【15-08】近代「国学」と日本

2015年 8月 5日

朱新林

朱新林(ZHU Xinlin):山東大学(威海)文化伝播学院 副教授

中國山東省聊城市生まれ。
2003.09—2006.06 山東大学文史哲研究院 修士
2007.09—2010.09 浙江大学古籍研究所 博士
2009.09—2010.09 早稻田大学大学院文学研究科 特別研究員
2010.11—2013.03 浙江大学哲学系 助理研究員
2011.11—2013.03 浙江大学ポスドク連絡会 副理事長
2013.03—現在 山東大学(威海)文化伝播学院 副教授

 国学(中国国学)とは、中国特有の伝統的な学問を指し、中国固有の学問を総称するものである。国外の学術界において中国の伝統文化を研究する学問は「漢学」、すなわち「sinology」と呼ばれている。清華大学の劉東教授によると、中国に固有の学術文化ないし中国文明の数千年にわたる経験の総合体が、外部の学問の巨大な挑戦と刺激を受け、近代西洋の学問に自ら反発・呼応することにより、国学は形成された。

 ここ数年、中国では国学ブームが再び沸き起こっている。このことは、章太炎が日本に亡命していた時期に中国の伝統文化を高く評価し、広めていたことを思い起こさせる。章太炎(炳麟)は1906年に日本に到着した後、留学生と日本の漢学界の要請を受け、東京で国学講習会を創設した。その弟子には銭玄同(夏)や朱希祖(逖先)、周樹人(魯迅)などの人物が挙げられる。

写真1

章太炎

 章太炎は、祖国の民族文化の近代化の取り組みを始め、根拠となると同時に役立てることもできる新たな民族文化の創造に努めた。章太炎は、機関誌『民報』の主筆を務めただけでなく、民報社内に「国学講習会」を開講し、国学を教えた。章太炎は、国学は強国にはつながらないかもしれないが、国家成立の源泉と基礎になると考えていた。『民報』第七号の「国学講習会序」においては、「国学とは、国家がそれによって成立するところの源泉である。競争の世においては国学に頼っていたのでは立国に足りないと言われるが、国学を興すことなくして国が自立できるだろうか。(中略)今日において国学を興す者がいなければ、国家の存滅に影響することとなる。なんと前代に比べ非常に危ういのか。」と書いている。この認識に基づき、章太炎は、もしも国学を学ぶことができなければ、中国の本当の改革と発展も進むことはないと考えていた。

 では章太炎が考えていた「国学」とは何だったのだろうか。『民報』第8号(10月8日発行)においては、講義の内容を紹介する広告が掲載されていた。「国学を興し、国光を発揚するために本社を設ける。隔月で年間六冊の講義を発行する。その内容は、(一)諸子学、(二)文史学、(三)制度学、(四)内典学、(五)宋明理学、(六)中国歴史の六種に分かれる。一冊の販売価格は四十銭とし、先払いで年間二元二十銭とする。十月二十日までの支払いで二元の特別価格が受けられる。郵送費は一冊四分で先払いとする。自ら受け取りに来る者は郵送費を免除とする。第一期は十一月二十日に出版される。社長章炳麟。」

 中国をめぐる内憂外患の状況に直面して、当時の清政府も、改革を通じて延命をはかろうとしていた。清代末期には、「国粋を保存する」ためとして、光緒三十一年(1905年)に、湖広総督の張之洞がまず、武昌経心書院を存古学堂に改め、「経学」「史学」「詞章」の三つの課程を設けた。このうち「経学」については、「経学」「史学」「詞章学」「博覧古今子部諸家学」「算学」「輿地学」「外国史」「博物」「理化」「外国政治法律理財」「外国警察監獄」「農林漁牧各実業」「工商各実業」「体操」などの科目が設けられたが、各科目の時限数には大きな差があった(張之洞「創立存古学堂折」,1907年7月9日、『張之洞全集』第三冊収録,河北人民出版社,1998年)。しかしその効果は理想的とは言えなかった。

 清政府の「国粋保存」という目的とは異なり、章太炎が国学を広めようとしたのは、国学の伝承のためだけでなく、種族の革命、政治の革命、社会の革命という視点からでもあった。「壬寅(1902年)の春に日本に到着し、中山(孫文)に会った。当時の留学者のうち中山のところに往来するもので志や理想を同じくするものは一人か二人にすぎなかった。そのほかの偶然にやってきたものは、中山を妙に思うのが常だった。骨董を見にはやって来ても、漢民族を救おうと熱心な者はいなかった。(中略)近頃の事に当たる方法については、政治や法律、戦術など一切の事柄については諸君がすでに研究していることであり、改めて取り上げることはしない。私の見るところ、最も重要なのは情を感じることである。感情がなければ、百千万億のナポレオンやワシントンがいても、それぞれの思いがあるだけで、団結することはできない。(中略)志を遂げようとするものにとって最も重要な感情は二つある。第一に、宗教によって信念を起こさせ、国民の道徳を増進すること。第二に、国粋によって民族性を引き出し、愛国の熱情を高めることである」(章太炎「東京留学生歓迎会講演」『民報』第6号,1906年7月)

 武昌起義の成功の知らせは日本に伝わり、国学を教えていた章太炎はこの上なく興奮した。1911年11月11日午前10時、章太炎は抗議を中断し、数名の学生をつれて東京を離れ、急いで中国に戻り、15日には上海に着いた。上海『民立報』は、章太炎の帰国を歓迎する文章を発表し、大きな期待を寄せ「章太炎は中国近代の大文豪であり、革命の大人物でもある。(中略)その章太炎が上海に戻って来た。記者はここに数語をもって歓迎の意を示したい。同胞の皆さんが彼を中国のルソーとして迎えることを願う」と書いた。

写真2

 清代末期から民国初期にかけて、章太炎の国学の講習は模範として受け入れられた。章太炎は、当時の志士らの強い中華への叫びと奮闘とを代表していた。それぞれの時代はそれぞれの跡を残す。章太炎が日本で播いた国学の種は、中国国内で現在、勢いよく育ちつつある。2013年11月26日、中国の習近平国家主席は(山東省)曲阜を視察した際、次のように指摘した。「孔子と儒家思想の研究と伝播に結びつけ、次の四つをはっきりと言わなければならない。第一に、中華文化には中華民族の最も深い精神面の追求が蓄積され、中華民族がとどまることなく大きく発展する豊かな栄養を提供している。第二に、中華の優秀な伝統文化は中華民族の際立った強みであり、我々の最も分厚い文化的なソフトパワーである。第三に、それぞれの国家と民族の歴史的な伝統や文化の蓄積、基本的な国情は異なり、その発展の道も自らの特色を伴っている。第四に、中国の特色ある社会主義は中華文化の沃土に根を生やし、中国人民の願いを反映し、中国と時代の発展や進歩の要求に適応し、深い歴史的な由来と幅広い現実的な土台を持っている」

 2014年9月24日、習主席は、孔子誕生2565周年記念の国際学術シンポジウムと国際儒学連合会第5回会員大会の開幕式典で講演し、孔子や儒学を研究することは中国人の民族的な特性を知り、現在の中国人の精神世界の歴史的な由来を知るための重要な手段だと語った。さらに中国人民の理想と奮闘、中国人民の価値観と精神世界は、中国の優秀な伝統文化の沃土のうちに深々と根を張ったものであり、歴史と時代の前進に伴って不断に更新され、進歩してきたものだと指摘した。

 中華の伝統文化の内容は非常に豊かで複雑なものである。中国の伝統文化はここ数年、ますます大きな関心を集め、各学校は、教育計画の中に相次いで「国学」というカリキュラムを取り入れている。だが実情は厳しく、全国の「国学教師」は大きく不足している。現代においてはすでに章太炎のような国学の大師が再び現れることが非現実的であるだけでなく、関連する教育が欠けているということも大きく関係している。判明しているところによると、2015年5月末までに、国家および教育部の伝統文化関連課題チームは、幼稚園・小学校・中学・高校・大学・成人教育(全国指導幹部国学教育シリーズ教材)・海外漢文化教育などの700冊近くの伝統文化標準化教材の研究開発を完了している。


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