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【19-22】中国との技術覇権競争は長引く 森聡法大教授が米国の対応解説

2019年8月13日 小岩井 忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)

 外交官から国際政治学者に転じ、特に米国の外交・国防問題に詳しい森聡法政大学法学部教授が8月6日、日本記者クラブで記者会見し、現在の米中関係を技術覇権競争と捉え、米国がどのように対応しようとしているのか詳しく解説した。2020年の大統領選で再選されるために何らかの取引を望むトランプ米大統領と中国側の思惑が合えば、短期的には「部分的ディール(取引)」の可能性があると指摘した。同時に、経済問題が主となっている米中交渉がどうなろうとも重要技術で巻き返しを図る米国の取り組みは続く、という中長期的見通しを明らかにした。

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森聡法政大学法学部教授(日本記者クラブ)

第四次産業革命と同時並行の覇権争い

 森氏はまず、米中間で今起きている事態を「21世紀の覇権をかけた大国間競争が第四次産業革命と同時並行で展開している」と表現した。中国製の情報通信機器によって情報が窃取されている。こうした懸念が既に2012年の下院情報特別委員会報告書で指摘されていることなどを示し、中国による米国の技術・知的財産の入手に対する反発が米政府だけでなく議会にも強まっていることを紹介した。技術的優位の喪失が安全保障上の脅威となっているとの懸念から「中国の行動に加え、中国のパワーそのものを脅威とする見方がワシントンでは主流になっている」と森氏はみている。

 2018年3月に公表された米通商代表部(USTR)の「1974年通商法第301条調査報告」が、「中国製造2025」など中国の産業政策に見られる目標と手段を問題視していることにも氏は注意を促した。技術の強制移転や、中国政府が支援する中国企業による外国企業の買収、ハッキングなど外国製技術の入手法、さらには政府の補助金、融資などによる再製品化などだ。

 第二次世界大戦後の米国の経済成長の4分の3には技術革新が寄与し、国内総生産(GDP)の約4割は知的財産集約型産業。こうした数字を挙げて氏は、中国による先端技術・知的財産の窃取は米国の富の源泉を奪う行為で、経済的侵略というのが米国側の認識だとした。

 米中間の協議は経済問題に焦点が当てられているため、軍事技術、情報技術をめぐる競争は交渉の主たる対象になっていない。しかし、米国の対中技術競争には、次世代の産業力を構築する競争に加え、次世代の軍事力を構築する競争、次世代の情報力を構築する競争があることにも、森氏は注意を促した。軍事技術に関する注目例として、人工知能・機械学習、量子技術、自律型無人システム、極超音速、指向性エネルギー、ゲノム編集を挙げている。これら注目技術例が民間で速いペースで生み出される技術環境にあることから、長期的に軍事技術を独占してリードするのは困難との見方も示した。

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技術重視は米国の文化

 一方、対中貿易赤字を重視するトランプ大統領は、貿易赤字や為替、産業政策で中国に攻勢をかけ、譲歩を迫っている。2020年に再選されるため、選挙前に「部分的ディール」で一定の決着を望むトランプ大統領に対し、中国側は再選される可能性が高いとみれば応じるし、逆なら応じないだろうという見方を森氏は示した。さらに「部分的ディール」に関しては、ワシントンの対中国強行派とトランプ大統領との間の緊張関係が予想される。部分的ディールで、いったん圧力を弱めたら中国に対する姿勢はしばらく変えられない、と対中国強硬派は心配するとみられるためだという。このトランプ大統領、対中国強硬派の綱引きの推移は予想が難しい、と森氏はみている。

 グローバル化で中国が米国の先端技術にアクセスし、経済発展をし、得た資金と技術で軍事力を増強することができた。このプロセスを米国が止めようと始めたのが今の局面。こうした見方を示す一方、森氏は、米中が先端技術を競って開発し、軍事力、経済力、情報力に活用していく取り組みをそれぞれ進める時代だ、という考え方に基づく動きも米政府内に出てきていることを指摘した。そのためには、米国としてこれまで企業に任せてきた重要技術の開発に政府も加わり、官民で取り組もうとする動きだ。

 対中国との競争で中核となるとみられている技術の戦略的産業化あるいは戦略的開発に米政府が乗り出す以下のような動きが出ていることを、森氏は紹介している。情報通信の分野で、各国が取り組みを急いでいるのが、「第5世代移動通信システム」(5G)。米国家安全保障会議(NSC)が先導してサプライチェーンの査定など、5G構築に向けた検討が着実に進む。連邦通信委員会(FCC)や商務省も5Gへの取り組みを始めている。国土安全保障省には、サイバーセキュリティとインフラストラクチャーセキュリティに関する新しい部署もできた。情報機関も加わり、5G構築で米国が後れをとらないよう各省が連携して知見を共有する取り組みが始まっている。

 森氏によると、技術によっていろいろな問題を解決するという文化を構築してきたのが米国。こうした米政府の動きを今後注視していく必要がある、と森氏は語った。

関連サイト

日本記者クラブ・会見リポート 米国の対中技術覇権競争 森聡・法政大学教授
同会見動画(YouTube) https://www.youtube.com/watch?v=F78vIu00yIA&feature=youtu.be

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