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【16-006】現代中国法の正当性

2016年 4月12日

略歴

御手洗 大輔

御手洗 大輔:早稲田大学比較法研究所 招聘研究員

2001年 早稲田大学法学部卒業
2003年 社団法人食品流通システム協会 調査員
2004年 早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了 修士(法学)
2009年 東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学
2009年 東京大学社会科学研究所 特任研究員
2009年 早稲田大学比較法研究所 助手(中国法)
2012年 千葉商科大学 非常勤講師(中国語)
2013年 早稲田大学エクステンションセンター 非常勤講師(中国論)
2015年 千葉大学 非常勤講師(中国語)
2015年 横浜市立大学 非常勤講師(現代中国論)
2016年 横浜国立大学 非常勤講師(法学、日本国憲法)
2013年より現職

現代中国法事始め

 前回のコラムの最後で、現代中国法は行政法的な論理の強い法秩序をもつが日本のそれと違うことを、そして、この違いは法秩序の正当性を獲得する方法の違いによると予告しました。前者は「行政法」における日中比較という各論のテーマの1つとして取り上げる予定です。そこで、第2回となる今回のコラムでは後者のお話すなわち、「現代中国法の正当性」という総論のテーマをお話しして、全体を俯瞰しておきたいと思います。

民主主義が法秩序の正当性を獲得する

 ある法秩序に正当性があるかないかは、その法を媒介して対峙する双方が、それを信用し、それに基づいて行動できるかにかかっています。正当性のある法秩序は人々の行動の根拠となります。その一方で、正当性のない法秩序は人々の行動の根拠になりませんから、社会(そしてその構成員である私たち)が、法秩序の正当性を生んでいると言って良いでしょう。

 現代社会では、民主主義を肯定する法秩序が正当性を獲得する(民主主義の実現が法秩序の正当性を獲得する)という共通の認識があります。注意したいことは、民主主義が漠然とした概念で、厄介だということです。ここでは「民主主義」を、国家の権力者がその国家の構成員全員であるとする考え方だということにして、話を先に進めましょう。そうすると、民主主義の実現は、構成員全員の多数決による判断で物事を決める体制の実現を意味すると言えます。

 日本国憲法も民主主義を否定していません。日本国憲法は、主権在民つまり、国民主権を規定しています。日本国籍をもつ構成員(日本国民)全員が、その主義主張を問わず、選挙を通じて自らの代表を議会へ送り込んだり、被選挙権を行使して自らを国民の代表として送り込んだりして、物事を決めています。日本国憲法が日本的民主主義の実現を促しているわけです。

 ところで、皆さんは、現代中国に民主主義はない(あるいは恐ろしく遅れている)と思われていませんか。これらの判断が仮に日本的民主主義を物差しとして、つまり現代中国を構成する「すべての人々」が物事を決める過程に参加し、多数決原理が平等に適用される政治体制を実現するものかどうかで判断しているとすれば、大きな誤りです。日本的民主主義は日本国憲法が促し、こんにちの日本の民主主義を支えていることは事実ですが、現代中国の民主主義は、中華人民共和国憲法が支えるしかないからです。少しだけ比較憲法の世界に足を踏み入れてみましょう。

「憲法」における日中比較

 憲法とは国家の組織や権限、統治の根本規範となる基本原理を規定した法規範です。国家がどんな社会構造をとったとしても、その社会構造を維持するための(国家)権力を行使する機関が必要ですから、憲法は国家が存在する所に必ず存在します。しかしながら、日本の憲法学は、ジョーカー的な権力を制約して(主権者の)権利を保障すること、言い換えれば権力を制限する規範体系をもつ憲法だけを憲法であるとしてきました。少々難しい表現ですが、これを「立憲的意味の憲法」と言います。ちなみに、憲法によって行う政治を「立憲政治」「憲政」と言いますが、とりあえずは立憲的意味の憲法と同じ意味であると考えて結構です。

 日本の憲政史に照らせば、大日本帝国憲法(明治憲法)も立憲的意味の憲法でした。なぜなら、臣民の権利として(法律の範囲内でという条件付きでしたが)言論の自由を認めていましたし、衆議院と貴族院からなる帝国議会もありました。また、天皇が行政(大)権を行使する場合には国務大臣の輔弼を必要としたほか、司法権の独立も認めていたので、権力を制限する規範体系が一応整っていたと言えるからです。しかし、戦時中の軍部の統治によって、敗戦後の日本のあり方について、帝国議会の修復だけでは不十分とされ、GHQ草案を受けて、日本国憲法が誕生しました。

 正当性の獲得という視点から、1945年8月のポツダム宣言の受諾によって主権の所在が天皇から国民へ移行したという「八月革命説」(宮澤俊義)を、日本国憲法の成立過程に対して正当性を与えるものと考える言説があります。(八月革命説をめぐる論争を紹介する紙幅はないので割愛しますが)形式的には明治憲法73条に基づいて、改正草案が天皇の勅命によって帝国議会へ送られ、衆議院と貴族院のそれぞれの総員3分の2以上が出席し、出席議員の3分の2以上の多数によって議決したのち、天皇の裁可を経て改正しましたから、日本国憲法を頂点とする法秩序が正当性を獲得していることは明らかです。

 では、現代中国の憲政史に照らせばどうでしょうか。(現在の)出発点は、1949年4月に華北人民政府【注:当時の暫定政権の呼称です】が公布した「国民党の六法全書及び一切の反動的な法律の廃止に関する訓令」です。この訓令は、旧中国の法令を一切廃止し、継承しないと言明しました。現代中国の法秩序は、中華人民共和国の成立(1949年10月)前後に始まります。正確に言うと、日中戦争期の中国共産党の支配地域で施行していた法令(革命根拠地法制)は継承するとしましたし、支配地域で「三三制【注:政府機関の組織の構成比率を、中国共産党、国民党および各党各派、無党派それぞれ原則3分の1とする組織原則のことです】」による民主主義の実現を試みていました。

 正当性の獲得という視点から言えば、1949年9月の「共同綱領」、1954年9月の「54年憲法」、1975年1月の「75年憲法」、1978年3月の「78年憲法」、そして1982年12月の「82年憲法」(現行憲法)は、いずれも「議会」で採択しています。4度の憲法改正に加え、現行憲法はすでに4回の部分改正を行っています。そして、これらすべてがいずれも「議会」による承認を経ています。

 ただし、日本国憲法と比較すると、主権者に関する規定が決定的な違いを生んでいます。現行憲法は、(現代中国は)労働者階級が指導し、労農同盟を基礎とする人民民主専制の社会主義国であり(1条)、一切の権力は人民に属するとします(2条、人民主権)。そして、国家権力を担う機関として全国人民代表大会と地方各レベルの人民代表大会を規定し、この機関(人民代表大会)を構成する議会の代表は、民主選挙で選出し、かつ、人民代表大会が行政機関、審判(裁判)機関、検察機関を成立させるとします(2、3条)。

 要するに、現行憲法は、ジョーカー的な国家権力を制約すべきとする制約原理(あるいは民主主義の実現によるオールマイティな国家権力)を承認しつつ、三権分立を真似て其々を独立させるのではなく、主権者である人民の民意を集約する人民代表大会から派生させる形で規定しているわけです。ところが、現行憲法は立憲的意味の憲法でないと一般に考えられています。なぜ、立憲的意味の憲法でないと言えるのでしょうか。

立憲的意味の憲法でないとする理由

 日本の中国法研究でも、現代中国の法学研究においても、現行憲法が規定するこの規範体系を「民主集中制(の原理)」として解説します。とくに日本の現代中国法研究では民主集中制を「権力を実質的に制限しないもの」として扱います(たとえば、現行憲法も国家権力を民主集中制に基づいて規律するので立憲的意味の憲法とは言えないというように)。しかし、これでは独裁というレッテルを貼って評価しない言動と五十歩百歩ですね。

 日本の法学研究に照らして現行憲法を立憲的意味の憲法でないと評価する理由を検討すると、次の2つの理由が挙げられるでしょう。まず1つの理由は、現行憲法が国民主権を認めていないから。国民にあたる中国語は「公民」であり、現行憲法も中華人民共和国国籍を有する者はすべて中華人民共和国公民であるとします(33条)。誤解されがちなので繰り返しておきたいのですが、現代中国は国民主権の国家ではなく、人民主権の国家です。公民であるが人民でない人々(非人民)も現代中国を構成する人々ではありますが、その主権者はあくまで人民なのです。「公民」ではありません(前述した民主主義の定義を確認してください)。

 日本語では国民よりも人民の方が広い概念なので、現行憲法が規定する意味は逆ですね。現行憲法の人民は、国民よりも狭い概念です。もし国民主権の国家を規定するのであれば、直ちに国名を変えなくては(中華公民共和国)。この点を捉えて言葉の誤魔化しと評するのは、たとえば「同性愛者はマイノリティーの代表である」というように、(状況に応じて「代表」の基準が変わるので)正しいことを主張しているように見せかける詭弁にすぎません。問題の本質を有耶無耶にしますから、皆さんは毒饅頭を食べないように注意しましょう。なお、「人民とは誰か」というテーマについてもどこかで別途取り上げるつもりです。

 もう1つの理由は、「民主選挙」に対する不信です。現行憲法下の「民主選挙」の基本(議会代表の選出方法)は、あくまで人民主権という国家のあり方が前提です。したがって、選挙権の平等の問題について一票の格差を問題視することは的外れの議論になりやすいです。また、都市と農村の二元的統治制度からその不平等を問題視することも、現行憲法が規定する中国的民主主義の実現を正しく分析しているかについて慎重な検証が必要です。

現行憲法下の「民主選挙」の基本

 現行憲法下の選挙法(「中華人民共和国全国人民代表大会及び地方各級人民代表大会選挙法」2015年8月一部改正)は、満18歳以上の公民すべてに選挙権と被選挙権を認め(3条)、選挙民は1回の選挙で1回分の投票権を行使します(4条)。議会の代表は、それが全国人民代表大会であれ地方各レベルの人民代表大会であれ、広範な代表性を備えるものとされ、労働者階級、農民階級、知識階級(インテリ)の代表のほか、婦女代表や帰国華僑の代表にも議席を割り当てるとしています(6条)。念のために申し上げておくと、一国二制度下の香港や澳門については別の民主選挙が用意されていますので、今回のコラムは中国内地における民主選挙にとどまるお話です(香港、澳門については別途取り上げます)。

 中国内地の、すなわち中国的民主選挙のポイントは、階級(あるいは階層)別の代表選出が基本という所にあります(一票の格差問題が的外れの論点になりやすい所以です)。ここでは、被選挙権について紹介しておきましょう。そうすると、日本の選挙管理委員会と決定的に違うのは、現代中国の選挙管理組織(選挙委員会)が階級別の代表選出を保障する役割を担う所にあります。選挙委員会の委員は、現地の人民代表大会常務委員会が任命し(9条)、候補者の身辺を調査し、候補者名簿を作成します(10条4号)。選挙民が直接選挙する場合、その候補者には、選挙区の選挙民および各政党または各人民団体の指名推薦が必要です(31条)。人民の民意を反映することが中国的民主主義のあり方ですから、選挙区は、居住状況で区分することも、生産組織、事業組織あるいは業務組織に照らして区分けすることもできます(24条。不平等選挙に慎重な検討が必要であるとする所以です)。なお、投票数が過半数を超えた選挙のみ有効となります(44条)。

 要するに、中国的民主選挙は、非人民であっても指名推薦を得れば、議会代表を送り込める途が用意される一方で、選挙委員会におけるフィルターが年齢等の客観的中立性(政治色のない)基準かどうかの点で日本的民主選挙と違います。ちなみに、2015年改正で公民が選挙に参加する際に、域外(海外)の機構、組織あるいは個人の提供する直接ないし間接的な選挙支援を受けてはならないとまで言明しました(34条)。選挙委員会による候補者の身辺調査の対象範囲がいっそう拡大するのではないでしょうか。よって、客観的中立性基準に基づかないフィルターをもつであろう中国的民主主義を承認するかがポイントになると言えます。

中国的民主主義を承認するか

 民主主義が法秩序の正当性を獲得しますから、論理的には、憲法がその国家のあり方を国民主権とするにせよ人民主権とするにせよ、いずれの法秩序も民主主義を承認する限り、正当性を獲得すると言えます。日本的民主主義は主権者である国民を第一に考えるので、天皇、国務大臣、国会議員、裁判官、その他の公務員に対して憲法尊重擁護義務を課し(日本国憲法99条)、国民には課しません。それゆえに、私たち国民は、市役所や政府に何らかの要求をする場合に些細な義務さえないので、気兼ねなく要求できているわけです(片務的状況)。

 中国的民主主義は、主権者である人民を第一に考えて、国家機関等に同様の義務を課し(現行憲法5条)、人民には課しません。ただし、公民には国家機関等と同様に、現行憲法下の義務を課しているので(現行憲法33条)、論理的には、人民にも(公民として)同様の義務を課す余地が明文上に残っています。つまり、法秩序を媒介として対峙する双方に義務の履行が要求されるわけです(双務的状況)。公民は要求を気兼ねなくできるものでない一方、対面する政府窓口は逆に攻撃的になります。彼らにしてみれば、義務を履行しない公民の要求に真摯に対応する必要はないので、相手のあら捜しをする方が、膨大な法令から適切な条文を探して対応するよりも遥かに楽だからです(私たち外国人に対しても同じです)。しかしながら、この双務的状況を承認できない(慣れていない)私たちにとって、このようなお役所の対応は、違和感だらけです。そのために独裁というレッテル貼りを易々と承認し、現代中国に民主主義はないという評価にも首肯してしまうわけです。

 現代中国法と付き合うことは、あらゆる場面において、この双務的状況を前提とした対応が必要になると理解しておくのが無難です。次回は、双務的状況の一例について、お話ししましょう。


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