【16-04】日中の就学前教育への私感

2016年11月10日

朱新林

朱新林(ZHU Xinlin):山東大学(威海)文化伝播学院 副教授

中國山東省聊城市生まれ。
2003.09—2006.06 山東大学文史哲研究院 修士
2007.09—2010.09 浙江大学古籍研究所 博士
2009.09—2010.09 早稻田大学大学院文学研究科 特別研究員
2010.11—2013.03 浙江大学哲学学部 補助研究員
2011.11—2013.03 浙江大学ポストドクター聯誼会 副理事長
2013.03—2014.08 山東大学(威海)文化伝播学院 講師
2014.09—現在 山東大学(威海)文化伝播学院 副教授

 2009年9月から10年9月までの1年間、中国国家留学基金管理委員会の選出で、共同で博士課程の学生を教えるため、早稲田大学文学研究科に1年間留学したことがある。その1年間の留学生活で私の研究視野は大きく広がり、研究の大きな助けとなった。博士課程で学んでいた時から、私は漢籍「玉燭宝典」に注目していたが、その写本は日本にのみ現存している。留学期間中、私は関連資料の収集に着手した。その際、それらの資料をまとめ、専門の研究者に使ってもらえるような権威ある書籍を出版したいという思いを抱いた。別の角度から見れば、これも中日文化交流の典型的な事例になると考えている。古典籍の動きは、文化がぶつかり合い、混ざり合うことを最もはっきりと体現する例と言えるからだ。13年にこの作業を初めてから、教育や科学研究の各種活動に忙しくなり、書籍にまとめる作業は思ったようには進まなかった。これも、今回早稲田大学に訪問学者として来日した主な理由でもある。この貴重な1年間を利用して、学術の分野の夢をかなえたいと考えている。

  妻が妊娠中で、高齢な両親も色々と不便なため、今回は長男と共に日本に来た。自分の研究をいち早く始め、子供に適切な居場所を見付けるため、来てからすぐに幼稚園入園の各種手続きを進めた。現在、子供が幼稚園に入園して1ヶ月以上が経ち、幼稚園で学ぶ過程において実に様々なことがあり、私自身も色々と感じることがあったため、この文を書くに至った。

  日本の就学前教育と中国の就学前教育は全く異なる。幼稚園にいる時間の長さやその活動内容が異なるだけでなく、さらにそのコンセプトが大きく異なる。以下、私が感じた幾つかの点を紹介したい。

  第一に、平等の観念。幼稚園や小学校の入園、入学は、例外なく年齢に基づき行われ、全ての子供が年齢に応じて、決められた校区内の幼稚園、学校に通う。もちろん、選択の自由はあるが、行きたい幼稚園などがある場合は抽選が行われる。幼稚園では、全ての子供が平等で、先生が色眼鏡で子供を見ることはほとんどない。私が最も印象深かったのは、子供が通う幼稚園と併設されている小学校で運動会が行われた際、幼稚園の園児も参加した時のことだ。運動会は10月初めに行われたものの、その日はまるで夏のように暑かった。運動会の途中で、小学校の校長先生が杖をつきながら幼稚園児のところに来て、身をかがめて子供一人一人に、暑くて体調を崩していないか尋ねていた。これは、平等という観念の現れであるだけでなく、人としての細やかな気配りでもある。子供たちを前に、校長先生は指導者としてではなく、一人の年長者として振る舞っていた。人間性という角度から見て、心の奥深くにまでその思いが感じられる行為だ。

 外国人である私が、居住する区の役所で手続きをしていた時にも、平等という観念を体験した。区の規定では、国民健康保険料を納め、関連の条件にマッチしていれば、外国人の子供であっても、児童手当の受給など、日本人と同じ待遇を受けることができる。また、区役所が通知の葉書きなどを自宅まで郵送してくれるため、そのような機会を逃してしまうことを心配する必要もない。ほとんど全ての過程がマニュアル化され、成熟しているだけでなく、規定も細かくはっきりしている。全ての人がそのマニュアルに応じて手続きを行い、規定に適合してさえいれば、スムーズに手続きを進めることができる。特殊な事情を理由に、特殊な手続きを踏む必要はほとんどない。

中国では制度の下、たくさんの幼稚園が設置されているが、徹底的な実行という点では、まだ大きな改善が必要だ。中国の幼稚園も、校区制を採用しているが、各幼稚園のハードとソフトの建設には善し悪しがあるため、保護者の多くは何とかして、自分の子供を多くの人に認められている校区外の幼稚園に入れようとする。そのようにすると、校区制の秩序は保たれず、それは説得力を失う。根本的に言うと、社会において不平等な考え方が根強く、就学前教育の安定した実行を妨げている。

 中国では幼稚園で学ぶ過程において、よくやっている先生も多く、うまく子供の世話をし、子供の心を掴もうと努力している。しかし一方で、能力・資質に問題がある先生も少なくない。そのような先生は、業務能力が低く、平等という基本的な考え方に欠け、高慢で、身をかがめて子供の声を聞くことができないため、子供と意思の疎通をうまく図ることができない。

  第二に、子供が自信を持てるよう助けることを重視している。私の子供は通い始めた日から、この幼稚園をとても気に入っている。子供は一番の「外交家」で、この幼稚園の先生や環境が息子にとても引き付けるものを与えてくれたに違いないと思う。夜寝ている時も、何度も夢を見ながらとても楽しそうに笑っている。楽しい幼稚園の夢を見ているに違いない。幼稚園の教育理念は、平等をカギとして子供らしさを引き出してあげることで、それを基礎に子供が自信を持てるように助けている。そのため、教室の中でも、運動場でも、心から出た「がんばれ」や「すごいね」などの励ましや褒め言葉がよく聞こえてくる。子供が成長する過程において、そのようにすることが、子供の自信を育てる一番良い方法であることに疑問の余地はない。効率や利益だけを追求したり、競争をあおったりする雰囲気は幼稚園になく、先生が子供の欠点を見て、それを公然と批判することもない。そこにいるのは、かわいい子供たちだからだ。子供たちは自信があれば、最終的に勇敢であたったり、粘り強くあったりできるようになり、ポジティブで、責任感を持つこともできる。

  中国にも、子供にとっては自信や励ましがとても大切であることに気付き、その面における教育に励んでいる公立の幼稚園もある。しかし、全体的な環境の影響から、ほとんどの幼稚園は、知識を学習する能力を重視し、子供がスタートラインに立つ前に差をつけられてしまうことばかり恐れている。そのため、中国には、「幼稚園と小学校とつなぐ」とうたった塾がたくさんある。本来、子供は学校に通い始める前には、遊ぶことで知識を増やし、喜びを得るべきで、勉強は小学校に入ってからするべきことだ。中国のような状況下では、子供らしさが押さえつけられ、あまりにも早くから大人の世界の理念を教えられることになってしまうことは明らかである。私は、子供の頃をそのように過ごしても楽しくないと思う。

  私は、子供が自信をつけるには、自分で何でもできる能力を育てることが必要だと思う。日本の幼稚園は自分で何かをする能力を育てることを重視している。例えば、幼稚園に行く時も帰る時も、子供たちは自分の物を種類ごとに分けて、自分で持ち、とても秩序正しい。中国では計画出産政策が実施されているため、1970-80年代に生まれたほとんどの人が一人っ子で、両親や祖父母など皆が一人の子供をかわいがり、子供の学校の行き帰りにも、保護者がいろんなことをしてあげるという光景をよく見かける。そうしていると、子供は親たちが自分のために何かをしてくれるのが当たり前と思うようになる。そうなると、根本的に、子供が自分で何かをする能力を育てるのが難しくなる。自分で何かをする能力は、自信の源であるにもかかわらずだ。

  第三に、手を動かして何かを作る能力を重視している点。子供が入園したばかりの頃、私は宿題がたくさんあったらどうしようと心配していた。なぜなら、子供が中国で幼稚園に通っていた時、毎日、先生は保護者が子供と一緒に作る工作の宿題を出していたからだ。本来は、子供が自分で何かをする能力を育てるためのものであるものの、結局たくさんの事を親がしていたため、親としては困惑していた。子供が遊びや何かを作ったりすることを通して知識を得るという本来の目的を達成することはできていなかった。そのような中国での経験があったため、子供が日本の幼稚園に通い始めた時、同様のことがないかをいささか心配していた。しかし、実際には、心配は杞憂にすぎなかった。幼稚園は、手作りする授業を通して、子供が何かを作ったりする能力を身に付け、子供自身の心の世界を表現できるようにしている。手作りの過程では、子供たちは、ほぼ全てのことを自分でし、保護者が一緒にする必要はない。また子供が通っている幼稚園には幸運にも保育サービスがあり、子供は午後の時間を使って自分で一つの物を完成させることができる。毎日、幼稚園から帰る時に見せる達成感と喜びあふれた表情に、私も子供の世界が羨ましくなるほどだ。このような手作りを通じて、子供たちはより自然な状態に近づき、効率、利益や目的ばかりを求める状態から離れ、子供らしさを存分に発揮できる。これこそが、少年時代の最も貴重な宝だ。

  最後に、秩序を重視している点。一つの国の国民全体の民度を向上させるためには、赤ちゃんから着手しなければならない。まず、教えるべきなのは秩序だ。秩序正しくなければ、社会全体を調和、安定させることはできない。私が最も印象深かったのは、子供がある時幼稚園に一番に到着し、外で遊んでいた時のことだ。その時、別の子供が到着し、自分が「一番だ」と言うと、その子の母親が「二番目だよ」と教えていた。このような言葉と自らの行いで秩序を守るよう教育する方法には敬服させられる。秩序を守るというのは、本来は人の基本的な素養であるはずで、現在中国ではずっとそれが話題になっている。

 中国が今直面している問題はたくさんあり、中でも特に注目されているのが、秩序の構築だ。例えば、列に並ぶことは、今でも実際の行動としては徹底されていない。また、秩序を守らないことが原因で、社会でも多くの問題が発生し、社会全体の雰囲気も重苦しくなっている。このような状態は、国家の建設にとって、非常にマイナス要素となるのは確実で、国家の前途を暗くし、懸念を抱かせる。中国の幼稚園の教育は、秩序の構築の面で、依然として大きな改善の余地がある。多くの保護者は、自分の子供が後れを取ることを恐れて、なんとかして前に入れようとする。そのような行為自体も秩序を乱すことになる。

 中国には、「他山の石、以(もっ)て玉を攻(みが)くべし」という諺がある。中国の急速な経済発展の過程で生まれた、競争や効率、利益だけを求める精神が既に子供たちの世界にまで侵入し、これは子供にとっては最大の敵となっている。次世代が中国の希望であることは間違いない。そのため、就学前教育学や小学校の教育は、基礎教育の中でも特に大切な部分で、中国の未来の方向を決める重大事項でもある。もちろん、中国の多くの幼稚園や小学校の教育関係者、保護者もこの問題に気付いている。しかし、その解決という点では、無力だ。子供たちの就学前教育の改革のためには、まず観念の改革が必要で、観念の改革は一夜にしてできるものではない。それを行うには、中国の教育関係の改革者のさらなる関心と責任感が必要であると、私は考える。


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