【17-08】芦東山に対する中日学者の再評価——芦東山と中国文化の関係もともに論じる

2017年 3月14日

朱新林

朱新林(ZHU Xinlin):山東大学(威海)文化伝播学院 副教授

中國山東省聊城市生まれ。
2003.09—2006.06 山東大学文史哲研究院 修士
2007.09—2010.09 浙江大学古籍研究所 博士
2009.09—2010.09 早稻田大学大学院文学研究科 特別研究員
2010.11—2013.03 浙江大学哲学学部 補助研究員
2011.11—2013.03 浙江大学ポストドクター聯誼会 副理事長
2013.03—2014.08 山東大学(威海)文化伝播学院 講師
2014.09—現在 山東大学(威海)文化伝播学院 副教授

 芦東山(1696~1776)は初名を善之助と言い、後に勝之助、幸七郎、孝四郎と改名し、最後は徳林に改名した。字は世輔または茂仲、号は東山または澁民、玩易斎、赤虫、貴明山下幽叟と言った。幼い頃から聡明で、稗史をよく読んだ。享保3年(1718)、高屋徹斎から国学を学んだ。享保6年(1721)、室鳩巣に従って学ぶ。仙台侯によって儒官として召し抱えられ、江戸幕府の儒員となり、第5代仙台藩主・伊達吉村に仕える。東山は当時、26歳であった。同年夏、東山は建議して、府学を設けることを申請する。富商の鈴木八郎が資金援助することとなり、前の儒官の田辺希文とこれを藩主に上書し、許可を得る。3年を経て完成し、名は明倫堂とした。学政は山崎氏に従い、主に『左伝』『孟子』『近思録』などを教えた。当時、仙台府学は諸州に栄えたが、東山が実にその発端となった。

 元文3年(1738)、学舎において有司と班次の高低を争ったことがあった。東山は「経筵習儀,不待卿等。雖執法大夫,無有此事」と主張した。その後、弾劾されたが、罪名は、藩制に汚名を着せ、旧典を遺棄したとのものだった。加美郡宮崎邑石母田長門の邸中に幽閉され、幽閉は24年にわたった。東山は幽閉されていた間、厳しい監視下に置かれた。この期間、東山は『無刑録』の著述に専念した。寛保2年(1742)から寛延2年(1749)までのわずか8年のうちに、東山は1男3女2婢を失っている。宝暦元年(1751)、『無刑録』15巻の草稿を完成した。宝暦11年(1761)、赦免を得て、帰郷した。

 著名な仙台藩儒としての芦東山の代表作は『無刑録』である。この代表作は、明治政府の時期、日本の近代刑法の誕生に重要な影響を与えた。それだけではなく、東山の『医経千文』は、中国の古代医学の経典である『傷寒論』の重要な影響を受けたものだった。東山は、『傷寒論』に記載されている漢方を臨床医学に応用しようとした。以下では、東山の『無刑録』を例に取り、東山と中国文化との関係について簡潔に論じる。

 東山の『無刑録』は、中国明代の著名思想家である朱熹の大きな影響を受けている。例えば『無刑録』は、丘濬『大学衍義補』中の『慎刑録』の重要な影響を受けており、形式において『慎刑録』を参考としているだけでなく、引用文献も、『春秋左伝』『春秋公羊伝』『春秋榖梁伝』『周礼』『礼記』『二程遺書』『文献通考』『続文献通考』など、多くは中国伝統の儒家の経典を由来としている。さらに「礼治」と「徳治」にかかわる正史における典型的な事例を大量に盛り込み、自らの理論的観点に事実の根拠を与えている。例えば『新唐書』巻1950の『孝友伝』が引用されている。総じて、芦東山は、「徳治」を核心とし、刑罰を補助とし、刑罰の使用には慎重となることを強調している。芦東山の見るところ、社会の統治は、「礼治」と「徳治」を拠り所とすべきであり、二者のどちらも重視しなければならず、「礼治」を優先し、刑罰は後に来るのでなければならない。「徳治」主義者は、社会において法を犯す現象が出現するのは、為政者の「失徳」が主な原因と考える。このため東山は、社会の上からの設計を特に重視し、為政者は自らの徳行を養うことに気を配り、上の者が率先することによって下が従う教化作用を発揮しなければならないと主張した。

 礼治主義は、周礼の「尊尊」「親親」「男女有別」などを基本原則とする。秦漢以後、儒学と法学が合流し、礼法が統一され、儒家思想が統治の地位を占めるようになると、変遷を経て、「君為臣綱,父為子綱,夫為妻綱」(君は臣の綱、父は子の綱、夫は妻の綱)という「三綱」へと進化し、徐々に経典化し、封建的な立法・司法を導く礼教を形作ることとなった。その後の封建法制における服制に応じた定罪・量刑や親族間における罪の隠匿、「犯罪存留養親」(犯人が親を養う必要性を考慮した死刑などの一時停止)、「子孫不得違犯教令」(子や孫は教育上の命令に従わなければならない)、別籍・異財の禁止などはいずれも、「礼治」思想の体現と言える。「礼之所去,刑之所取,失礼則入刑,相為表裏」(礼の向かうところが刑の向かうところであり、礼を欠けば刑の対象となり、両者は表裏の関係にある)が、封建法制全体の基本的な特徴となった。徳治主義は、儒家が立てた中国古代の国家統治理論で、封建統治者によって長期にわたって正統思想と奉られ、その後、尊卑の区別のある仁を核心とした思想体系として発展した。この学説は、中国から東アジア、全世界へと大きな影響を生んだ。「徳治」は基本的に、「親親」「尊尊」(親しむべき人に親しみ、尊ぶべき人を尊ぶ)という立法の原則を堅持し、「徳治」を提唱、すなわち道徳によって人間を感化・教育することを主張するものである。儒家によると、人の性が善であれ悪であれ、道徳によって人を感化・教育することができるという。このような教化の方式は、心理上の改造であり、人心を善良にし、恥を知り、邪な心を持たないようにするものである。儒家は、徳治主義によって国を治めることは、最も徹底的で、根本的で、積極的な方法であり、法律の制裁によってこれを達成することができると考えた。このため中国伝統の儒家は、「礼治」と「徳治」の観念を重視した。南宋の朱熹などになると、この思想を儒家の核心観念として発展させた。

 芦東山は、朱熹の性善説から出発し、人は生まれながらに性は善であり、善でない原因は主に、政治を行っている者の導きが間違っているためだと考えた。このため盧東山は、徳治の立場から出発し、刑罰は統治の手段の一つにすぎず、主要な統治手段としてはいけないと考えた。最も重要な統治手段は、「徳治」の徳による教化の働きによるものでなければならない。日本は刑罰の構築の過程で、中国の徳治主義思想を吸収したが、中国伝統の科挙制度は取り入れなかった。日本の学者が、科挙制度は、社会の階層分化を容易に生み出しやすく、階層分化は社会の徳治の欠損につながりやすいと考えたためである。芦東山の『無刑録』はまさに、上述の中国文化の要素を土台としつつ、日本の実際の状況とも結びつけて生まれた古典的な著作であり、この著作は、日本近代の法律の形成に対しても深い影響を与えた。

 2016年11月2日、芦東山の生誕320周年を記念して、芦東山記念館と早稲田大学古籍研究所は共同で、学術フォーラム「再発見・再評価 仙台藩儒芦東山と『無刑録』」と題した学術フォーラムを開催した。芦東山記念館や早稲田大学、近畿大学、二松学舎大学、北京大学、中国社会科学院、香港城市大学などの学者が一堂に会し、芦東山の儒学思想や法律思想、医学思想などの面からその思想的価値を追求し、新世紀における芦東山の研究価値を強調した。参加した学者らは皆、「新世紀の学術・社会文化研究においては、学者らは、芦東山の思想をさらに掘り下げ、深める必要がある」との観点で一致した。

 2002年から、北京大学の湯一介先生の呼びかけにより、北京大学は、特大型の叢書となる『儒蔵』の編纂の仕事を始めた。儒学は、中国伝統文化の核心であるだけでなく、日本や韓国、ベトナムなどの周辺国にも幅広く奥深い影響を与えている。こうしたことを考慮して、北京大学『儒蔵』編纂センターは2005年から、域外部分への編集拡大の計画を開始し、ベトナムと韓国、日本の3カ国で協力団体を探し、3カ国の学者を招いて、校訂・編集の仕事を共同で担当させている。『儒蔵』センターは日本において、東京大学名誉教授の戸川芳郎先生の大きな支援と熱のこもった反応をいただいた。戸川先生は日本の漢学界において極めて高い声望を誇っている。先生は、すぐに東方学会の支持をとりつけ、「『儒蔵』日本編纂委員会」を設立し、日本古代儒学の専門家による収録書籍の検討を行い、さらに日本各地の大学の関連研究室を動員し、校訂の仕事を分担させた。芦東山の『無刑録』も収録対象となり、早稲田大学の稲畑耕一郎先生と近畿大学の原田信先生が中心となり、プロジェクトは順調に進んでいる。芦東山の思想は、中国の伝統儒家思想の大きな影響を受けている。その代表作『無刑録』は今や、中国の『儒蔵』にも収録されることとなった。芦東山の学術的な地位を今一歩評価するものであるだけでなく、芦東山の生誕320周年の最高の記念となる。このテキストの初の整理と研究は、芦東山思想の再評価と再発見の土台・前提となるものであり、中日両国の学者の共通の願いでもある。


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