【18-05】西安における日本語教育の現状

2018年9月28日

市来 弘志

市来 弘志: 陝西師範大学外国語学院日語系外籍教師

略歴

昭和41年生まれ。学習院大学文学部、大学院人文科学研究科卒業。博士(歴史学)。専攻は中国魏晋南北朝史・歴史地理。陝西師範大学留学後、学習院大学非常勤講師等を経て、平成24年より現職。

著書

東洋文庫中国古代地域史研究班編『水経注疏訳注(渭水篇 上)』(共著)(財団法人東洋文庫、平成20年)、『水経注疏訳注(渭水篇 下)』(共著)(財団法人東洋文庫、平成23年)、並木頼壽・杉山文彦編著『中国の歴史を知るための60章』(項目執筆)(明石書店、平成23年)

 陝西省西安市は中国西北部の中心都市であり、今世紀に入ってからは「西部大開発」政策、近年は「一帯一路」政策の進展に伴って、急激な発展を遂げている。日本人にとって西安は何と言ってもいにしえの長安であり、日本とは歴史的にも文化的にも深い繋がりを持っている。

 西安は日本語教育が盛んな街である。ここでは西安における日本語教育の現状について簡単に紹介したい。

日本語教育機関の状況

 西安は北京、上海に次いで中国で3番目に多くの大学がある文教都市である。現在は公立私立を合わせて西安市内の15大学に日本語学科が設置されている。設置大学は以下の通りである(50音順)。

  • 西安外国語大学
  • ⻄安外事学院
  • 西安工業大学
  • 西安交通大学
  • ⻄安交通⼤学城市学院
  • ⻄安財経大学
  • 西安電子科技大学
  • ⻄安培華学院
  • ⻄安⽂理学院
  • ⻄安翻訳学院
  • 西安理工大学
  • ⻄北⼤学
  • ⻄北⼯業⼤学明徳学院
  • 陝⻄師範⼤学
  • ⻑安⼤学

 また西安市以外にも陝西省内の以下の大学に日本語学科が設置されている。

  • 渭南師範学院(渭南市)
  • 延安⼤学(延安市)
  • 咸陽師範学院(咸陽市)
  • 西蔵民族学院(咸陽市)

 この中で最も学生数が多いのは西安外国語大学で、総計1500人余りと圧倒的な規模を誇る。そのため西安外大の日本語教育部門は、日本語学科(日語系)ではなく学部格の日本文化経済学院となっている。また西安翻訳学院の学生数も300人を超えている。これ以外の大学の学生数はおおむね100人程度である。また幾つかの大学では大学院も設置している。これを総計すると、西安で日本語を専門的に学ぶ学生は3000人規模となる。また多くの大学では第二外国語として日本語を設置しており、履修学生は日本語専攻学生の人数を上回る。大学以外に西安外国語大学付属西安外国語学校(小中高一貫)及び西安交通大学付属中学(中高一貫)でも日本語教育を行っている。さらに幾つかの専門学校でも日本語コースを設けているので、これらを含めると、西安における日本語学習者は相当数に上る。西安に日本企業は多くないため、企業内の日本語教育は微々たるものであり、基本的に教育機関、特に大学に集中しているのが西安における日本語教育の特徴である。

 日本語学科入学者数は近年横ばいだが、一部の大学では激減しており、募集停止や隔年募集にした所もある。日中関係の悪化や、それに伴い日本語人材の就職が不利になったことの影響と考えられる。

 このような西安の日本語教育は、1975年に西安外国語大学の前身である西安外国語学院に俄日語系(ロシア語・日本語学科)が設置されたことに始まる。続いて1982年に西北大学日語系、1985年に西安交通大学に科技日語専攻が設置された。西安交通大学はもともと理科系の大学であるが、日本の科学技術を学ぶために日本語学習が行われた。21世紀に入り中国の大学が拡大路線に進むと、多くの大学に日本語学科が設置された。例えば私の勤務校である陝西師範大学には1972年に外国語言文学系が設置されたが、専攻は長く英語とロシア語の2つだけで、日本語学科が設置されたのは2004年である。西安の日本語教育には長い伝統があるが、現在のような隆盛を見るに至るのは比較的日が浅いと言って良いだろう。

学生の傾向と学習活動

 中国第三の文教都市である西安には、各地から学生が集まってくる。日本語学科も例外ではなく、北は東北地域から南は雲南、西は新疆まで実に広範囲にわたっている。その中でも西北地域(陝西・甘粛・寧夏・新疆・青海)および近隣の河南省、山西省、四川省の比率が高く、特に地元陝西省出身者は相当数を占める。逆に東部沿海地域出身の学生は少ない。

 日本語学科に入学する学生に志望動機を聞いてみると、やはりアニメなどの影響が圧倒的に大きい。高校生あるいは小さい頃から日本のアニメやドラマを見続けているため、入学時には既に簡単な会話ができ、聞き取り能力も高い学生もいる。このような学生は学習意欲があり、日本語能力は日を追ってどんどん上達していく。その一方で、本来日本語学科志望ではなく、入学試験の成績によって第二志望、第三志望に変更させられてきた学生も少なくない。大学によってはその比率が半分にも及ぶところもある。このような学生は当然だが初めはやる気がなく、日本語にいかに興味を持たせ学習意欲を高めるかが、各大学の共通の悩みとなっている。多くの学生は学ぶにつれて次第に日本や日本語に興味を持ってくるが、中には結局2年生になって転科してしまう者もいる。

 その反面、日本語学科以外にも日本語を学ぶ学生はかなりいる。アニメ等への興味から趣味的に学ぶ者もいれば、専攻分野に関連する日本の研究を学ぶためという者もいる。中には非常に日本語能力が高く、交換留学などで日本に行く学生もいる。多くの大学で行われている日本語コーナーの常連は、じつはこういった日本語学科以外の学生である。

 先述のように西安では多くの学生が日本語を学んでいるが、学習環境としては不利な点がある。西安には日本人が非常に少ないということである。日本企業駐在員、日本語教師、留学生、配偶者が中国人といった人を併せても、西安在住日本人は200人足らずで、日本語学習者より遙かに少ない。学生が普段接する日本人は日本人教師や一部の留学生に限られ、日本の大学等との交流や短期留学生の受け入れなどもあるにはあるが、多くの学生が日本人と頻繁に会話する機会を持たないままである。このような環境にもかかわらず、学生達はよく頑張っている。中国の大学生は概してまじめだが、西北地域は特に素朴で保守的な傾向があるので、素直に教師のいうことを聞き、まじめに努力する学生が多いと常日頃感じている。

 西安の多くの大学には日本語学科があるため、日本人教師も少なくなく、現在30人近くを数える。また日本語教育に従事する中国人教師はかなりの人数に上る。2005年に「西安市日本語教師会」が設立され、その後「西安日本語教師会」として中国人教師にも広く門戸を開き、活動を継続している。現在は私が第5代会長を務めさせて頂いている。

 2010年には日本語教師会が中心となり西安交通大学において「第1回西安日本語アフレコ大会」が開催され、今年2018年4月で第9回を迎えた。アニメを切っ掛けに日本語に興味を持った多くの学生にとって、アフレコは最もしたいことであり、毎回実によく準備した学生達が見事な演技を見せ、今や西安日本語教育界において最も盛り上がりを見せるイベントの一つに成長した。私は第3回からこの大会を見ているが、学生達の日本語の発音の正確さだけでなく、驚くほどの演技力に感嘆させられる。中国各地で日本語アフレコ大会は開かれているが、手前味噌ながら西安のレベルは相当高いのではないかと思う。アフレコ大会は第1回から4回まで西安交通大学で開かれ、第5回以降は西安の各大学持ち回りで、西安日本語教師会と開催校の共催という形で行われている。歴代の開催校は、第5回・西安外事学院、第6回・西安外国語大学・第7回・西安翻訳学院、第8回・陝西師範大学、第9回・西安交通大学である。

 陝西省と京都府、西安市と京都市は姉妹都市なので、陝西省では京都府等の後援を得て、2011年まで17回に渡って「陝西省大学生日本語弁論大会」が開催されていたが、2012年の反日暴動を切っ掛けに中断し再開のめども立たない状態となっていた。そこで西安で日本語を学ぶ大学生の日本語能力向上のため、西安日本語教師会でスピーチ大会を立ち上げる気運が高まり、2014年から当時の木村幸行会長(西安外国語大学)を中心に、運営方法や審査基準などについて入念な準備が行われ、2015年に⻄安培華学院で「第1回西安日本語スピーチ大会」が開催された。第2回は陝西師範大学、第3回は「陝西日本語スピーチ大会」として西北大学で開かれ、今年10月には第4回が西安翻訳学院で開催予定である[1]。これら西安日本語教師会主催のイベントは、会場校やご後援くださっている西安日本人倶楽部等のご支援があるとはいえ、先生方のボランティアで運営されている。各先生方の献身的なご努力に、この場を借りて篤くお礼申し上げたい。なお長く中断していた「陝西省大学生日本語弁論大会」は、2017年にこれを継承するという趣旨の「陝西日本語プレゼンテーション大会」として装いも新たに開催され、本年も11月に西安外国語大学で開催予定である。

 また日本経済新聞社・中国国際交流協会主催の「全中国選抜日本語スピーチコンテスト」は、毎年5月に西北地区予選が行われ、各大学の精鋭が参加してレベルの高いスピーチが展開される。各予選の上位2名は、7月に東京で行われる決勝大会に参加できる。2017年には西安交通大学の陳星竹さんが、西北地区代表として初めての全国優勝を成し遂げた。西安の日本語教育のレベルの高さを示してくれたと、大学を問わず西安の先生方で喜び合ったものである。

 ただ一般的に西安の学生達は、まじめで熱心に勉強するのだが大人しくて積極性に乏しく、強烈な個性を持った人は少ない。そのためこういった全国レベルの競い合いになると概して弱いと言われる。これは大学教育だけでどうにかできるわけではないし、別に悪いことでもないのだが、西安の学生の大きな特徴とは言えるだろう。

卒業後の進路

 西安は古代の長安であり中国で最も長い歴史を持つ古都である。観光資源も豊かで、1980~90年代には日本人観光客が引きも切らなかった。そのため西安で日本語を学んだ学生にとって観光産業は有力な就職先で、特に日本語ガイドはオンシーズンの半年で1年分の収入を稼ぐ良い仕事と言われていた。しかし日中関係が冷え込むと共に日本人観光客は激減し、西安に進出していた観光関係の日本企業の多くも撤退したため、観光業への就職口は少なくなった。他の業種の日本企業も決して多くはないため、今や西安で日本語を直接活かす仕事を見つけるのは容易ではない。

 その結果、近年では日本語を専攻した学生の卒業後の就職進路は大きく二つに分かれることになった。一つは西安を離れ、日本語人材を求める中国沿海部で就職する道。もう一つは西安を始めとする出身地に近い地域で、日本語と関わりのない仕事に就く道である。西安を離れる学生は、やはり北京、上海、広東省や江蘇省、浙江省、山東省などに集中する傾向がある。これらの地域で日系企業や日本と関連する企業に就職するケースが多い。職種は製造業、IT関係、観光業、教育産業等様々である。

 地元に残る学生の状況や比率は大学によって大きく異なるので一概には言えないが、陝西省出身の学生は地元に残る比率が比較的高いように思われる。陝西八大怪(陝西八大不思議)の一つに「姑娘不対外」(娘は外地に嫁がない)という言葉が挙げられるように、陝西省ではかつて女子が家を離れて遠くに行く事を好まない風潮があった。日本語に限らず外国語を学ぶ学生は女性が非常に多いため、地元を離れて就職する事への抵抗感が依然としてあるのかもしれない。しかし近年はさすがにそこまで保守的な雰囲気は少なくなり、状況は変わってきている。

 また卒業後に大学院進学を選ぶ学生も増加している。中国の大学院に進む者もいれば、日本の大学院に進学する者もいる。中国の大学院に進む場合、成績の良い学生は大学からの推薦を受けて優先的に進学できる制度があるが、その数は限られており、それ以外の学生はまず12月末に行われる全国統一の大学院進学試験を受け、その成績と各大学院の面接などにより合否が決まる。大学院進学希望者は近年増加して競争が厳しくなっており、進学を望む学生は受験勉強にいそしむことになる。

 日本の大学院に進学する場合は幾つかの方法がある。日本の大学院には外国人入試を実施している所もあるので、この試験を受験するケースがある。また研究テーマが決まっている場合は自分の専攻に相応しい日本の指導教授を見つけ、連絡を取って承諾をもらい、まず研究生として半年から1年ほどその教授の下で学んだ後、正規の大学院試験を受験してあらためて進学するケースも少なくない。この例は近年増加している。最初に日本の語学学校に入って、その後大学院を受験するというケースもあるが、これは日本語専攻以外の学生がよく利用する方法である。また仲介業者を通して進学先を探す学生もいる。なお日本の大学院に進学する場合、文化系ではN1(日本語能力試験一級)合格は必須で、大学によっては高得点を求められるので、既にN1に合格していてもそのために再受験する学生もいる。日本の大学院は少子化等の影響で進学者が減っているので、外国人留学生を積極的に受け入れる傾向にある。中国は豊かになってきたので、留学の学費や生活費に困らない学生も多くなり、日本の大学院への進学者は増加している。

 大学院進学者は卒業後、学部卒業者より有利な条件で就職することができ、日本語に関連する仕事も見つけやすい。修士卒業で就職する者も少なくないが、近年は博士課程への進学者も増えている。卒業後日本語教師になりたい学生も実はかなりいるのだが、沿海部や東北地域と異なり、西北地域では中学高校で日本語教育があまり行われておらず、教師になるなら大学への就職を目指すことになる。この場合は博士号取得が必須なので、博士課程に進学する必要がある。

 このように学生の卒業後の進路は、いくつかの方向に分かれるのだが、大学院進学の比率が高くなっているのが近年の傾向である。

 以上のように、西安では大学生を中心に多くの人が日本語を学んでいる。日本人が少ない、西安に日本語関連の就職先が少ない、といった、決して恵まれた環境でないにもかかわらず、努力を続ける学生達には心から敬服するし、また将来彼らが活躍するのを頼もしく思う。

 日本にインターンシップに行った学生が「西安から来ました」というと、「どこですか」と聞き返されることが最近多いという。「昔の長安」と言えばわかるそうだが、日本において西安の存在感が薄れているのは誠に寂しい。西安には日本語を学び日本に熱い視線を送っている多くの若者がいることを知って頂ければ幸いである。


[1] 西安日本語教師会の活動の詳細については、木村幸行「西安日本語教師会について」(『アジア・文化・歴史』第6号、2017年7月、アジア・文化・歴史研究会発行)を参照されたい。


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