【16-01】釈清潭とその『楚辞』研究

2016年 1月 5日

朱新林

朱新林(ZHU Xinlin):山東大学(威海)文化伝播学院 副教授

中國山東省聊城市生まれ。
2003.09—2006.06 山東大学文史哲研究院 修士
2007.09—2010.09 浙江大学古籍研究所 博士
2009.09—2010.09 早稻田大学大学院文学研究科 特別研究員
2010.11—2013.03 浙江大学哲学学部 補助研究員
2011.11—2013.03 浙江大学ポストドクター聯誼会 副理事長
2013.03—現在 山東大学(威海)文化伝播学院 副教授

 釈清潭(1871?-1942)は「萬仞」との字を持つ。その名は、日本の宥快(1345-1416)が著した『大日経疏鈔』における「譬如清潭萬仞,澄恬鏡徹,臨視之者不測浅深」に由来する。

 清潭は東洋大学の講師と教授を歴任し、主な著作に『来世之有無』(井冽堂、1905年8月)や『寒山詩新釈』(鶴声堂、1907年10月)、『唐代名詩鈔』(如山堂、1911年5月)、『古文明灯』(丙午出版社、1922年)、『国訳楚辞』(国民文庫刊行会、1922年)、『唐詩選鈔本』(丙午出版社、1923年)、『作詩関門』(1924年)、『清潭百律』(心華堂、1892年8月)、『懐風藻新釈』(丙午出版社、1927年)、『陶淵明集』(国民文庫刊行会、1929年7月)、『王右丞集』(国民文庫刊行会、1929年)、『補注和漢高僧名詩新釈』(釈清潭著・有賀要延補注、国書刊行会、1998年10月)がある。そのうち清潭の注釈した『懐風藻』は「『風藻』注解の嚆矢」と呼ばれ、『寒山詩新釈』は日本の有名な詩歌研究専門家・大田悌蔵に「高い参考価値がある」と評価されている。

 釈清潭の『楚辞』研究の成果は、『国訳楚辞』と『国訳楚辞後語』の二書に集中して体現されている。両者は『国訳漢文大成』文学部の第一巻としてまとめられ、大正11年(1922)に国民文庫刊行会から発行された。日本語で書かれ、早稲田大学文学部図書館に蔵本がある。扉ページには、「国訳漢文大成 文学部 第一巻 楚辞」と記され、「五十嵐文庫」と「第一早稲田高等学院」との印章が押されている。その次に釈清潭の「楚辞解題」、「例言」と続き、そして「国訳楚辞」の目次が次のように記されている。「巻の第一 離騒 巻の第二 九歌 巻の第三 天問 巻の第四 九章 巻の第五 遠遊 巻の第六 卜居 巻の第七 漁父 巻の第八 九辯 巻の第九 招魂 巻の第十 大招 巻の第十一 惜誓 巻の第十二 弔屈原 巻の第十三 服賦 巻の第十四巻 招隠士 哀時命」。

 その次は『国訳楚辞後語』の目次で、「佹詩第一 易水歌第二 越人歌第三 垓下歌第四 大風歌第五 鴻鵠歌第六 瓠子歌第七 秋風辞第八 烏孫公主歌第九 長門賦第十 哀二世賦第十一 自悼賦第十二 反離騒第十三 思玄賦第十五 悲憤賦第十六 胡笳第十七 登楼賦第十八 帰去来辞第十九 鳴臯歌第二十 引極第二十一 山中人第二十二 望終南第二十三 魚山迎送神曲第二十四 日晩歌第二十五 復志賦第二十六 閔己賦第二十七 別知賦第二十八 訟風伯第二十九 弔田横文第三十 享羅池第三十一 琴操第三十二 招海賈文第三十三 懲咎賦第三十四 閔生賦第三十五 夢帰賦第三十六 弔屈原文第三十七 弔萇弘文第三十八 弔楽毅文第三十九 乞巧文第四十 憎王孫文第四十一 幽懐賦第四十二 書山石辞第四十三 寄蔡氏女第四十四 服胡麻賦第四十五 毀璧第四十六 秋風三畳第四十七 鞠歌第四十八 擬招第四十九」とある(『楚辞後語』の巻末にはこのほかに、「楚辞何喬新序」と「読楚辞 馮開之」が付けられている)。次には付録の目次が、「楚懐襄二王在位事蹟考(屈復) 屈原賦中地理考証(戴震) 草木鳥獣考証(戴震)」と記されている。これより本文が続く。

 『国訳楚辞後語』は49篇からなり、朱熹『楚辞後語』より3篇少なく、「成相篇」「弔屈原賦」「服賦」が欠けている。このうち「成相」については、清潭は「佹詩」において次のように解題している。「而して今「成相篇」をここに省く所以は国訳漢文大成のうち経子史部第八巻において笹川講師が訳せる荀子あればなり。是を以て朱子に於いては成相を第一とす。余に於いては佹詩を以て第一と為すなり」(『国訳楚辞後語』2ページ)。「弔屈原賦」と「服賦」は『国訳楚辞』に収録されており、『国訳楚辞後語』で重複して注釈されることはなかった。

 『国訳楚辞』と『国訳楚辞後語』の篇目の選定と付録資料から見るところ、その底本は、『後語』があり『辯証』のない慶安四年(1651)に刊行された『楚辞集注』であると考えられる。『楚辞』の篇目は林雲銘の『楚辞灯』を取ったもの、解題と注釈は王逸『楚辞章句』、朱熹『楚辞集注』、林雲銘『楚辞灯』などを参考としたものと考えられる。二書の注釈はいずれも、まずは本文、次に日本語読み、そして句解という体裁を取っている。『国訳楚辞』の句解においては、王逸の注や朱熹の注、林雲銘の注が引かれ、参考にされている。「句解」においては訓釈する原文の横に黒点がふられ、地の文から目立つようになっている。句解の後には韻などの解説もなされ、林雲銘らの異説も紹介されている。『国訳楚辞後語』の句解は、原文の訓釈と解説が中心で、こなれた文章で、よりわかりやすくなっている。

 『国訳楚辞』の「例言」は次のように記している。

「一、余が経を解き集を釈する、必ずしも古、必ずしも今、必ずしも訓詁、必ずしも考証と其の宗を固うするにあらず。古も取るあり舎るあり、新も亦取るあり舎るあり、或は訓詁、或は考証、折衷して以て自家の案を下す、故に一人の人を或は破し、或は拠る、日本の先儒が我は何派なりと称して集注を解釈するが如きは余の嫌ふ所なりとす。

一、是の篇、前に辨ぜる如く王逸と朱子と林子との三家に依て解釈し、我が発明する所は全く無しと謂うも可、是れは古人に対し、後賢に向い深く慙媿する所なり。

一、屈復曰く騒を注する者数十家、予見る所、王叔師、洪興祖、朱晦翁、林西仲数家のみ、各の一是を執て、議論紛紜、中に於て斟酌、会して條貫を成す、千金の裘、一狐の腋にあらざるなり、仍て姓名を首に録し、敢えて美を掠めず。余が是の編亦云う。

一、二字の成語、四字の成語中、上を音読にし、下を訓読にする例、例を開く者古人にあり、余は開山祖師にあらず、而かも余が著わす書には多く音訓混読する、而かも此は是れ必ずしも田舎読ならざることを一言辨じ置くものなり。

釈  萬 仞 又識」

 『国訳楚辞』は各篇に解題がなされ、解題の多くは、王逸や朱熹、屈復、林雲銘らの説を紹介している。例えば「九歌」の解題には、「余今謂う、林子が王を斥う所、侮褻を免れ難しと言ふに在り、若し然りとせば三百篇中侮褻甚だ多し、是れ亦孔子の本意にあらずと言ふか。王説一一取るの要なきも、未だ全く誤ると言ふべからず。唯其れ牽強附会を避けて、屈子の本心を見るを要するのみ」(91ページ)との記述がある。「天問」の解題には、「朱子は王逸及び洪興祖の説を排して云云、君子人の筆法にあらざるを以て今取らず」(141ページ)の記述がある。

 「九章」の解題には王逸と林西仲『九章総論』の説を紹介し、林の説に賛同している。「遠遊」は王逸の解題を紹介し、王の説に賛同した上、林雲銘の「遠遊」解題も載せている。「卜居」の末尾には林雲銘の「遠遊」の解題が、「漁父」の後ろには林雲銘と屈復の解題が、また「九辯」には屈復『楚辞新注·九辯』の解題が紹介されている。

 「招魂」の解題には林西仲が引用され、「林子の説上の如し。屈悔翁は全く此の説を取る。而して太史公を賛して曰く嗚呼子長は善読と謂うべし。余今即ち此に是を付し、其の説は林子に依る」としている。「大招」には王逸と朱熹、林雲銘、屈復の説が紹介され、以前の『招魂』の作者などにまつわる説は「附会穿鑿」であるとし、「今時西村天囚氏は頗る楚賦に精通せり。其の著はす所の『屈原賦説』に於ても、数十家の異同を辯ぜり。而かも此れは是、彼れは非と断ずる能わず。千載の後に生れて、千載の前を量る、誰が日光を眼前に観るが如きを得ん。暗中摸索、或は尾或は端、其の握る所のものあれば乃ち足る。此の大招、屈作なりとし、景作なりとし、其の見ありと雖も、是れ亦暗中摸索、真を握り得たりと言ふべからず。余は今仮りに王逸に従って之を屈作と為して読む。屈として読むときは神味の湧然たるを覚ゆ。宋玉とし、景差と為すときは、一変して神味索然と為る。其の是非は後来の君子を俟つ」としている。

 「惜誓」の解題では王逸と洪興祖の説を引用し、「惜誓」を賈誼の作品とし、洪興祖の説に従い、「今惜誓を以て賈が作と為すは、余も亦深く信ずる所。明の張天如が漢魏百三家集を編し、而して此の惜誓を賈が集に収む、識ありと謂う可し」(469ページ)とし、「弔屈原」の解題においては、「弔屈原は漢の長沙王の太傅賈誼が作る所なり。賈漢廷に容れられず、既に謫を以て去る、意自得せず、湘水を度るに及んで、此を賦し以て弔す。屈原汨羅に沈んで、已に百余年、誼之を追傷し、因て以て自ら諭うと云う」(480ページ)としている。

 「哀時命」は荘忌によるもので、「屈を慕うが故に此の賦あり」(520ページ)と考え、「詩人の情、憂士の心、此の如くなるを知らば、一概に聖道を以て之を責むるの愚は宜しく廃棄すべきなり」(520ページ)としている。

 『国訳楚辞後語』の各篇の解題は朱熹とその子の説に依っている。「国訳楚辞後語·序」においては、「朱子曰く楚辞後語は晁氏が集録する所の続編の二書を以って刊補定著す。凡て五十二篇、晁氏が此の書を為る。固に辞を主として、而も亦義を兼ざるを得ず。今其の旧に因ときは其の辞を考ふること宜しく益精しかるべし、義を択ぶこと当に益す厳なるべし。此れ余が兢兢として其の謹を致さざるを得ざる所以なり。朱子は是の語に続き猶お辯ずるが、要するに幽憂の文字は取る可く、懽愉の語詞は取らず、楚辞の本志は幽憂に在りて懽愉に在らざればなり。荀卿及び柳宗元は屈原が徒にあらざるも、取て以て之を賛するは乃ち其の文字の上にあるなり。朱子の意太だ公平なるを覚ゆ。余も亦楚辞に次ぐに此等の諸子を取る所以なり」としている。

 同書は、日本の中国文学研究者と国民に信頼できる『楚辞』の読本を提供することをねらいとしたものであり、日本の学術界と民間における『楚辞』の普及を促す重要な役割を発揮した。『楚辞』の日本語訳の中では、その注釈の形式においても字句の解説においても、この書にまさるものはないと考えられる。

【版本】

  • 大正十一年(1922)国民文庫刊行会発行『国訳漢文大成』文学部第一巻。
  • 昭和三十一年(1956)東洋文化協会発行『国訳漢文大成』第一巻

謹賀新年

 

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