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【16-14】「2050年日本復活」は予測ではなくシナリオ 背景に米国の願望も

2016年 8月 3日 小岩井忠道(中国総合研究交流センター)

 かつて日本に対し対米貿易赤字の解消を激しく迫り、ジャパンバッシャー(日本たたき論者)として名をはせた元米商務長官特別補佐官の著書が、米国で話題となっている。現在、自ら創立した経済戦略研究所の所長として活動しているクライド・プレストウィッツ氏の「近未来シミュレーション2050日本復活」だ。氏は、米民主党の大統領候補、ヒラリー・クリントン氏が上院議員だった時に貿易・通商アドバイザーを務めた経歴も持つ。著書の日本語訳刊行を機に来日、7月26日、日本記者クラブで記者会見して、執筆の狙いについて語った。

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写真1 クライド・プレストウィッツ氏

 著書は、米紙ワシントン・ポストにも詳しく紹介されたという。米国人にとっても興味深い内容だったようだが、日本人にとっても大変刺激的な記述が次から次へと出てくる。「ボーイング社を買収した三菱重工業が開発した超音速旅客機が東京-ワシントンを2時間半で結ぶ」、「幹細胞を使った再生医療など最先端の治療法や診療サービスを求め世界中から人が訪れ、医療機器の分野でも日本のメーカーは世界一となる」、「バイオテクノロジーやナノテクノロジー、エレクトロニクス、素材、航空、化学、ソフトウェアといった分野では、医療技術や航空機技術と同じように、日本の研究者や企業が世界をリードしている」、「道路、建物、乗り物全てがスマート化され、交通事故はほぼなくなり、首都圏の建物が地震で倒壊するリスクはもはやない」、「どこでも英語が通じる完璧なバイリンガル国となっている」、「新しいトレーニング技術の開発などによりオリンピックでは日本選手団が最も多くの金メダルを獲得した」、「合計特殊出生率は平均2.3人に上昇、移民に門戸を開いたことも加わって人口も1億5,000万人に近づく」…。にわかに信じがたいような2050年の日本の姿が提示されている。

 政治、経済に関わる未来像にも、大半の日本人が目をむきそうな記述が続く。「国内総生産(GDP)は毎年、4.5%ずつ上昇を続け、対GDP比で約1%だった防衛費は、約3%に増え、核兵器や最先端のサイバー攻撃技術、大陸間弾道ミサイルを抱える世界第3の軍事大国に変貌している。東アジア、東南アジア、南アジアの多くの国々、そして欧州連合(EU)諸国や米国は、同盟する相手として魅力的な日本と全面的な安全保障条約や安全保障の協力関係を結んでいる」、「海外から日本に移住する優秀な技術者には自動的に日本国籍を与え、こうした外国人技術者の流入は、大勢の新世代の日本人起業家の努力とあいまって、日本を主な拠点とする膨大な数の新興企業やさまざまな全く新しい産業を生み出していった」…などなどだ。

 「腐敗が経済を窒息させ、大気・土壌汚染や環境破壊で人々は健康を損ね,寿命を全うできなくなった」、「国の財政が医療や高齢者介護の負担に耐えられなくなってきた」、「人民解放軍を維持するのに巨額の費用が必要になり,軍備縮小に手をつけざるを得なくなった」…などと書かれている中国にとっても、無関心ではいられないような記述が含まれている。

 では、記者会見でプレストウィッツ氏は、この本の狙いをどのように語っただろうか。まず、この本で描かれている2050年の日本の姿について氏は、「予測ではなく、シナリオだ」と明言した。さらに「シナリオ通りになる確率はかなり低いといわざるを得ない」とも語った。

 あえて実現可能性を二の次にしたようなシナリオを提示して、日本を“鼓舞”したいと考えたのは、なぜか。「今のトレンド(動向)が続くと、日本はいつか後戻りできないところに到達してしまう」という危機感から、と氏は説明する。日本の現状に対し、「1970年代、80年代のようなダイナミズム(活力)もないし、トラブル(困難)もまん延している。向こう10年のうちに何か具体的な変化がないとツーレイト(手遅れ)になる」と厳しい見方を示した。「日本がトラブルから脱却して復活するためには、どう狙いを定めたらよいか、と考えたのが、この本を執筆する動機だった」とも。

 今後、十分、起こり得る日本の危機として氏が挙げたのは,次のような事態だ。

 「イスラエルがイランの原子力施設を空爆し、イランが対抗手段としてホルムズ海峡封鎖に出て、日本に石油が入ってこなくなる」、「中国が尖閣諸島を占領し、中国と戦争をしたくない米国がちゅうちょする」、「すでにお互い投資を増やしている韓国と中国が同盟関係を結ぶ」…といった周辺状況の変化が十分に起こり得る、としている。

 さらに、国内に起因する危機として「火山噴火や地震による福島原発事故のような事故の再来」、「アベノミクス、クロダノミクスの効果が上がっていないと世界が判断し、金利の上昇によって日本政府の国債返済負担が高まる」、「米軍基地に対する沖縄県民の不満が高まり、独立宣言をして、米国人を追い出す。独立を中国が承認し、米軍基地を中国が使用することに」…といった事態も、「あり得ないことではない」とした。

 こうした危機と、日本の復活が急がれる背後に、「かげりゆくパックス・アメリカーナ」ともいうべき米国の軍事力・経済力の低下があることも氏は認めた。西太平洋の防衛戦略として、九州、沖縄、台湾からマラッカ海峡に至る第一列島線を守るのは米国にとっても負担が大きいので、東京湾から、サイパン、グアムを結ぶ第二列島線を守るという戦略変更もあり得る、との見方を示した。著書の中でエア・シー・バトル(ASB)戦略(東シナ海と南シナ海での完全支配を目指す)と、オフショア・コントロール(OSC)戦略(第2列島線を軸にして中国との対立を避ける)として併記されている米国にとっての西太平洋戦略に関わる二つの選択肢だ。

 詰まるところ、日本の復活を望む氏の考え方の根底には、それが米国のためにもなるという現実があるようだ。現にこの本のむすびに次のような現状認識が示されている。「中国が台頭して強国となり、韓国は中国と協力関係を深め、そうした中で米国の力が総体的に弱まってきた。東シナ海だろうが、南シナ海であろうが、領有権を巡って中国との戦争につながりかねないもめ事に巻き込まれるのは米国の利益にならない」

 結局、「予測ではなくシナリオ」として、日本人がこの本を読む場合、一番、参考にすべきは、氏の次のような言葉ではないか。

 「シナリオ通りになる確率はかなり低い。しかし、日本がこの150年間で成し遂げた明治維新と太平洋戦争後に次ぐ3回目の復活を遂げるのは、刷新する意思があれば可能。人口減少・高齢化の下で経済成長を維持するのは並大抵ではない。しかし、フランスは、女性に仕事もし、子育てもする環境を整えることで合計特殊出生率を1.4から2.1まで上げた。日本で起業がしにくいのは、よく言われるような日本人が米国人のように挑戦するリスクを取りたがらないからではない。米国のように一度失敗しても2回目のチャンスを与えないからだ。政府や資金力のある企業が出資するベンチャー保険基金のようなものを、つくればよい。いずれもやろうと思えばできることだ」

関連サイトYouTube: クライド・プレストウィッツ米経済戦略研究所所長 著者と語る『2050近未来シミュレーション 日本復活』