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【15-014】中国における労務派遣と製造請負

2015年 9月16日

尹秀鍾(Yin xiuzhong): 中国律師、法学博士、廣東深秀律師事務所(深圳)

華南地域の日系企業を対象に、対中直接投資、M&A、労働法務、再編・撤退、民商事訴訟・仲裁、その他中国現地オペレーションに関する法的サービスを提供している。日本語による著作・講演も多数。 

はじめに

 「労働契約法」(2007年6月29日公布、2012年12月28日改正)の2012年12月改正を機に労働者派遣(以下「労務派遣」という)事業の規制強化が盛り込まれたことを受けて、2 014年1月24日、「労務派遣暫定規定」(以下「暫定規定」という)が公布され、2014年3月1日より施行された。

 暫定規定は、労務派遣に関する労働契約法の規定を具体化するものであり、労務派遣事業に対する規制を強化し、労働者の合法的な権益を保護する点で、従来からの立法趣旨を踏襲したものと評価できる。特に、派 遣労働者の比率を全従業員の10%以内に制限したことは、中国で労務派遣事業を営む者(以下「労務派遣事業者」という。中国語でこれを「労務派遣単位」という。)及び労働者派遣先使用者(以下「派遣先使用者」と いう。中国語でこれを「用工単位」ともいう。)に対して解決しなければならない難題を突き付けている。

  暫定規定の施行を受けて、労務派遣事業者と派遣先使用者はそれぞれの立場から対策に乗り出してはいるが、派遣先使用者が派遣労働者の正社員化を極力避けて、従 来の労務派遣形態に代わる何らかの解決策を望む場合、製造請負は有力な代替案といえる。

労務派遣と製造請負の違い

図1

図1 労務派遣の関係図

図2

図2 製造請負の関係図

 上記図1の労務派遣の形態に比べて、図2の製造請負の形態の方がその法的関係は簡単である。というのは、労務派遣においては雇用主でない派遣先使用者が労働者の業務遂行について指揮・監督・命 令権限を行使するのに対して、製造請負においては雇用主である製造請負事業者が直接かかる権限を行使し、請負契約に基づく民事関係と労働契約に基づく労働関係がはっきり区別できるからである。

 しかし、発注者が労働者による請負業務の遂行に対して何らかの形で介入した場合などは、雇用主である製造請負事業者が行使すべき指揮・監督・命令権限が弱まり、本 来単純明快な製造請負の法的関係が崩されることは必至である。

 特に、派遣先使用者が、暫定規定の施行を受けて派遣労働者の使用比率規制に合致させるためにやむを得ず製造請負形態を選択したが、製品又はサービスの品質管理などの必要性から、製 品の製造過程又はアウトソーシングサービスの提供過程にまで介入し、実質的に労働者に対し業務の指揮・監督・命令等を行った場合、偽装請負と判断される可能性は高い。

派遣先使用者の実務対策

 暫定規定の施行を受けて、各地方(北京、深センなど)では、派遣労働者の使用状況について現地の人力資源社会保障行政部門に届出を行うよう要求しており、派 遣労働者の使用比率が派遣先使用者の使用する労働者総数(派遣労働者を含む)の10%を超えている場合、派遣先使用者はかかる使用比率の調整案を現地の人力資源社会保障行政部門に届け出なければならないとされる( 暫定規定第28条第2項)。

 そこで、派遣先使用者としては、派遣労働者の使用状況などを明確にし、現地政府の規定又は行政指導に従って、以下に掲げる事項の検討作業を含め、派遣労働者の使用比率の調整案を作成し、実 施する必要がある。

① 派遣労働者の正社員化

② 派遣労働者の労務派遣事業者への戻し

③ 製造請負事業者への委託(派遣労働者又は自社正社員の製造請負事業者への転籍などの措置も併せて考えられる)

④ その他の対策案(上記①、②、③の総合活用案、並びに非全日制雇用、定年退職者の再雇用なども考えられる)

 なお、暫定規定第28条第3項によれば、派遣先使用者は暫定規定の施行日以前の派遣労働者の使用比率を10%以下に引き下げるまでは、新たに派遣労働者を使用してはならないとされる。しかし、実務上、派 遣先使用者が労務派遣事業者との間で、暫定規定の施行後(2014年3月1日)、派遣労働者使用比率の調整期限日(2016年2月29日)前に派遣期間が満了した労務派遣協議書を更新する場合は上記にいう「 派遣労働者の新規使用」に該当するか否かといった問題がある。仮にかかる契約更新が新規使用に該当しないとすれば、暫 定規定において派遣労働者の使用比率規制及び当該使用比率の経過措置を定めた意味がなくなることから、上記の契約更新は新規使用に該当すると判断することが妥当と思われる。

製造請負は労務派遣に代わり得るものか

 労務派遣と製造請負の形態を利用する企業(前者においては派遣先使用者、後者においては発注者)にとって、いずれの形態においても労働者との間で労働関係を確立する必要がない点は類似するところである。こ れに加えて、暫定規定の施行を受けて派遣労働者の使用比率を引き下げなければならない派遣先使用者及び新しいビジネスチャンスを狙う労務派遣事業者(新規進出を狙う第三者を含む)にとって、従 来の労務派遣形態の代わりに製造請負形態を検討することはある意味筋道の通る話ではあるが、それは、派遣先使用者と労務派遣事業者の両者にとっていえば、以 下に掲げる事由から一定の困難を伴うのではないかと推測される。

 まず、派遣先使用者にとっていうと、製造請負形態の下では次のようなリスクや問題点が考えられ、これらが製造請負形態の取り入れを阻む要素になるのではないかと思われる。①製品・サ ービスの品質管理が追い付かないリスク、②製造請負事業者による労働者の管理が徹底しないリスク、③製造請負に出す業務は自社の核心業務や知的財産権の保護が必要な業務を除く「非核心業務」に限定されること、④ 適正な「製造請負基準」を有し、偽装請負問題を回避できる製造請負事業者が非常に限られていること、⑤法律規制などの環境が整ってないため、法的安定性が欠如すること。

 一方、労務派遣事業者にとっていうと、製造請負形態の下では、次のようなリスクや問題点が存在する。①製造請負事業に関する経験やノウハウがないこと、②雇用主としての責任を負わなければならないこと、③ 製造請負に必要な設備・機材、資材及び相応の資金を投入しなければならないこと、④製造請負形態においても、従来の労務派遣形態の下での手数料(管理・サービス料ともいう)相 当のものしか主な収入源にならないとすれば、上記①-③のリスクや責任などを負うまでにして製造請負事業を展開するメリットはそれほどないこと、⑤法律規制などの環境が整ってないため、法的安定性が欠如すること。< /p>

 労務派遣形態に代わり得る製造請負形態について、暫定規定では「使用者が請負(中国語で「承攬」という)、アウトソーシング(中国語で「外包」という)などの名義で、労 務派遣の方式により労働者を使用する場合、本規定に基づき処理する」(暫定規定第27条)と規定しているのみである。かかる規定からすれば、「製造請負名義での労務派遣、すなわち偽装請負」問 題については立法機関もかなり神経を尖らせている様子が窺われる。従って、これまでの労務派遣事業者に対する規制の強化と同様に、今後、製造請負事業者への規制強化は必須であろう。

まとめにかえて

 上記のように、暫定規定の施行を受けて、中国における労務派遣実務は新しい動向が形成されつつあるが、①派遣労働者の使用比率は10%以下に抑えられるか、②派遣労働者の権利を守ることができるか、③ 偽装請負問題の防止策はあるか、④労働行政部門による監督はどこまで厳格に行われるかなど、不安定な要素も少なくない。そこで、中国の現行法令の下で、労 務派遣の形態から合法的な製造請負の形態に転換するためには、政府、企業、労働者のそれぞれの立場から検討し、偽装請負問題などの解決策を見出す必要がある。