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【12-013】中国進出におけるVIEスキームの活用について

柳 陽(中国律師(弁護士))  2012年 9月 13日

 近年、日本企業が中国において、外国資本の進出が制限されている分野へ投資しようとするような場合に、VIEスキームという言葉を耳にすることが少なくないと思われる。VIEは、variable interest entities(変動持分事業体)の略であり、VIEスキームは、契約支配型ストラクチャーとも呼ばれる。一体、このVIEスキームは、日本企業の中国進出において、ど のように活用されているだろうか。

一、VIEスキームの全体像

 これまでVIEスキームは、中国国内企業が、海外の証券市場に上場するための手段としても用いられてきたが、本稿でいうVIEスキームは、外国資本の進出が禁止又は制限されている中国の産業分野( 例えばインターネット産業や金融、教育など)への投資手段として、かかる規制回避のために使用されているストラクチャーである。

 具体的には、まず外国投資家(例えば日本企業)がケイマンやバージン諸島などのタックスヘイブンに、オフショア特別目的会社(SPC)を設立し、SPCが中国で100%出資の子会社(WFOE)を 設立する。そこでWFOEが、中国の外商投資制限/禁止分野で事業を行う許認可を有する中国の事業会社(「対象会社」。100%中国資本の企業。)に対して、株式/持分保有によってではなく、諸 契約によって支配を及ぼし、対象会社の利益を最大限に吸い上げ、最終的にかかる利益を株主への配当としてオフショアのSPC又は外国投資家に返還する。典型的には、以下の図のような構造を有する。

図

二、VIEスキームの肝となる諸契約ストラクチャー

 前述のとおり、VIEスキームの下で、外国投資家が中国国内の対象会社に対して、出資関係がないにもかかわらず、WFOEを通じて実質的な支配を及ぼし、対 象会社の利益を最大限吸い上げるようにストラクチャーが策定されている。そのため、VIEスキームの肝となる諸契約が締結されることになる。

 典型的には、以下の5種類の契約が挙げられる。

1.WFOEから対象会社の中国人株主への融資契約

 対象会社が事業を拡大していくには増資する必要があり、WFOEから中国人株主に増資資金の貸付を行う場合には、融資契約が締結される。

2.役務提供契約

 役務提供契約(コンサルティング契約やビジネスサポート契約などの名義がよく使われる。)において、WFOEは、対象会社に対して、技術面・管理面・設備面などで幅広く役務を独占的に提供し( 商標やソフトウェアなどの知的財産をライセンスする場合もある。)、その対価として対象会社から利益を吸い上げる。

3.株式/持分質権設定契約

 中国人株主とWFOEとの間で、役務提供契約の債権や融資契約の債権を被担保債権として、中国人株主が保有する対象会社の株式/持分に質権を設定する契約が締結される。こ れらについて契約違反があった場合には、WFOEは、株式/持分上の質権を実行する。

4.コールオプション契約

 そもそも外国投資家は、中国政府による外国資本に対する制限を回避するために、VIEスキームを使用しているのである。したがって、将来、その外資制限が解除された場合は、も はやVIEスキームを使用し続ける意味がなくなる。その際、外国投資家又はWFOEは直接対象会社の株主となればよいと考えられるので、その場合に備えてコールオプション契約が締結される。W OFEから要請があれば、中国人株主は、法律上認められる最低の備忘価格などにて、中国人株主が保有する対象会社の株式/持分をWFOEに譲渡することが合意される。

5.委任状(POA)

 対象会社に対して、中国人株主から勝手に株主の権限が行使されないよう、委任状によって、中国人株主が株主の全ての権限(株主会への出席権、議決権、役員の選任権、配当受領権などを含むが、こ れらに限らない。)を行使せず、かつ、無条件・無償にてWFOE(又はその指定する者)に委譲させる。

三、VIEスキームの潜在的なリスク

 VIEスキームの下で、WFOEは諸契約のみを通じて対象会社に実質的な支配をすることになるため、その生まれつきの脆弱性から、いつまでも事業にリスクが付きまとうものと言わざるを得ない。

 例えば、VIEスキームの諸契約の実効性が損なわれる場合としては、①中国政府がVIEスキームは投資規制等の脱法だとして違法と宣言する場合と、②対象会社の中国人株主が諸契約に違反して( 形式的にのみ保有しているはずの)支配権を行使し、対象会社を私物化する場合があるだろう。

 まず、①については、中国政府は今日まで、VIEスキームで行われている事業に直接干渉や妨害をしたことはほとんどなく、一般的にVIEスキームを黙認しているものと言える。多くの企業は、中 国政府が一般的にVIEスキームを違法とすることはないだろうと踏んで、このスキームを利用し続けているものと考えられる。しかし、中国の法令には不確定性があるため、将来、諸契約が違法とされ、事 業の継続が禁止される可能性(後述四を参照されたい)も完全には払拭できないと言わざるを得ない。

 ②については、対象会社の中国人株主が諸契約に違反して支配権を行使し、対象会社を私物化する事件が発生している。例えば、GigaMediaの事件とアリババ事件が代表的なものとして挙げられる。 

 GigaMediaはNASDAQ上場のオンラインゲーム企業であるが、中国の対象会社及びWFOEの法定代表者を兼務する者を解任しようとしたところ、同代表者が対象会社及びWFOEの営業許可証、特 定事業許可証及び社印を返還することを拒否した。そのため、GigaMediaは対象会社及びWFOEを支配できない状態となり、最終的に、GigaMediaは中国事業に関する連結を解除し、遂 にはWFOEをも売却した。

 また、中国の代表的電子商取引企業であるアリババグループは、傘下に100%子会社の非金融機関支払サービス会社「アリペイ」を有していた。後述の非金融機関(ノンバンク)支 払サービス管理弁法が公布された後、当初は、「アリペイ」の株式を、アリババグループの最高経営責任者の馬雲(ジャック・マー)が所有する中国企業に移した上で、ア リババグループが同企業を諸契約により支配するVIEスキームが採用されていたが、VIEスキームが中国法に抵触しているとして、馬雲はVIEスキームを解消した。

四、中国政府によるVIEスキームの利用に対する規制の動き

 近年、中国政府による、特定の産業分野におけるVIEスキームの利用に的を絞った規制の動きが見受けられる。以下、いくつか例を挙げることとする。

1.付加価値電信業務に対する規制

 早期の例として、2006年7月13日に公布・同日施行された「外国投資家による付加価値電信業務の投資経営に対する管理の強化に関する通知」が挙げられる。同通知によれば、「国内電信会社は、形 式のいかんを問わず、外国投資家に対し形を変えて(=実質的に)電信業務経営許可を賃貸し、譲渡し、又は転売してはならない」と規定する。また、同通知は、インターネットドメイン名、登録商標、敷 地及びサーバーなどの重要財産を対象会社又はその株主/持分権者自体が保有することを要求し、これら重要財産をリースやライセンスでWFOEから供与を受けることを認めないとしている。

2.オンラインゲームに対する規制

 2009年9月28日に公布された「国務院『三定規定』の徹底実施及び中央機構編成委員会弁公室の関連解釈による、オンラインゲーム事前審査及びオンラインゲーム輸入審査管理強化に関する通知」は、「 外国企業の独資、合弁、合作等の方式による中国国内におけるオンラインゲーム運営サービスへの投資、従事を禁止する。外国企業は別の合弁会社の設立、関連の合意締結、又 は技術サポートの提供等間接的な方法で国内企業のオンラインゲーム運営業務を実質的に管理し、又は同運営業務に参与してはならない。・・・(中略)・・・規定に違反した場合、新聞出版総署は、国 家の関連部門とともに法に基づき調査、処罰を行い、情状の重いものに対しては、関連する許可証を取り上げ、登録を取り消すものとする。」と規定する。同通知は、特 定の産業分野におけるVIEスキームの利用に対する明確な規制が設けられた最初の例であろう。

3.非金融機関支払サービス(=第三者支払サービス)に対する規制

 「非金融機関支払サービス管理弁法」が2010年9月1日施行されたことにより、中国において非金融機関(ノンバンク)は、中国人民銀行から「支払業務許可証」を 取得しなければ支払業務に従事できないこととなった。そして、外国資本が入っている外商投資支払機関については、管理弁法第9条に基づいて、その参入条件等が別途規定されることとなっているが、か かる別途規定は今なお制定されていない。

 そのような中、中国人民銀行は口頭で、およそ外資が支配又は資本参加しているもの(電子決済企業)は一切受理しないと通知した、との情報が流れた。さらに、中国人民銀行は2011年3月1日付で「 非金融機関の申請材料の規範性要求」と題する書面を発し、その中で「支払業務許可証」を申請する企業に、外国資本が入っている、若しくは外国出資者が投資関係、契 約又はその他の方法により実際支配できる状況が存在するか、及び存在する場合の関連状況について説明することを要求した。

4.「商務部の外国投資家による国内企業の合併・買収に係る安全審査制度の実施に関する規定」

 2011年9月1日に施行された「商務部の外国投資家による国内企業の合併・買収に係る安全審査制度の実施に関する規定」の第9条では、「外国投資家はいかなる方式によっても合併・買 収に係る安全審査を実質的に回避してはならず、これには代理保有、信託、多層的再投資、リース、貸付、協議支配、国外取引等の方式を含むがそれに限るものではない。」と規定され、同条にいう「協議支配」に はVIEスキームも含まれると解されている。

五、VIEスキームのリスクヘッジ

 以上述べてきたように、法令の不明確性に加え、契約関係のみで事業をコントロールしようとするVIEスキームの本来的な脆弱性などから、VIEスキームを採る場合は、き ちんとリスクヘッジをしておくことが肝要である。

  • 委任状では、中国人株主に、対象会社の株主権のすべての不行使を誓約させるとともに、営業許可証、特定事業許可証及び社印などをWFOE側に引き渡させるようにする。
  • 株式/持分質権設定契約では、中国法上、株式/持分質権設定契約は、政府部門(=工商行政管理部門)に登記された時点から効力が生じるため(言い換えれば、登記しなければ契約は発効しない)、契 約締結後に必ず契約を登録させるように留意する必要がある(前述のGigaMediaの例では、VIEスキームが破綻したことで中国の裁判所に訴訟を提起したところ、対 象会社の質権設定契約は工商行政管理部門に登録されていなかったため、強制執行できないという判断が下された、という例もある)。
  • 役務提供契約との関係では、対象会社に必要な知的財産権や資材をライセンスやリースにより供与する。また、サービスの範囲は、WFOEが中国法上、適法に提供できる、可能な限り広範なものとする。 
  • 諸契約のうち一つが無効になっても他に影響を及ぼさないように、中国人株主による、対象会社の株主権のすべての不行使の誓約などは、中国人株主が当事者となる諸契約のすべてに盛り込む。

 特定の産業分野において、今なお外資に対する規制が厳しい中国では、当面の間、VIEスキームを通じた中国市場への進出が続くものと思われる。その背景の下で、V IEスキームの既存のリスクを認識しつつあらゆる面で可能な限りの手当をし、リスクヘッジしていくことが不可欠であると考える。


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柳 陽(Liu Yang)

 中国弁護士。現在、長島・大野・常松法律事務所所属。北京大学・慶應義塾大学法学修士。日本企業の対中投資と貿易、M&A(合併と買収)、知的財産、労務等、対中ビジネスに関する法務全般を取り扱う。講 演、執筆も多数。


【付記】
論考の中で表明された意見等は執筆者の個人的見解であり、科学技術振興機構及び執筆者が所属する団体の見解ではありません。