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【09-002】日中グリーン科学技術国際協力の可能性

2009年2月25日〈JST北京事務所快報〉 File No.09-002

 昨今の喫緊の課題といえばなんと言っても世界的経済危機である。中国経済については、その輸出依存度が大きいことから、今回の世界的経済危機による欧米や日本の不況によって輸出産業がかなりの打撃を受けていることは間違いない。しかしながら、一方で、例えば家電製品などは内陸部ではまだまだ普及の途上にあり、潜在的消費需要は大きく、鉄道や空港建設などの公共投資を内陸部を中心に投下することによる内需拡大により、比較的早い時期(例えば2009年後半)から回復傾向に向かうのではないか、という楽観的な見方もある。

 中国経済の将来予測は本稿の目的ではないが、中国経済が今後どのような軌跡をたどるにせよ、当面の中国政府の政策の重点は景気浮揚と雇用対策に置かざるを得ないのは間違いない。これは、労働集約型産業から脱却し自主イノベーション(中国語で「自主創新」)中心型の産業構造への転換を目指す、という従来からの政策目標を一時的に棚上げしてでも、とにかく当面の雇用を維持し、景気を回復させることを最優先することを意味する。それは労働集約型産業をむしろ維持・保護し雇用を確保することであり、技術に立脚した産業構造の転換は、やや長期的な政策課題として「第二線」に追いやられる可能性は否定できない。

 一方、経済危機と並んで2009年に問題となりそうなのは食糧問題である。現在、中国北部ではかなりひどい干ばつの被害が出ており、ここのところ増収を続けてきた冬小麦の生産が2009年夏収穫分についてはかなりの減収になるのではないかとの懸念が既に出始めている。世界的に見れば、アルゼンチンでも干ばつが起きており、オーストラリアで異常高温気候が現れているという。世界的に見ても食糧生産に変調を来すような気象状況になっているように見える。

 中国は既に一定の経済規模を持ち、世界一の外貨準備もあるので、中国で食糧生産が減少すれば、外国から食糧を輸入できるので、中国国内で食糧不足が起きることは考えにくいが、人口13億を抱える中国が食糧の大量輸入国に転じた場合には、世界の食糧市況に与える影響は計り知れない。もし、中国が食糧を大量に輸入することによって食糧の国際相場が高騰した場合には、食糧の多くを輸入に頼る日本を直撃する可能性は大きい。中国の食糧問題は、日本の国益に直結しているのである。

 アメリカのオバマ大統領は、「グリーン・ニューディール政策」を打ち出して、景気浮揚対策において再生可能エネルギー分野に対する投資を前面に押し出している。これは地球温暖化問題とも絡めて、化石燃料に頼る現在の社会から脱却し、脱炭素社会を目指そうという発想である。2010年代は、脱炭素社会実現のための技術がキーとなることは誰もが認めるところである。

 こうした世界的な状況の中で、日本と中国との科学技術分野の協力を考えた場合、ひとつの注目すべき分野が見えてくる。それは「植物」を中心とする分野である。日本のバイオ技術と中国の農業技術・林業技術を組み合わせることによって、新しい成果が望めるのではないかと思えるからである。

 日本の中には、中国の成長を「強大な競争相手が成長しつつある」という観点で「脅威」と見る見方がまだ相当に根強い。1980年代前半、中国については、巨大な市場として見る人は多かったが、「競争相手」として恐れる人はまだあまりいなかった。それに対して、当時既に急速な成長を始めていた韓国や台湾については警戒感を持つ人が多かった。韓国や台湾との経済関係を強めることは、将来の日本にとって欧米の市場における強力な競争相手を作ることになるから、韓国や台湾との協力は慎重に進めるべきだ、とする論法である。韓国や台湾からの経済的な反撃は当時「ブーメラン効果」などと呼ばれていた。

 その後の四半世紀を見れば、確かに韓国や台湾は欧米市場で日本と争う強力な競争相手になったのは事実だが、日本から韓国への部品や技術の提供といった形で、それなりの「棲み分け」(一種の「分業」)は進展し、結果的に極東地域全体の経済発展を進め、結果的には韓国や台湾との様々な形での協力関係の強化は日本にとってプラスに働いたと総括できると思う(1980年代以降、韓国や台湾との関係がもっと希薄だった方がよかった、と考える人はほとんどいないと思う)。

 韓国や台湾に比べて、中国大陸部は、日本とは自然環境や経済環境が大きくことなるから、同じ背景に立脚した競争相手になることは考えにくく、「棲み分け」はより容易だろうと思われる。北京で生活していると実感できるのだが、日本と中国との気候の違いはかなり大きい。北京周辺の年間降水量は東京地区の4分の1程度しかなく、樹木の成長に必要な水は自然降水だけでは確保するのが難しい。例えば、北京郊外の万里の長城へ行かれた方はすぐわかると思うが、北京のすぐ近くに存在する山々は、ほとんどが低い灌木程度しか生えていない岩山である。こういった乾燥した地域で多くの人口を保持するためには、十分な灌漑設備と乾燥に強い作物を育てる農業技術が重要な役割を果たす。

 中国大陸部は、自然環境の面でも社会的背景の面でも日本とは全く異なることから、いわゆる「相互補完関係」としてWin-Winの関係で連携できる部分は大きいと考える。

 日本と中国との間で想定される「グリーンな分野」、具体的には植物関連の協力としては、以下のようなものが考えられる。

  1. 砂漠化防止、植林面積の拡大を目指した乾燥・塩害に強い植物・作物の研究開発。
  2. 変動した気候に対応した高温・乾燥に強い食糧用作物の研究開発。
  3. 食糧作物以外でバイオ燃料として活用できる作物の開発及び既存の非食糧作物・非食用植物をバイオ燃料化するための研究開発(対象には海草類も含む)。

 (1)は地球規模の気候変動に対応するために必要な研究開発であり、こういった研究開発に日本の科学技術力が活かせれば、日本の世界への貢献となりうる。また、黄砂現象などを通じて、中国における砂漠化防止や緑地面積の拡大は日本の環境にも直接的に影響を与える。

 (2)は、上記に述べたように世界的な食糧危機に直接的に影響する部分である。2009年は世界各地で干ばつなどの状況が出始めているので、2009年は食糧問題が世界規模で改めてクローズアップされる年になる可能性がある。食糧の多くを輸入に頼る日本にとって、世界規模の食糧問題は国益に直結する。

 (3)は、2010年代にキーとなるであろうグリーン・エネルギーの一翼を担うものである。エネルギーのグリーン化は、太陽熱・風力等の再生可能エネルギーの比重の増大、社会全体の脱炭素化と水素化、電気自動車の普及とバイオ燃料の普及といった幅広い分野が想定され、長期的に見て、どの分野がどの程度の重要性を持つことになるのかは今から見通すことは困難であるが、地球規模での二酸化炭素排出問題を考えると、バイオ燃料は今後とも大きな要素のひとつになることは間違いない。広大な農業・林業用地を確保することが難しい日本にとって、広大な(しかし自然条件の厳しい)地域を抱える中国と協力することは、グリーン・エネルギーに対する戦略的な取り組みの中で重要な位置を占めることになる可能性が高い。

 現在の経済危機を打開して2010年代の経済成長を目指すことと地球規模の気候変動等の問題に対応するために、上記のような「グリーンな分野」での科学技術活動の活発化は、オバマ政権の「グリーン・ニューディール政策」を待つまでもなく重要である。グリーン分野での科学技術においては、上記述べたように日本と中国は協力して世界に貢献する余地は大きいと思われる。

 農業や林業は、かなり「実業」に近いことから、これまで科学技術政策においては必ずしも重点は置かれてこなかった。しかし、逆に言うと、それは従来の科学技術政策が工業面を通じての社会貢献に重点を置きすぎていたのではないか、と反省すべきことなのかもしれない。昨今のバイオ・テクノロジーの進展により、農業や林業を通じて科学技術の成果を実社会に還元する道は、予想しているよりも広いのではないかと思われる。その中で、アジア・極東地域において重要な位置を占めている日中両国が協力することは、今後の科学技術国際協力を進める上で意義深いものと考える。今回、この厳しい経済情勢の中で、「日中グリーン科学技術国際協力」の可能性を指摘したのはそのためである。


(JST北京事務所長 渡辺格 記)
※この文章の感想・意見に係る部分は、渡辺個人のものである。