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【15-02】『和解』に向けて国際理解教育を~日中関係ゼミの実践を基に~

2015年 9月14日

川村 範行

川村 範行:名古屋外国語大学外国語学部 特任教授/
日本日中関係学会 副会長

日中文化協会理事、同済大学亜太研究中心顧問教授、北京城市学院客座教授、武漢大学日本研究中心客座研究員。1974年、早稲田大学政治経済学部卒業後、中日新聞社入社。上海支局長、論説委員、社長室次長など歴任。2010年4月より現職。専門は現代中国論、日中関係論、日中メディア比較論。著書に「中国社会の基層変化と日中関係の変容」(日本評論社、共著、2014年)、「日中関係の未来を築く」「アジア太平洋地区と日中関係」(ともに上海社会科学院出版社刊、共著)。論文「尖閣諸島領有権問題を巡る日中関係の構造的変化に関する考察」(名古屋外国語大学紀要、2014年2月)ほか多数。

一、日中関係授業・ゼミの実践

(1)尖閣問題ゼミの継続

 私が勤務している名古屋外国語大学で2012年9月から、外国語学部の2年生以上を対象にした総合教養ゼミで、「尖閣領有権問題を研究し、日中関係を考える」をテーマに取り上げている。期間は半年間、授業回数は計15回、1回90分のゼミである。既に3年間にわたり計5期、このゼミで同一テーマを継続している。人数は20人までで、毎回抽選で制限するほどである。このゼミの狙いは、領有権問題について日中両国の主張と根拠が何であるかを客観的に学生に学習、理解させて、日中関係はどうあるべきかについて考えることである。テキストとして、私の知人で共同通信社論説委員の岡田充氏が執筆した「尖閣諸島問題 領土ナショナリズムの魔力」(蒼蒼社発行)を活用している。同書の内容は日中双方の立場に中立的で、客観的な記述に終始しており、客観的資料を付けている。

 授業の具体的内容は、1回目、2回目に私が尖閣諸島問題の概要と日中国交正常化の経緯などを写真・年表などを使って説明した後、3回目から学生たちがテキストの内容を順次分担して学習し、疑問点を自分で調べて、要点を整理して発表する。最初はほとんどの学生たちが尖閣諸島は日本のものであると漠然と考えていたが、授業回数を進めるうちに学生たちは中国側の主張の根拠も知って理解するようになる。

 両国の主張の論点を学生向けに次のように整理している。

 ①明治政府による尖閣領土編入閣議決定と、明代以降における釣魚島発見・命名などの歴史的経緯②カイロ宣言・ポツダム宣言における台湾・尖閣の扱いと、サンフランシスコ平和条約における沖縄委任統治の国際関係③沖縄返還に伴う尖閣主権の扱いと、中華人民共和国の主張④国交正常化交渉における尖閣主権問題「棚上げ」の状況⑤民主党政権下での尖閣国有化の経緯と中国の反発理由―-の5点である。

 テキストの学習が完了した後、学生が中国側、日本側、中立の三グループに分かれて討論会を行い、お互いに意見を述べ合う。こうして、領有権問題と日中関係についての理解を深めるのである。ゼミの最後に、学生は二つの課題についてリポートを作成し提出する。第一は「尖閣領有権問題について日本、中国双方の主張とその根拠を述べよ。」、第二は「日中関係の今後の在り方について述べよ」である。私は、リポートの採点に当たり、それぞれ歴史的経緯と国際関係の両観点から学生のリポート内容を審査する。

 レポートの内容を一部紹介する。某男子学生は「日本人一人一人が中国側の時代背景を知ったうえで領有権問題の解決策を考えれば、最良の答えが出るのではないだろうか。この問題を解決するために両国全ての国民が客観的にこの問題を知ること、一方的な先入観や偏見を捨てることが必要である。政治家が冷静な態度で領有権問題に望んでほしい」と主張している。某女子学生は「両国の領有権問題の対立状態を打開するには、両国が島の所有権を平等に持つことである。両国民が自由に出入りできる島であるべきだ。その島は文化交流の地として、お互いの素晴らしさを築き上げ、より深い仲になってほしい」と主張している。

(2)現代中国授業の内容

 また、私は2年生以上の学生を対象に現代中国に関する講座を複数担当している。こうした授業では第一回目に学生に中国の印象についてのアンケート調査をしている。①「中国に好感を持っている」②「どちらかと言えば好感を持っている」③「特に良いとも悪いとも感じない」④「中国が嫌いである」⑤「どちらかと言えば好感を持っていない」の五つの選択肢から選ぶ方式である。①②を合わせた好感度は、5、6年前は平均60~70%に上ったが、2012年以降減少し、2014年は平均20%を切っている。逆に、④⑤を合わせた不好感度は5、6年前には20~30%だったが、最近は逆転して60~70%に増えている。即ち現実の日中関係が学生の心理にも反映していることが明らかである。だが、授業で当代中国の政治経済・社会・文化事情や、日中関係の現代史を客観的に説明していくと、半年後のアンケートでは中国への好感度が30~40%にまで回復している。メディアからの影響による皮相的な対中イメージを脱却して、これは即ち、"教育の成果"と言えよう。

二、「日中連携講座」「北東アジア和解学講座」開設の提言

 日中両国、或いは日韓両国も含めての大学・学校教育の中でお互いに領有権問題や歴史認識問題などについて、自国の主張とその根拠を教えるとともに相手国の主張の内容・根拠も客観的に説明することが必要ではないか。自国が一方的に正しいとして、自国の主張だけを一方的に教えているとしたら、偏狭で排他的なナショナリズムを増長させることになる危険性がある。

 次の段階として、日中間、日韓間で「和解」に向けた課題と可能性を追求することが必要であることを強調したい。元ドイツ駐中国・駐日本大使・ボルカースタンゼル氏は2014年11月1日、東京での国際シンポジウムで「日本は戦後に他の関係国と和解しているが、中国、韓国とは和解していない。ドイツはフランスと一緒になって欧州周辺国との和解を進めたが、日本はアジアで和解を進めていくパートナーがいなかった。被害世代が生きている間に和解を可能にできないか」と、日本と中国、韓国との和解を提起している。

 このシンポジウムで袁偉時・中山大学教授は、「中国と韓国はまず外交関係を樹立した後、貿易を発展させ、思想文化交流を進め、これが和解を実現した。日本と中国は国交正常化の後、政治指導者が不再戦を永遠に誓い、貿易を発展させて、和解ができたはずなのに、なぜまた問題になったのか」と疑問を投げかける。

 この点について、紛争関係に詳しい汪錚・シートンホール大学教授は「日中国交正常化はトップダウンの正常化であって、草の根レベルの和解は達成していない」と分析。日中間には歴史教育の衝突やアイデンティティーの衝突があり、「中国の歴史教育はあまりにも民族的反感に基づく教育が強い。日本は反省的、批判的な教育をする」と、指摘している。問題克服のために日中間で歴史共同研究を立ち上げることを提起している。

 そこで、私は日中韓三カ国の大学、教育関係機関が採るべき具体的な対策4項目を提案したい。

 ①日中、日韓の大学が「日中連携講座」、「日韓連携講座」を試験的に設置する。この講座では、領有権問題と歴史認識問題を中心にして、それぞれ三カ国の主張内容と双方の相違点について客観的に講義し、学生に学習させる。実績を積んだら、他の複数の大学でも同様の講座を広げる。

 ②日中韓三カ国の大学が「北東アジア和解学」講座を新設する。この講座では、独仏和解のプロセス、中韓和解のプロセス、日中和解の課題と可能性、日韓和解の課題と可能性について、それぞれ客観的に講義し、学生に学習させる。

 ③日中韓三カ国の大学・研究機関が歴史共同研究に取り組む。既に、日韓間、日中間では1990年代から2000年代にかけて政府合意により、歴史共同研究が実施され、中間報告が提出されている。日中間では南京大虐殺の敏感な数字については双方の見解を併記して、客観性と公正性を維持している。今後は、日中間で尖閣諸島領有権問題について、日韓間では竹島領有権問題について、それぞれ共同研究の第二幕を開始するよう提言する。

 ④青少年交流とメディア交流を強化する。2008年の福田康夫首相、胡錦濤国家主席の日中首脳合意に基づき、日中青少年交流は年間4千人規模に拡大し、ホームステイ体験する高校生が増えているが、これを継続拡大する。次世代の相互理解、相互信頼を構築することが将来の中日関係の基礎となる。

三、結び

 偏見と憎しみは相互理解を妨げる障害である。無知と無理解はお互いに誤解と争いを生む。1931年の満州事変発生数か月前に東京帝国大学の学生を対象にしたアンケート調査で、中国への武力行使も辞さないとする学生は8割を超えていた。日本最高の英知ですら、このような偏った考えに支配されていたのである。満州事変から日中戦争へと発展したのは、旧日本軍の独走だけではなくて、軍部を間接的に支持した一般国民世論があったからである。日本の敗戦70年、中国における抗日戦争勝利・反ファシスト戦争勝利70年を2015年に迎えたが、私たち日中韓三カ国の国民はお互いに偏見と憎しみを減少し、理解と協力を増進させる努力をすべきである。真の国民相互理解を構築していくために、大学人、教育者の責任は重い。