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【07-013】中国企業から見た日本の大学・公的研究機関に対する期待

2007年12月26日〈JST北京事務所快報〉 File No.07-013

 日本と中国との科学技術協力には、大きく分けて4つのタイプがあると考えられる。
A:日本の大学や公的研究機関と中国の大学や公的研究機関との間の協力
B:日本の大学や公的研究機関と中国の企業との間の協力
C:日本の企業と中国の大学や公的研究機関との間の協力
D:日本の企業と中国の企業との間の協力

このうちDは、完全にビジネスベースのものであり、既に多くの協力が行われている。Cについても日本の企業が中国の大学と協力関係を持って、中国の大学に共同実験室を設けている例などをいくつか見ることができる。中国の大学や公的研究機関がその研究成果を使って企業を起こし、その起業した会社と日本の企業が協力してビジネスを行っている例もあるだろう。

一方、Aの日本の大学・公的研究機関と中国の大学・公的研究機関との協力については、研究者ベースで地道な協力が進められており、科学技術振興機構(JST)としても、例えば「戦略的国際科学技術協力推進事業」などにより、研究交流の促進を支援している。
(注)JSTの「戦略的国際科学技術協力推進事業」は企業の研究者も参加可能であり、その意味では一部B、C、Dも含まれうる。

 また、Bについては、個別の日本の大学・公的研究機関や個別の中国の企業との間での協力は行われている例はあると思われるが、これまでは必ずしもスポットライトを浴びて来なかった。このため、今後の日中科学技術交流を進めるにあたっては、Bのタイプの協力にもスポットを当て、JSTとして何ができるか考える必要があると筆者は考えている。

しかしながら、今までJSTは中国の企業とはあまり接点が多くなく、中国の企業がどの程度日本の大学や公的研究機関の研究成果に期待を持っているのかも必ずしもよく把握していないのが現状であった。このため、当事務所では、コンサルタント会社(北京天正創智信息技術有限公司)に委託して、小規模ながら中国の企業が日本の大学や公的研究機関の研究成果にどの程度期待を寄せているかの調査を行ったので、その概要を紹介する。

この調査は、中国全国にある研究開発部門を有する企業150社、大学発企業25社、公的研究所発企業25社、合計200社に対してJSTを紹介するパンフレットを送付するとともに、これまでの外国からの技術導入の状況、日本の大学や公的研究機関が持つ研究成果に対するニーズなどについて電話で聞き取り調査を行ったものである。

1.前提:この調査の限界

この調査は、中国企業の日本の研究成果に対する期待の一端をかいま見ようという意図で行ったものである。対象企業の数は200社とそれほど多くはなく悉皆(しっかい)調査にもなっていないこと、有効な回答を寄せていただいた企業の数は46社と少なかったこと、から、この調査の結果を以て中国企業全体のトレンドを判断することはできない。あくまでひとつの参考資料として見ていただけると幸いである。

2.調査対象の企業

 「エレクトロニクス・情報」「バイオ・医薬」「材料」「エネルギー・環境保護」「機械製造」の5つの分野について、それぞれ研究開発部門を有する大手企業30社(各業界における売上高ランキングで研究開発部門がある上位30社)、大学発企業5社、研究所発ベンチャー企業5社を選んで調査を行った。

3.調査結果

 有効な回答を寄せたのは46社で、その内訳は中国企業が35社、外国との合弁企業が8社、独資企業(外国企業が単独で出資している企業)が3社であった。

回答を寄せた46社のうち外国から技術を導入したことがあるのは24社(52%)で、残りの22(48%)社は外国から技術導入をしたことがない、とのことだった。

回答を寄せた46社のうち「これまでに日本の技術を導入したことがある」と回答したのは8社(17%)であり、日本からの技術を導入したことのない残りの企業38社に対し、日本の大学や公的研究機関の研究成果に対するニーズについて聞いたところ、「ニーズがある」と回答したのは16社(42%)で、残りの22社(58%)は「ニーズはない」との回答だった。「ニーズがある」と回答した16社のうち、9社は「ニーズはあるが情報ルートがない」、7社が「ニーズはあるが導入方法がわからない」との回答だった。

これまで日本から技術を導入したことのない38社のうち合弁企業または独資企業は10社である。合弁企業や独資企業は、外国との資本関係があることから、外国にある資本提携先との間で技術導入のルートができている可能性があり、日本の大学や公的研究機関の研究成果には関心がない可能性もあるので、合弁企業と独資企業を除いた数字も見てみた。日本から技術を導入したことのない38社のうち、合弁でも独資でもない28社について「日本の大学や公的研究機関の研究成果を導入するニーズがあるかどうか」について分類すると、「ニーズがある」は12社(43%)、「ニーズがない」は16社(57%)であった。

いずれの分類の仕方によっても、日本の大学や公的研究機関の研究成果に対するニーズについては、「ない」と答えた企業が「ある」と答えた企業を上回っていた。

4.考察

  今回の調査対象の会社は、「研究開発部門を持つ大手企業」「大学発ベンチャー企業」「研究所発ベンチャー企業」であり、基本的に自ら研究開発活動を行っていると思われる会社を選定したものである。それにも係わらず外国から技術を導入したことのある企業が約半数に過ぎず、日本の大学や公的研究機関の研究成果に対するニーズも持つ企業も半数以下であるなどそれほど多くない、という結果だったのはやや意外であった。調査前は、日本の大学や公的研究機関の研究成果への期待はもっと大きいのではないか、と予想していた。この調査結果は、回答数が少ないことによる片寄りなのかもしれないし、中国の企業としてはお金の掛かる外国からの技術導入よりも自主的な技術開発に重点を置きたい、ということを表しているのかもしれない。また、そもそも日本の大学や公的研究機関は中国の企業にはあまり知られておらず、中国の企業にとって自分たちが利用できる研究成果が日本の大学や公的研究機関にあるかもしれないということを知らない、という現状を反映している可能性もある。

一方、日本の大学や公的研究機関の研究成果に対するニーズを持っているが「情報ルートがない」「導入方法がわからない」という理由で導入するに至っていない企業が4割以上いることは重要視すべきと考える。

これからは中国国内においては、「自主創新」のスローガンの下、企業における研究開発活動が重要視されていくことになると考えられる。中国の企業の研究開発マインドが高まってくれば、日本の大学や公的研究機関で得られた研究成果が中国の企業で活用され企業化されるケースも増えてくると思われる。しかしながら、もし、日本の大学や公的研究機関の研究成果が中国の企業にはほとんど知られていないのが現状なのだとしたら残念なことである。日本と中国では、経済社会の環境条件や経済的な発展段階が異なり、企業にとって必要とされる研究成果も異なるので、日本の大学や公的研究機関が出した研究成果のうち、日本国内では企業化が難しいものであっても、中国ならば企業化できるものもあると思われるが、それが単に「知られていない」ために活用できないのだとしたら、日中両国にとってもったいない話である。

上記のような状況を踏まえれば、これからは日本の大学や公的研究機関の研究成果のシーズと中国の企業が求めている研究成果のニーズのマッチングを図ることが、日中間の産学官(中国語で言えば「政企学研」または「官企学研」)の科学技術交流の促進につながると考えられる。
 

(注:タイトルの「快報」は中国語では「新聞号外」「速報」の意味)
(JST北京事務所長 渡辺格 記)
※この文章の感想・意見に係る部分は、渡辺個人のものである。