページを作って各種の記事を掲載している。
 

(参考1)「チャイナ・ディリー」中国の月探査プロジェクト特集ページ
"China's Moon Exploration Program"
http://www.chinadaily.com.cn/china/china_moon_page.html

 中国の最も「公式な」新聞である人民日報の10月25日付け紙面の1面トップは10月15日に行われた中国共産党第17回全国代表大会の冒頭の胡錦濤総書記の報告が大きく掲載されており、「嫦娥1号」の 打ち上げのニュースは、1面の右下の方に小さく掲載されているだけであるが、全16ページのうち後半の4ページにわたって毎週1度掲載される「科学・教育」の特集ページでは4ページ全部が「嫦娥1号」の 打ち上げほか月探査プロジェクト関連の記事で占められている。

(参考2)「人民日報」2007年10月25日付け紙面
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2007-10/25/node_17.htm

 一方、国営通信社の新華社では特設ページを設けて、「嫦娥1号」プロジェクト関連の現場実況記事、写真、解説記事などを多数掲載している。

(参考3)「新華社」の「嫦娥1号」プロジェクト特集ページ
http://www.xinhuanet.com/tech/tywx/

 これらの記事の中では、「自主創新」をキーワードとして、今回のプロジェクトが中国の自主技術で実施されていることが強調されている。

 一方、北京の大衆紙「新京報」(タブロイド判)は、通常のニュースのほか株や不動産から芸能やスポーツ等まで幅広く掲載している総合紙で、広告紙面も多いのだが、1 0月25日号の紙面では全88ページのうち8ページにわたって「嫦娥1号」打ち上げ関連の記事が掲載され、一般市民の「嫦娥」プロジェクトに対する関心の高さを示している。そのような中、「新京報」では、「 月探査プロジェクトは、科学探査でもあり、産業のイノベーションでもある」と題する社説を掲載し、今回の「嫦娥1号」の打ち上げ成功について、冷静に分析している。

(参考4)「新京報」2007年10月25日付け社説
「月探査プロジェクトは、科学探査でもあり、産業のイノベーション(創新)でもある」
http://www.thebeijingnews.com/comment/shelun/2007/10-25/018@075616.htm

 この社説のポイントは以下のとおりである。

○宇宙関連の科学技術は、衛星テレビ、通信、交通管理システムなどの面で応用されており、人々の生活の向上と国際競争力の強化の鍵であるが、中国の月探査プロジェクトなどの宇宙開発は、中 国の科学技術と産業の水準とバランスの取れたものである必要がある。そう考える背景としては、中国が老齢化社会に入りつつあり「人口が多いことによるメリット」はまもなくなくなり、現 在の労働集約型産業における中国のメリットが減少していることから、産業構造を労働集約型から技術集約型に転換させる必要がある点が挙げられる。

○1960年代、70年代は、中国は、国内の経済力・技術力が比較的弱かった状況の下で惜しみなく宇宙開発に力を注いだ経緯があるが、それに比べると、現 在の宇宙開発の進め方は国全体の経済と産業の発展と歩調を合わせるようになってきている。その意味で、今回の「嫦娥1号」の打ち上げ成功は、宇宙領域で新しい一歩を踏み出したことに喜ぶだけではなく、中 国の社会と経済の発展が新しい段階に入ったものだ、ということも意識する必要がある。

「新京報」は、いつも党や政府の「公式見解」とはひと味違った独自の論評を掲げているが、この社説のように、現在の中国の社会には、全国民が国を挙げて成功を喜ぶ、といった単純なものではなく、科 学技術の進歩を社会の進歩の中の一要素として捉えて、冷静に分析して考えている人もたくさんいるのだ、という点は留意する必要があると思う。

今回の「嫦娥1号」の打ち上げは、第17回中国共産党大会で新しい指導部が決まった直後に行われたため、日本のメディアでは新しい指導部の発足を祝し、国威を発揚する意味合いもある、と の報道のされ方も多いようである。そういった面もあることは事実だろうと思われるが、月探査機の打ち上げは、月と地球と太陽の位置関係で最適な打ち上げ日時のウィンドウが決まるので、政 治的な理由だけで打ち上げ日を決めることはできない。今回は、もともと計画が進んでいた「嫦娥」プロジェクトの進捗状況のタイミングをうまく捉えて、それを政治的な演出「にも」利用した、と 捉えるのが正しいのではないかと思う。

今回打ち上げを行った西昌衛星発射センターは四川省の南部の山の中にある。中国のロケット打ち上げ発射場は3つある(四川省西昌のほかは、甘粛省酒泉と山西省太原)が、いずれも内陸部にある。内 陸部がロケット発射場に選ばれているのは、中国の宇宙開発の初期の段階においてロケットの打ち上げをあまり公開したくない、という発想があったからと思われる。しかし、報道によれば、今回の「嫦娥1号」の 打ち上げに際しては、約2000人の周辺住民の避難が行われたとのことであるし、第1段ロケットが内陸部に落下するため、常に一定の危険を伴うなど、内陸部からのロケット打ち上げは、技 術的にはいろいろと問題点が多い。このため中国では、現在、海南島に第四の打ち上げ場を建設する計画を持っている。これは、既に、中国でも、ロ ケットの打ち上げを情報秘匿のために内陸部で行う必要性が薄くなっていることを示していると言える。

今回の「嫦娥1号」の打ち上げのに際しては、中国が自ら太平洋上に艦船を出して追跡管制業務を行ったほか、外国の地上局による追跡管制に関する協力を受けたとのことである。また、国家航天局は、嫦 娥1号が得たデータは公開し、全世界の科学者に対して提供すると言っている。

これらの動きは、中国が宇宙開発の分野においても「改革開放」を進めようとしていることの表れとして評価してよいと思う。今回の「嫦娥1号」の 打ち上げに関連するかなり派手な報道ぶりなどを見ていると、日本の月探査機「かぐや」と競争しているわけではない、との公式見解にも係わらず、米 ソ宇宙競争をやっていた1960年代のような一種の国威発揚の意図を感じることは否定できない。しかし、今回の「嫦娥1号」プロジェクトを見ていると、中国の宇宙開発における「開放」へ 向けた方向性の意図があることは明らかであるので、こういった動きは大事にしていく必要があると考える。
 

(注:タイトルの「快報」は中国語では「新聞号外」「速報」の意味)
(JST北京事務所長 渡辺格 記)
※この文章の感想・意見に係る部分は、渡辺個人のものである。

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