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【06-02】トップインタビュー「中国国家自然科学基金委員会陳宜瑜主任が語った中国基礎研究の展望(下)」

2006年11月20日

馬場錬成(中国総合研究センター センター長)

知的財産権を尊重して国際間の協力を、労働集約型から技術集約型へ

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陳 宜瑜(チェン イイウ)

略歴

1944年生まれ。1964年アモイ大学生物学部卒業。1988年英国自然歴史博物館高級客員学者。1989年中国科学院水生生物研究所研究員。1991年中国科学院士。1 991-1995年中国科学院水生生物研究所長。1995-2003年中国科学院副院長。現在、国家自然科学基金委員会主任、中国科学院生物学部主任、地球圏-生物圏国際協同研究計画(IGBP)中国委員会主席、s 中国動物学会副理事長、中国海洋湖沼学会副理事長。第6期、7期全国人民代表大会代表、第10期全国人民代表大会常務委員会委員、第10期全国人民代表大会環境と資源保護委員会委員。専門分野:魚類学、動 物分類学。 主に淡水魚分類と体系進化の研究に従事。中国における淡水と海洋水域生態系研究の第一人者。学術論文約100編を発表。編集主幹として専門書、訳著10余冊の編集に携わり、《 鯉形目魚類系統発育の研究》等で9つの中国科学院自然科学賞・科学技術進歩賞を受賞した。

 外国との研究競争は共同研究につながると思う。競争することで双方の研究が進展し、レベルが接してくることから共同研究が生まれるのではないか。

 これは重要な問題だ。科学には国境はない。ことに基礎研究にはこのことが言える。自然法則の解明、自然認識の研究は全人類の知恵で行うべきだ。言うまでもなく、企業と企業、国と国とは合理的な競争は必要だ。

 私の理念としては、知的財産権を尊重しながら国際間の協力をするべきだ。最初の研究の段階では、幅広い研究を行うことが重要だ。基礎研究の時期にはエゴに陥らずに互いの協力を拒むのはだめだ。合理的な競争をするべきだ。

 たとえばゲノムの解明の研究がそうだ。お互いに解明するために協力しあい、ゲノムを特許で独占するようなことはしないほうがいい。ゲノムの解明は 成果を公開して共同で利用できるようにするべきではないか。各国が保護してしまうと、ほかの国の研究者はおなじことをしなければならないので無駄になる。資金と労力を浪費することになる。公開して共通の成果にして研究を発展させることがいい。

インタビューに答える陳主任(中央)、右は白鴿国際合作局副局長、左は王逸香港・マカオ・台湾事務弁公室副主任

 中国は「世界の工場」と言われるように多くの製造業は世界のトップクラスになっています。まだ、外資系企業で製造するものが多いと思いますが、中国の企業も急速に技術力をつけています。10年後には、どのようになっているでしょうか。産業技術の将来展望を聞かせてください。

 この10年間、中国の民間企業は大きな進歩したと思っている。その中でも加工技術の進歩が多かったと思う。材料を外国から持ってきて加工するという企業活動である。

 中国には「来料加工」という言葉がある。材料は外国から来て中国国内で加工するという意味だ。これだけでは、中国で単に作業工程をするだけである。作業だけに依存した産業になっている。

 これまでの産業活動を振り返ってみると、外国から材料を導入し、安い人件費で製品を製造し、大きな市場を提供したことである。もちろん、中国のこの段階の発展にとってはきわめて重要であった。中日両方が発展したこともこの状況からだ。

 私の見た限り、これまでの10年の発展は日本の企業にとって有利な環境を作った。たとえばスーパーの電気製品売り場に行ってみるとテレビは日本の銘柄が売れている。売り上げは莫大に増えている。日本製の自動車も増えてきている。日本製品は中国に根を下ろしたと言える。

 それでは中国は何を獲得したか、プラスになったかを考えてみると、まず意識改革を起こしたと言える。ビジネスに関する考え方、生活スタイルとか経営とかかわる考えが変わった。同時に技能者、技術者、管理者の育成につながった。

 世界中のマーケットを回ってみたが、「メイド・イン・チャイナ」で中国が製造したのは繊維製品や玩具類だけである。他の製品は、中国は単に生産地になっただけであり、中国独自のブランドがない。単に中国で生産しただけであり国家としてのブランドになっていない。

 中国の企業の直面している課題は、安い人件費の労働力を生かすだけではなく、機能性の高い製品を製造することに変革することが課題である。

 今後の中国の発展は、労働集約型から技術集約型に変化するべきだ。ただし、これから10-20年間かかる。

 われわれの考えとしては、これから10年、20年は、中日がお互いにいい環境を作るべきだ。技術の分業、技術と市場の配分をしないといけない。お互いに話し合っていい関係を作るべきだ。

 EUの成立によって、金融、技術、市場の協力が促進された。中国と日本はこれに習って東アジアで同じような協力関係を作っていくべきだ。科学技術分野の人間が考えることではなく、両国政府が考えることだ。

 知財について話を聞きたい。中国は近年知財の力を着々とつけてきている。予想以上に早いスピードである。今後、中国は知財活動でどのような国になっていくかお聞きしたい。

 「知財とは何か。これには国際的に認められている厳密的な定義がある。たとえば、論文発表後は特許は受けられない。論文発表は著者の自発的なものであり、特許の保護をするべきだ。ただし、自然法則への認識、自然に対する解釈は資源を共用するべきだ。

 特許技術保護は当然であり、企業にとっては適切だと思う。自然科学の法則、発明、考え方を保護すると、ほかの人は利用できないので適切ではない_。

 特許を定める基準があいまいである。法律をもっと簡便化して著作権の保護も評価するべきだ。それによって、労働の成果を重視することになる。ただし、科学者の労働成果を他人によって技術化、企業化させることがあれば科学技術発展が可能である。

 中国は途上国なので、特許とか知財の境界がはっきりと認識できていない。しかし特許権の保護を強化するべきだ。個人の知能的な成果を重視することだ。研究者に自分の成果を企業に提供することを奨励することが、科学の進歩につながることになる。

エネルギー問題は人類の未来を見据えた解決策を

 自然科学基金委員会は、国際的な学術交流も盛んに行っています。10年後に日中の科学技術学術交流はどのように発展しているでしょうか。また、アジアの科学技術の国際交流は、どのように発展するでしょうか。陳宜瑜先生の予想を聞かせてください。

インタビューに答える陳主任

 中日の交流には未来性がある。技術面においては、各自は特許保護があるが、科学研究では双方が協力を強めるべきであり、中日間が進歩するという視点にたって努力するべきだ。いま両国の関係を見ると、経済の面ではもはや切っても切れない関係になっている。日本の企業にとっても、中国のマーケットと労働力は不可欠と認識している。

 日本の企業は中国で特許を保護できるかどうか心配していると思うが、中国政府は、特許の保護に力を入れていることを知って欲しい。日本企業の特許を保護することは心配ないように指導していると思う。これがうまくいくと中日の協力はよりうまくいくと思う。

 これまでの中日の交流は、さまざまなテーマでは互いに共通の利益を持ちながらやってきた。しかし私個人の考えでは、もっと幅広く交流をするべきと確信している。

  たとえば省エネ問題は、両国とも直面している重要課題である。中国は国土は広いがエネルギーは乏しい国である。いま東シナ海の海底天然ガスの開発をめぐって中日間でトラブルになっているが、仮にそのエネルギーがあったとしても、多分、数十年しか使えないエネルギーだ。人類の未来を考え、長い目で見て将来を考え、抜本的な解決をしなければならない。

  海洋科学について中日はもっと協力関係を築くべきだが、日本は海洋大国であり、海洋経済でもあるため、大きく海洋に依存している。一衣帯水という言葉があることを考えていくべきだ。海洋領域での協力は双方の経済発展を促進することができる。農業の分野では、中国に対する日本の依存度が大きく、食品安全は中国で考えるべき問題であり、食品安全問題である農業製品の安全性を高める研究などで両国間の協力が必要だ。山東省の農産物を輸出する際に、残留農薬が出ないようにしているが、こうした課題でも研究することは多い。

  中日間の科学技術交流では、あげればきりがないくらいテーマが多数存在する。中日両民族の文化と慣習が近いことを考え、双方の協力には未来がある。双方で協力し合って世界に貢献できる関係を築いていきたい。

国家自然科学基金委員会の正面玄関で記念写真(真ん中が陳主任)

インタビューを終えて

 陳宜瑜主任は、超多忙の身である。中国総合研究センターのオープニング記念シンポジウムで7月に来日した際も、2泊しただけであわただしく帰国した。北京の国家自然科学基金委員会を尋ねた際には、多忙なスケジュールを調整し、2時間半にわたる広範囲のテーマのインタビューに、実に丁寧に答えてくれた。ご専門は魚類学の研究者であり、日本の研究者にも知己が多く知日家でもある。

  長身、ゆったりとした物腰と語り口で、初対面のときから親しみを感じた。中国の基礎研究の基盤を支える基金委員会の活動ぶりと将来展望を語ってくれたが、静かな語り口の中に、日中科学技術の交流と親睦を推進する熱意が感じられた。

  インタビューをした日、折りしも秋篠宮ご夫妻の3番目のお子さまの名前が命名される日である。まだ発表前であり、インタビュー終了後ひとしきりその話題になった。そのとき陳宜瑜主任は「日本の皇族の男子には、仁のつく名を命名する。新親王さまの名にも仁がつくだろう」と予言した。インタビューを終えてから数時間後、宮内庁から発表された名前は「悠仁(ひさひと)さま」であり、陳宜瑜主任の予言は見事的中した。


国家自然科学基金委員会とは

 1986年に設立された組織で、役割は自然科学の基礎研究への助成、人材の育成、科学技術・経済・社会の発展を促すことである。国の方針の全体プランに基づき、基礎研究への助成、科学技術研究の競争を奨励し、協力を促進し、イノベーションを奨励し、未来志向をするという基本方針になっている。

  基金の予算は、1986年の8,000万元(約12億円)から、2006年には34億元(約510億円)に増えた。2006年から始まった第11次5カ年計画では、5年間で200億元(約3000億円)の助成資金になると予想されている。

  自然科学基金の第11次5カ年計画では、発展目標として中国の特色のある科学基金制度を確立し、独創的な技術の創造に有利な環境を整備し、学科の均衡のとれた発展を積極的に促進し、国際影響力のある傑出した科学者と人材を育成し、全体的な国際競争力を向上させ、重要な分野でのブレークスルーを図り、科学を繁栄させ、自己のイノベーション能力をアップすることとしている。