【06-01】中国の海外留学に変化の兆し~躍動する「海帰族」・苦闘する「海待族」~

趙 晋平(中国総合研究センター アソシエイト・フェロー)

 中国経済が世界に大きな影響を及ぼすようになってきた。中国躍進の背景には、「海帰族」(海外留学帰国者)という大きなブレーン集団が貢献していることは間違いない。2005年までに「海帰族」は23万人を超えた。一方、最近になって一部の「海帰族」が「海待族」(仕事が見つけられず、家で待機する「海帰族」)に転化する現象が生まれている。同じ「海帰族」でありながら、その明暗がはっきり分かれている。しかしこれは、中国社会がさらに進化していく過渡期の現象であり、決して悲観する必要はない。

 躍動する「海帰族」

 1970年代以降、中国では改革開放政策が取られ、社会の各方面で改革が行われてきた。また、欧米諸国の先進科学技術を習い、文化大革命によって多大の影響を受けた欧米諸国との経済格差を取り戻すため、1978年に最初のアメリカ留学組が派遣され、長い間、中断されていた留学生の海外派遣が再開された。

 しかしその後、長年にわたって海外に出る留学生の人数は大きな成長を見せず、1992年には6540人に過ぎなかった。このような状況は1990年代後半まで続き、留学はいわゆる少数のエリート学生のみの特権になっていた。これらのエリートをいかに帰国させ国内で活動させるか。これが中国の大きな課題となっていた。

 海外人材呼び戻し政策の実施

 留学生は海外で学業を終え、それぞれ違う進路に進むが、その進路は大きく4つのタイプに分けられる。①留学後すぐに帰るタイプ;②留学後現地で就職して数年して帰るタイプ;③留学後長年滞在するが時期を見て帰るタイプ;④一生留学先で骨を埋めようとするタイプ。

 この中でも、一生留学先で骨を埋めるタイプが大半を占め、彼らは留学後そのまま留学先で就職し、帰国することをまったく視野に入れていなかった。アメリカのシリコンバレーにとどまった中国人留学生は、まさにそのシンボルである。

 帰国しない理由として、海外での高収入、優れた研究設備と環境、卓越した生活環境のほか、1990年代初頭まで中国が海外留学の人材の招致に大きな力を入れなかったことも考えられる。

 しかし、1990年代半ばになると、中国では、「科教興国」(科学技術と教育によって国の振興をはかる)戦略が打ち出された。このような戦略がとられた背景には、21世紀がハイテク技術を中核とする知識経済の時代で、国の総合的な力量と国際競争力がますます教育の発展と科学技術によって決まるようになるという見通しがあったからだ。

 こうした政策の推進で、社会の発展に必要な人材、とくに社会の諸分野で指導的な役割を担う人材の養成が明確に打ち出された。中国政府は、急速な科学技術の発展を遂げて先進国レベルへキャッチアップするためには、海外にとどまっている人材が貴重な存在であり、いかに彼らを帰国させて活用するかが大きな政策課題となって浮上してきた。こうして海帰族を増やすことが重要な国策として位置づけられた。

 1990年代半ばから、中国では、海外からの優秀な研究開発人材を招聘する「海外人材呼び戻し政策」が数多く実施された。研究者を対象に、「百人計画」や「長江学者奨励計画」など、「海外人材呼び戻しプログラム」を通じた様々な優遇制度を設けている。

 中国科学院で実施された「百人計画」は、中国で最初に開始された人材招致・養成策である。その対象は主に海外で助教授以上またはそれに相当するポストにつき、しかも研究している学科分野に造詣が深く、国際的にも高い知名度と重要な影響力を持つ者である。「百人計画」実施以来、1170名の海外人材が招致または助成を受けた。

 さらに「長江学者奨励計画」は、主として教育部が主導してきた。「長江学者奨励計画」は、国内外の優秀な学者を中国の高等教育機関に招致し、国際的なトップレベル人材を養成することを目的とした計画である。1998~2004年の間に、88校の高等教育機関で605人の特別招聘教授と122人の講座教授が採用された。多くの学者が国の重大科学研究プロジェクトを担当しており、重要な成果を上げている。

写真1

 一方、ベンチャー企業を成功させ、億万長者になる夢を抱える留学生に、「留学人員創業園」を始め、さまざまな優遇政策が実施され、帰国者の起業をサポートするようになった。このような優遇政策に引かれ、帰国する留学生が少しずつ増え始めた。

 中国科学技術部、教育部、人事部の呼びかけで1994年からはじまった、「留学人員創業園」は多くの地域に波及していった。海外留学生、あるいは海外で仕事に従事している中国人人材の帰国を奨励するための優遇政策で、帰国者の起業をサポートするものである。主要な優遇政策として、企業所得税の免除、創業支援基金の調達支援などが挙げられる。

 輝く「海帰族」の群像

 留学生たちは帰国すると起業したり、大学や研究機関の中堅研究者になるケースがほとんどである。帰国した海帰族は、それぞれのポストで確実に実績をあげ、2003年まで、中国科学院院士、中国工程院院士、教育部直轄大学学長のうち、「海帰族」はそれぞれ81%、54%、78%を占めている。また、2005年時点で、全国に110以上の「留学人員創業園」が開設され、海帰族によって創業されたベンチャー企業など約6000社が入居している。「海帰族」の一部は、政権の中枢にも入り、中国全体への影響力は日増しに強まっている。

 「中国科学院院士」と「中国工程院院士」は、それぞれ科学者と技術者に与えられる中国の最高の終身名誉称号であり、今までの授与者は科学院院士が1076人と工程院院士750人である。「院士」の獲得をめぐり、各地方が高い年収と広い住居を提供し、熾烈な競争を展開している。そのため、毎年行う「院士」補選は社会からの注目度が高く、競争も年々激しくなっている。2005年に「中国科学院院士」と「中国工程院院士」が授与された人数は、それぞれ50人と51人であった。

 輝くような海帰族の成功者を紹介したい。

馮長根書記

 馮長根氏は中学校1年の時、文化大革命で学業を中断し、その後、農村と工場を転々とした。23歳の時、北京工業学院(現在は北京理工大学)に入学し、3年後に文化大革命後最初の大学院生になり、翌年(1979年)、最初の留学組の一人としてイギリスに渡った。1983年、彼はイギリスのリーズ大学で博士号をとり、すぐ帰国して北京理工大学の教師となった。留学で習った知識を生かし、化学領域で多くの実績を出し、1989年に36歳の若さで教授になり、同年「第1回中国青年10傑」にも選ばれた。

 1991年に「世界青年8傑」に選出され、来日したときには現在の天皇にも招待されて皇居を訪れ、会見している。その後、彼は北京理工大学副学長、北京科学技術協会副主席などを経て、現在中国科学技術協会書記処書記となった。現在、馮長根氏は「海帰」組織としての「欧米同窓会」の副会長も務めている。

穆栄平所長

 穆栄平氏は、ドイツベルリン工業大学に留学し、博士学位を取得した。現職は中国科学院科学技術政策・管理科学研究所所長である。彼はまた「中国未来20年技術予見研究」の責任者と首席科学者であり、中国科学院評価研究センター長でもある。まさに、中国の科学技術政策研究領域の重鎮である。

 李彦宏氏は、1991年、大学卒業後、すぐアメリカへ留学した。ニューヨーク州立大学バッファロー校修士課程を修了後、ダウ・ジョーンズやインフォシークで仕事の経験を積み、1999年に帰国し、「中国版Google」と言われる「百度」を創設して大成功を収めた。彼は「中国10人の創業リーダー」(2001年)、「中国ITトップ10人物」(2002年、2003年)、「中国ソフト青年10傑」(2004年)にも選ばれた。もっとも成功した「海帰」とも言われている。

 このような「海帰族」の活躍ぶりは全国から注目を集め、高く評価された。「海帰族」はエリート階層、高収入階層の一つの代名詞になる。

 一部は「海帰族」から「海待族」へ

 躍動する「海帰族」に対して、同じ海外留学経験を持ちながらも、静かな危機を見せる一部の「海帰族」もある。

 図1に見られるように、海外への留学人数が1998年の1.76万人から1999年の2.34万人、そして2000年に3.90万、2001年に8.40万、2002年に12.52万、4年間で留学人数は7倍と急増した。99年から始まった急増は、中国の国家、社会の急激な近代化現象と平行する形となっている。

 人数が大幅に増加する反面、海外に出る留学生の質も低下しはじめた。

図1 海外に出る留学生人数の推移(1985~2005年)

 一方、2003年に、留学生の帰国者数が2万人を突破し、その後、2004年に2.5万人、2005年に3.5万人と「海帰族」は急増加した。中国の海帰政策が浸透を始めたためであり、その一方で海外帰国組の間には多くの問題が顕在化してきた。

 各界で躍動する「海帰族」が存在する一方、仕事さえ見つけられず、苦闘する「海待族」が出始めたのである。 2004年7月、新華社のネット版には、「深しん市、3割の『海帰族』は『海待族』へ」という記事が掲載された。また、2006年8月10日の『揚子晩報』にも、無錫市で「海待族」が「海帰族」の2割を占めたと報道された。中では、こんな事例が紹介された。

 2001年にある高校生は卒業後すぐオーストラリアへ留学した。5年間で60万元を使い、2006年に留学生活を終えて帰国した。帰国当初、月収6000元なら問題ないと、仕事探しにはかなりの自信を持っていた。しかし、3ヶ月の就職活動をしても、企業からの連絡がまったくなかった。周りを見ると、国内にいた昔の同級生がほとんど仕事に就き、年収10万元の者もいるという。

 「国産」大学院生と「海待族」

 「海待族」が出てきた現象には、留学生の急増によってもたらされた質の低下が無視できない。

 中国の経済発展を支えるのは、いうまでもなく人材である。中国では、海外にとどまっている元留学生の人材招致策に力を注ぐと同時に、国内の人材育成も精力的に行っていた。

 国内の大学院生の推移を見ると、1990年代後半に入り、中国全国の大学の大学院の学生募集数が大幅に増加され、1999年には1998年より21.4%増の9.22万人を募集した。その後も募集人員はますます増えている。2005年には、中国の大学院生の募集人数が36.48万人となり、1998 年の5倍までにふくれあがった。

 もちろん、大学院生の変化は人数だけにとどまらない。国内大学や研究機関の研究環境の近代化への改善により、彼らは学生時代からすでに世界を土俵に競争するようになっており、研究能力は決して海外留学の大学院生に比べても引けをとらなくなっている。

  大学院生の増加は中国の教育水準を一段と底上げすることにつながるだけでなく、人材を採用する大学、研究所そして企業にとっても選択の余地がいっそう拡大したことになる。

図2 中国における大学院生の推移(1994~2005年)

 

 このように、国内人材の競争によって優れた人材がますます育ち、「国産」人材と「海帰族」とが競争関係になってきた。仕事の経験を持たない新卒「海帰族」よりも、むしろ「国産」大学院生の方が国内環境に慣れている。しかも国内人材は、待遇面にも高い期待感を持たないため、採用する企業や研究機関には好まれる傾向が見られる。

 留学経験者のメリットが薄くなる

 このような状況変化によって新卒「海帰族」が危機感を抱くようになる一方、留学後現地で就職して数年して帰る「海帰族」にも大きな変化が出てきた。

  最近になって、大学と研究機関において比較的長時期国費で海外に出る研究者が年々増え、2005年には1万2000人になる(国費留学生を含む)。学術交流、国際学会、学校訪問などを含めると、海外に出ることはすでに身近なものになりつつある。

 彼らの多数はすでに国内の修士または博士学位を持ち、仕事の経験も豊富にある。また、いままでの学位取得を中心とする留学と異なり、短期間の滞在で専門分野の最先端情報と知識を吸収し、人間関係を開拓することが彼らの大きな目的となった。彼らにとって、海外に長期滞在する動機もメリットも薄くなり、滞在期間が終了するとさっさと帰るようになる。

 このように研究者の海外への大量派遣によって、海外に長期滞在した留学経験者のメリットが徐々に薄くなり、国内環境への不適応や年齢の増長によってむしろデメリットの方が大きくなるようになってきた。

 「海帰」は死語に?

 国内人材の質の向上、そして国費留学生の大量派遣は、単に海外留学経験を持つ人より、ハイレベルの「海帰」人材を要請する社会現象にマッチするようになった。さらに国費留学生の大量派遣は、帰国を躊躇していた留学生の帰国を誘発するようになり、能力のない「海帰族」が帰国することで「海待族」の出現という新たな現象を生み出してしまった。

 時代とともに留学経験者の価値は相対的に下落し、その希少価値は徐々に喪失しているように思える。「海帰」という言葉がやがて死語になる日も遠くはないだろう。しかし、それは決して不思議なことではない。むしろ、成熟に向かう中国社会の当然の変化といえる。このような現象を超えていく過程で、中国の国内人材の育成策が質的変化をもたらし、結果として中国社会の発展に寄与することにつながるだろう。


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