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【13-04】現代中国における英語教育―小学校英語教育の現場から―

2013年 6月 3日

新保 敦子

新保 敦子(SHIMBO Atsuko):
早稲田大学教育・総合科学学術院教授
教育学博士(早稲田大学)

略歴

 東京大学大学院教育学研究科博士課程満期退学、京都大学人文科学研究所助手、1991年早稲田大学教育学部専任講師、2000年同大学教授、2013年より北京師範大学教育学部客員教授。

1、中国における小学校英語必修化と英語熱―社会的上昇手段としての英語

 日本では2011年度から実施された「小学校学習指導要領」に基づいて、週1コマの外国語活動(実質的には英語)が小学校5、6年生に導入されている。また、政府の教育再生実行会議(座長・鎌田薫早稲田大総長)は2013年5月22日、国際社会で活躍できるグローバル人材の育成に向け、英語を小学校の正式な教科とすることを提言素案にまとめた。下村博文文部科学相も会議後の記者会見で「(小学校の英語教科化は)目安として4年生から」と発言している。

 一方、中国ではグローバリゼーションの大きな潮流に呼応する形で、小学校3年生からの英語教育が、すでに2001年段階で必修化されている。中国における小学校英語必修化の動きは、文革後に展開された改革開放政策の総決算としての2001年の WTOへの加盟、さらに同年に2008年の北京オリンピック開催が決定したことと軌を一にしている。そして2001年の「全日制義務教育英語課程標準」の実施によって、英語教育は小3から正式にカリキュラムに組み込まれ必修化されることになった。

 「課程標準」では、小3から後期中等教育にあたる12年生(高3)までを視野に入れ一貫した指導体系になっている。小3から実施とはいえ、北京、上海、天津、また全国の31の省都などの大都市では、ほぼ小1から100%実施されているのである。

 中国における英語教育は、日本以上の量と質と言われている。例えば日本では、2002年度より実施の「中学校学習指導要領」では、中学卒業までに900語が、2012年度より実施の「中学校学習指導要領」では、グローバル化時代の要請に応じて単語数を増やし、1200語の学習が目標とされている。一方、中国の「全日制義務教育英語課程標準」(2001年、学習指導要領に相当)では1500~1600語が目安と規定されている。

 また北京や上海など都市部の小学校の中には、日本において中3で学ぶ内容の現在完了型を、小6段階で学習する所も少なくない。北京のある小学校の6年生用英語教科書を、筆者の勤務校である早稲田大学教育学部の英語教育を専門とする教授に見せた所、日本では中3年で学ぶ内容、と言われて驚かれた。

 アジア地域に目を向けてみれば、シンガポールでは共通語としての英語が重要な役割を果たしてきており、韓国では小3から英語の必修化が1997年に開始したが、これを追うような動きが中国で展開されることになったのである。

 こうした英語教育の必修化とともに、書店では児童向け英語教材の販売も多く、書店のかなりの面積を占めている。テレビでは中国人による英語の討論番組を流し、あらゆる場所で英語が溢れ驚かされる。日本のコミュニティセンターにあたる社区学校においても、成人や子ども向けの英語教育講座が人気を集めている。あたかも13億人が英語学習に向けて走り出した観がある。

 実際には、それほど英語が日常生活で必要とされているわけではない。ただし、英語が個人の能力を示す指標、あるいは資格試験の合格最低基準、就職試験の最低条件としてとして使われているために、人々は英語を学ばざるを得ない。英語は、いわば社会的な上昇のための必要最低条件となっているのである。

 たとえば、外資系や放送局など人気の高い企業・団体では、就職試験の参加資格として、大学6級以上(級数が上なほど難易度が高い)を設定する所もある。また大学4級に合格できないと、卒業しても学位の認定をしない大学もあるという。

 大学4級用試験対策問題集には、たとえば15分で約900ワードの「楽観主義と悲観主義」に関わる英文を読み7問に答えるといった問題が掲載されており、日本の英検2級以上に相当する質・量である。

 こうして全国的に英語熱が高まり、シンガポールを彷彿とさせる勢いで英語と漢語のバイリンガル化が進んでいる。

2、英語教育の現場から

 大連市開発区にあるA小学校は、農民工子弟が80%を占める学校である。同地区は、大連の市街地から車で1時間ほど離れた地域にあり、多くの工場が建ち並び、商業施設や高層マンションの建設が盛んである。こうした都市建設のため、農村から多くの出稼ぎ者が働いている。A小学校は、彼らの子女が学ぶ学校である(2010年調査)。

 1年生の英語の授業を見学した(英語の勉強を初めてから半年、40人のクラス)。担当は女性教師で、以下の内容であった。

 ①ペアになり、持参した自分の家族の写真を使いながら「This is my father. This is my mother.」と英語で紹介し合う。農村出身者が多いせいか、兄弟姉妹がいる子どもも見受けられる。②職業(doctor、teacher、nurse)に関する単語を勉強。③途中で一分間の休憩(全員一斉に机に俯して休む)。④小1バージョンのテキストである『英語(新標準)』を使用し、学習内容を深める。この時、教科書に合わせて開発されたCD-ROM教材を使用し、小型のノート型パソコンを生徒に見せて授業を行っていた。⑤登場人物用頭飾り(女子用)を使用して、生徒に黒板の前でスキャットを演じさせる。子どもたちが楽しそうに授業を受けていたのが印象的であった。

 同小学校の英語教員は、全員若い女性である。授業は、1年生から原則英語だけの直接法での教育、とのことであった。週2回の英語の正規の授業の他、補習もあると言う。

 また、吉林省の朝鮮族地域にある朝鮮族のB民族小学校を訪問した(2011年調査)。同小学校では全国カリキュラムに従って、小学校3年から英語学習が導入されており、小学校5年生の英語の授業を見学した(41人のクラス)。

 完璧な直接法の授業であり、担当の若い女性教師は基本的にすべて英語で教授し、ほとんど漢語や朝鮮語は使用しない。しかしながら、児童のレベルも高く、それに問題なくついていっているよう観察された。先生も、「間違ってもいいので、思い切って答えなさい」と励ましていた。子どもを元気づけ積極性を喚起する姿は、教育関係者として見習いたいものである。

 授業ではPCを活用し、テレビ画面に「What does Chenjie do on Saturday?」、「A;What do you do on ?  B;I often.... A;What do /does...do on ...? B;...often...with....」といった英語の例文が提示されていた。その後、構文について何度も繰り返し練習が行われる形の、オーラル・スピーキングが中心の授業である。

 生徒は次々に挙手をしていき、教師もどんどん指名していく。なおかつランダムに当てているため、緊張感がある。

 また授業がしばらく進んだところで、学習した構文を使ってどのように英語で表現するかをグループで相談させた。その後、子ども2-3人を教室の前に出して、スキャットを英語で演じさせる、といった動きも取り入れ、授業に飽きさせない工夫が随所に盛り込まれていた。

 朝鮮族にとって英語は、朝鮮語、漢語に続く第3言語に当たるが、それにも関わらず、こうしたレベルの高い教育がなされていることに、筆者自身驚かされた。このように、朝鮮族の学校では、グローバル人材を育成するため、小学校3年の段階から、第3言語教育を展開していることは、特筆すべきことであろう。

 中国における小学校英語教育は、日本とは違って英語専門の教員が指導しているという事情はあるものの、日本の一歩も二歩も先を行くものである。漢語と英語による13億人のバイリンガル化を目指すかのような壮大で大胆な実験を行っている中国。今後の動向に継続的に注目しつつ、観察を続けていきたい。