【10-07】福を手招き-中国に縁のある招き猫

秦 佳慧(浙江大学古籍研究所講師)     2010年12月24日

 日本の猫文化はかねてより人々の関心が高く、この文化を代表するものの1つとして、外形が美しく、吉祥の意味を持つ招き猫は特に好まれ、広く受け入れられている。

写真1

写真1 様々の形や色をした招き猫

 中国において、招き猫はまず香港・台湾地区で人気をさらった。例えば、香港では伝統的な福の神と肩を並べる勢いである①。現在、富と幸運をもたらすこの猫のイメージは既に全国に浸透し、人々の心に深く根付いている。最も喜ばれる装飾品の1つとして、その姿は至る所に見られ、様々な材質、形式、効用の招き猫が私達の身の回りに置かれている。精巧で美しく、縁起の良い贈答品として、それはビジネスマナーの関連書にも入っている。また、財を招き寄せる象徴として、金をかき集めることのできる人又は物を形容するのにしばしば用いられる。それは天禄、貔貅、蟾蜍等の伝統的な財を招く聖物と共にオフィスやリビングの内装の開運風水について詳しく説明した書物に載っており、招き猫が中国文化に完全に溶け込んだことに我々は感嘆せざるを得ない。

写真2

写真2 米国産の木質招き猫
(心岱『ニャオ博物館』より)

 招き猫が中国に定着した原因は様々である。まず、その外観が精緻で可愛らしく、視覚的、心理的な喜びを人々に与えることが原因の1つに挙げられる。アニメのような造形、人間的な表情は特に親しみが持て、中国の伝統的な開運瑞獣に比べ、それは現代人の審美眼に一段と適うのであろう。次に、財を招き福を受けることが体現され、人類の昔から変わることのない幸福への願いを表しており、こうした好ましい寓意は一段と受け入れやすく、共感が得られる。当然のことながら、所謂「余所から来たお坊さんはお経が上手」で、異国文化への憧れ及び舶来品に対する新鮮な気持ちと好奇心も又、招き猫が中国に急速に広まった原因の1つである。だが、深層部の原因はやはり招き猫に対する我々の文化的なアイデンティティーにある。招き猫が米国に輸出された時、東洋文化と西洋文化の違いにより、不都合が生じたと言われる。手のひらを外に向け下に向けるその招き動作は、米国人から見れば「さようなら」の意味になる。その後、日本人が猫の手のひらを上に向け内に向ける形に改めたため、米国人の習慣に合うようになり、お客を店に招き入れる意味に変わった。一方、中国ではこのような問題は存在せず、逆に、招き猫は中国の伝統的文化と浅からぬ因縁がある。

写真3

写真3 唐・立体彫刻の母子猫(『故宮宝笈・一』より)

 「猫」は中国の古書にも登場する。かなり古いものでは「詩経・大雅・韓奕」に、「韓土を孔(はなは)だ楽しみ、川澤許許たり。魴鱮甫甫、麀鹿。熊有り羆有り、猫有り虎有り」と記されている。鄭箋に「甚だ楽しむ矣、韓之国土也。川澤は寛く大きく、衆の魚禽獣備く有り。饒富と言ふ也」とある。その後、「礼記・郊特性」は蝋燭祭について説明した際、「古之君子、之を使ふに必ず之に報ゆる。猫を迎ふるは、其の田鼠を食らふが為め也。虎を迎ふるは、其の田豕を食らふが為め也。迎へて之を祭る也」と述べている。ここに出て来る猫は熊、虎等の野獣と同列に扱われ、私達が現在よく知っている飼い猫とは明らかに異なる。それは完全な野生状態にあり、飼い馴らされていない野良猫を指す。

 早期の文献では猫を指すのにしばしば「狸」の字を当てている。

 例えば:「韓非子・揚権」:鶏に夜を司(つかさど)ら使め、狸に鼠を執(とら)へ令(し)め、皆其の能を用ひれば、上乃ち事無し。

 「呂氏春秋・不苟論・貴富」:赤肉を窺ひて烏鵲聚まり、狸が堂に処りて衆鼠散る。

 「塩鉄論・詔聖」:死すれば再びは生きず、窮鼠狸を噛む。

 「説苑・雑言」:騏驥・騄駬は、衡に倚り軛を負ひて趨(はし)り、一日千里、此に至りて疾む也、然るに鼠を捕へ使めるに、曾て百銭の狸に如かず。

写真4

写真4 蚕猫 明末・恵山泥人

 上記の例文にある狸は、人に飼い馴らされた猫を指すようだ。これからわかるように、少なくとも戦国時代には野良猫を飼って鼠を捕まえることが既に始まっていた。だが、完全な普及には長い時間が掛かっている。なぜなら、「晋書」の中に狗(犬)を以て鼠を執へるとの記載がまだ見られるからだ。

 唐代になると、猫を飼うことが中国人の間に広まった。この点については、多くの文献資料で証明されている。筧文生先生の「中国文学に描かれた猫」という一文に既に詳しく、ここでくどくどと述べる必要はない。その他、猫を創作対象とした当時の芸術作品、例えば絵画②、彫刻は技法が洗練され、描写が生き生きとしており、これも猫が唐代の人々の生活に溶け込んでいたことを示しものだ。猫に接し、猫を観察する機会が多くなければ、猫をうまく描き、彫刻することはできないのである。

写真5

写真5 明・宣宗「壺中富貴図」

 猫は身のこなしが優雅で、性格が愛くるしく、観賞して楽しめる他、さらには鼠を捕まえる名手であり、人々の生産・生活に役立っていた。このため、宋代以降、猫を飼う風潮が強まり、猫の文化的な意味内容も一段と豊かになった。まとめるなら、中国の伝統的文化の中で、猫に対する評価と認識は前向きで肯定的なものが多い。これは農耕社会においてはごく自然なことだ。まず、古来より、人々の猫に対する認識(飼い馴らされていない野良猫、又は飼い猫を問わず)は蛇・鼠の害を駆除できるというものであり、絵画又は彫刻は鼠の災いを除く猫の姿をモチーフとしている。例えば、杭嘉湖地区の蚕猫には切り紙細工もあれば泥塑もあるが、これらは養蚕農家が養蚕室の中に置いて鼠を退散させた神通力を持つ宝物③である。猫に鎮守、守護、魔除けのイメージがあるのはこれに由来する。

 次に、「猫」は「耄耋」の「耄」(訳注:70歳のお年寄り)と発音が同じであり、このため、長寿に喩えられる。さらに富貴を象徴する牡丹又は「耋」(訳注:80歳のお年寄り)と同じ発音の蝴蝶と組み合わせた富貴耄耋の吉祥図案がよく描かれている。沈括「夢渓筆談」の記載によれば、北宋の欧陽修はかつて一幅の古画を手に入れたが、そこには牡丹の花々が描かれ、下の方に1匹の猫がいた。猫にまつわるこうした寓意は昔からあったのである。この構図はよく見受けられる。例えば、明・宣宗の「壺中富貴図」、清代の玉双猫(1匹が蝴蝶を口にくわえ、もう1匹は水仙をくわえている)等であり、珍しいものではなかった。

 さらに、人々は日常生活の中で猫と付き合い、猫の行動を観察してその習性をまとめ、猫に対する理解と判断が確立された。これが俗諺、俗語の形式を通じて民間に広く伝わったのである。例えば、唐末期・段成式の「西陽雑俎」には猫についての次のような記述が見られる。

 猫は、目睛(ひとみ)が暮れて圓く、午に及びて綖の如く竪(たて)に斂まる。其の鼻端は常に冷たく、唯、夏至の一日は暖かし。其の毛は蚤虱を容さず、黒い者は暗い中で其の毛を逆に循(な)でると、即ち火星(火花)の若し。俗に猫が面を洗ひて耳を過ぐれば則ち客至ると言ふ。楚州の謝陽に猫出でて、褐花の者有り。霊武に紅叱撥及び青驄(せいそう)色の者有り。猫は別名蒙貴、別名烏員。平陵城は、古潭国也。城中に一匹の猫有り、金の鎖を常に帯び、銭を有(も)ちて蛺蝶(きょうちょう)の若く飛ぶ。士人は往往之を見る。

写真6

写真6 清・玉双猫(『故宮宝笈・一』より)

 その中の「猫が面を洗ひて耳を過ぐれば則ち客至る」④は当時、民間に伝わっていた諺であり、これは明らかなことだ。他に「豚来りて貧しく、狗(犬)来りて富み、猫来りて質庫(質屋)を開く」、「猫兒を偸かに食らふは改むるを得ず」⑤等があり、いずれもこの類である。俗諺はその流布した時期、地域が異なり、また、間違いが次々に伝わるといった状況が現れたため、その影響は必ずしも主流文化のように広く深いものではない。

 以上、我々は猫が中国の伝統的文化においてどのような意味を持つのかを分析した。では、招き猫の誕生と発展及びその由来を見てみよう。

 周知のように、唐代は中国の文化が日本に伝えられた重要な時期である。猫が中国から日本に伝わったのもこの時期である。日本の奈良時代(710~794年)初期、仏教の伝来に伴い、船に積み込まれた書籍を鼠の害から守るため、猫も日本に渡った。元慶八年(884年)、唐朝は光孝天皇に黒猫を贈ったが、これは文献の記載に見られる最も古い渡来猫である。平安朝(794~1192年)末期(南宋初期に当たる)になると、猫は日本の民間で広く飼育されるようになった⑥。招き猫の誕生はこれよりもっと遅くなる。茂呂美耶先生は「物語日本」の中で次のように書いている。

写真7

写真7 木彫りの眠り猫

 招き猫の言い伝えは400年余り前の江戸時代にさかのぼるが、陶製の招き猫が現れたのは150年前である。最初は花柳界がお客を呼ぶ込むのに用い、明治時代になって一般庶民の間に広まった。昔、江戸の花柳界の芸妓は又の名を「猫」と言い、芸妓の必需品である三味線も猫の皮で作られていた。このため、芸妓と「猫」は浅からぬ関係にある。

 この書物はさらに招き猫の由来に関係する4つの言い伝え--薄雲の三色猫、今戸焼の招き猫、金猫・銀猫及び豪徳寺の招き猫を詳しく紹介している。これらの言い伝えが発生した時期、場所はそれぞれ異なる。確かなことを言うなら、前三者は招き猫の予言的中に関する故事であり、由来ではないようだ。結び付けて見ると、豪徳寺の招き猫が起源となる。薄雲の三色猫と金猫・銀猫は妓楼に招き猫を置いて予言を当てた先駆けであり、妓楼に招き猫を飾ることはここから始まった。今戸焼の招き猫は一般庶民が招き猫を祭った始まりであり、陶製招き猫の始まりでもある。

 豪徳寺の小玉は城主を招き寄せ、城主の庇護によりこの寺は栄えるようになった。薄雲三色猫と金猫・銀猫はお客を招き寄せ、ひいき客が次々と訪れて、お金も自然に儲かるようになった。このため、財を招き福を受けるという招き猫の能力はお客を招き迎える能力から派生したものだと言えよう。こうして見ると、外見であれ中身であれ、招き猫は「猫が面を洗ひて耳を過ぐれば則ち客至る」の言い伝えと見事に符合する。唐代のこの民間の言い伝えは日本に伝わった後、共感と効験を得て、日本の文化に徐々に溶け込み、招き猫誕生のための下地が出来上がったのである。

 ここで触れざるを得ないのは、江戸時代の有名な日光東照宮にある木彫りの眠り猫のことである。牡丹の花に囲まれて体を横たえた眠り猫は、「太平の世だからこそ、猫はこのように安らかに眠ることができる」との深い寓意が込められている。同時に又、典型的な富貴耄耋図案が構成され、富貴にして長寿、太平を永く享(う)くるとの願いを添えている。この中には中国文化の影響を受けた痕跡がはっきりと見てとれる。

 振り返って見れば、相通じる文化的背景の下、招き猫が中国に広まったのは当然のことなのである。愛くるしい招き猫は中国文化と切っても切れない関係にある。それは中日両国の文化交流の目撃者であり、また、両国国民の美しい願いの結晶でもある。

脚注注釈文:

  1. 香港の伝統的な茶餐庁では以前、祭壇に関帝又は土地を祭っていたが、現在は招き猫の姿もある。毎年、啓蟄の日には鵝頸橋の下で「巫女」が道具を並べ、「打小人(嫌いな人を叩く)」の儀式を行っており、その祭壇には関公、観音、黄大仙の他、招き猫も祭られている。
  2. [唐]朱景玄「唐朝名画録・能品下」には、「盧弁の猫兒、白旻の鷹鴿、蕭悦の竹、又偏(ひと)へに妙也。」と記されている。即ち唐代には猫を得意とする画家がいたのだが、惜しいことにその作品は後世に伝わっていない。
  3. [清]沈練「広蚕桑説輯補」:蚕は鼠の最も喜び食らふ所と為り、蚕を飼ふ者に猫の無いのは可ならざる(注解:猫の無い家は、毎(おのおの)が泥塑の假猫を以て外に粉を加へて飾り、蚕室の中に置ひて鼠を嚇(おど)す、此は暫く持する可し、久しくして則ち霊ならず)。
  4. 猫が顔を洗う時、前足を耳の後ろから回して顔の前に持ってくるその動作は、あたかも前に向かって手招きしているようだ。人々は猫のこの動作を観察して、それが客を招き寄せることを連想したのである。
  5. [清]翟灝「通俗編・獣畜」を見ること。
  6. [日]筧文生「中国文学に描かれた猫」、常洪「動物遺伝資源学・中国家猫起源系統」を参照のこと。

PROFILE

秦 佳慧

秦 佳慧(Qin Jiahui):浙江大学古籍研究所講師

中国浙江省海塩県に生まれる。
1999.9~2001.6 浙江大学古籍研究所 修士
2003.2~2007.9 浙江大学古籍研究所 博士
2008.1~現在 浙江大学古籍研究所 講師


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