【15-01】中国の大学入試の双軌制改革に伴う職業教育の発展動向

2015年 9月 8日

王 暁燕

王 暁燕(WANG Xiaoyan):
中国教育部国家教育発展研究センター 基礎教育研究室 副主任、副研究員

1969年12月生まれ。2006年、九州大学大学院人間環境学府教育学博士(取得)。主な研究分野は国際比較教育、教師教育及び基礎教育。主な研究成果:日本語専門書『市場化の中の教師達』(櫂歌書房、2008年)、その他編著書・共著書10冊を出版し、日本語論文及び中核的中国語定期刊行物の中国語論文計30篇近くを発表。中国『国家中長期教育改革及び発展計画綱要(2010~2020)』など、重要な教育政策の特別テーマ調査研究及び報告起草業務の遂行に参加し、さらに国の社会科学の重点研究テーマ、教育部及び全国の教育科学計画などの重点研究テーマ10件近くの遂行に参加。

一、中国が大学入試の双軌制改革を実施するに至った背景

 2014年4月に発表された中国全国統一大学入試試験(高考)制度改革方案の中で、大きな変化をもたらす措置の1つに、大学入試「双軌制(後述)」の実施がある。これは、2種類の人材を対象とした2種類の試験、すなわち技術技能型人材と学術型人材の試験が別々に行われることを指す。

 ひとつ目の技術技能型人材の試験では、試験内容に技能と文化に関する知識が盛り込まれる。もうひとつの試験は、これまでに実施されてきたいわゆる一般的な大学入試で、これが学術型人材の試験となる。

 現行の一本化された大学入試では、職業・技術系の大学を受験するにしても、科学・研究系の大学を受験するにしても、受験生は全て統一試験を受けなければならない。試験問題は学術型人材向けのもので、高校の基礎知識・基本技能をどれだけ把握しているかを測り、大学が潜在力の高い優秀な学生を選ぶのを手助けする事を目的としている。ゆえに、学生の合否を決める評価基準はひとつ、試験の点数のみである。しかし、職業・技術系大学の人材選びにとって、1回だけの試験による選抜方法は適しておらず効果も薄いため、中国の職業学校は長年、有名大学・一般大学に受からなかった点数の低い学生ばかりを受け入れてきた。

 中国の職業教育は長年の発展の中で、1つの難題を抱えてきた。それは、企業などの雇用者が人材を募集する際、適した人材が見つからないという問題だ。実のところ、中国の各大学はここ数年募集人数を増やし続けており、専攻や課程の面で市場にあわせた調整を行い、一部の大学は教員や資金面で大きな努力を払っている。しかし、大学で育成された人材と市場が必要とする人材の間には依然として大きな差が存在する。データによると、中国で第2次産業に従事する人は2億2500万人に達するが、技能労働者は半数以下、熟練人材は約3117万人で、深刻な不足状態となっている(1)。たとえば、NCオペレータの人材不足は昨年60万人に達した。一部の大手国有企業は年収数十万元という高待遇で上級技術者を募集したが、それでも人材が見つからず、最終的に退職した国外の上級技術者を雇うことになった(2)

 統計によると、ここ数年、中国の高校・大学から労働市場に入る卒業生は毎年約1700万人に達している。しかし、上述のような技術系の職業に就くことはできない。大学生の就職難と、技術技能人材の供給不足という矛盾は、短期的な新規増加労働力の雇用構造の矛盾の中でも突出した問題となっている(3)

 以上の理由により、中国の大学入試改革において「双軌(2本のレール)制」、すなわち「学術のレール」と「職業のレール」が必要となった。これによって、市場と学校間の需要と供給の違いを全面的に解決し、学生の学力・志向・キャリア発展・人生計画などの実際の状況にもより良く適応することができる。

二、大学入試の双軌制改革が職業教育の発展にもたらす影響

 中国教育部の魯昕副部長は、「技術技能型人材には3種類ある。1つ目はエンジニア、2つ目は上級技術者、3つ目は質の高い優秀な労働者だ」と指摘している(4)。中国はすでに、世界が新たな技術競争の時代に入ったことを認識している。優れた技術があってこそ良い製品を生み出すことができ、学校は、市場が必要とする技術人材を十分な数供給しなければならない。こうすることで初めて中国の製造業は更なる上を目指すことができる。

 中国は発展途上の大国であり、社会経済の発展において実用的な技能技術型人材を大量に必要としている。大学入試の双軌制改革により、中等職業教育と高等職業教育の大きな発展が促され、中国の製造業に大量の技術技能型人材が供給される。これには、現在特に不足している高級機械組み立て工、リベット工、金型工、電気溶接士、研磨工などが含まれ、社会全体の雇用状況の改善につながる。

 双軌制改革方案を実施する上で、教育部は今後、600あまりの地方の本科大学を応用技術、職業教育系の大学に転換するという、非常に大掛かりな取り組みを実施する必要がある。統計によると、中国の普通大学は計1200校前後に達する。この改革業務が全面的に実施されれば、約50%の大学が学科教育への取り組みを弱め、専門教育を強化し、企業の需要と職務に基づく調整をすることになる。教育部はすでに連盟を結成し、150校あまりの地方大学が教育部のモデルチェンジ改革への参加を申し込んでいる(5)。

 双軌制改革は、中国の職業教育の発展にとって朗報となった。改革によって、中等職業教育から高等教育へのルートが切り開かれたが、これは教育体制改革における重要な措置である。中等職業教育はこれまで中国の教育体系において軽視され、職業学校は普通高校や大学に受からなかった生徒が行くところという偏見を受けてきた。このため、職業学校の学生の多くは挫折感を抱え、他人より劣っていると感じている。間もなく施行される大学入試の双軌制政策は、中等職業学校の学生に新たな希望を与え、職業教育に希望を与えるものとなる。

 双軌制改革は、「何千万頭もの馬が1本の丸木橋を渡る」とも例えられるほどの大学受験競争の白熱化をある程度緩和し、職業教育に、技術技能型人材を社会に送り出すという役割を発揮させることができる。

三、大学入試双軌制改革下の職業教育が直面する問題と課題

 「大学入試の双軌制」について、一部の中国教育関係者は、双軌制が実施された後、最も懸念される問題は、モデルチェンジ改革に参加する大学が設置した専攻と課程がどれも似通った内容になることだと指摘する。市場で最も人気のある専攻に合わせて課程を設置するため「付和雷同」となる恐れがあるのだ。大学の課程がどこも同じならば、それほど多くの学校がある意義もなくなる。もうひとつの問題は、専攻が増えた分、教員をどうやって集めるかだ(5)。「双師型」の教師という言葉が今、中国で流行している。これは、教師という職業の他に、もうひとつの技術職を持つ人材のことで、理論を教える資格を備えると同時に、実践教学の資質を備えた教員を指す。

 教育界の関係者はみな、応用技術型の大学に転換が必要なのは主に、地方で新たに創設された本科大学であり、転換を実現する上で最大の課題となるのは教員であることを認識している。

 中国の本科大学では現在、「理論を重視し実践を軽視する」、「知識の伝達を重視し、能力育成と知識の応用を軽視する」という現象が普遍的に存在する。教師陣の体制確立と評価においても、理論レベルと科学研究の成果を重視し、実践的な教学の重要性が軽視されている。理論と実践の教学がうまく結合しておらず、卒業生の知識応用能力が低く、雇用のニーズ、雇用者のニーズに合わせることができない。応用型にモデルチェンジした本科大学の教員は、「双師型」になるという課題に直面することになる。

 それだけではない。大学教員は固定観念の転換という課題にも直面している。ある本科大学の教師は、「これまで本科大学の教員だった人が今後、職業学校の教員となる可能性がある。これは一部の教師にとって面子に関わる問題だ。職業学校はもともと魅力が少なく、職業学校と本科大学が対等でない限り、一部の教師は職業学校の教師になりたがらない」と指摘する。

 このほか、多くの大学教員は、モデルチェンジ後に育成された人材にも懸念を示している。現在、一部の企業は採用の際、国家「211工程」あるいは「985工程」に指定された重点大学の卒業生であることを指定している。企業の人材募集におけるこのような偏見も、大学のレベルに対する観念が根深いことを意味している。ゆえに、高等職業学校の卒業生と学術型大学の卒業生が、社会的地位や収入の面で同様、もしくはほぼ同じ待遇を得られるようになれば、2種類の大学入試が実質的な成果を得られたと言えるだろう。

 このほか、技能型入試では文化知識に関する問題が出されるが、職業高校の生徒は、この面で強みがあるわけではない。対応する基準を打ち出し、レベル・階層ごとに関連科目の成績を評価するべきである。これまでに発表された大学入試改革の情報では、具体的な試験実施方法、分流教育の実施方法、職業高校・普通高校と大学教育をいかにリンクさせるかなどの問題はまだ明らかになっておらず、更なる研究が必要だ。

 双軌制の大学入試によって、職業教育に対する重視が高まったことは明らかである。しかし、職業学校の学生にチャンスをもたらすか、打撃をもたらすかは予測が難しい。「もし、普通高校の学生も職業大学を受験できるようになる、あるいは、普通高校の学生がトレーニング・学習を通じて専門技術を学び、熟練した技能を身につけられるようになれば、競争がより激しくなる。大学入試で普通高校の学生より優位に立てなくなり、雇用においても学歴証書のレベルが他に劣るため、職業高校の将来は楽観できない」との見方を示す人もいる。

 ゆえに、体系的かつ良好な関連措置が打ち出されるかどうかが、大学入試の双軌制改革が成功するかどうかの要となる。たとえば、中学卒業生のより良い分流、高校運営の多元化、普通高校と職業高校の便利な「双軌」の交差、地方普通本科大学の応用技術、職業教育系へのモデルチェンジなどだ。

 一方で、中国の職業教育は、解決が待たれる課題をいくつか抱えている。まずは、教員の多くが技術実践経験に乏しく、一流の学生を輩出するのが難しい。次に、学校と企業間に密接な関係が築かれていない。学生は学校での勉学に専念するか、企業に望まれない労働力になるしかない。これらの要素により、中国の技術人材の成長の余地が大幅に狭められ、企業の技術人材育成のモチベーションも低くなり、学校と企業の協力が実現できなくなり、職業教育が長期的に初歩的なレベルに留まる結果となる。

 中国の大学入試の「単軌制(一本化)」から「双軌制」への改革は、一朝一夕に達成できるものでは決してないが、その長期的な発展方向をみると、技能を中心とする職業教育の枠組みを構築することで、学生に多くの選択肢と有用人材へのルートを提供する一方で、市場のニーズに積極的な役割を果たすことができる。中国の職業教育はまもなく、新たな大発展の時代を迎えるだろう。


(1)教育部が大学入試の双軌制を模索:教育枠組み、技能を核心に,2014-05-12
http://gaokao.eol.cn/kuai_xun_3075/20140512/t20140512_1112493.shtml,(引用日期2015/8/20)

(2)大学入試はなぜ双軌制となるのか? http://news.51sxue.com/detail/id_40843.html

(3)中国、2種類の大学入試を実施へ 連盟を設立、多くの大学が改革に参与,2014-03-024,新華網, http://www.sd.xinhuanet.com/news/2014-03/24/c_119918822.htm

(4)同上

(5)双軌制の大学入試 悲喜こもごも, 人民网 [微博] 2014-04-011

(6)同(1)


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