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【14-08】留学生勧誘に熱心な先進諸国 中国各地で国際教育巡回展

2014年03月24日 小岩井 忠道(中国総合研究交流センター)

 留学奨励を目的とする中国の国際的なイベント「中国国際教育巡回展」が、北京で15,16の両日開かれた。1999年に第1回が開かれて以来、今回が19回目。昨年まで中国国内30を超す主要都市で開催され、今年も北京の後、3月末までに重慶、鄭州、上海、南京、武漢、広州で開く。

 科学技術振興機構が主催する「日中大学フェア&フォーラム」が、「中国国際教育巡回展」にも参加する形で開かれるのは昨年3月に続いて2回目。国公立41大学と独立行政法人「日本学生支援機構」が、米国、英国、カナダ、フランス、ドイツ、オーストラリア、ニュージーランド、韓国といった中国からの留学生受け入れに熱心な国々の教育機関とともにブースを並べ、留学希望者やその父母たちの留学相談に応じた。

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 「中国国際教育巡回展」の会場となった北京の全国農業展覧館前には、初日の開場前から入場者たちが詰め掛け、関心の大きさを示していた。15、16の2日間に会場を訪れた人々は、約28.000人。日本国内の同種催しを参考にパンフレット類の数を用意したために、あわてる大学もあった。予想以上の人々が次々に資料、それも日本語で書かれた最新の資料をほしがったからだ。具体的な学部名を挙げて特長、日本国内での評価ランクなど、細かい質問をする訪問者の姿も見られた。親と留学希望者が連れ立って来る場合に加え、親だけのケースもあり、予想以上の留学熱に驚く大学関係者もいた。

 「出展のレベルが高いのはニュージーランドと日本」。そう語るのは、西日本地方の国立大学外国語教育センターに勤める中国人准教授。これは展示の見栄え、中身ではなく、ブースを構えているそれぞれの国の大学のレベルを見ての感想だ。そもそも主催者の狙いは、中国の学生たちが自分に適した留学先を見つけ出す材料を提供すること。各国の出展者は、中国から多くの留学生を呼び込むことを目指してブースを構えている。ただし、日本の出展大学が「日中大学フェア&フォーラム」に参加した目的は、留学生の勧誘だけではない。むしろ、産学連携などの成果をアピールして中国の大学や企業との提携を図る目的を持って参加しているところが大半と思われる。

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 一方他の国々は、研究成果をアピールするのが大きな目的ではないから、それぞれのトップクラスの大学がずらりと顔をそろえるという結果にはならなかったようだ。出展大学の顔ぶれでは日本が上、という中国人准教授の発言の通り、有力大学のほとんどが参加した日本は異色の存在ともいえる。

 東京大学北京代表所所長を務める宮内雄史氏によると、米国に留学する学生が一番多いのが中国で、2012年の在米留学生数は約19万4,000人。これは外国人留学生の25%を占める。量だけではなく質も高い。2006年の数字でみると米国で博士号を取得する学生は年間約5万人に上る。このうち外国人は約1万7,000人いるが、国(地域)別のトップはやはり中国で5,000人。ちなみに日本人は330人だ。米国内外を問わない出身大学別で見てもトップは清華大学、2位が北京大学と、米国の名だたる大学を抑え、1、2位を中国勢が占めている。

 「中国国際教育巡回展」初日に会場で会った宮内氏は、次のように語っていた。

 「中国の優秀な学生の多くは、留学先を選ぶため複数の米国の有名大学に照会状を送る。『奨学金を出すからぜひわが大学にきてほしい』といった返事が大学から来るので、その中から気に入った大学を選ぶことが可能。年々、こうした実績が積み重なり、米国に中国の優秀な学生が集まる好循環ができ上がっている」

 一方、日本の大学は持続的に優秀な中国人留学生を迎え入れる仕組み作りで完全に遅れをとっている。留学を希望する学生の学力レベルを事前に把握する手段もなく、実際に受け入れてみるまで学生の学力は分からないのが実情...ということだった。

 別の国立総合大学の理工系学科教授は、さらに厳しい見方を示している。日本学生支援機構が、毎年6月と11月に日本に留学を希望する海外の学生たちに実施している「日本留学試験」(EJU)は、「留学生の選考資料としてほとんど参考にならない」という。数学、理科の試験結果がまずまずであっても、大学が独自に実施する試験では合格レベルにはるかに劣るケースが多いというのだ。

 日本留学生試験は、「日本語」「数学(1、2のどちらか」「理科(物理、化学、生物から2科目)」「総合科目」の中から1科目あるいは2科目以上を選ぶことができる。留学希望者はこの結果を添えて、希望の大学などに留学申請をして、あらためてその大学などの試験に合格することが求められている。日本留学生試験は、日本国内の大学入試におけるセンター試験に似た役割を持っているわけだ。実際に出展大学の中には「留学生試験で何パーセントの点数を得てほしい」と留学希望者に説明しているところもあった。しかし、よりレベルの高い学生を求める大学の中には、留学生試験の結果は選考の参考にならない、とみなしているところもあるということだろう。留学生試験の結果がまずまずであっても、大学個別の試験をしてみると大学が国内受験生に求める学力に達していない留学希望者が多い、ということで...。

 一方、留学を希望する側にも、日本留学試験のやり方について注文はないだろうか。試験会場は日本国内に10数箇所設けられているだけでなく、海外でもアジア各国の主要都市とロシア・ウラジオストクで受験できる。台北、香港にも試験会場は設けられるが、中国本土にはない。中国本土の日本留学希望者は、香港か日本国内まで出かけて受験することを求められる。さらに目指す大学で個別の試験を受けなければならないので、渡航費用だけでも相当かかる。「中国国際教育巡回展」に出展したある地方私立大学関係者は「1私立大学が中国で留学生試験をやろうとしても実施は無理」と、留学試験の現状に不満を漏らしていた。

 実際には、日本学生支援機構が中国本土にも試験会場を設けたいと考えても、中国政府の協力なしにはできないだろう。ただ、これもまた中国の優秀な留学生の多くが欧米を向いてしまっている原因の一つになってはいないだろうか。

 さらに、定員を超す学生を入学させにくいという日本の国立大学が抱える問題点を指摘する声も、ブースを構える大学の教授から聞いた。定員を超す学生を合格させると、人数超過分に応じて文部科学省から予算を減らされる。定員内、定員を超えるいずれの場合でも、学力を大目に見て多くの中国人留学生を合格させるメリットはない、というのだ。

 文部科学省は、「グローバル戦略」を展開する一環として、2008年に「留学生30万人計画」を策定した。2020年をめどに日本への留学生を30万人に増やすことを目指し、留学を促す情報発信から、大学や社会での受け入れ、さらには就職など卒業・修了後の進路に至るさまざまな方策を掲げている。しかし、この教授は「留学生30万人というが、どのレベルの30万人かをはっきりすべきだ。そもそも今の状況では、30万人の留学生の住むところを確保することすら困難ではないか」と、悲観的な見方を示していた。

 一方、米国では大学の授業料高騰が問題になっていることが、最近、日本国内で開かれたシンポジウムなどでも指摘されている。特に州の財政支援が厳しくなっている州立大学の授業料値上げが目立つ、という。年間の授業料が3万ドル(約300万円)あるいはそれ以上というところも珍しくなく、経済的な負担から留学先として米国より日本に目を向ける人が中国内で増えている、という指摘が今回、「日中大学フェア&フォーラム」に参加した日本の大学関係者からも聞かれた。

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 「中国国際教育巡回展」で41の大学とともにブースを設けた日本学生支援機構の担当者も、留学希望者たちの質問に答えたほか、2度にわたって会場内のセミナー室で、留学生受け入れに関わる支援制度について説明会を開いた。この説明会は2回とも満席で、留学手続きなどを詳しく説明するパワーポイント画面を携帯端末で撮影する人たちの姿も見られた。

文部科学省の「『日本人の海外留学者数』及び『外国人留学生在籍状況調査』について」 (2013年2月8日)によると、2012年5月1日現在、日本国内の外国人留学生数は、13万7,756人で、国(地域)別では中国が8万6,324人と飛びぬけて多い。次いで韓国(1万6,651人)、台湾(4,617人)と近隣の国・地域が続いている。

 また、国際交流基金の「海外日本語教育機関調査」によると、2012年に海外で日本語を学ぶ人が最も多かった国(地域)は中国で、約105万人。3年前に比べ26.5%増え、教師の数も約1万5,600人から約1万6,800人に、学習機関数も1,708から1,800に増えている。大学・大学院で学ぶ学生が約67万9,000人と最も多いが、中・高校で約8万9,000人の生徒、さらに小学校でも約3,000人の児童が学ぶ。このほか学校教育以外で学習する人が約27万5,000人いる。

 日中関係が厳しくなっている中で、優秀な中国人留学生を日本へ呼び込むチャンスの方はむしろ拡大している。そう感じる「日中大学フェア&フォーラム」参加者も多かったのではないだろうか。

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