【07-108】国際研究交流と技術流出の課題を考える

寺岡 伸章(中国総合研究センター シニアフェロー)  2007年12月20日

1 関係者の意識

 日本の国民は、中国などの発展途上国が日本の技術や製品をコピーしていることに不快感を表している。苦労して開発した技術が盗まれているという 被害者意識が強い。政治家は、特に保守系の政治家について言えるかもしれないが、真似されてすぐにでも追いつかれると警戒感を強めている。政治家はせっか ちな人種だからある程度は仕方がない。民間企業は、社内に緊張感や危機感を維持しておくためにも、途上国の技術を必要以上に高く評価する傾向になる。役員 は「中国との差は2年間しかない。我々はもっと頑張らなければならない」と社員に向けて激を飛ばす。しかし、同じ企業の優秀な技術者は、他国の技術レベル を正しく評価しているのであるが、彼らは真実を語りたがらない。役員とは阿吽の呼吸で繋がっている。

 中国側の意識はどうだろうか。 

 欧米企業はハイテク技術を提供するが、日本企業は消極的であると中国は非難する。中国への技術輸出額の順位では、独、日、米の順位である。日本は同列企 業間の取引が多いとはいえ、技術はただではないのである。技術者の血と汗、そして気の長い投資が生んだ結晶である。ある決められた条件下でしか、技術の提 供ができないのは当然である。それが資本主義社会のルールではないか。 

 一方、したたかな欧米企業には技術を中国に売り続け、中国国内の研究開発意欲を削いでしまおうというものもある。短期的にはカネで技術を買った方が楽で あるが、長期的には技術開発の意欲が薄れ、いつまでも海外の技術を買い続けるというジレンマに中国企業が陥る。これは一見高等戦術のようにみえるが、中国 企業が研究開発に執着し、製品開発に必死になると、欧米企業の目論見は破綻する。一方では、欧米企業は研究開発部門でも流動性が高いため、技術流失は避け られないと割り切っている。最新の技術を持ち出しても、数年後には陳腐化する。技術流出を恐れるよりは、日夜前に進むことが大切であるとの認識だ。これは 欧米、日本を問わず真実である。

2 日本の大学などの規則はどうなっているのか?

 「業務上知り得た情報は外部へ漏らしてはならない」という規定は、理研等の独立行政法人の役職員の場合、国家公務員法 にならって、全ての研究開発独立行政法人に規定されている法律上の規定である。当然、違反すると刑罰がかかる。一方、国立大学法人、国立大学共同利用機関 法人、日本学術振興会(JSPS)には法律上この規定がない。学者は国家権力とは独立していて自由に研究を遂行することが、学問の発達に不可欠であるという信念があるので、そのような規定はない。つまり、理研と東大では同じ基礎研究を実施していても、守秘義務が違うのである。この違いを議論するのがこのリ ポートの趣旨ではないとお断りする。

 民間企業の場合はどうか。本来は職業選択の自由があるため、退職後の就職先を縛る就業規則は違法であり、秘密保護規定を就業規則に盛り込んでもどれだけ 効果があるかは疑問である。これは理研や東京大学で研究を実施した外国人についても、同じことが言える。就業規則に明記することと、実際上の効果は別であ る。ただ、一旦大きな技術流出問題が発生すると、新聞が書きたて、世論が沸騰し、政治家が騒ぎ立てることは目に見えている。それが日本社会の現状であり、 仕組みである、と認識おいた方がよさそうだ。

3 研究現場の対応はどうか?

 研究者も技術流出問題に全く無関心という訳にはいかない。超精密加工の技術開発を行っている研究者の研究室を訪ねた。

 「私の研究に中国人が関心を示している理由はよく分かる。超精密加工技術は、工業化社会の実現に必須の技術であるからだ。ただ、更なる技術開発には、克 服しなければならない”地味な学術的研究課題”が山積している。これらの学術的課題の一つを国内外研究者を問わず、一人の研究者にやってもらっているの で、超精密加工技術体系の全体が理解できる訳ではない。つまり、帰国後すぐに真似し、全く同じ技術が再生できる訳ではない。組織的な技術流出は起こらない と考えている」

 別の研究者はどうか。

 「私は世界先端のレーザーの開発を行っている。レーザー発信は、様々な基盤技術の総合化で実現できるものである。海外の研究者にも研究室に来てもらって いるが、体系的な技術の流出があるとは考えられない。先端技術はそれほど簡単に学習できるものではない。一方、東アジア地域のレーザー技術研究のレベルを 向上させることは、日本の科学の発展にも必要である。数年前より、日中韓三カ国のワークショップを日本主導で開催している。お互いに切磋琢磨して、伸びて いくことが技術流出より重要だ」

 ある大学の産学連携本部長に聞いた。

 「外国人学生や研究者との交流は、本学が世界のトップの大学を目指すためにも不可欠である。世界規模の人材獲得競争を座視していることはできない。その ような学術交流を通じて、知見や技術の海外流出が起こることは避けられない。日本も米国に多くの研究者を派遣し、最先端の研究成果を学んできたのである。 技術流出は先を走る国の宿命である。 ただ、海外の企業との協力はどうか。法人化前までは、海外企業との共同研究は実質的に不可能であった。国立大学は日 本国民の財産であるという意識が強かったためである。法人化後は、むしろ政府の方が海外との産学連携事業を推進するようになってきている。しかし、教授の 意識は急に変わることはできないので、実際には思ったほど増えていない。海外企業との共同研究は1%程度しか占めていない。技術流出問題については、契約 書できちんと明記しておく必要がある。国際ルールに則ってやるだけだ。国際産学官連携に向けて舵を切ったが、まだ船体は方向を変えるに至ってはいないとい うところだ」

 日本の一流大学の博士課程学生の外国人の割合は、3分の1とも言われている。彼らは帰国後、日本企業のライバルであるサムソンやレノボに就職していく。 国有財産が海外に侵食されていると叫んでも、仕方がない状況まできている。人材の国際交流が盛んになれば、ある程度の知見や技術が流出することは避けられ ないのが事実だ。

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4 グローバル社会でどう戦略を立てるのか?

 技術流出が避けられなければ、どう戦略を立てるべきだろうか。 

 「民間企業の言う技術流出は、実は、企業からの技術流出に対する懸念と、日本の独自技術を自社に取り込むときの優位性を確保しておきたいという企業戦略 である。しかし実際のところ、むしろ企業の方がグローバル化しているために、人材の採用や技術の取り込みについては、国境がなくなり、効果が少ないケース が多くなっている。やはり、日本に限らず、国力は今や国際人材のネットワークによるところが多い。新技術や新製品の市場でのシェア確保についても、必ずし も技術的優位性のみが決め手になるわけではなく、人脈的な要素も非常に強くなってきている。むしろ、日本の知力を積極的に海外に売って、人を結集させるこ とのほうが、グローバル時代の国益に合致しているのである」

 東大の工学部の教授は熱っぽく語る。

 日本の自動車メーカーの実力は高く評価できる。しかし、日本の将来は、その産業だけに依存することもできない。新しい技術革新と市場の創造が必要であ る。例えば、ロボット技術には日本の優位性が指摘されているが、産業化をどのように図っていくかは戦略が見えていない。標準化も必要である。日本が一人勝 ちするという発想では、他国が付いてこず、グローバル規模でのロボット産業は興らない。海外との協力が不可欠となってくる。人的ネットワークを形成してい くことが必要である。キリスト教社会はロボットを不自然だと嫌悪するがゆえに、抵抗感の薄いアジア諸国との協力が産業化の引き金になる可能性はある。 

 大学や研究機関においても同様なことが言えよう。 

 知見や技術の流出を恐れていては交流が進展しないし、交流なきところには新しい発想も生まれない。世界規模での人的ネットワークを形成しつつ、日本の国益を追求していくべきであろう。 

 同様なことは中国側にも言える。中国政府は生物資源の海外流出を極端に恐れており、特別な条件の下でなければ海外に持ち出すことはできない。国際的な研 究環境下では、自然な平等互恵の原則があるために、海外の生物資源が欲しければ自らも国産の遺伝子資源を海外の仲間に提供すべきである。そうしないと、中 国人研究者は海外の人的ネットワークに参加できなくなるし、最新の研究情報にアクセスできなくなるであろう。中国は豊かな生物資源を有効に活用し、世界の 優れた研究者との人的ネットワークを構築することが戦略であるべきではないか。価値ある強みをうまく使わなくては世界趨勢から取り残されてしまう恐れがあ る。 

 日本も中国も国益をどこに設定するのかが課題であるが、結局は共存の論理が必要と言えようか。 

 中国は早晩日本に追いついてくる。目を背けたくても、避けられない事実だ。国際協力は必須である。そのための国民の意識や(政治家の意識はそれを反映しているに過ぎない)国家像の構築が追いついていないように思える。 

 排他的ナショナリズムを排し、自信と勇気を持って、前に踏み出さなければならない。


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