【13-02】日中首脳会談と青年交流の義務化を―瀬野清水・前重慶総領事が提案

2013年 6月 7日 (中国総合研究交流センター 小岩井忠道)

 研究会「中国とどう付き合うか」を主催している日本記者クラブは2013年6月5日、3回目の講演者に前重慶総領事、瀬野清水氏を迎え、日中関係改善の方策を聞いた。

 瀬野氏は、35年前、同じ日本記者クラブで行われた鄧小平・中国副首相(当時)の記者会見記録などを引き、尖閣諸島問題については、次 の世代に解決を委ねるというのが当時から中国首脳部の考え方であることと、それは日本語に訳された「棚上げ」とは、ニュアンスが異なり「見えるところに置いておく」意味を含むものだ、との見解を明らかにした。 

 その上で、日中両国を離婚も別居もできない夫婦にたとえ、長期安定的な日中関係をつくるために、ドイツとフランス両国関係に倣い「首脳会談、青年交流を条約で義務づける」ことなどを提案した。

瀬野清水(せのきよみ)氏プロフィール

 大阪外語大学中国語科中退。1975年外務省入省。昨年3月、重慶総領事を最後に退官するまで、37年の外交官生活のうち通算25年間、中国の大使館、総領事館に勤務する。

瀬野清水氏講演概要

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 日中平和友好条約の締結から今年で35年となる。1978年10月、条約批准書交換のため来日した鄧小平・中国副首相は、この日本記者クラブで記者会見を行っている。その記者会見で鄧氏は「覇権主義反対ということは中日友好平和条約の中の核心だ。われわれはアジア太平洋地域の平和と安全、世界の平和と安全を求めている。それを求める以上、覇権主義には反対しなければならない」と述べている。

 さらに尖閣諸島に関する質問に対して、「こういう問題は一時棚上げしてもかまわないと思う。10年棚上げにしてもかまわない。われわれの世代の人間は知恵が足りない。次の世代はきっとわれわれより賢くなるだろう」と話された。

 先日、会った在日中国大使館の方は、その記者会見の場に通訳として居合わせたという人だった。その方の記憶によると、鄧氏がこの話をされた時、会場から拍手が湧いた、ということだ。

 今回、日本記者クラブにお招きを受けた機会に、あらためてこの時の鄧氏の記者会見の記録に目を通した。尖閣諸島の問題について鄧氏は次のようにも述べている。

 「中日国交正常化の時にも双方はこの問題に触れないという約束をした。今回の中日友好平和条約の交渉の際にもやはり同じようにこの問題には触れないということで一致した」

 この時に「触れない」という意味の言葉として鄧氏が用いた中国語は「不渉及」だった。また、2度繰り返した「棚上げ」という意味の言葉としては、「擺一下」という言葉を使っている。

 「不渉及」は「触れない」という日本語に訳しても通じる。しかし、「擺一下」は、その前の中日国交正常化の際に周首相が「これは横に置いておきましょう」という意味で言われた「放一放」と同様、言葉のニュアンスは、「棚に上げる」という日本語のニュアンスとは少し違ったものがあるのではないか、と感じた次第だ。「神棚に上げる」や「棚からぼたもち」というように「棚上げ」という言葉には、「何か大事なもの、だれかに知られたくないもの」を置いておき、それが、地震が起きたり、ネズミが走ったりしたといった思いがけないことで上から落ちてくる、というイメージがある。人目に触れない所に置いておくので、時がたったり人が代わったりすると忘れ去られてしまうことがある、というような…。 

 今回の尖閣諸島をめぐる問題も、昨年4月の石原前東京都知事の発言によって、思いがけない時に落ちて来た感じがする。鄧氏の言葉にある漢字「擺」は「陳列しておく」というのが本来の意味ではないかと思っている。周首相の「放一放」の「放」も「目の届くところに置いておく」という意味で、いずれも「目にとまるところに置いておくが、それには触れないでおこう」という意味ではなかっただろうか、と思う。

 1972年の日中共同声明から78年の日中平和友好条約、98年の日中共同宣言、2008年の日中共同声明まで、日中間の4つの重要な政治文書の全てに書かれている共通点は、条約第2条に明記されている「すべての紛争を平和的手段により解決し及び武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認する」だ。

 日中平和友好条約から35年目、日中正常化から41年目の今日、日本と中国が条約の名前にうたわれている平和友好とはほど遠い冷え込んだ関係になるとは誰も予想していなかったのではないだろうか。「友好は易く理解は難し」どころか「友好は得難く理解はなお難し」といってよいほどの今、少しでも中国に関係した人間の果たすべき役割は大きいと理解している。

 日中の関係をよくする方策として、日中首脳会談と青年交流を条約で義務づけることを提案したい。1963年にドイツとフランスが結んだエリゼ条約が大きなヒントになる。この条約は年に2回の首脳会議、年に4回の閣僚会議、年に15万人の青少年の交流を義務づけている。今年はこのエリゼ条約ができて50周年になるが、この50年間に青年交流で両国間を行き来した若者の数は、750万人に上る。首脳会議も、けんかしているため話すことがなくただ食事だけ黙々と共にしただけというのも含め、年に2回、必ず履行されてきた。条約で義務づけられているからだ。

 現在、27カ国から成る欧州連合(EU)ができており、その中核に両国がなっていることを考えると、エリゼ条約が果たした役割に日中両国も学ぶべきことがあるのではないだろうか。関係が悪いから会わない、行かない、首脳会議をしない、というのは、条約上の義務に首脳会議がなっていないからこそ可能なことだ。関係がいい時も悪い時もとにかく会って話をする、話をしないまでも顔だけでも見て帰るということが非常に大事で、それがアジアの平和と安定にとって大きな役割を果たすことになるのではないだろうか。

 ドイツとフランスの人口は合わせて1億5,000万人程度に対し、日本と中国の人口を合わせると15億人とその10倍にもなる。フランスとドイツで年間15万人の青年交流があるなら、日中間はその10倍、年間、150万人くらいの行き来があってもよい。それを阻む障害は何かといえば、ビザではないか。日本から中国へは15日間までならビザ無しで訪問できるようになっている。しかし、中国からは2010年に大きく緩和されたとはいえ、まだまだ簡単に日本に来られる状況にはなっていない。若い人が気楽に日本に来ることができる環境を整えることが大事ではないかと思っている。

 モンゴルのことわざに「聞くより、見るほうがいい。座っているより、行く方がいい」というのがある。「百聞は一見にしかず」という中国のことわざにも通じるものだ。相互理解の近道は観光ではないだろうか。

 日中関係は離婚も別居もできない夫婦のような間柄であって、仲良くするしか道はない。けんかしていれば、嫌な思いでアジアの中で生きていくことになる。「夫婦間の愛情は、お互いが飽きそうになったころ、やっと湧き出してくるようなもの」というオスカー・ワイルドの言葉がある。今、お互いに意識調査をすれば8割くらいの人は「中国嫌い」「日本嫌い」と言うだろう。しかし、こういう時こそチャンスと言える。ここからジワッと湧き出してくるのが、本当の日中関係ではないか。

 出口が見えない時ほど、長期安定的な日中関係ができていくきっかけがあると確信する。


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