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【19-03】薬用作物の生産体制づくり進む 農水省主催シンポで各地の取り組み報告

2019年2月1日 小岩井忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)

 本場中国でも需要が急増している漢方薬(中医薬)の原料となる薬用植物を日本国内で生産する取り組みが進んでいる。1月30日、農林水産省内で開かれた同省主催の「薬用作物の産地化に向けたシンポジウム」には、農水省、自治体、農業団体、企業などから薬用作物の生産に関わる参加者約300人が集まり、各地の取り組みの報告や活発な意見交換が行われた。通常の農作物の多くが種まきから収穫まで1年以内で完了するのと異なり、薬用作物の多くは出荷するまで数年かかるのが特徴。生産者や自治体の支援担当者たちから栽培の難しさを示す報告が続く一方、「いずれは中国に輸出したい」といった積極的な声も聞かれた。

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 日本で長い伝統を持つ漢方医学は、中医学と呼ばれる中国の伝統医学を起源とする。農水省や日本漢方生薬製剤協会によると、漢方薬の原料となる生薬は、ミシマサイコ、センキュウ、トウキ、シャクヤクといった薬用作物から作られる。日本国内の薬用作物生産量は、1988年をピークに大幅に減少している。安い生薬の輸入品が増えたことが大きな理由で、現在、生薬の9割は輸入品。中でも中国からの輸入生薬が77%を占める。それでも中国からの輸入量は中国の全生産量の0.5%でしかなく、中国の生薬の需要は日本をはるかにしのぐ。2016年の中国の生薬生産量は約400万トン。生薬を原料に作られる中医薬の中国国内需要も年約20%という伸びが続いており、生薬の生産額は2003年1.4兆円だったのが、2016年には14.7兆円に増大している。

 中国政府にとっても中医薬は、経済政策上、重要な産業となっている。2016年を初年度とする「第13次5カ年計画」では、年間の販売額2,000万元以上の中医薬企業の総営業収入額を2015年の13兆1,643億円から2020年に26兆4,776億円に倍増する目標が盛り込まれている。

 シンポジウムで日本漢方生薬製剤協会の小柳裕和 生薬委員会生薬国内生産検討班長は、中国では中医薬の品質向上が図られた結果、生薬の価格上昇が起きている現状を紹介した。小柳氏によると、使用量が上位30品目の生薬価格は、2006年から2014年までに2.44倍に上昇した。それでも現時点ではまだ生薬の購入価格は日本産より中国産の方が安い。しかし、中国の価格上昇の方が日本より激しい結果、この差は縮小傾向にある。2006年時点では日本産の方が中国産より3.6倍も高かったのが、2016年には1.9倍に縮まっている。小柳氏はこうした数字を挙げて「将来は日本から中国に生薬を輸出する可能性もある」との見通しを示した。

 冷え症、月経不順、更年期障害、胃弱などさまざま症状を対象に、いろいろな漢方薬が多くの国内メーカーから売り出されている。これらの薬の原料となっている生薬の一つにゴシュユがある。2014年まで100%が中国産だった。ゴシュユを含む薬用作物10品目の生産に2015年から取り組んでいるのが福井県高浜町だ。青葉山という薬草が豊富な山があったため民間の研究所が設立され、薬草の有効利用の研究を始めたのがきっかけだった。町が支援に乗り出し、国からは山村活性化支援交付金事業と中山間地農業ルネッサンス事業の補助金、福井県からも地域特産物応援団事業と新ふるさと創造支援交付金事業の補助金を得て、町内11カ所、7,700平方メートルの土地で薬用作物の栽培を実施している。

 薬用作物の難しさの一つは、多くの農作物のように成果品をそのまま出荷できないこと。収穫後に洗浄、湯通し、乾燥などの作業の手間が加わる上、価格は安い。もとは野山の中で生息していた雑草のため耕作地で栽培すると、耕作地に生えてくる他の雑草に負けてしまう。収穫まで数年かかる種類も多いため、毎年収穫しようとすると作業が複雑になり、連作障害が発生する種類も多い。生薬には農作物にはない特有の成分規格があり、基準に合格しないと買ってもらえない。野菜のような取引市場がない―。高浜町をはじめとする支援の自治体担当者や生産者から、こうした栽培の困難さや苦労の数々が報告された。

 しかし、高浜町ではゴシュユを国内の生薬問屋へ出荷したほか、他の作物も販売可能なところまでこぎ着けていることが報告された。「ゴシュユの栽培面積を現在の7倍に増やし、年約35トンの国内使用量の数%を高浜産にしたい。ゆくゆくは、中国への輸出も」。田原文彦高浜町産業振興課課長補佐は、強い意欲を語った

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農林水産省

 薬用作物については、日本政府も積極的に後押ししている。2015年に閣議決定された「食料・農業・農村基本計画」の中で、漢方薬メーカーと産地との情報交換や、契約栽培の取り組みを推進するとともに、医薬品の規格基準を満たすための栽培技術の確立などを推進する、という方針が盛り込まれた。同年6月に閣議決定された「『日本再興戦略』改訂2015」の中にも、「薬用作物の産地化など医福食農連携の取り組みを推進する」ことが明記されている。農林水産省は、2015年に524ヘクタールだった薬用作物の栽培面積を2020年度に630ヘクタールに拡大する目標を掲げ、栽培技術確立や優良種苗の安定供給のための実証圃場の設置、農業機械の改良、技術アドバイザーの派遣といった促進事業を進める予算を2019年度に計上している。

 国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構は、大学や自治体の研究機関、企業などと「薬用作物コンソーシアム」をつくり、農水省の委託プロジェクト研究「薬用作物の国内生産拡大に向けた技術開発」を進めている。同機構の大潟直樹 次世代作物開発研究センター資源作物育種ユニット長は、半乾燥地である内モンゴル自治区が原産地である薬用作物カンゾウについて、栽培に向いている北海道での生育適地マップの作成、トウキの収穫・乾燥・調整技術開発、ミシマサイコの初期成育を確保する技術開発などで成果が得られたことを報告した。その上で、生産者が重労働にならず、適正な収益を確保できるよう安定的、継続的な生産・供給体制をつくることの重要性を指摘した。

関連リンク

  • 薬用作物の産地化に向けたシンポジウム
    http://www.maff.go.jp/j/seisan/tokusan/yakuyou/attach/pdf/yakuyou-4.pdf
  • 「日本再興戦略」改訂 2015ー未来への投資・生産性革命ー
    https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2015/0630/shiryo_02-1.pdf
  • 「食料・農業・農村基本計画」(H27.3改訂)
    http://www.maff.go.jp/j/keikaku/k_aratana/pdf/1_27keikaku.pdf