【10-01】中国における真の大学の意味~英国ノッティンガム大学学長 楊福家インタビュー

中国総合研究センター フェロー 米山春子 記 2010年 2月24日

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略歴
楊福家(中国科学院院士、中国科学技術協会副主席、核物理学者)

 1936年6月上海に生まれる。1958年に復旦大学物理学部を卒業。1993年から1999年まで復旦大学学長を、また、1987年から2001年まで中国科学院応用物理研究所所長をそれぞれ務める。2001年、英ノッティンガム大学から第6代学長(Chancellor)として招かれ、英国の有名大学学長を担当する初の中国人となった。1995年以前より、日本の創価大学、米国のニューヨーク州立大学、香港大学、英国のノッティンガム大学、米国のコネチカット大学から名誉博士号を授与されている。

 2010年1月29・30日の二日間、科学技術振興機構・中国総合研究センター(CRC)、日本学術振興会(JSPS)、中国留学服務中心の主催により、「変貌する日中の大学-グローバル大競争・連携時代を迎えて-」をテーマとする「日中大学フェア&フォーラム」が、東京国際フォーラムで開催された。英国ノッティンガム大学楊福家学長はその基調講演者として招かれ、千人以上の聴衆を前に「真の大学」と題して講演した。

 20数年ぶりに来日した楊氏は、日本に滞在した4日間に、東京大学、早稲田大学、名古屋大学を駆け足で訪問した。早稲田大学は楊氏がかつて復旦大学に在籍していたときに交流していた相手である。これからの中国における真の大学の創生、世界一流大学づくりのために、それぞれの大学総長や副学長および関係者と会談し、真剣に日本の大学の構成、経営方式、研究の現状および連携への取り組みなどについて質問し、また活発に意見交換した。楊氏は数名のノーベル賞受賞者を輩出した名古屋大学に特に興味を示した。

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 今世紀7名の日本人ノーベル賞受賞者のうちの4名(野依 良治、小林 誠、益川 敏英、下村 脩の各氏)が名古屋大学での研究を経験している。楊氏は、名古屋大学にノーベル賞受賞者育成に対するなにかがあると信じ、名古屋大学構内の坂田資料館および名古屋大学博物館を見学した。坂田資料館に保管されている当時の湯川秀樹氏(日本人として初めてのノーベル賞受

 賞者)、坂田昌一氏の論文の原稿、写真などをご覧になった後、坂田研究室の中間子論以来の素粒子研究の流れや現在の研究状況の紹介に熱心に耳を傾けた。そして、なるほどと謎が解けたように頷いた。

 また、会期中には、旧友の日本科学技術振興財団会長、元文部大臣・有馬朗人氏と再会して、日中の教育の現状と未来について熱く語り合った。

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 楊氏は中国科学技術協会の副会長でもあるため、中国の高等教育改革に関する政策提言および立案に関与している。楊氏によれば、楊氏は中国国務院・温家宝総理と何度も会食したことがある。温総理は中国の高等教育改革に大いに関心があり、楊氏は会食の席で温総理から中国の世界一流大学づくりの方策などについてよく聞かれた。温総理はなぜいままで中国国内にノーベル賞受賞者が出ないのか?中国建国60周年、なぜ銭学森(中国宇宙開発の父)、李四光(著名な地質学者)、銭三強(著名な核物理学者)のような科学者の育成ができなかったのか?中国の大学はどうすればノーベル賞受賞者レベルの人材を育てることができるのか、などについて楊氏の意見を求めたとのことである。筆者は楊氏の名古屋大学訪問に同行し、今回の楊氏の来日および大学訪問は温家宝総理の使命を負っていると感じた。楊氏は今回の来日は非常に収穫が大きかったと述べている。同行の機に筆者は楊氏より、中国の高等教育の課題および対策と、今回の訪日・大学訪問の意図について伺った。

まず、真の大学については、楊氏はつぎのように述べた。

 16年前に復旦大学でイスラエルのラビン首相(故人)を接待した。当時、彼は「イスラエルは人口が550万しかなく、領土の60%が砂漠で、90%が乾燥した土地であるが、わが国は農業強国、ハイテク強国である」と誇らしげに言ったのである。確かに、イスラエルは輸出製品の80%をハイテク製品が占めている。わたくしはラビン首相に対し、「イスラエルをそのように強大な国にした要因は何か」と尋ねると、彼は「イスラエルには一流大学が7校ある」と答えた。確かに、イスラエルが教育を重視していることは世界的に有名であり、教育に対する年間の資金投入額はGDPの12%を占める。しかも、イスラエル建国の25年前に、ヘブライ大学が設立(1925年)されており、同校を創設した初代学長のハイム・ワイツマンは後に初代大統領となった。近年、生まれ故郷で多大な貢献をしたイスラエルの科学者がノーベル賞を次々と受賞している。彼らはいずれもイスラエルの大学で博士号を取得し、イスラエルで仕事をした科学者である。その中の2人はヘブライ大学で博士号を取得し、その後、1924年創立のイスラエル工科大学で教授を務め、2004年にノーベル化学賞を受賞した。この2人は本国の実験室から誕生したイスラエル初のノーベル賞受賞者である。もう1人のアダ・ヨナットは、1934年設立のワイツマン科学研究所で博士号を取得し、後にそこで教授を務め、2009年にノーベル化学賞を受賞した。ヨナットはその年に受賞した3人の女性の1人であり、また、ノーベル化学賞を受賞した4人目の女性でもある。彼女を紹介した時、その研究チームが2万5,000回の失敗を重ねたことに言及したが、彼女がどれほどSCI論文を発表したかについては触れなかった。この3人の科学者が学位を取得した大学及び勤務先はいずれも世界一流の高等学府であり、彼らは優秀な研究チームを持ち、社会からも力強い支持を受けている。アダ・ヨナットが所属する学部には計10人の教授・准教授(准教授2人を含む)がおり、うち9人は講座担当教授・准教授(准教授1人を含む)で、いずれも社会から支持されている。イスラエルの大学においてこれは珍しい現象ではない。彼らを支えているのは金銭ではなく、金銭より重要なものがあり、それは社会の満足と期待である。

「傑出した人材を養成しようとするなら、真の大学がなければならない」と楊氏は述べた

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 温家宝首相は2007年5月14日に同済大学で講演した時、「良い大学は、大きな建物や権威ある演壇にあるのでなく、独自のスピリットにある。即ち独立した思考、自由な意見表明にある。ディスカッションと交流を通じ、教師と学生が共に前進し、教える側も学ぶ側も共に向上して、独自の特色を備えた研究の雰囲気を作り上げ、それを充実させ、活発なものにし、ますます多くの人に影響を与えるようにしなければならない。こうして、真の大学が形成されれば、知恵のある多くの傑出した人材が現れ、国全体にも希望が生まれる。」と述べた。この言葉は、どうすれば傑出した人材を育てられるのかという問題に本質的な解答を与えたものである。どうすれば真の大学を作り上げることができるのか。この問は、現在策定中の「国家中長期教育改革・発展計画要綱」で答えが示されることになる。法規ができたなら、後は行動することが必要だ。まさに温首相が述べているように、「教育の改革と発展については、議論の段階にとどめてはならず、確実で実行可能なより多くの措置を講じ、一層大きな成果を上げなければならない。

 中国の現状と比較してみれば、土地の面積からいえば、北京はイスラエルと余り変わらない。人口からいえば、上海はイスラエルの3倍である。環境からいえば、中国は60年間平和な環境にあり、一方、イスラエルは戦火が絶えない。経費からいえば、中国の幾つかの大学の年間収入は既にイスラエルを超えている。歴史からいえば、中国最初の大学が誕生したのはイスラエルよりずっと早く、北京と上海には百年の歴史を持つ古い大学がある。しかし、水準からいえば、真の意味での大学からいえば、中国にはイスラエルに匹敵しうる大学がほとんどないのである。教育に対する重視度からいえば、実力を備えたわが国の省・市・自治区政府の中にイスラエルと肩を並べる政府があるだろうか。

 わたくしは2カ月前に米エール大学で生物学界の友人と会合を持った。彼らは同僚が今年のノーベル賞を獲得したことに喜ぶと同時に、同僚の中でつぎは誰が受賞するのかと思いを巡らしていた。4、5人の名前を挙げ、可能性が最も高いのは誰だろうかと議論している。わたくしはため息が漏れた。つぎにノーベル賞を獲得できる教授の名を挙げられる大学が中国にあるだろうか。しかも、エールのような大学で見た光景は、英国や米国で既に何度か目にしていたのである。中国ではいつこの光景を見ることができるだろう。

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 また、名古屋大学の坂田資料館を見学したときに思った、坂田教授はノーベル受賞者ではないが、名古屋大学、日本の研究者ならびに日本人は彼のことを尊敬し、彼の卓越した研究業績が弟子たちのノーベル賞の受賞につながったことを誰しも思っている。このような優秀な研究チームがあるからこそ、名古屋大学はノーベル賞受賞者の輩出につながったに違いない。自由な環境、独立した思考がなければ、優秀な人材を育成できないだろう。今回見学した東京大学、早稲田大学と名古屋大学の研究室から最も感じ取ったことは、研究が競争しながらも協力しあうことである。このような研究精神が一日、二日でできるものではない。長年の蓄積の結果であろう。この精神は真の大学の原点ではないだろうか。

続けて、中国の大学改革について、楊氏はつぎのように自分の主張を述べた。

 中国の教育改革のカギは体制の改革にある。体制改革のカギは「法に従って学校を運営し」、「無為にして治まる」状態に持っていくことにある。駱玉明教授は「道家の言--老荘哲学随談」という本の中で、「米国のレーガン大統領は年に一度の一般教書演説で、経済政策に触れた際、『老子』の名言--大国を治むるは小鮮を烹るが如くす、を引用した。小鮮は即ち小魚である。小魚を煮る時は余りかき回してはならず、さもなければ目も当てられないことになるだろう。大国を治める時もこのようにし、できるだけ自然に任せるべきで、人為的な妨害を勝手に加えてはならない。さもなければ動乱が起きるのは必至である。老子の言わんとするところはここにある。レーガンがこの言葉を引用したのは、古代の東洋の知恵を現代の西洋に生かしたものだ。」と述べている。国はこのように治め、学校を治めるのも同じことである。プリンストン大学の各級責任者は「アンドリュー・ワイルズ教授が何をやっているかに9年間口を挟むことをせず」(ましてや彼がどれくらいの論文を発表したかを毎年数えることはせず)、立派な態度を示した。ワイルズ教授は9年間の努力の末、論文の発表こそなかったものの、360年余りの間解けなかった難題を解決し、20世紀の数学の王冠を手に入れたのである。同様に、イスラエルのワイツマン科学研究所は教授が2万5,000回の失敗を繰り返しても邪魔をせず、最終的に科学の謎が解明された。つまり、一定の計画(法治)の下で、「無為にして治まる」ことは最良の「治」であるのかもしれない。わが国の大学教育の改革は「大学を治むるは小鮮を烹(に)るが如くす」とすべきである。

最後に、基礎教育について、楊氏はこう言った。

 基礎教育を改革しようとするなら、中国の大学入試制度をまず改革しなければならず、かつ基礎教育に携わるハイレベルの教師陣を養成する必要がある。最近、中国のみならず、日本の大学も基礎教育への重視度がまちまちであり、薄まっている大学もある。学生の質が下がっていることをよく耳にするが、これは基礎教育の問題だと思う。基礎教育は人文科学、自然科学、社会科学のみではなく、個人の人格に結びついた知識やこれに関連した学問 や芸術、および精神修養などの教育、文化的諸活動を含める教養の問題でもある。欧米のよい大学は基礎教育の形態が変化しているかもしれないが、基礎教育を重視する実態は変わらないと思う。基礎教育に携わる教育者の育成にも大いに力を入れている。中国や日本の一部の大学には、グローバル大競争の情報社会において、学問が細分化され、基礎教育はあまり意味がなくなっているのではないかという考えもある。また、学生も基礎教育に明確な目的がない、時間の有効利用に欠けていると感じる人がいる。ただし、わたくしはそうと思わない。問題は基礎教育をどのように行うべきかである。基礎教育は学生に苦痛と感じさせるのが教員の構造の問題だと思う。基礎教育を従事している教師は研究費の面にしても、地位の面にしても評価されていない。研究成果の評価ができない。これは可笑しい。高等教育の構造を見直さなければいけない。基礎教育者にしかるべき地位を与え、社会から尊重されるようにしなければならない。基礎教育は生徒・学生が自分に最も適した道を歩めるようにする助けになる。よい学生を育成するには、基礎教育から取り組まなければならない。体制と世論の面から基礎教育者を奨励し、尊敬を受けられるようにすべきだ。基礎教育、そして教育を強化してこそ、中華民族の復興は可能となる。我々の時代が巨人を生み出す時代となることを心から望んでいる。


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