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【15-010】中国における渉外仲裁実務及び対応策

2015年 5月26日

尹秀鍾(Yin xiuzhong): 中国律師、法学博士、廣東深秀律師事務所(深圳)

華南地域の日系企業を対象に、対中直接投資、M&A、労働法務、再編・撤退、民商事訴訟・仲裁、その他中国現地オペレーションに関する法的サービスを提供している。日本語による著作・講演も多数。

はじめに-CIETACの内部分裂事件の後

 中国国際経済貿易仲裁委員会(China International Economic and Trade Arbitration Commission、以下「CIETAC」といいます)2012年版仲裁規則の改正において、北京本部が地方分会の活動に対してより大きな支配力を及ぼそうとしたところ、これに上海分会と華南分会が反発し、分離・独立することに至りました。CIETAC上海分会と同華南分会は、現在、それぞれ上海国際経済貿易仲裁委員会(Shanghai International Economy and Trade Arbitration Commission)と華南国際経済貿易仲裁委員会(South China International Economic and Trade Arbitration Commission)の名称を使用しており、前者は上海国際仲裁センター(Shanghai International Arbitration Center、以下「SHIAC」といいます)とも呼び、後者は深圳国際仲裁院(Shenzhen Court of International Arbitration、以下「SCIA」といいます)とも呼びます。

 CIETAC上海分会と同華南分会は、CIETACの分会の中でも最も古くかつ最も人気のある分会でありました。CIETAC上海分会の前身は上海市政府の批准を得て1988年に組織・設立され、CIETAC華南分会の前身は深圳市政府の批准を得て1983年に組織・設立されており、二者ともに、「仲裁法」の施行日(1995年9月1日)前に設立されたことになります。香港国際仲裁センター(Hong Kong International Arbitration Center)が1985年に設立されたことからしますと、CIETAC華南分会の前身は中国の華南地域における最初の渉外仲裁機関ともいえます。

 このように、CIETAC、SHIAC及びSCIAが併存する局面に突入したと評価できそうですが、三者の現行仲裁規則(詳しくは下記Ⅰの内容をご参照ください)によりますと、仲裁管轄権を巡り、CIETACとSHIAC又はSCIAとの間の対立姿勢は全く変わっていないといえます。

 本稿では、中国の主要仲裁機関及びその渉外仲裁実務の現状並びに今後の対応策について論じたいと思います。

Ⅰ CIETACとSHIAC、SCIAが現在もなお仲裁管轄権を巡り対立

表1 CIETAC、SHIAC及びSCIAの現行仲裁規則の条項に現れる対立姿勢
CIETAC仲裁規則 SHIAC仲裁規則 SCIA現行仲裁規則
2015年1月1日施行 2015年1月1日施行 2012年12月1日施行
第二条(六)第二文:当事者が約定した分会又は仲裁センターが存在しないもしくは授権を終了された場合、又は(分会又は仲裁センターに関する)約定が不明瞭である場合、CIETAC仲裁院が仲裁申立を受け入れ、当該事件を管理するものとする。争いがある場合、仲裁委員会が決定する。 第二条(四):当事者が仲裁合意の中で、上海国際経済貿易仲裁委員会(以下「仲裁委員会」)、上海国際仲裁センター、中国国際経済貿易仲裁委員会上海分会が仲裁をすると約定した場合、仲裁委員会が仲裁をする。当事者が仲裁合意の中で、中国国際貿易促進委員会上海市分会/上海国際商会の仲裁委員会又は仲裁院が仲裁をすると約定した場合、(中略)又は約定した仲裁機関の名称を仲裁委員会と推定することができる場合、いずれも仲裁委員会による仲裁を同意したものとみなす。 第一条(二):当事者が仲裁合意の中で、紛争につき、華南国際経済貿易仲裁委員会(以下「仲裁委員会」)、深圳国際仲裁院、中国国際経済貿易仲裁委員会華南分会又は中国国際経済貿易仲裁委員会深圳分会が仲裁をすると約定した場合、又は約定した仲裁機関の名称を仲裁委員会と推定することができる場合、いずれも仲裁委員会による仲裁を同意したものとみなす。

 上記のように、CIETAC上海分会又はCIETAC華南(深圳)分会を指定した仲裁合意である場合、CIETACとSHIAC又はSCIAはいずれも管轄権を有すると主張していることは以前から全く変わっていません。

 CIETACは、2014年12月31日付けで「CIETAC華南分会及びCIETAC上海分会の再編(重組)に関する公告」を公布し、CIETAC仲裁規則に基づき、再編後のCIETAC華南分会又はCIETAC上海分会が、仲裁条項に「CIETAC華南(深圳)分会」又は「CIETAC上海分会」と指定した場合の仲裁事件を管理する旨、及びCIETACの授権を得てない限り、その他の仲裁機関はこういった事件を受理する権限がない旨、宣言しました。本稿では混同を避けるために、CIETACが再編した上記の組織をそれぞれ「CIETAC新華南分会」、「CIETAC新上海分会」といい、SCIAとSHIACの前身をそれぞれ「CIETAC華南分会」、「CIETAC上海分会」といいます。

図1 CETAC、SHIAC、SCIA組織相関図

図1

 一方、SHIAC とSCIAは、CIETAC上海分会又はCIETAC華南(深圳)分会を指定した仲裁合意である場合、CIETACは当然、仲裁管轄権を有さず、CIETAC新上海分会又はCIETAC新華南分会による仲裁判断は、今後の仲裁司法審査において取り消されるリスク又は執行を認められないリスクが存在すると主張し、さらには、CIETACによるCIETAC新華南分会及びCIETAC新上海分会の再編は違法であり、権利侵害に当たると主張しています。

 しかし、上記の各仲裁機関による仲裁規則、公告又は主張は、いずれもそれぞれの仲裁機関が独自に制定・公布したルール、公告又は主張であり、法令のような法的拘束力を有するものではないため、以下、上記の仲裁管轄権や仲裁判断の執行力などをめぐる仲裁機関間の対立問題に関し、中国の法院がどのような立場を取ってきたかについて見ることにします。

Ⅱ 中国の法院の立場

 CIETACの内部分裂事件が発生した後、2013年5月、江蘇省と浙江省の中級人民法院でSHIAC(CIETAC上海分会)が行った仲裁判断の執行を認めないといった裁定が出される一方で、2012年11月、深圳市中級人民法院では真逆の裁定が出されるなど、一時、中国の法院間の判断における混乱が生じていましたが、その後、江蘇省と浙江省の高級人民法院は下級人民法院に対して裁定の取り消しと再審査を要求しており、また、最高人民法院は、2013年9月4日付けで「仲裁司法審査案件の正確な審理についての関連問題に関する通知」を出し、CIETACの内部分裂事件に起因する仲裁管轄権、仲裁合意の有効性や仲裁判断の執行力をめぐる紛争については最高人民法院による統一的な判断がなされることを内外に示すことで、司法実務上の混乱を解消しようとしました。さらに、最高人民法院は、2014年12月9日と19日に、それぞれ広東省高級人民法院、江蘇省高級人民法院及び上海市高級人民法院に対して返答(批復)を出したとのことで、いずれもSHIAC、SCIAの独立した仲裁機関としての地位及び相応の事件の管轄権を確認したとされます。

 最高人民法院は、仲裁合意が有効で、その他の仲裁手続上の瑕疵がないことを前提に、CIETAC、SHIAC(CIETAC上海分会)、SCIA(CIETAC華南分会)のうち、いずれの仲裁機関の仲裁判断も法院で執行可能であるという立場を採っているように思われます。このように、最高人民法院の立場が明らかになった後、CIETACが2014年12月31日付けで、「CIETAC華南分会及びCIETAC上海分会の再編(重組)に関する公告」を敢えて公布した真意は計り知れませんが、このようなCIETACによる巻き返しによって、中国の法院間の司法判断が再度混乱する可能性は低いと考えます。その理由は概ね以下の二つにあると思われます。

 一つは、これまでに全国規模での司法実務上の混乱を解消することに力を入れてきた最高人民法院が、一見安定している現況の中で、その態度をガラッと変えることは通常考えられないこと。

 もう一つは、理論的に言えば、CIETAC華南(深圳)分会又はCIETAC上海分会による仲裁合意の場合で、CIETAC(CIETAC新華南分会又はCIETAC新上海分会)は、かかる仲裁合意に基づき仲裁案件を受理し仲裁判断を行う権限があるかどうかについて再度紛争が起こる可能性はゼロではないが、実務上はCIETACの名義で仲裁事件を受理し、仲裁手続の中で当事者から確認書を提出してもらうなどの方法により、実質上、CIETACを仲裁機関とする新しい仲裁合意を得るといった対応策を講じていると思われること。

Ⅲ 渉外仲裁実務の現状及び対応策

 上記のように、CIETAC上海分会又はCIETAC華南(深圳)分会を指定した仲裁合意である場合、CIETAC(CIETAC新華南分会及びCIETAC新上海分会)とSHIAC又はSCIAはいずれも管轄権を有すると主張していることは以前から全く変わっておらず、CIETAC(CIETAC新華南分会及びCIETAC新上海分会)とSHIAC又はSCIAは、実際にかかる仲裁事件を受理し、仲裁判断を行っている模様です。

 ただ、CIETAC新華南分会及びCIETAC新上海分会は、SCIAとSHIACがCIETACから分離・独立する時点まで深圳及び上海で仲裁を行うための独自のリソースを有しておらず、2014年12月31日付で再編され、ようやく実体を持つに至ったため、現在、深圳及び上海で渉外仲裁の新体制を構築している段階にあるといえます。

 本稿で論じてきたとおり、最高人民法院によってその立場が明確に示されましたが、CIETAC、SHIAC及びSCIAの現行の仲裁規則に仲裁管轄権を巡り対立する条項が存在するなど、実際、仲裁機関の意見が対立しているため、これにより実務上の混乱が完全に解消されたことにはなりません。これを踏まえて、中国企業との取引又は中国で事業を行う日本企業は、仲裁管轄権に関する紛争が生じることを防ぐべく、以下の対応策を講じることが検討に値すると考えます。 

(1) 締結済みの渉外契約でCIETAC上海分会又はCIETAC華南(深圳)分会による仲裁合意としている場合

 中国法院の立場によりますと、SHIAC又はSCIAに仲裁管轄権があると判断される可能性が高いですが、当事者間の合意書面で、CIETACとSHIAC又はSCIAのうち、どちらの仲裁機関を指定したものか確認することが望ましいと思われます。

(2) SHIAC又はSCIAがCIETACから分離・独立する前に締結した渉外契約の仲裁合意で、仲裁機関をCIETACと指定しつつ仲裁地を上海又は深圳としている場合

 仲裁機関の選定が明確であるため、当事者間に意見の不一致があっても有効な仲裁合意であると司法判断される可能性が高いですが、念のため、当事者間の合意書面で、CIETACを指定した仲裁条項であることを再確認することが考えられます。

(3) 渉外契約を新たに締結する場合

① 中国国内の渉外仲裁機関による仲裁条項を新たに設ける場合、旧来の仲裁条項をそのまま使用せず、CIETAC、SHIAC及びSCIAがそれぞれ薦めるモデル仲裁条項を用いることをお勧めします。特に、CIETACが華南分会及び上海分会を再編している現段階においても、仲裁合意の中で「CIETAC華南分会又はCIETAC上海分会」といった表現を用いないことが望ましいと思われます。なお、中国国内の仲裁機関の選定に際し、執行想定場所が広東省又は上海市にある場合、SCIA又はSHIACを指定することが、仲裁判断の執行事件を受理した地方法院にとって最も抵抗感が少ないだろうと推測されます。

② 中国国内の渉外仲裁機関以外の国際仲裁機関、例えば香港国際仲裁センターなどを選定することが考えられます。

(4) 締結済みの仲裁合意に関し、当事者間の紛争が既に発生している場合

 仲裁機関が案件を受理する際、又は仲裁手続の中で、当事者から仲裁機関の選定に関する確認書を提出してもらうなどの方法により、将来「仲裁判断の執行が認められない」可能性を事前に防ぐといった処理方法が実際講じられている模様です。

 なお、当事者間で仲裁機関の選定について合意できない場合は、仲裁機関の管轄権について法院による判断を仰ぐしかありません。上記の内容のとおり、CIETAC華南(深圳)分会又はCIETAC上海分会による仲裁合意としている場合、SCIA又はSHIACに仲裁管轄権があるとして、結果的にSCIA又はSHIACによる仲裁判断の執行申請が認められる可能性は高いと思われます。

終わりに

 現在の、中国法院の司法判断が基本的に安定している状況の中で、CIETACによる再編などの動向によっても、仲裁合意が有効で、その他の仲裁手続上の瑕疵がないことを前提に、CIETAC、SHIAC(CIETAC上海分会)、SCIA(CIETAC華南分会)のうち、いずれの仲裁機関の仲裁判断も法院で執行可能であるという最高人民法院の立場が変わる可能性は低いと思われます。