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【18-013】改正個人所得税法の成立―プライベート・ウェルス・プランニングへの影響―

2018年 9月19日 倪勇軍 高如楓等(中倫律師事務所)

 個人所得税法の改正は、長期の議論、検討の末、2018 年6 月に大きな進展があった。第十三回全国人民代表大会常務委員会(以下、「全人代常務委」という)第三次会議で「中華人民共和国個人所得税法改正案(草案)」についての審議が行われ、全人代常務委の公式サイトで、改正案草案の全文を公表し、パブリックコメントを実施したのである。その後、2018 年8 月31 日の第十三回全人代常務委第5 次会議の審議を経て「中華人民共和国個人所得税法改正案」(以下、「改正個人所得税法」という)が成立し、その全文が公布された。改正個人所得税法は2019年1月1日から施行される。

 本稿では、改正個人所得税法の内容に基づき、今回改正の重点を次のとおりまとめる。

居住者と非居住者の定義の見直し

一暦年に183 日以上中国国内に居住した個人は、中国税法上の居住者(以下、「居住者」という)とする旨を明確にした。この定義は、諸外国の規定と基本的に一致するものである。

総合所得の概念の導入

給与所得、労務報酬等のいくつかの所得を一括して総合所得に分類し、年度徴収制度を導入するとともに、基礎控除額を引き上げ、特定付加控除の項目を追加した。これにより、個人所得に対する課税方式が、従来の分離課税から総合課税と分離課税の二種類の課税方法に移行される。これは、国際税法及び国際慣例に近づけようとする改革の方向性を示すものである。

初の租税回避防止規定の全面導入

これには、独立企業間原則の確立、被支配外国企業の新規規定、その他合理的な商業目的を有さない処置に対する税務当局の調整の権利を定める包括的規定(即ち、租税回避行為に対する一般的な否認規定)の明確化が含まれている。

CRS(共通報告基準)制度の立法化

立法化することで、個人の納税識別番号制度により、将来に向けて推進する租税情報の全面的管理・監督の利便性を図る旨を明確にしている。また、各関係当局には、税務当局に協力し納税義務者の情報と口座情報等を提供する法的義務がある旨定めている。

移民前の納税申告制度の新規規定

その他所得

 所得の種類から「その他所得」類を削除し、また、免税、減税、特定付加控除等に関しては、国務院が決定し、全人代常務委に届出なければならないとしている。これは、租税法律主義の徹底が反映されたものである。

 今回の改正は、内容自体に限界があるものの、過去30 年にも亘り実施され、既に中国の経済・社会の発展とも、国際的ルールともかけ離れていた個人所得税制度を根本から見直す画期的改革であり、非常に重要な意味を持っている。

 今回改正による変化は、中国の一般納税者のみならず、外国籍のグローバル企業の高級管理職、富裕層に対しても大きく影響するものと考える。特に富裕層のオフショアスキームを利用したウェルス・プランニングに対して、直接的な影響を及ぼす。また、国外のウェルス・マネジメント会社(受託者となる信託会社等)も非常に大きな影響を受けることが予想される。

 筆者は、昨年発表した「プライベート・ウェルス・プランニング関連の税務の考察」において、オフショア信託を資産承継の主な手段とする場合に注意すべき税務上の問題を重点に紹介したが、改正個人所得税法の公布に伴い、その結論が大きく変わることが予想されるため、本稿をもって、改正個人所得税法が富裕層のプライベート・ウェルス・プランニングに与える影響に触れつつ、オフショア信託の仕組みに与える影響を中心に分析することとする。

1. 改正個人所得税法の富裕層への影響

影響その一:税制上の居住者の定義

 改正個人所得税法によると、中国国内に住所を有していない個人(「住所」の税法上定義が不明瞭のため、実務上、「住所を有していない個人」とは、基本的に外国籍者を指す)が、一暦年に中国に滞在する期間が183 日以上であれば居住者となる。これは、現行の一暦年における出国日数が累計で90 日又は一回30 日であれば居住者としないとする規定を、一暦年に183 日以上滞在すれば居住者とするもので、居住者の判定基準となる滞在期間が大幅に短縮されている。この改正により、居住者となることを回避しようとする富裕層にとっては、解決課題が増えるとも言える。

 また、留意すべき点として、現行の個人所得税法実施条例の「5 年ルール」の定めがある。このルールによれば、中国税法上の非居住者(本稿において、「非居住者」という)は、ある一暦年における滞在期間が居住者と認定されるべき期間に達したとしても、その後5 年連続して居住者でなければ、中国国外の所得のうち、国外の者から支払われた部分の所得については、中国で納税する義務はない。しかし、改正個人所得税法の施行後に、「5 年ルール」が適用されるか否かについてはまだ定かではない。もっとも、今回の改正が国際的な立法の慣例に近づこうとする傾向にあることを考えると、当該5 年ルールが削除される可能性はある。なお、削除されれば、外国の居住者がいずれかの一暦年に、中国国内に183 日以上滞在した場合には、かかる年度における全世界の所得(外国会社からの配当又は投資所得を含む)につき、中国国内で個人所得税を納付する義務が生じる。更に、CRS 制度により、富裕層が居住者となる場合は、その者が外国金融機関に保有する口座情報も中国税務当局へ提供されることとなる。

 更に、これら富裕層の所得の源泉地国がアメリカ等の高税率国の場合には、通常、中国国内で納付すべき個人所得税の所得税額からこれらの国で納付した税額が控除されるため、二重課税のおそれはないが、源泉地国が低税率のシンガポールや香港等の国や地域の場合には、改正個人所得税法の下では確実に税負担が重くなる点、注意が必要である。

影響その二:オフショア法人への被支配外国企業規定の適用

 外為上の問題や投資の利便さ、又はレッドチップ・ストラクチャーの構築等の諸事情から、居住者がオフショア法人を保有しているケースは相当数存在する。彼らがオフショア法人の登記地としてよく利用する地域は、香港、シンガポール、バージン諸島、ケイマン諸島等である。

 改正個人所得税法は、オフショア法人に対し、同法第8 条第2 項で「被支配外国企業」のルールを適用するとしている。当該ルールの下では、居住者が支配する企業で、税負担が著しく低い(企業所得税法の関連規定によれば、税負担率12.5%を下回るもの)国や地域に設立した企業で、経営に必要な合理性もなく、居住者に帰するべき利益の分配が行われていない場合、又は減額して分配されている場合には、税務当局が合理的計算方法に基づき税金の調整を行うことがあり、かかるオフショア法人が居住者に分配を行ったものとみなし(以下、「みなし分配」という)、個人所得税が徴収される。

 当該ルールが導入されれば、基本的に居住者が直接又は間接的に保有するオフショア法人は、そのすべてが「被支配外国企業」に該当することになる。その結果、これらオフショア法人が居住者である個人株主に対し毎年利益分配を行っているとみなされ、かかる個人株主は、20%の個人所得税を納付しなければならなくなる。

 また、被支配外国企業に関する法規定を有効に実行するため、今後、被支配外国法人の年度情報を申告する規則の制定が予想される。即ち、居住者である株主に、その保有するオフショア法人の情報を毎年中国の税務当局に申告する義務が課せられる。また、関連規則として、未申告に対する高額過料の罰則が設けられる可能性も高いと考える。

影響その三:出国申告制度の新規規定

 中国の国籍法によれば、外国籍者になった個人は、中国国籍を放棄しなければならず、中国の戸籍も抹消しなければならない。実務上、外国国籍を取得した者全員が、自ら中国の戸籍の抹消申請を行うとは限らないものの、中国政府の監督が厳しくなりつつあることから、戸籍を抹消せざるを得ない方向に流れていると考える。

 改正個人所得税法には、「出国申告」の規定が設けられている。改正個人所得税法第10 条では、_中国籍者が戸籍を抹消する際には事前に納税申告をしなければならないとされている。この「出国申告」とは、中国籍者が戸籍を抹消する前に自身に未納の税金があれば、精算及び納付すべきとする制度である。もっとも、中国の戸籍を抹消する前にすでに個人所得税を全額納付してあれば、出国申告時に新たな税負担が生じることはない。

「出国申告」は、一部の国で実施されている「国籍離脱税(expatriation tax)」とは異なる。国籍離脱税とは、ある個人が国籍又は永住権を放棄する場合に、当該個人名義のすべての資産が譲渡されたものとみなされ、その付加価値部分に対し所得税又は資本利得税が課されることを指す。中国の「出国申告」は「国籍離脱税」とはまったく異なる概念ではあるが、中国国籍を離脱する富裕層にとっては注目すべき法定の申告手続きである。

 また、この先、中国の公安当局が戸籍抹消手続きを行う際に、税務当局発行の納税証明の提出を抹消手続の条件として求めて来る可能性が高いと予想する。更には、現時点では定かではないが、納税証明の発行にあたり、税務当局が個人所有の海外の資産を含むすべての資産及び収入に関する情報並びに関連の納税情報の提供を求める可能性もあろうかと思う。

 移民ブームが続けば、近い将来、再び個人所得税法の改正が行われ、国籍離脱税が導入される可能性も否定できない。

2. 個人所得税改革のオフショア信託への影響

 現行の個人所得税法には、オフショア信託に関する規定がなく、また、租税回避防止規定もないため、現行の個人所得税法の下では、オフショア信託を巡り講じられる適法な節税対策は割と多かったのが事実である。これまでの長い間、かなりの富裕層がその恩恵を受けてきたが、改正個人所得税法に定める租税回避防止条項の適用により、節税対策が難しくなる可能性が高い。

 以下に、個人所得税改革がオフショア信託の仕組みに及ぼす影響につき、分析する。

2.1 オフショア信託の設定

 オフショア信託の設定は、通常、設定者が代価を受け取ることなく、贈与の形で海外の資産(海外法人の持分、不動産、海外投資口座等)をオフショア信託に組み入れる。しかし、改正個人所得税法第8 条では、同第(一)項に定める「個人とその関連者との業務上の往来が独立企業間原則に適合せず、本人又はその関連者の納付すべき税額が減額となり、かつ正当な理由がない場合」(以下、「ケース1」という)と、同第(三)項に定める「個人がその他の合理的な商業目的を有さないアレンジメントにより不当な租税利益を獲得する場合」(以下、「ケース2」という)は、税務当局が合理的な方法で税金調整を行う権利を有するとしているため、上記のオフショア信託の設定に影響を及ぼす可能性がある。したがって、今後、富裕層が個人資産を贈与の形で信託する行為については、改正個人所得税法の上記規定の適用対象範囲に該当するか否かを検討する必要がある。

ケース1 について

 受託者(信託会社)が設定者から完全に独立した組織であり、設定者が資産をオフショア信託に組み入れることは、理論上、個人とその関連者との業務上の往来に該当しない。そのため、同規定の規制対象とはならない。また、信託の仕組みから、オフショア信託に資産を組み入れる行為が、設定者から受益者(通常は設定者の近親者)への財産の譲渡とみなされた場合でも、『国家税務総局公告2014 年第67 号』第13 条の、近親者への低価額での持分譲渡は正当な理由であるとみなすとの規定により、税務調整の対象には該当しない。

ケース2 について

 オフショア信託を設定する主な目的が、資産の保護、財産の継承、慈善活動等にある場合には、不正な租税利益の取得が目的であるとはされない。よって、オフショア信託の設定は、理論上においても税務調整の対象に該当しない。

 上記から、現時点において、居住者(設定者)が資産をゼロ代価で受託者に贈与する行為は、個人所得税改革の影響を受けることはないと考える。

 もっとも、個人所得税の改革にともない、「個人所得税法実施条例」の改正案(改正時期不明)及び、租税関連の新しい単行規定や改正後の単行規定(国家税務総局公告2014 年第67 号を含む)において、直系親族間の海外資産の譲渡について、より厳しい規制が設けられる可能性は排除できない。規定が厳格化されれば、設定者が海外資産をオフショア信託に組み入れる場合に高額の税負担が生じる可能性がある。

 また、もうひとつ、租税回避防止の一般原則を適用するにあたり、中国の税務当局が、企業所得税の対象範囲である持分の間接譲渡の概念(企業所得税法に関連する7 号公告(旧698 号文))を、個人所得税の対象範囲へ拡大する可能性がある。

 かつて、非居住者(個人)間の中国国内法人の持分譲渡においては、中国税法上のリスクがなかったのも事実である。もっとも、これにつき、深センや北京において異なる判断がなされた事案もあったが、法的根拠がないために、全国内において同様の判断がなされた判例は見当たらない。しかしながら、今後は、このような状況に根本的な変化が生じる可能性がある。即ち、非居住者の個人間における中国国内法人の持分の間接譲渡も規制対象とされて、税務調整の対象になる可能性がある。また、これに伴い、かかる持分の構造及びアレンジメントが合理的な商業目的に欠けている場合、持分の実質的保有者まで追跡され、非居住者がかかわるとされた場合には、当該間接譲渡につき中国で20%の個人所得税を納付する義務が生じる。これが現実になった場合、オフショア信託の設定に重大な影響を及ぼすことは間違いない。

2.2 ファミリートラストの信託期間

 信託期間内において、多くの場合は設定者の要望により、設定者又は設定者が指定する者は、信託下においた海外持株会社の董事を務めると同時に、設定者に信託財産の運用の権限を保留するのが通常である。例えば、典型的なブリティッシュ・ バージン諸島のVISTA 信託の仕組みにおいて、設定者又は設定者が指定する者が、信託下においた海外持株会社の董事を務め、実質的に当該会社を支配することで、信託財産全体を支配するものがある。被支配外国企業規定が適用されるとなった場合、居住者個人が設定者でありながら、信託下においた法人への実質的支配も継続した場合、当該傘下法人は「被支配外国企業」とみなされる可能性がある。

「支配」の定義によって、信託下にある法人が被支配外国企業にあたると判断されるか否かも大きく左右される。改正個人所得税法には、「支配」の定義はなされていないが、「個人所得税法実施条例」の改正時に、企業所得税法における「支配」の定義を参照し、定義されるものと推測する。なお、企業所得税法における「支配」の定義は次のとおりである。

(1)居住者一個人が10%以上の議決権を保有し、かつこれらの居住者個人が保有する外国企業の持分が合計で50%以上の場合、又は、

(2)前述の基準を満たしていないが、資金、経営、購買等において当該外国企業に対し実質的支配を成している場合。

 信託下にある海外法人が、被支配外国企業であると認定された場合に問題となるのは、利益のみなし分配による分配の相手が誰なのか、即ち、信託の設定者かそれとも受益者に分配されるのかである。設定者と受益者が同一人物であれば問題にならないが、問題となるのは、設定者が受益者と異なる人物である場合、又は設定者が複数受益者の内の一人である場合である。特に、受益者が複数人で、分配の相手、比率、時期及び金額についての規定がない信託(discretionary trust)は、実際に分配する前に、みなし分配の額と相手を確定することができない。この状況において、税務当局が、設定者をみなし分配の唯一の相手であると端的に判断し、設定者に対し20%の個人所得税を課すかどうかは予想がつかない。

 被支配外国企業の問題は、先進国においても複雑で難しい問題であり、定論はないものと理解する。中国においても同様で、今後、税務当局との争いも予想される。

 被支配外国企業とみなされないための最もストレートな解決方法としては、信託の仕組みの中で、傘下法人を置かないこと(即ち、受託者が信託資産を直接保有する)、又は信託の設定者の傘下法人に対する支配構造を解消することが考えられる。しかし、このような方法は、現在の主流となっている信託の仕組みを大きく変動させることとなり、信託の設定者に信託資産への支配力の喪失により不安感を生じさせたり、信託会社の責務と責任が増大したりすることから、最終的には関係各者が諸要素を勘案し、バランスのとれた解決策を探り出すことが肝心である。

まとめ

 富裕層のみならず、信託会社等のウェルス・マネジメント機構は、新しい個人所得税法の下で、オフショア信託の仕組みを作るにあたり、信託の設定時における潜在的租税リスク、信託期間における被支配外国企業規定の適用等(特に既存のファミリートラストへの影響)を含め、個人所得税の改革による信託の仕組みへの影響を十分に考慮し、早急に適切な解決策を模索し、租税リスクを回避すべきと考える。

 適切なプランニングさえ組み立てることができれば、オフショア信託は、依然として財産の維持、継承のほか、節税の目的も達成できる手段であることは間違いない。

中倫律師事務所 東京オフィス

代 表・パートナー弁護士:李美善  E-mail:mslee
中国弁護士:李敬花 E-mail:lijin

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※本稿は中倫律師事務所『中国法律ニュースレター』2018年9月号より、中倫律師事務所の許諾を得て転載したものである。