【17-03】金沢文庫から中日文化交流を見る

2017年 1月31日

朱新林

朱新林(ZHU Xinlin):山東大学(威海)文化伝播学院 副教授

中國山東省聊城市生まれ。
2003.09—2006.06 山東大学文史哲研究院 修士
2007.09—2010.09 浙江大学古籍研究所 博士
2009.09—2010.09 早稻田大学大学院文学研究科 特別研究員
2010.11—2013.03 浙江大学哲学学部 補助研究員
2011.11—2013.03 浙江大学ポストドクター聯誼会 副理事長
2013.03—2014.08 山東大学(威海)文化伝播学院 講師
2014.09—現在 山東大学(威海)文化伝播学院 副教授

 日本で中世に設立された漢籍所蔵機関の最高峰は足利学校と金沢文庫であり、前者が約200年長い歴史を有する。両者は中日間の古文書交流における代表機関であり、両 国の研究者は今でもその蔵書の恩恵を受けている。

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金沢文庫の正面玄関(筆者撮影)

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金沢文庫(筆者撮影)

 金沢文庫は神奈川県横浜市金沢区金沢町142番地にあり、その所在地から名称が取られている。金沢文庫は元来、武家政権・北条氏の教育機関であり、明確な設立年代はもはや知る由もない。創設者の北条実時( 1224-1276)は別名、金沢実時とも呼ばれ、鎌倉中期の武将で、北条義時の孫であり、評定衆や越訴奉行を務めた。また、北条泰時から厚い信頼を受けて連署を務め、北条経時、北条時頼、北 条時宗の三代にわたって政権を補佐した。北条実時は当時の武蔵国金沢に居を構えて称名寺を建立し、現在の金沢文庫はその敷地内にある。北条氏は学問を強く好み、書物の収蔵や書写、刊行を熱心に行い、書 籍を収集して称名寺内に保管したことによって、現在の金沢文庫の土台が築かれた。金沢文庫の蔵書は、足利学校のそれとは役割が異なり、公共の用にはまったく供されなかった。金 沢文庫は中世における武家の私設文庫であり、北条市一門および称名寺の僧侶の利用にのみ供されたため、一般の僧侶や市民はその様子をうかがうことさえできなかった。

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北条実時像(筆者撮影)

 金沢文庫の庭園は、晩秋にもかかわらず初秋の涼しさの中、月明かりは水のごとく静かで、秋の深まりをうたう唐詩の世界のようだった。金沢文庫ではちょうど「忍性菩薩展」が開催されていたため、あ たかも唐代の詩人、薛能の詩「故国有如夢、省来長遠遊」(故郷の夢を見ているようで、遠くに出かける必要がない)の世界を再現しているように感じ、私は嬉々として門をくぐった。

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神奈川県立金沢文庫特別展「忍性菩薩」ポスター(神奈川県立金沢文庫)

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金沢文庫・図書閲覧室の一角(筆者撮影)

 金沢文庫の所蔵典籍のほとんどは宋代・元代ならびに明代初期の刊本であり、50種類あまり存在する。これら重要な典籍の大部分が日本の国宝や重要文化財に指定されていることが、金 沢文庫の最大の特徴となっている。現在、これらは金沢文庫に収蔵されているほか、一部は宮内庁書陵部や足利学校にも分散している。金沢文庫所蔵の宋代典籍には、『南史』や『文苑英華』、『嘉定十一年具注暦』等 がある。

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重文 宋版南史 列伝第六十五、六十六目録 称名寺所蔵(神奈川県立金沢文庫保管)
神奈川県立金沢文庫編集・発行『国宝文選集注と唐物玩味』2009年、p30より

 このほか、金沢文庫は歴史的価値の高い古写本を大量に所蔵している。例としては、8~9世紀の『卜筮書』や10世紀ごろの『文選集注』、12世紀の『周易注疏』、『集七十二家相書』の一種等がある。こ のうち、『文選集注』が最も代表的である。これは、10世紀ごろの日本の古写本であり、現存版と違って旧注釈が多く残されている点で本来の姿に近く、大変貴重である。『文選集注』が重要なのはこのためであり、「 文選学」すなわち文選研究で重要な位置を占めている。さらに細かく言えば、金沢文庫所蔵の『文選集注』は『五臣注文選』ではなく、李善注と五臣注の合本『六臣注文選』とも異なり、注 釈においては李善注と五臣注のほか、『文選抄』や『文選音訣』、『陸善経注文』等を引用している。『文選抄』と『文選音訣』は、『唐書・芸文志』に収録されており、撰者は公孫羅とされている。また、特 に注目すべきは、陸善経の『文選注文』であろう。早期の『経籍志』や9世紀の藤原佐世『本朝書籍目録』の記載によれば、陸善経は経学の大家と呼ぶにふさわしいが、その記録はほとんど存在しない。このため、『 文選注文』からその学問をうかがえることはきわめて貴重である。 [1] 『文選集注』は、金沢文庫に巻四十七、巻六十一(上、下)、巻六十二、巻六十六、巻七十一、巻七十三(上、下)、巻七十九、巻八十五(上、下)、巻九十一(上、下)、巻九十四(上、中、下)、巻百二、巻 百十六の合計十八巻が残っている。また、この写本と同一版はあと六巻が残されており、東洋文庫に巻四十八、巻五十九(上、下)、巻八十八、巻百十三(上、下)が現存する。1955年、金 沢文庫所蔵と東洋文庫所蔵の『文選集注』は日本の国宝に指定された。

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『文選集注』の写真

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国宝 文選集注 巻六十一上 称名寺所蔵(神奈川県立金沢文庫保管)
神奈川県立金沢文庫編集・発行『国宝文選集注と唐物玩味』2009年p7より

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国宝 文選集注 巻六十一下 称名寺所蔵(神奈川県立金沢文庫保管)
神奈川県立金沢文庫編集・発行『国宝文選集注と唐物玩味』2009年p7より

 これらの典籍は、強い生命力をもって古代中日文化交流史の一端を今に伝えている。現在、多くの中国人研究者がわざわざ金沢文庫を訪れるのは、貴重な資料を求めたり、そ の美しい姿を一目見たりするためであるが、歴史に思いを馳せ、心の静けさと平和を求める者もある。いずれにしても、金沢文庫は中日文化交流の輝かしい成果として、永遠に両国友好人士の拠り所であり続けるだろう。& amp; amp; lt; /p>

 さらにつけ加えるなら、金沢文庫の近くには有名な金沢八景があり、八つの勝景はそれぞれ「小泉夜雨、称名晩鍾、乙舳帰帆、洲崎晴嵐、瀬戸秋月、平潟落雁、野島夕照、内川暮雪」と名づけられているが、こ こにも中国古代、特に西湖十景の影響を色濃く感じることができる。西湖十景はそれぞれ「蘇堤春暁、断橋残雪、平湖秋月、柳浪聞鴬、双峰插云、三潭印月、花港観魚、南屏晩鍾、雷峰夕照、曲院風荷」と 名づけられている。金沢八景と西湖十景を比較すれば、その名称は中国における景勝地の命名法に影響されていることは容易に見て取れる。金沢八景は、1677年に中国明代の僧侶、心越禅師が宋代の洞庭湖畔の景勝、瀟 湘八景になぞらえ、故郷の杭州西湖の美しい景色への思いに金沢の四季、気候や光線・時間・音等のさまざまな要素の変化を融合させて名づけたもので、禅師がそれぞれの景色に詠んだ八編の漢詩も残されている。こ れこそ、中日両国の文化的融合の典型と言えよう。

 まさに晩唐の詩人、雍陶の詩「満庭詩境飄紅葉、繞砌琴声滴暗泉。門外晩晴秋色老,万条寒玉一渓烟」(庭に満つる詩景 紅葉を飄えし、砌を繞る琴声 暗泉を滴らす。門外の晩晴 秋色老ゆ、蕭条たる寒玉 一渓の烟)の世界である。金沢文庫と金沢八景は文化財と景色のコラボレーションであり、中日文化の有意義な融合と歴史の橋渡しでもある。


[1] 厳紹璗『金沢文庫にて国宝を訪ねる』、『中華読書報』、2000年11月8日。


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