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【07-19】中国の基礎研究10大ニュース

寺岡 伸章(中国総合研究センター シニアフェロー)  2007年12月20日

 中国科学技術情報研究所が発表したデータによると、中国は2006年の国際主要科学技術論文数で、前年の世界4位から米国に次ぐ2位に躍進した。 世界での論文占有率は8.4%となり、前年の6.9%か ら1.5ポイントも上昇したことになる。日本は二度と論文数で急成長する中国を抜くことはないであ ろう。次の課題は中国の論文の質や基礎研究の水準がどこに位置しているかであり、将 来の見通しをどう立てるかである。

 論文数世界2位への躍進について、清華大学の知り合いの二人の教授に感想を求めた。 

「中国は人口が多いから当然ですよ」 、「論文の質はまだまだです」 

二人とも、この世紀的画期に大して興味がなさそうで、こちらとしては拍子抜けした。そこで、研究の質を知るために、中国が選んだ基礎研究の10大ニュースの内容を分析してみることにした。真 の力を知るためである。

 中国科学技術部が隔月に発行している雑誌「中国基礎科学」は、毎年基礎研究10大ニュースを発表している。中国科学技術部基礎研究管理センター及び中国科 学技術協会学会学術部が主催して選定している。2 006年度の選定の仕方は、まず全国の学会から推薦をしてもらいその数は464件、重複等を整理して 166件にし、その後、分野ごとに専門家委員会を開催し、30件まで絞り込んだ。その30件について、中 国科学院院士、中国工程院院士、973計画(基礎 研究)プロジェクト首席科学者、国家重点実験室(COE)主任などを含む約1600 名が投票し、上位10課題を選んだという。

 日本ならば、このような選考は、選考委員会において委員が意見を出し合い、お互いの選考根拠に十分耳を傾けた上で、選考委員会全体の総意として決定され る。聖徳太子以来、日本では、「和をもって尊し」で あり、皆で議論したことは正しいと信じられている。中国では、関係者が集まって議論しても、各自が自分 の意見をなかなか変えようとしないため、「議論」が成り立たないという。そのため、投票で決するのである。ど ちらが民主的で、どちらの方法が真実に近いも のを選考できるかを判断することは難しい。日本方式では、ボスの意見が結果に大きく反映する嫌いがあり、中国方式では、委員の総意でない意外なものが選ば れる恐れもある。 

 さて、本論に戻ろう。以下に掲載する10 大ニュースは、獲得投票数の順位である。これらの成果の幾つかについては、日本の研究者に評価してもらった。その際、分かりやすいように、1)こ れは注目に値する、中国の勢いを感じる。2)まず まずの成果で、それなりに評価できる。3)まだまだだ、少しがっかり--の三段階の評価から選んでもらった。参考にして欲しい。

1.北京電子陽電子衝突スペクトロメーターの国際協力グループによる新粒子−X1835−の発見

 2006年1月、北京中国科学院高能物理研究所等は、「北京電子陽電子衝突型加速器(BEPC)を使って実施した北京電子陽電子衝突スペクトロ メータ(BES)の実験において、新素粒子----X 1835が観測された」と発表した。その新しい素粒子はJ/ψから一つの光子と三つの中間子に放射性崩壊 する過程で発見された。その素粒子の質量は約1835MeV(約3.3×10−27kg)、二 倍陽子の質量より少し低く、寿命は極めて短くわずか約 10-23s。北京電子陽電子衝突スペクトロメータ(BES)の国際協力グループは中国、アメリカ、日本、韓国など20の大学と研究機構の学者で構成され ている。近年来、北京電子陽電子衝突スペクトロメータ(BES)の物理分析研究により、豊富な成果が獲得され、協力グループは国際の一流の学術雑誌に80 報の論文を発表している。

 この成果に対する日本のある研究者の評価は以下のとおり。

「これは注目に値する。この発見が本当だとするとかなり面白いが、学会の評価は未だ確定していないと思う。陽子反陽子の散乱実験は、過去かなり行われており、そこで見えなかった共鳴状態がJ/ψ 粒子の崩壊で見えるは若干不思議で、個人的には疑っている。どこかで追試が出るまでは、なんとなくクエスチョン マークだ。中国内政論的には、北京電子陽電子衝突スペクトロメータ(BES)の実験は、中 国が世界のレベルに追いつくための重要なステップである。加速器 自体は2世代前のエネルギーの加速器だが、中国国内の研究者の養成と技術の蓄積がしっかり行われていることをよく示している。こ ういうエポックメーキング な成果が出るところまで中国が来たことに対しては高い評価を与えるべきかと思う」

 現在、北京電子陽電子衝突型加速器(BEPC)と北京電子陽電子衝突スペクトロメータ(BES)は重大な改造プロジェクトが行われている。2007年の年 内に運転する予定で、性 能を100倍高めるとしている。そのとき、今まで獲得したデータより約2桁多いデータサンプルを獲得し、X1835を始めとする連 続した素粒子の新発見を期待している。

2.5億8千万年前の両側対称の動物胚の化石の発見

 中国科学院南京地質古生物研究所の陳均遠教授等は、「中国貴州翁安にある両側対称の動物化石群の発見は、動物進化の研究上の重要な出来事である。 その発見と研究は進化論を支える新しい根拠を提供しており、カンブリア紀の大進化事件の再解釈に新しく極めて重要な根拠を提供した」と発表した。日本人研究者の評価は、1)これは注目に値する、中 国の勢いを感じる。及び2)まずまずの成果で、それなりに評価できる--の中間だった。 

「中国には実に興味深い化石が産出し、それが今後切り開く可能性については計り知れないものがある。言うまでもなく、それは化石の解析方法と、進化生物 学の深い理解によって可能となるものだ。こ れまで報告された、とりわけカンブリア紀とそれ以前の化石は、世界に波紋を投げかけたが、技術的限界がその理解 の限界ともなっていた。今後の発展は未知数であるものの、中 国が今後この分野においてニュースを提供し続けることだけは間違いがない」

 化石群の実験データは、北京と台湾のシンクロトロン放射光施設を使って、翁安の動物群の化石の3D像を獲得したものであるが、最終的には、ヨーロッパの放射光施設で最も理想的な画像を得たという。中 国は大型研究施設整備ではもう一歩というところである。

3.成熟した森林の土壌は持続的に有機炭素を蓄積

 化石燃料の使用は、大気中の二酸化炭素の濃度を上昇させ、世界規模の温室効果など一連の環境問題を引き起こしている。数年来、研究者は世界中で多くの研 究を行っていたが、炭 素の放出と吸収の不均衡現象はまだ解明できていない。つまり、全世界の化石燃焼及び土地利用と森林量の改変(森林消失を含む)から放 出された二酸化炭素は、大気と海に蓄積した二酸化炭素より多い。い わゆる行方不明の炭素の問題である。これらの炭素は一体どこに行ったのであろうか。以前 に行われた研究には一つの理論が存在している。成熟な森林生態システムは、炭素貯蔵機能がないと主張する。& #160;

 中国鼎湖山国家級自然保護区の森林の0〜20センチ土壌層の有機炭素の貯蔵量は、年間に平均ヘクタールごとに0.61トンのスピードで増加することが発 見された。その発見により、成 熟な森林の生態システムは炭素貯蔵という機能がないという考え方を否定した。つまり、成熟した森林の土壌は持続的に有機炭素 を蓄積できるのである。この成果は、中 国科学院華南植物園の周国逸研究員等によるものである。 

 日本人研究者に登場していただこう。 

「まずまずの成果。それなりに評価できる。本研究成果は特定の成熟した森林から24年にわたって回収した230もの土壌サンプルを解析することによって達成されたものだ。長 い期間にわたる計画的な研究が遂行された点が重要である」

行方不明の炭素探しはまだ続きそうである。  

4.高分子の薬物を透過する経皮吸収ペプチド−TD1−

 中国科技大学生命科学学院及び合肥微尺度物質科学国家重点実験室の温龍平教授がリーダとなった課題グループは、分子生物学技術と体内ファージ表示技術を応 用して、1 1個のアミノ酸配列から構成された短鎖ペプチドTD1がインシュリンの経皮吸収を有効に促進することを証明した。

 TD1は蛋白質を有効的に経皮吸収する技術として、応用面においても巨大な潜在力を持っている。これらは全て中国国内で達成され、その技術については完全な自国の知的財産権を持ち、ア メリカと中国で特許を確保し、世界各国の特許保護を申請する予定であるという。

 日本人の評価は次のとおり。 

「これは注目に値する。中国の勢いを感じる。薬物輸送システムに関する開発研究は、基礎から臨床まで、世界中で熾烈な競争が行われている。今回の成果 は、臨 床に直結する可能性のある業績の全てを中国国内で成功させ、さらには世界的特許戦略をも考慮している。評価に値するものであり、更なる発展が期待で きる」 

 私も中国科学技術大学を訪問した際、この成果について質問してきた。ペプチドTD1はインシュリンの経皮吸収を促進するデータが出ているが、そのメカニズムはまだ解明されていないという回答だった。< /p>

5.ショウジョウバエの図形重心高度及び輪郭を識別、記憶する脳区域を確定

 中国科学院生物物理研究所の劉力教授の研究チームは、海外の科学者と協力して分子遺伝学の方法を使って、ショウジョウバエの飛行実験において、ショウジョ ウバエの特定脳区域でのアデニル酸シクラーゼの欠失また回復を通じて、ショウジョウバエの視覚図形に対しての識別と記憶を検証した。さらに、実験の結果、 ショウジョウバエの脳内の扇形構造部は、図 形モデルの識別に関与することが判明した。扇形構造部にあるシナプスの樹状突起の枝分から構成された二重水平の スライス形構造部は、図 形重心の高度情報と図形向き情報を記憶する機能を持つということを明らかにした。 

 同研究所は生体分子の立体構造研究が強いことで知られているが、その手法を脳研究まで応用してきていることを物語る。

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6.光ファイバー通信で妨害に抵抗可能な量子暗号の分配方法を開発

 中国科学技術大学合肥微尺度物質科学国家実験室の潘建偉教授と同僚の楊涛教授等は、カナダWater−Loo大学の科学者と協力して、時間を利用 する標記と偏光モデルの混合をコードとして絡む二光子方法を採用した。実験はたくさんの雑音に耐える4個の絡む二光子を使い、暗号のコード情報を携えさせ た。そのうちの一つの光子を光学上に延ばし、二 つの光子に標記する。通信双方は各自に光子の横偏光と縦偏光に延ばす操作をする腕の長さが違う干渉器を開発 した。

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7.ヒト臍帯血細胞のヤギの幾つの器官でのキメラと分化

 米国の科学雑誌「PNAS」で、上海交通大学医学部附属児童病院遺伝研究所の黄淑幀教授の研究グループと米国University of PennsylvaniaのDon A.Baldwinは、共 同論文を発表した。この論文はヒトの幹細胞がヤギの体内で長期的に生きていることを証明し、さらに多種の臓器の中で増殖、分化 し、ヒトの遺伝子を発現した。この論文の発表は、中 国の科学者たちが幹細胞研究分野で新しく進展していることを示している。

 日本人研究者のコメントは単純だ。 

「たいしたことがない」 

さらに、選考基準や方法に疑問を投げかける旨の厳しい指摘もあった。

8.銀河系ペルセウス渦巻腕(Perseus Spiral Arm)と太陽系の距離を精確に測量

 南京大学天文学部ポスドグの徐燁疎博士と指導教授の鄭興武教授は、アメリカのハーバード--スミソニアン天体物理センターのMark Reid博士 及びドイツのマックスプランク研究所のKarl Menten教授と協力し、等量口径が約8千km以上の世界中で敏感度が最高、識別度が一番大きい長い基線器群を利用し、2003年7月から2004年7月まで、一 連の困難であった観測技術の難題を解決し、ペルセウス渦巻腕の中で重い分子雲核のアルコール分 子宇宙微波激射を五回観測した。太陽と地球の距離を基線にしての三角視差の方法で、ペルセウス渦巻腕では、こ の宇宙微波激射源と地球の距離は 6360+−40光年と精確的に測定した。ペルセウス渦巻腕は17+−1km/sの速度で銀河系の中心に向かって移動し、0.8+−0.5km/sの速度 で銀河系の北極に向かって移動している。この測定の精度は2%で、有史以来、このように遥か遠い天体の距離の測量では、精確度が一番高い測定である。同時 に、天 体視向速度間接距離の推測方法を用いて動力学距離は大きい偏差があることを明らかにした。

 日本人研究者の評価は、1)これは注目に値する。中国の勢いを感じる 及び2)まずまずの成果。それなりに評価できる--の間ぐらいという。その理由を尋ねると、「"木を見て森を見ず"のたとえのように、我 々自身の住む銀河系の姿を正確に描き出すことは容易ではない。この研究はその困難を1つ解決するもので、著者 らの着想の良さや、ねばり強い観測の勝利と言える。今回は米国の電波望遠鏡を用いた成果だが、今後、自 主技術開発が進むことを期待する」  天文学分野でも、中国は確実に進歩していることを裏付けている。

9.ニューロン−グリア細胞の間のシナプスの長時間可塑性

 今まで、神経科学についての研究は主にニューロンに集中し、ニューロンの情報処理と伝達機能を中心に研究が行われ、そのメカニズムが明らかにされ、脳の 機能も主にニューロンが働いていると考えられていた。グリア細胞は不活性細胞で、ニューロンを支持、栄養、代謝する作用があるだけで、情報処理と伝達機能 は持たないと考えられていた。ところが、こ の視点は近年の新しい発見によりチャレンジを受け、グリア細胞とニューロンが相互作用しており、さまざまな神経 機能の影響についての研究が注目され始めた。中 国科学院上海生命科学研究院神経科学研究所の段樹民教授等は、近年来この分野で系統的な研究を行い、大きく 進展させた。 

 ニューロン間では、情報の伝達と処理の鍵となる部位はシナプスで、シナプスは情報の伝達と処理の能力は変えられる。つまり、可塑性を持っている。変化し てから長時間持続できるため、長 時間可塑性と呼ばれる。長時間可塑性は脳の学習と記憶の基礎と考えられる。ニューロンシナプスの発生原因は、NMDAとい う受容体が刺激することを解明した上で、段 樹民教授等はアストロサイトが分泌するD−絲アミノ酸はニューロンシナプスNMDA受容体が活性化し長時間可塑 性を発生させる鍵となる分子で、アストロサイトが脳の高次機能活動に関与する証拠を提供した。 

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10.国家大規模科学プロジェクト:全超伝導・楕円形切断面トカマク装置(EAST)

 中国科学院プラズマ物理研究所は中国で初めての超伝導トカマクHT-7の建設を成功させるともとに、世界で初めての全超伝導で楕円形切断面を持つトカマク 装置(EAST)を独自設計し、開発した。また、> 2006年9月28日に初めての物理放電実験に成功した。この実験は、500kA以上の電流、5秒以上の 時間の高温でプラズマ放電を手に入れ、次代超伝導トカマク核融合実験装置は、中国で最初に完成し、稼 動したといえる。

 文部科学省の担当官の評価は以下のとおりだ。 

「中国のEASTは、日本のJT60と比較して半径にして半分、即ち体積にして8分の1程度。トカマクとしての技術は、日本の20年前の技術と思う。但し、超伝導化しているトカマクは、欧州JET,日 本JT60,米国もITERに傾注することとしているので、世界には韓国、中国、インドだけだ。これも技 術後発国の強みだ。容量で言えば、韓国/中国、その次にインドの順だ。日 本のJT60も超伝導技術を導入予定だ」

 現地で中国科学院プラズマ物理研究所の教授から伺った話によると、装置の設計・製造は全て国産品であること、更にEASTプロジェクトは僅か350万ドル(35億ドルの聞き間違いではない)で 実施していると非常に誇らしげであった。容量の拡大等の将来の計画について聞くと、国家改革計画委員会の承認が必 要で、相当高いハードルであるため、当分は基本構造には手を入れずに、改 良しつつデータを積み重ねていくつもりのようだ。

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 まとめとして私のコメントを若干述べておこうと思う。

1. 以上10件の成果のうち、中国の独自研究は3件で、国際協力による成果の方がまだ多い。特に、ビッグプロジェクトは国際的なネットワークを活用して実力をつけていくのが王道であるが、一方では、独 創的な発想による中国の特色のある研究成果の出現も期待されるところである。

2. 海外の研究施設を使用した研究成果は2件あるが、国内の研究施設の整備が遅れているためである。中国政府がシンクロトロン放射光施設、天 体望遠鏡等の整備プロジェクトを次々と打ち出している理由がよく理解できる。トップの基礎研究には優れた研究施設が必要なのである。

3. 中 国政府が自慢する北京電子陽電子衝突型加速器(BEPC)及び超伝導楕円形トカマク装置(EAST)は、世界の技術標準からいうと2世代前の装置である。 更に2回改良しないと世界のトップには追いつかない。装置面で世界のトップに並ぶのは10年くらいかかるであろう。知見やアイデアやで世界と伍していくに は、更に10年かかるであろう。しかし、そ の日は着実に近づいてきている。

4. "自主創新"を国家目標として掲げる中国政府としては、国際協力を推進しつつ、独自のアイデアに基づく基礎研究の成果を如何に産み出していくかという挑戦課題を突きつけられているとも言えよう。中 国の今後の基礎科学の発展を見守りたい。

参考:2005年度中国基礎研究の10大ニュース 

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