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【17-006】徴税と公益的寄付

2017年 3月23日

略歴

御手洗 大輔

御手洗 大輔:早稲田大学比較法研究所 招聘研究員

2001年 早稲田大学法学部卒業
2003年 社団法人食品流通システム協会 調査員
2004年 早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了 修士(法学)
2009年 東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学
2009年 東京大学社会科学研究所 特任研究員
2009年 早稲田大学比較法研究所 助手(中国法)
2012年 千葉商科大学 非常勤講師(中国語)
2013年 早稲田大学エクステンションセンター 非常勤講師(中国論)
2015年 千葉大学 非常勤講師(中国語)
2015年 横浜市立大学 非常勤講師(現代中国論)
2016年 横浜国立大学 非常勤講師(法学、日本国憲法)
2013年より現職

大きな政府と小さな政府

 年度末3月になると、どうしても私は確定申告の季節と感じてしまいます。ここ数回、司法について息の詰まるお話をしてきましたので、気分転換に私たちの多くが身近に感じられるだろう「税」のお話しをしてみようと思います。なお、還付となる場合は申告の期限を経過した後であっても特に罰則などはありません。申告すべき年の1月1日より5年間は有効ですから、申告し忘れたという方は是非この機会に体験してください。

 さて、なぜ私が今回「税」のお話を取り上げようと思ったのかですが、それは私が現代中国論の講義や現代中国法を論じる際にこれまで「ノイズ」に感じながらも上手く言説に引き上げられていない課題を解決できそうだという確信めいたものを、確定申告のお話をする中で感じたからです。身近なものにひきつけて考える方が考えやすいことは言うまでもないのですが、現代中国に限って言えばこれまで様々なノイズが刷り込まれてしまっているため、かえって考えにくくさせられています。

 端的に言えば、私たちの社会に通用する権利の考え方が現代中国に通用しないのです。が、このように説明してもその細部について共通理解を確立できないこと、そして、そのままの状態で異文化理解を試そうとするために、異文化理解というよりは一方的な価値観の押しつけや現代中国が遅れているなどの「西洋的」一辺倒のレッテル貼りに落ち着いてきました。これが考えにくくさせられる原因であり、私にとってこれらの「西洋的日本人」の言動は、喉に引っかかった魚の小骨のようなノイズなのです。

 今回、確定申告のことを思い出して日本における税・税制について振り返った際、このノイズを取り除けるかもしれないと感じました。というのも、私たちが行なう確定申告とは、多めに徴収されているだけ返してください・還付してくださいという主権者としての「権利」を行使する典型例だからです(高所得者の人にとっては不足している分を払いますという主権者としての「権利」を得るための追加義務、というと怒られそうですが)。ポイントは、権利であると同時に納税することが主権者としての「義務」である点です。ノイズを取り除けそうかもと思った理由は、権利であり義務でもある「税」という視点が、中国的権利論の前提とする「義務なき権利はない」という論理に通じるからです(民法通則を改正して「民法総則」が今年10月より施行しますが、この論理を見落とすとレッテル貼りを再び繰り返すだけの徒労に終わるでしょう。残念ながら一部の言動は既に同じ轍を踏んでいます)。

 そもそも税というのは徴税権をもつ政府(権力)の立場に立てば、国家を運営する財政を確保するための「権利」であり、主権者を守るための様々なサービスを提供する「義務」と連動します。そして、この税に関する議論において使い古された言葉のセットとして「大きな政府」と「小さな政府」があります。

 教科書的な確認をしておくと、まず「大きな政府」とは経済政策や社会政策を強力に推進し、政府が積極的に関与することを承認する考え方です。政府による積極的関与を前提としますから、その財政規模は大きくなります。この大きな財政規模を維持するためには税金を高くしたり、富の分配を厳格にしたり、計画経済を基本としたり、高い関税を課すことなどを通じて保護貿易を確立するといった行動を展開することが推測できます。高い福祉を「大きな政府」の特徴として指摘することも、こうしたことを背景にしています。

 次に「小さな政府」はこの真逆の考え方を言います。すなわち、経済政策や社会政策に対して消極的で、私的空間による自由競争や自由主義的な経済・市場経済を承認する考え方です。政府による消極的関与を前提としますから、その財政規模は小さくなるはずです。この小さな財政規模を維持しさえすればよいので、税金を安くできますし、富の分配を曖昧にできますし、市場経済を基本としますし、関税を設けない自由貿易を確立するといった行動を展開すると推測できます。いわゆる自己責任による統治が主眼に置かれますから、困った時の政府頼みを期待する方がおかしいことになりますね。

 大きな政府は困った時の政府頼みを期待できる分、生活保護を受給しやすかったり、所得や資産が低い個人にとって見返りが大きい法制度が多い印象のある一方で、小さな政府は自己責任の世界ですから、格差が拡大したり、福祉の切り捨てといった社会現象が出現し、所得や資産が低い個人にとって見返りが小さく、所得や資産が高い個人にとって見返りの大きい法制度が多い印象をもちます。もはや過去のこととなっていますが、冷戦時代に大きな政府の例が旧ソ連や現代中国であり、小さな政府の例がアメリカや日本という分かりやすい見取り図が示されていたのでした。

 今回は、この分かりやすい見取り図が変化し、現代中国も小さな政府を目指そうとしているかもしれませんよというお話です。同時に、この中で「義務なき権利は存在しない」という現代中国法の論理を理解していただけたらと考える次第です。

財政問題と民間資本の活用

 現代中国における財政問題の原因は、政績(政治成績)のために政府債務を増やしてでもGDP数値の上昇に躍起になってきたことを指摘できます。奇しくも今年(2017年)3月の全国人民代表大会において「経済統計の水増し」が話題を呼んだようですが、それ以上に財政部をはじめとして中央政府が神経を尖らせているのは地方政府が抱える同債務の推移です。例えば中央政府が公布する諸通知は、地方政府債務を分類し、残高を確定した上で「減らすだけで増やさない」方針を繰り返し確認していることや、地方政府債務を分類して予算管理に組み入れた上で、債務返済に高い優先順位を付けることが既にありふれた政府通達となっています。また、最近の特徴としては、地方政府融資平台から政府資金調達機能を切り離し、一部の地方政府融資機構の処理を進めようとしている点を指摘できます。これらの政府の動きは債務(借金)で首が回らなくなることに対する危機意識を反映したものに他なりません。

 貨幣が足りないのであれば、造幣すればよいわけですが、造幣にかかるコストの限度額まで造幣してしまうと貨幣の価値が下がります。貨幣の価値が下がるということは物の売買に必要な金額が大きくなることを意味しますから、相応の賃金の引き上げが保証されなければ資本をもたない労働者や農民が苦境に陥ることになるでしょう。また、これは人民元安を誘うことになりますから、過度の人民元安は通貨戦争の様相を呈することになるやもしれません。その一方で、貨幣の価値を極端に下げることは、債務の質を低下させることになるため、もっと借金ができることになります。とはいえ、だからといって借金を増やすことを奨励する人間は稀ではないかと思いますし、そんなことは考えるなと政府通知が出されているわけですから、感覚音痴でなければ言動の不一致は起こさないでしょう。

 ところで、財政がひっ迫しているのであれば、論理的には高い税金を徴税しても良いはずです。この点について、現代中国は単位社会を構築していた歴史があります。単位社会とは、その企業・事業組織(単位)がゆり籠から墓場までの高い福祉を実現する社会を言います。労働者を雇用する組織である企業や事業体の会計が、事実上の福利厚生をすべて担っていました。とはいえ、計画経済から市場経済への社会転換を打ち出した現代中国において単位社会は瓦解し、現在に至っています。高い税金の徴収は、納税者の視点で見れば圧力でしかありませんから、納税に見合う福利厚生が伴わなければその不満の矛先は政府へ向かうことは間違いありません。日本でも最近報道されつつある退役軍人の示威行動をどう見るかも同じ見方ができるかもしれません(社会保障法制のお話しについては別の機会にとっておきたいと思います)。

公益的寄付とは

 そこで財政を間接的に支援する仕組みとして考案されたのが公益的寄付(公益性捐贈)です。公益団体への寄付を税金の控除としたり、寄付と称した献金で政治的動向が左右している事実は日本の例よりもアメリカの例を見れば一目瞭然です。似たような概念と仕組みを現代中国も導入しています。現代中国における出発点は1999年6月に全国人民代表大会が制定公布した「中華人民共和国公益事業寄付法」(以下、寄付法)です。

 寄付法は、自然人や法人あるいはその他の組織が公益団体ないし非営利的事業組織へ自発的かつ無償で財産を寄付し、それが公益事業に用いられる場合に適用される法律という位置づけです(2条)。寄付という名目ですから、営利活動に対して用いることを当然禁止していますし(4条)、公益やその他の公民(中国国民)の合法的権利・利益を損なうことも禁止しています(6条)。が、寄付・寄贈する側としては実質的にその見返りが重要です。

 寄付法24条は企業やその他組織の寄付については企業所得税上において優遇を受けることを言明しました。また、自然人や個人事業者も寄付することで個人所得税上の優遇を受けることになっています(25条)。さらに、国外からの寄付については関税や増値税上で優遇すると言明していました(26条)。なお、寄付を隠れ蓑とした脱税や密輸、外貨の不法持ち出しや不法売買などは禁止(30条)と言明するほど存在していたのでしょう。なお日本のマスコミが取り上げるなどして時々見聞することもありますが、現在でも研究を隠れ蓑として地下銀行を営んでいる人や外貨を不法に持ち出して日本をはじめとする外国に入国を繰り返す人は後を絶たないようです(外貨送金の規制が一時的に厳しくなっていると聞きますから、こういう不正は増加するかもしれませんね)。

 一般に、現代中国における公益的寄付とは企業が公益団体や県級以上の人民政府・部門を通じて寄付法が規定する公益事業の寄付を行なうことを言うようです(少なくとも講学上は)。教育や民生などの公益事業や災害地域、貧困地域に対する寄付を内容とし、貨幣であっても物であっても構いません。また、企業や事業団体、社会団体などが住居を寄付として寄贈し、この住居が低価格住居であれば、公益的寄付と見做すとされているようです。私たちの社会における寄付と共通しているところは無届無許可の営利組織や個人を通じた寄付を控除の対象としない点です。余談ですが、それゆえに「〇〇〇〇基金」などの公益団体がアメリカでは多いのでしょうし、その会計報告でなぜか経費項目が大部分を占める珍現象を目の当たりにするのでしょうね。

 さて、現代中国では、財政部、国家税務総局および民政部が中心となって、この問題に取り組んでいます。例えば、2008年12月にこの三つの機関が共同で公布した法令に「関置公益性捐贈税前控除有関問題的通知」があります。当該通知は寄付先である基金会の資格を厳格にすることによって不正を未然に防ごうとした通知でした。2015年には三つの機関を中心に関連部門が共同で設立する社会組織登録部門を通じての公益的寄付の受付組織でなければ、その資格を与えないことを改めて言明しています(「関於公益性捐贈税前控除資格確認審批有関調整事項的通知」)。これは社会向けの告知だったと私は理解しています。

 重要なことは控除の限度額を設けている点です。これがなければ逆に政府の財政を逼迫させることになります。企業所得税に関する従来の制度では、年度会計における利潤の12%までを控除限度額とすることが言明されており、実際の寄付金額がこの控除額を下回る場合は調整をする必要はなく、実際の寄付金額がこの控除額を上回る場合だけ調整することになっていました。とはいえ、寄付金額を多くすればするほど控除限度額の引き上げにつながらなければ、寄付する側の見返りは美味しくないはずです。その一方で、財政が逼迫して「首が回らない状態」に近づけば近づくほど、民間の資本を「引き出して」政府の歳入不足を補てんしたくなるはずです。この割合の大きな部分は、普通に考えれば企業などの使用組織が抱える売り上げからの寄付でしょう。なお、従前の中国社会では、この売り上げからの「上納金」が国庫へ納められていました(この発想・論理は日中戦争期の根拠地法制時期から確認できます。どこかの回でお話しできると良いのですが)。

企業所得税法の2017年改正

 この企業からの寄付について、全国人民代表大会は今年2月付で大事な改正を加えました。すなわち、これまで年度の利潤総額の12%以内のみを控除の対象としていたところ、同12%を超える部分については向こう3年間内で課税所得額から控除することを言明したのです。現代中国では寄付専用の領収書を発行することになっているのですが、今後はより重要な書類になりそうです。もちろん、資格を保持する組織が発行する証書でなければ駄目です。

 ところで、このようにして寄付金額を可能な限り課税所得額から控除していくと、財政収入が減るかもしれません。社会保険基金の逼迫状況はすでに周知の事実ですから、この段階で寄付による金銭支援を促す目的はどこにあるのでしょうか。小さな政府を目指す動きであるという以上にやむを得ない何かが動いているようにも感じます。答えは闇の中ですが、日系企業にとっては公益団体への寄付を通じて現代中国における社会的地位を確保しつつ、企業会計を安定させる手段の1つとなるかもしれません。寄付を受け付けられる資格を有する公益団体については、各地の税務局が毎年何度かに分けてリストを公告していますから、最新のリストを確認したうえで寄付することをお勧めいたします。

 「義務なき権利は存在しない」という論理に照らせば、公益的寄付については次の点が重要です。すなわち、公益的寄付を活用して最小限の納税の義務を果たすことによって最大限の権利を獲得することです。この当たり前の論理を、今年の全国人民代表大会が行なった改正で精緻化したように感じます。現時点で中国進出を積極的に考える個人事業者や企業は少ないかもしれませんが、確定申告・税という私たちにとって身近な制度であり、実感できる概念から今回は論じてみました。

 徴税と公益的寄付という視点から見た現代中国は、皆さんにはどのように映ったでしょうか。もしかしたら「ふるさと納税」が直面している問題と通じると感じられた方もいらっしゃったかもしれませんね。税に対する考え方は似通っていますから当然です。しかし、ノイズが残っているとここで中国的特殊性(中国は特別なのだ)と単純化する論理がすべてを隠ぺいしてしまい、現代中国が本当に分からなくなってしまうのです。

(了)


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