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【13-001】中国の知的財産権制度と知財戦略

韓 明星(北京銘碩国際特許事務所所長、中国弁理士)  2013年 1月31日

はじめに

 中国の特許出願件数は、10年で10倍となる勢いで伸びている。特許の出願が、このように短期間に急増した国は他に見当たらない。歴史的に見ると、中国は火薬、印刷技術、羅針盤、紙を発明した国である。中 国で最初に特許法が制定されたのは、清時代の1898年(明治31年)である。1904年(明治37年)には商標法、1910年(明治43年)には著作権法が公布されている。その後、中 国は内戦状態と外国の侵略によって近代化に後れを取った。

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 1978年の改革開放後、ようやく近代的な各種法制度が整備され始め、知的財産権制度つくりにも着手した。1983年に商標法、1985年に特許法(中国専利法)、1991年に著作権法を施行した。こ のように遅れに遅れた制度整備だったが、中国は2012年までに特許、実用新案、意匠、商標の産業財産権の四つの権利出願数で世界トップになった。知的財産権の爆発的な拡大である。

 ここでは、知財に関する法制度と産業現場での戦略について解説を試みたい。第1回は、中国の特許制度について歴史的な背景を解説する。

中国の特許制度の歴史

 中国近代史で初めて特許関連法規が出されたのは1898年、清国光緒帝が発行した「工芸振興奨励規定」(中国語は振興工芸給奨章程)である。この規定は、大きな発明、例えば造船、鉄砲製造、大 型プロジェクト(橋やダムの建設など)について50年の特許権を付与すると定められ、また、それまでにない技法の使用については30年の特許権、舶来品を模倣して製造するものには10年の特許権を付与する、と いった内容が盛り込まれていた。しかし、光緒帝の改革(戊戍の変法)は失敗に終わり、この法令は実施されないままに終わった。

 現代のような特許法は、1944年国民党によって公布され、1949年1月1日から施行された特許法である。これが台湾で実際に施行されている特許法の前身である。。

 1949年、中華人民共和国が成立し、1950年に政務院から「発明権及び特許権保護暫定条例」(保障発明権与専利権暫行条例)が公布された。この条例では特許権保護、特許申請条件、手続き、審査基準、異 議申し立て制度、特許権者の権利、義務、保護期間、及び違反者の法的責任などについて規定された。この条例が公布されたことから、新 政府が建国初期段階から特許制度の必要性について一定の認識を持っていたことが分かる。

 しかし、1953~57年の間に、4件の特許権と6件の発明権を付与しただけだった。1957年以降は制度とは名ばかりで、基本的に機能していなかった。1963年11月には制度が廃止された。

 1963年、それに替わって新しい「発明奨励条例」が公布された。しかし、この条例も施行されないうちに文化大革命という動乱の時代に入った。1976年、文化大革命が収束し、1978年12月、改 正された「発明奨励条例」が公布され、発明成果が奨励されるようになった。

 1980年に国務院は国家専利局を設立することを決め、同年3月には国連知的所有権機関(WIPO)に加盟した。1984年3月12日、「中華人民共和国専利法」が公布され、1 985年4月1日から施行された。中国の専利法は、日本での特許、実用新案、意匠の三つの権利を統合した法律である。

 これが中国の特許制度の新しい歴史の始まりであった。専利法は当時の中国社会の実情と国際公約及び国際慣例を尊重した内容であり、中国経済の発展および科学技術の進歩を支えに大きな動力を与え、改 革開放のための法的基盤の一つとなった。

第一次専利法の改正

 1985年4月1日から1992年までの間、専利(特許、実用新案、意匠)出願数は年平均23.8%増加した。1992年1月までに中国専利局は22 万件余の専利出願を受理し、そ のうち8万件余に権利が付与された。しかし、この専利法は多くの不備が指摘され、市場開放を進めるうえで国際標準に徐々に近付ける必要があった。そのため1992 年 9 月 4 日、第 一次専利法改正が実施さされた。主な改正点は次の通りである。

特許付与範囲の拡大

 薬品、化学的方法により取得した物質及び食品、飲料、調味料について特許保護の範囲とした。1984年に専利法が制定された当時、中国の化学、製薬部門の技術レベルは貧弱だったため、化 学物質に対して直ちに特許権を付与すると、研究開発や技術導入に関する国家の財政負担が重くなると考えられていた。

保護レベルの国際水準への引き上げ

 改正前までは製法特許のみ保護対象になっていたが、物質も特許の保護対象となった。時代の変化を受け、化学物質や医薬品についても特許権を保護することが、国 際貿易や先進技術の導入及び外資系企業を誘致するため必要となってきたためである。また、化学物質、医薬品の特許権を保護することにより、中国における研究開発を促進し、技 術進歩にも寄与すると考えられるようになった。

特許製品の「輸入」を保護範囲に加える

 特許権利者は、特許権侵害製品の輸入に対して税関に差し止めを請求できるようになった。

特許権保護期間を延長

 特許の保護期間を出願から15年を20年とし、実用新案、意匠権は5年だった保護期間を10年に延長した。

異議申し立て制度の廃止

 審査の迅速化及び合理化のため、異議申し立て制度を廃止した。そのほか本国優先権制度を設け、また、特許査定から6カ月以内に取り消しできる制度、権利回復制度などを設けており、特 許明細書補正範囲についても明確に規定した。

第2次専利法の改正

 外国企業の中国進出が顕著になり、知的財産権の整備が強く求められるようになった。2000 年 8 月 25 日の全国人民代表大会で、第2次専利法の改正案が可決され、2 001年7月1日から施行された。改正要点は次の通りである。

職務発明の明確化

 職務発明に対する国営企業特許出願権及び特許権帰属を明確にした。国営企業も民間企業も特許出願して付与された場合は、その企業が権利を所有するとした。

特許権保護を更に強化

 特許権に許諾販売権を付与した。広告、商品陳列または展示会での展示などの方法による販売に対する許諾である。

 損害賠償金額算定方法についても明確にした。特許権侵害賠償金額は、権利者が損害を受けた金額または侵害者が侵害によって得られた利益により確定するとし、そ れで確定できない場合には特許ライセンス費用を参照して確定すると規定している。

 特許権者または利害関係者は、他人が実行しようとする行為が権利を侵害するとの証拠がある場合には、権利侵害の提訴前に、財産保全措置を申請することができると規定した。

新しい無効審判制度を制定

 法改正では取消制度をなくし、無効審判制度を改正し、だれでも特許権付与後、無効審判を請求することができると規定した。また、無効審判の審理期間が長期化しないように、特 許復審委員会は迅速な審理及び決定をしなければならないと規定した。

 さらに実用新案および意匠に対して、復審委員会の審判決定について不服の場合は、裁判所に提訴することができると規定した。

強制実施権について

 強制実施権制度および国家計画許可制度は、特許権者の利益保護のため設けられた。

第3次専利法の改正

 2005年1月から中国専利法第三次改定作業がスタートし、4年の年月を経て、2008年12月27日に全国人民代表大会常務委員会で可決され、2009年10月1日より施行された。第 3次改正の要点は次の通りである。

特許と実用新案の併願の明確化

 同一出願人が同じ日に特許及び実用新案の双方を出願できると明文化した。日本をはじめ国際的には認められていないもので、中国独特の制度である。

特許権共有者による権利行使について

 共有権利者間に約定がある場合はそれに従い、約定がない場合は単独で実施、または他人に通常実施権を許諾することができ、実施料は共有者で分配する、と新たに規定した。

渉外特許代理機構の指定制度を廃止

 中国における外国企業の特許出願などの代理業務をする特許事務所は、政府が許諾した事務所に限られていたが、これを廃止し、どこの事務所でも代理業務ができるようになった。

「中国で最初に出願」の制限を廃止

 中国国内で完成した発明または実用新案については、まず中国で出願しなければならないとの制限を撤廃し、それに替わる秘密審査制度を設けた。

新規性の基準を世界標準に

 特許及び実用新案の新規性基準については、絶対的新規性基準を導入し、世界で最初の発明だけに権利を付与することにした。

その他の重要な改正点

 特許権侵害訴訟において定着した公知技術(自由技術)による抗弁について、明確に規定に取り入れた。また、特許権詐称行為に対する特許行政機関の取締り権限を強化した。特許権の保護強化のため、損 害賠償の算定には侵害行為を差し止めるために支払った合理的費用(例えば侵害調査費用、弁護士費用など)も含むと規定し、損害賠償額の上限を50万元から100万元に引き上げた。

 権利侵害提訴前の仮処分の取り扱い、提訴前の証拠保全措置などについても規定し、特許権の強制施行許諾についても規定を強化した。今まで特許権の強制実施が許諾された例がなかったにもかかわらず、大 幅に改正した目的は。国際的な協調姿勢を示すため、あるいは権利者が迅速かつ十分に特許技術を実施することを促すためと考えられる。

中国と向き合う知財戦略が必要

 中国の知財に関する歴史と専利法改正の沿革は、国内外の動向を見ながら、政府が対応してきたものである。中国で活動する外国企業は、中 国での知財制度とその運用に関する戦略づくりがますます重要になっている。日本の知財関係者にとっても、中国の知財問題は正面から向き合わなければならない状況になっている。このような点を念頭に、で きるだけ分かりやすい知財法制度の現状と戦略について書き進めたい。


【付記】 論考の中で表明された意見等は執筆者の個人的見解であり、科学技術振興機構及び執筆者が所属する団体の見解ではありません。

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韓 明星

韓 明星(HAN Mingxing)

 1984年中国東北大学資源学部卒、85年中国弁理士第一期生として登録。中国特許事務所で10年勤務後、韓国サムスン電子知的財産部の特許顧問として10年勤務。2 004年4月北京銘碩国際特許事務所を設立。中国弁理士会理事。日本知財学会で2010年以降、中国の知財動向などに関する研究成果を発表している。特許ライセンス契約の締結、関連法律コンサルティング、産 学連携など幅広く活動している。

連絡先:北京銘碩国際特許事務所・日本事務所 東京都千代田区外神田5-6-14秋葉原KDビル