【08-103】中国の有名大学“見聞録”(上)

寺岡 伸章(中国総合研究センター シニアフェロー)  2008年2月20日

 中国政府は、2010年までに大学生(大学院、短大、専門学校、成人学校等を含む)の数を3000万人まで増加させる政策を発表している。学生数の急激な増加は、学生のエリート化から大衆化に変貌させ、教員の養成不足も追い討ちをかけ、質の低下が懸念される。

 一方では、中国の大学は、海外に10万人の学生を派遣しつつ、世界中から16万人の留学生を惹きつけている。輸入超過である。日本人は韓国に継ぐ2位の 位置につけているが、そのほとんどが語学留学生である。内陸の大学のキャンパスで、西欧人学生の中国語を聞く機会はもはや少なくはない。国際交流は急ピッ チで進行しているのだ。

 中国の大学はどのようなところであろうか。どのような大学があり、どのような特徴を持っているのであろうか。このリポートでは、3回にわたって科学技術の話題を中心に有名大学の素顔に迫ってみようと思う。

 各論に行く前に中国の有名大学の特徴を説明しておこう。 

 有名大学は、全て元来は国立大学であるが、法人化されたため経営責任は自らが負うことになっている。資金面の調達では銀行から融資を受けることができる ため、日本の私立大学並みの自由度があるが、多額の債務を抱えている大学もある。また、研究費の出所は、概ね三等分される。政府から自動的に配分される部 分、競争的資金を研究者個人が確保する部分、そして企業や地方政府から確保する部分である。政治思想は共産党から派遣された書記が担っており、通常副学長 のポストについているが、外国人との面会に姿を現すことは少ない。また、各大学は“大学ベンチャー”と呼ばれる企業を設立し、パソコン、ソフトウエア、医 薬、環境などのビジネスを展開している。中国は強い研究開発力を持つ企業が少ないため、大学の起業化に期待がかかる。中国の企業は自前の研究所を持たず、 大学に委託研究するケースが多い点も日本と随分違う。

 この見聞録は、この2年の間に中国の大学を訪問した際に見聞きしたものをまとめたものである。内容や数字によっては、聞き違いや覚え違いも含まれているかもしれない。タイトルを見聞録としたのはそういう意味合いがある。

1.北京大学

 北京大学は、1898年創立の中国初の国立総合大学であるが、2000年4月北京医科大学を合併し、着実に進展している。英国タイムズ誌の世界大 学ランキングでは、2年連続で東京大学を上回っているが、SCI登録論文数では、東京大学が9471報、北京大学が1290報、被引用件数トップ1%の論 文数はそれぞれ174報、6報である。東京大学は総合ランキングでは負けても、自然科学の研究レベルでは北京大学を大きく引き離しているのが実情だ。

 教員の主力は海外帰国組だ。教授の出身は、1/3が北京大学の卒業生、1/3が海外で博士号を取得した者、1/3が他の大学出身者とバランスがとれている。日本の大学も見習うべき点だ。

 1980年代から大学教授が自分の研究成果を基に大学の名義で用地、資金等を確保し、運営をする「校弁企業」(大学ベンチャー企業)が登場してきたが、 現在大小合わせて30社ほどある。実力があるのは5社で、方正集団は有名。大学は、譲り受けた技術(特許の使用権)を株の形で保有するが、大学による株式 保有比率は会社によって異なっているという。

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 北京大学の教員の特に優れた人は、1998年に発足した教育部の招聘制度である「長江学者奨励計画」を受けている。45歳以下が対象だ。

 林久祥副学長は淡々と話す。

 「申請は重点大学のみが可能である。2005年は、全体が100人の枠のうち、北京大学には従前と同様の20人の割り当てがあったが、応募者が多かったので23人にしてもらった。因みに、清華大学は14人だった」

 07年10月の第17次共産党大会において、政治局常務委員に抜擢された李克強は、北京大学で経済博士を獲得した俊英であり、ポスト胡錦涛として期待されている。

 また、別の北京大学の教授は、外国人留学生を相手に、「北京大学は、学生一流、教師二流、管理三流」と不満をこぼしている。 

 化学・分子工程学院は、中国で一番伝統のある化学系の学院。863計画で北京大学に配分される4年間18億元(清華大学も同額)のうち、10%は化学与 分子工程学院に再配分される。同学院は1910年に設立され基礎化学に強く、清華大学の化学系学院はエンジニアリングが強い。同学院は国家自然科学基金委 員会から2500〜3000万元の競争的資金を獲得している。学院長の任期は4年、通常2期務める。北京大学の学院内の研究費の配分は、教授が議論して決 めるが、地方の大学のなかには、学院長が自ら権限を発揮するところもある。学院の教授らの昇進は研究成果に基づいて理学部の委員会が決める。

 同学院の年間の発表論文数は、400〜480報程度で安定している。その内、中国語での発表は100報程度。質の高いインパクトファクター2以上の論文数は漸増しており、2004年は155報。

 生命科学学院は、許智宏教授が北京大学の学長になった後に、建物が新しく建て替えられた。学長の影響力は大きい。93年生物学系から生命科学学院に昇格 し名称変更。国家重点実験室は、蛋白質工程及植物基因工程国家重点実験室、生物膜・膜生物工程国家重点実験室の二ヶ所。また、科学院院士3人、長江学者教 授9人で、うち3人は米国に活躍のベースをおく。つまり、リスク分散にために両股をかけている。国内外学術論文数100編以上。平均インパクトファクター は1.6→1.8→2.1(04年)と毎年向上している。インパクトファクター5以上の論文は20編。

 力学・工程科学系は、95年、乱流・複雑系統研究国家重点実験室に認定された実験室を持つ。評価後、04年から二期目に入っている。教授は10人で、そ のうち長江学者は3人(中国滞在が1ヶ月の者1人、半年の者1人)。予算は1500万元で、そのうち維持費は50万元。実験施設としては、10年前に改良 した大型の風洞実験室がある。民間企業からの委託により高層建築物などの模型の風圧実験を行なっている。また、水槽を使った大気変動などのシミュレーショ ン実験やコンピュータ・シミュレーションも行なっている。

2.清華大学

 清華大学は、共産党の政治局員の多くを輩出している超エリート校である。清華大学の教授をしながら、天津大学海南大学の学長を勤めている者もいる。清華大学はエリートのシンボルであり、中国では、その影響力の大きさから”大清帝国”とも呼ばれている。

 しかし、清華大学は、自然科学の基礎研究成果では他大学の追撃を許している。2004年のSCI論文被引用数では、中国の大学の中で4位に後退。私が独自に作成した大学ランキングでは5位。戦後の大学改革の際、北京大学はサイエンス、清華大学はエンジニアリングと区分けされたのが尾を引いていると思われる。

 李克強と同時に政治局常務委員入りを果たした習近平は、清華大学化学光学系出身であるが、後に清華大学の法学博士号を獲得している。胡錦涛総書記の後継 者と目されているこの二人は、それぞれ北京大学清華大学の出身であるため、両大学の間の期待や競争も激化しそうである。 

 清華-富士康ナノテク研究センターは、台湾のブランド電気製品下請けメーカの「富士康企業集団」(大陸の工場で15万人の中国人が働く)が清華大学の キャンパス内に、研究棟、研究装置、研究費などを寄付し、03年12月設立したもの。成果は企業と大学で均等配分。貢献した教授には、ライセンスで大学に 入ってきた収入の3割が研究費として配分される。昨年の特許出願数220件。 研究分野は応用指向で、企業と教授の利害が一致するものを実施。半導体、薄 膜、CVD、カーボンナノチューブなどの研究を実施。

 環境科学・工程系は、水質科学・工程研究所、大気汚染・制御研究所、環境系統分析研究所、固体廃棄物汚染制御・資源化研究所、環境科学研究所等7つの研究所を擁する。重点実験室は、環境模擬・汚染制御国家重点聯合実験室。

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 キャンパス内にイタリアとの共同で、太陽光利用、中水循環システムなど環境のハイテク技術を盛り込んだ“環境能源大楼”がオープンしている。説明を受けた教授から、 

 「日本は企業も大学も何故中国との協力に消極的なのか」 

 と詰め寄られた。技術貿易額では、日中は日米を上回り、中独に次いで世界2位であるのだが、彼は知らないようである。 

 生命科学・医学生物学院は、教授は100人だが、ポスドクは100人で他研究機関と比較して異常に多い。ポスドクの給与は3〜4000元/月。

 劉教授はイネ、綿のプロテオミックス研究を実施しており、綿の繊維の発育過程のタンパク質100以上を同定した。最近、BT綿が急速に拡大し、農民にも歓迎されている。

 海南島の野外実験地(河南省の農業科学院綿研究所所有で、広さ1ヘクタール)で、綿花の花粉管に遺伝子を直接入れる実験を年1回実施している。

 熱能工程系は、熱科学・動力工程教育部重点実験室を併設。科学技術部の973計画からも資金(100万元)を得ている。研究領域は、熱力学、燃焼機構の解明。脱硫技術の開発も手がける。JST(3000万円)やNEDOからの資金提供も受けていたという。

 脱硫で得られた副産物の石膏を使ってアルカリ土壌を改質する実験がフフホト、瀋陽、銀川で大規模に実施中。脱硫法には、湿式、セミ乾式、乾式の三種類があ るが乾式は困難で誰も成功していない。水が少ない中国西部では乾式の開発・導入が不可欠である。プラントレベルと実機レベルでは、処理量が100倍も異な るので、実証された技術ではない。石膏という副産物を得ることができるが、石炭火力発電所では導入しようという動きは弱い。1セット装置の投資は、3千万 円から5千万円。環境劣化は死活問題である。調和社会の実現のためにも本気で取り組んでもらいたい。

 物理系は1926年に設立されたが、一時北京大学に統合され、1982年再び清華大学に設置された。物理系は、原爆、水素爆弾、人工衛星の成功に大きく貢 献した。ノーベル賞学者の楊振宇氏ら10人の院士を擁する。国家級の重点実験室は3つ。論文は年間300報以上。純粋な研究費は、3000万元。レーザー を利用した細胞膜や眼球の構造解析、STMを使った半導体表面の解析、光子や素粒子による記録媒体の研究、携帯電話に使用する超伝導フィルター膜に関する 研究等の実験室もある。目的を意識した基礎研究が中心という印象を得た。

 清華大学のなかで40以上の学院の中で、物理系の学生は6番目の高成績。

 学部卒業生については、上位20%は博士課程5年コースに進学する権利が与えられ、次の上位40%は清華大学の修士課程又は他大学の修士課程への推薦が得 られる。その次の30%は推薦を得られないため、他の大学の大学院に行くか、就職するかである。最下層の10%は卒業できないという。学部卒の15%から 20%は留学するが、当然成績がよくなければ留学の機会は得られない。大学側としては、成績がよい学生でも留学生として海外に送り出すことは厭わない。長 期的にみれば、清華大学にとってもプラスになるからだ。修士課程卒業の学生の50%から60%は留学する。博士卒のうち、50%は国内で学者のポストを得る。その他は留学と就職。名門の清華大学生は就職先には困らないと言う。


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