【09-003】2009年政府工作報告の科学技術関連部分

2009年3月30日〈JST北京事務所快報〉 File No.09-003

 毎年、中国では、3月頃に開催される全国人民代表大会(全人大)全体会議の冒頭に国務院総理が「政府工作報告」を行う。この「政府工作報告」は、全人大の会議を通じて議論が行われ、必要な部分が修正された後、全人代の最終日に採択されることになっている。今年も全人代で議論され一部修正されて採択された政府工作報告が3月15日付けの「人民日報」に掲載された。

 今年の「政府工作報告」のうち主に科学技術に関連する部分を報告する。

1. 2008年の回顧

 まず今年の「政府工作報告」は、5月に起きた四川大地震、8月の北京オリンピック、9月以降世界を襲っている100年に一度と言われる経済危機が始まった2008年を受けているだけに、冒頭「2008年は極めて普通ではない一年であった」という書き出しで始められている。

 冒頭の経済全体の概況を述べる部分では「国内総生産(GDP)は30兆元を上回り、前年度より9%伸びた」と述べている。通常、ここの部分は具体的なGDPの速報値の数字を掲げるところである(前年(2008年))の政府工作報告では、「2007年のGDPは24兆6,600元で2002年に比べると年平均10.5%の割合で伸びている」としている)。通常3月に行われる全人代で示される前年の数字は「速報値」であり、後で修正されるのが普通である。2007年のGDPは後に24兆95,529.9億元(中国統計年鑑2008に掲載されている数字)と修正されている。今年の「政府工作報告」では、例年のようにGDPについて「速報値」の具体的な数値を使うことなく「30兆元を上回り」というあいまいな表現にしたのは、今年は成長率が二ケタを切ったことと、激しく揺れ動く世界経済の中であまり速報値の数字が「一人歩き」するのを警戒したためではないかと思われる。

 いずれにせよ、中国は、経済危機に突入している世界の中にあって、大きな成長を維持しているが、その「成長率」は、これまでと比べて鈍化したことは間違いない。

 今年の政府工作報告では、経済の全体的な状況を述べた後で、「甚大な自然災害(昨年1月・2月に中国南部を襲った大寒波・雪氷被害と5月の四川大地震を指す)に立ち向かったこと、北京オリンピック・パラリンピックを成功させたこと、神舟7号による有人宇宙飛行に成功したこと、の3つを「全面的な勝利」として掲げている。中国の政治の世界における有人宇宙飛行の位置付けがわかる表現である。

 今年の「政府工作報告」では、科学技術関連では、これまでの成果として以下を掲げている。

  • 16項目の国家重点科学技術プロジェクトを実施した。
  • 情報、生物、環境保護等の領域において国家プロジェクトセンター、重点実験室、企業技術センターを設立した。
  • ローカル線用飛行機、新エネルギー自動車、高速鉄道等の一連のカギとなる技術と重要な設備の研究開発に成功した。
  • 中央財政では1,163億元が科学技術分野に投入された(これは16.4%の伸び)。

 またこの「政府工作報告」では、省エネ・汚染排出削減においても実績を上げ、「中国の気候変動に対する対応政策及び行動」という白書を発表したことを強調している。

 また、この「政府工作報告」では、産業政策として、対外開放のレベルを高め、品質で勝負し、輸出市場を多元化する政策を採ったこと、科学技術貿易イノベーション基地と海外からのサービス受託基地を建設し、自主ブランドと自主知的財産権産品の輸出を推進したことを強調している。

2. 2009年に行うべき政策

 2009年に行うべき政策としては、まず「8%前後」の経済成長率を目標として掲げ、政策としては以下を実施することとしている。

  1. 内需を拡大し経済成長を維持すること。
  2. 経済構造調整と自主イノベーションを経済発展の主軸となるように方向転換すること。
  3. 改革を進め、活力を増強させること。
  4. 民生を重視し、「和諧」を促進すること。

 2009年に行うべき具体的な任務としては次を掲げている。

  1. 政府の大幅な支出の増加による内需の拡大。
  2. 構造的な減税の実施と税制改革の実施。
  3. 財政支出の最適化。

 この「政府工作報告」では、財政の投資については、社会の脆弱なところに投下すべきで、絶対に一般の加工工業に使ってはならない、とクギを刺すとともに、企業が研究開発や技術改良のために投資をするよう奨励すべきである、としている。

 また、経済発展の原動力の転換を加速させ、経済構造の戦略的な調整を大いに推進すべきである、として、科学技術イノベーションを大いに進めるべきことが述べられている。具体的には、2009年は中央財政の科学技術投資を1,461億元(対前年比25.6%増)させ、2006年に決定された国家中長期科学技術発展計画の実施を加速させる、としている。

 具体的な対策としては以下を掲げている。

  1. 核心的でカギとなる技術の突破を図り、産業の転換と技術のレベルアップに結びつき、産業の振興と経済成長を支える分野を強力に進める。
  2. 科学技術体制改革を進め、企業に技術イノベーションの主体となる役割を果たさせるようにする。そのため、産学官の結合を強め、科学技術成果の産業力への転換を加速させる。
  3. 設備製造業の強化を図り、設備製造業におけるイノベーションと国産化レベルを高める。
  4. エネルギー、生物、医薬、第三世代(3G)移動体通信、三つのネットワーク(電気通信ネットワーク、インターネット、放送ネットワーク)の融合、省エネ・環境保護技術の研究開発と産業化を推進し、新しいハイテク技術産業群を発展させ、社会の新しいニーズに対応する。
  5. 科学と教育により国を振興させる戦略を継続し、人材育成戦略と知的財産権戦略を推進する。

 また、省エネ・排出削減・環境保護もいささかもゆるめてはならず、具体的には以下の政策を行う、としている。

  1. 工業、交通、建築の三つの分野において省エネを実施する。
  2. 原子力発電、水力発電、風力発電、太陽エネルギー発電等のクリーン・エネルギー利用を積極的に進める。
  3. 省エネ・環境保護について基準の策定と検査、観測を強化する。
  4. 省エネ・排出削減の全国民的運動を展開する。
  5. 重点地域において、川の流域汚染防止、砂漠化の防止、防護林・天然林の保護などの生態系建設プロジェクトを実施する。
  6. 気候変動に対応する国家方案を実施し、気候変動に対応する能力を向上させる。気象、地震、防災・減災、測地等の面における基礎研究を進め実施能力を向上させる。

 なお、今年の「政府工作報告」の特長として挙げられるのは、就業対策についての記述に多くを費やしていることである。農民工などの就業対策も重視されているが、それと同時に大学卒業生の就業対策にも多くの記述が裂かれている。大学卒業生が地方の公共的業務に就職した場合や軍隊に入隊した場合には、社会保険を与えたり補助金を与えたりすることが示されている。また、重点的な科学研究プロジェクトを実施している大学や科学研究機関、企業に条件に合致する大学卒業生が科学研究に従事することを奨励し、企業が条件に合致した大学卒業生を雇用した場合には就業補助を行うとしている。また、投資が少なくても効果が期待できるような大学生による創業を支援する創業パークや創業インキュベーター・パークの建設を促進する、としている。

 おしなべて、今年の「政府工作報告」は、内政面の景気浮揚対策や雇用対策に重点が置かれており、将来の長期的な課題よりも、目の前の雇用と民生を守ることに力点が置かれている、と考えてよい。そのためか今年の「政府工作報告」では、外交問題に関する記述が極めて淡泊で一般的な記述に留まり、日本を含め、特定の国や地域の名を挙げて、外交関係について述べている部分はない(昨年の「政府工作報告」では、アメリカ、ロシア、日本の3か国だけが国名を特記された記述がなされていた)。

 さらに、今年の「政府工作報告」では、今年が中華人民共和国成立60周年に当たる、という記述はあるものの、来年(2010年)開催予定の上海万博については全く記述がなく、全体的にイベントで盛り上げよう、という雰囲気は意図的に抑制された極めて地味なものになっている。これも、とにかく目下の経済危機を乗り切ることが最重要課題、という現在の中国政府の姿勢を表しているものと思われる。

 なお、今回の全国人民代表大会全体会議2日目の3月6日、国家発展改革委員会の張平主任が記者会見を行い、昨年11月9日に発表した2010年末までに行う総額4兆元(約56兆円)の景気刺激策の打ち内訳を述べている。国家発展改革委員会の張平主任は、昨年11月27日にも記者会見で同様に景気刺激策4兆元の内訳について説明しているが、今回の説明は、いくつかの分野では昨年11月時点とはだいぶ金額が変わっている。そこで昨年11月の数字と合わせて記してみると以下のとおりである(( )内が昨年11月時点での数字)。

  • 民生プロジェクトとして低家賃住宅建設など:約4,000億元(←2,800億元)
  • 農村の民生用の水、電気、道路、瓦斯、住宅と農村住宅の改造と遊牧民の定住化:約3,700億元(←3,700億元)
  • 鉄道、道路、飛行場、水利等の基礎インフラ建設:約1兆5,000億元(←1兆8,000億元)
  • 育、衛生、文化、計画生育等の社会事業:約1,500億元(←400億元)
  • 省エネ・排出削減、生態系プロジェクト:約2,100億元(←3,500億元)
  • 構造調整と技術改造:約3,700億元(←1,600億元)
  • 四川地震重点災害復旧建設:約1兆元(←1兆元)

 「教育、衛生、文化、計画生育等の社会事業」が大幅に増えたのは、全体の金額の中で、この事業に対する支出が少なすぎる、という批判があったからかもしれない。「構造調整と技術改造」については、昨年11月の記者会見で張平主任は「自主創新(自主イノベーション)と構造調整」という言葉を使っていたが今回(2009年3月)は「構造調整と技術改造」というふうに表現を変えている。内容が変わっているのかどうかは不明であるが、割り当てられている金額は大幅に増えている。ただ、これらの景気刺激策の金額が具体的にどういったプロジェクトにどの程度の金額が使われるのかは、必ずしも明確ではない。

 昨年11月の4兆元の景気刺激策の発表以降、既にこれらの財政出動は始まっている。今のところ、JST北京事務所と付き合いのある大学や中国科学院の関係者から、これらの景気刺激策の恩恵を受けて予算が増えた、という話は聞いておらず、上記の「構造調整と技術改造」の金額約3,700億元が具体的にどういうように使われているのか、実感としてはハッキリと伝わってきていないのが現状である。

 いずれにせよ、未曾有の経済危機の中で、科学技術の研究開発も、効果が長期的にわたるものとは言え、将来に対する重要な投資であると考えられることから、中国においても、今回の政府工作報告で示された政策の重点下の中で、今後とも科学技術力向上のための有効な財政支出が行われることを期待したい。


(JST北京事務所長 渡辺格 記)
※この文章の感想・意見に係る部分は、渡辺個人のものである。

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