【13-03】島根大学と寧夏大学の共同研究について(1)

2013年 5月30日

伊藤勝久

伊藤勝久(いとうかつひさ):島根大学教授、
島根大学・寧夏大学国際共同研究所日本側所長

略歴

1956年生。京都大学農学部卒、同修了。1983年島根大学に赴任。1985年京都大学農学博士。助手、講師、助教授を経て2002年より現職。専門は林政学、林業経済学、山村問題。

 昨年の尖閣問題によって延期されていた日中国際学術セミナー(セミナー日程5/11~12、視察等日程5/13~15)が先週終了した。このセミナーは今回で10回目を数え、その規模も徐々に大きくなりつつある。セミナーは毎回特定の大きなテーマのもとに、それに関連する報告が行われる。当初は島根大学と寧夏大学の一部の有志で始まったセミナーで、両大学および共同研究のメンバーになっている他大学の研究者がその参加メンバーであったが、今回は中国中西部各地の大学・研究所からもJICAの招聘支援により多くの参加があり、中国側ゲストだけで30名余りになった。また日本国内から島大以外にもいくつかの大学からの参加があった。また報告分野も社会科学、自然科学、人文科学さらには民族音楽に至るまで多岐にわたるものであった。このセミナーの対象分野、参加者数、参加大学の拡大は、共同研究の規模と範囲の拡大を反映しているものといえる。

 島根大学と寧夏大学の研究交流の発端は1987年に遡る。この契機は1986年に中国からの大学院留学生を島根大学に迎え、翌年その院生の修論調査のために担当教員が訪中し、寧夏に入ったことに始まる。当初は寧夏社会科学院がそのカウンターパートで当該院生、訪中教員と寧夏社会科学院の研究者が、現地調査活動を共同で初めて実施した。(島根大学側は北川教授(後に島根大学長)、井口助教授(後に研究所日本側所長)、胡院生(現、人民大学教授)、寧夏社会科学院は、馬院長、陳副院長(後に寧夏大学書記・校長)、高研究員(後に研究所中国側所長)などである。)当時の寧夏回族自治区、とくに南部山区は外国人に開放されたばかりで、訪中教員が初めて外国人研究者として入ったという。この頃は沿海部で始まった経済開放がまだ内陸部には影響せず、寧夏の農村部にはきわめて多くの人口が存在していたため、当初の共同研究のテーマはこうした「低開発農村」の開発方法であった。1989年度から2年間の科研(代表、北川)により日本の経験を参考にしながら農村部の開発方法について寧夏社会科学院の研究者と共同研究が実施された。主として社会科学面から農家調査をもとにした実践的研究で、農外就業の受け皿として地域の特色を生かして郷鎮企業の振興が示唆され、また林業面でも当時蔓延していたポプラの「天牛病(カミキリムシ被害)」の対策と黄土の植生回復の植林の改善方法についても検討された。さらに寧夏では過酷な自然環境のもとで牧畜、とくに羊の放牧が盛んであったので、畜産分野からもこの共同研究に参加し羊の栄養分析が行われ、世界で初めての寧夏の羊の血液分析結果が報告された。これは1990年の環日本海シンポ(島根大学主催)でその成果が報告され、一連の成果は『中国・黄土高原地域開発研究論文集』(地域開発政策日中国際共同研究グループ、1995 年)で報告された。

 1995年に北川教授の退官を記念して数年ぶりに寧夏に訪問し、寧夏社会科学院と寧夏大学と研究交流がなされた。これが寧夏大学との実質的な交流の端緒であった。その後1997年、島根大学と寧夏大学は交流提携を締結し、両大学の本格的研究交流や学生交流が始まった(交流提携はそれ以後何度か更新し現在に至っている。)さらに1997年から2年間の科研(代表、北川)により日中韓3国の過疎問題の比較研究を実施した。この頃寧夏では「過疎」という状況ではなかったが、沿岸部の経済発展の影響により少しずつ出稼ぎ等に出る農民がみられるようになり、在村の農民も建設業や運輸業に従事し農村状況が変化しつつあった。特筆すべきは、1990年に調査した農村農家について、この時も追跡調査をしており、さらに2003~4年にも追跡調査をしている。いわば農家状況の変化から農村変容を明らかにしようとしたものであり、この定点観測のデータは重要な研究上の財産になっている。

 2000年は中国西部大開発の元年である。各地の中核都市に大規模工業やサービス業、さらに交通網を建設し、中核都市が周辺農村を牽引し経済発展を進めていくという開発方式である。農村に対しては、その一環である「退耕還林還草」政策が大きく影響している。いうまでもなく環境保全のための植林・草地回復であるが、一定の傾斜度以上の農地を例外なく植林させ、あるいは草地回復をさせるため、結果として農民から農地を取り上げることになり、離村・農業からの転業を促進させる政策である。この影響の研究のため、2000年度から3年間、自治区のプロジェクト研究として「退耕還林と生態建設による農村発展」(代表、陳育寧寧夏大学学長)が提案され、日中で共同研究グループをつくり実地研究を開始した。ここでも農村を定点観測し3年間のパネルデータから、「退耕還林還草」政策初期の農村社会の変動に関する貴重な研究資料を得ることができた。これらの成果は、日中の学会で報告され、また『寧夏大学学報』等でも報告された。さらに2003年度から3年間、新たな科研(代表、保母)により、寧夏農村への経済発展の波及、退耕還林、農村の急激な変容という状況のもとで「地域間格差是正と環境改善の最適地域マネジメント」に関する共同研究が始まった。

 さて2004 年には島根大学と寧夏大学の関係が大きく発展することになった。国際協力銀行(JBIC、現JICA)が寧夏において人材育成事業を実施するに当たり、関係を築いていた島根大学に相談があり、当時の島根大学の保母副学長(後の研究所日本側顧問)、寧夏大学の陳校長(後の研究所中国側顧問)と話し合いにより円借款による島根大学・寧夏大学国際共同研究所が創設されることになった。研究所の事業目的は、ここを拠点として共同研究・研究交流の充実を充実拡大し、共同研究を通じて参加する若手研究者の人材育成を行うものである。また共同研究は、中国西部の低開発農村地域の環境改善と持続可能な発展、社会文化の維持増強への方策の提言を目標としている。これに関連して、2006年度から3年間、寧夏大学の若手中堅教員延べ30名余りが半年から1年間の研修のため島根大学を訪れている。これも研究交流の拡大の基礎になっている。(なお、この人財育成事業と関連して、地方政府関係者の研修も、共同研究所(日本側顧問、所長)の主導のもとに島根県等を受け入れとして、とくに水資源利用・水質浄化の分野で行われてきた。この分野は現在島根県と寧夏自治区との間でのJICA草の根事業による技術交流に受け継がれている。) 

 この共同研究所は日本の大学と中国の大学の共同運営という形態をとっており、中国内陸部に存在する唯一の日中大学共同研究拠点であり、また共同研究所として独自の建物を有している。島根大学では当初2年間は所長と研究員を、その後の2年間は顧問と研究員を現地に駐在させていた(現在は所長等は兼務のため研究員だけを駐在させている)。その建物落成を記念して松江市で国際シンポジウム「東アジアにおける社会発展と環境のあり方」を開催し(2005年)、多くの関連研究者がこれに参加した。またこれが契機になり、2006年から両大学で毎年定期的に国際シンポジウム(セミナー)を開催してきた。冒頭の2013年のセミナーはその10回目にあたる。(つづく)


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