【14-02】中国で、強制連行・強制労働損害賠償請求相次ぐ提訴―最悪な日中、日韓関係の改善のためには靖國問題の解決が不可避―

内田 雅敏(四谷総合法律事務所 弁護士)  2014年 4月17日

内田 雅敏

内田 雅敏:四谷総合法律事務所 弁護士

1945年生まれ、1975年東京弁護士会登録。
日弁連人権擁護委員会委員、同接見交通権確立実行委員会委員長、関東弁護士会連合会憲法問題協議会委員長を経て、現在、日弁連憲法委員会委員、花岡平和友好基金委員、西松安野友好基金運営委員会委員長、専修大学非常勤講師、弁護士としての通常業務の他に、中国人強制連行・強制労働問題など戦後補償問題、靖國問題などに取り組む。
著書:『弁護士―法の現場の仕事人たち』(講談社現代新書、1989年)、『「戦後補償」を考える』(同、1994年)、『「戦後」の思考―人権・憲法・戦後補償』(れんが書房新社、1994年)など。

1.最悪な日中、日韓関係

 中国で、戦時中の中国人強制連行・強制労働による損害賠償請提訴が相次でいる。また韓国側との連携も見られる。中国政府の対応の変化が理由だ。従来、中国政府は、強制労働問題、慰安婦問題、毒 ガス放置などの三つについては、歴史遺留問題として適切な解決がなされることが望ましいと述べては来たが、国内での提訴については、これを受理しないとする態度をとってきた。ところが受理するようになった。尖 閣諸島、竹島などの領土問題、従軍慰安婦問題、靖國神社参拝問題等が原因だ。中国を挑発した石原都知事(当時)、靖國神社参拝に踏み切った安倍首相の責任は重い。同時に、こ れ幸いと中国民衆を煽る中国の軍事膨張論者たちの責任も重い。2013年12月30日付、米ウォール・ストリート・ジャーナルは「現職の首相として、2006年以来初めてとなる安倍首相の靖国参拝は、日 本の軍国主義復活という幻影を自国の軍事力拡張の口実に使ってきた中国指導部への贈り物だ」と指摘している。

2.日中共同声明による戦争賠償請求権の放棄

 中国人強制連行・強制労働・受難者及び遺族らによる戦争被害賠償請求に対して日本政府、加害企業らは、1972年の日中共同声明によって、中国政府は賠償請求権を放棄しており、こ の問題は解決済みであるとしている。

 幕末、列強に開国を強いられ、不平等な条約を締結させられたことに憤激した吉田松陰は、師である信州松代真田藩出身の洋学者佐久間象山に、「……国力を養い、取り易き朝鮮、満州、支那を切り随え、交易にて魯、墨に失う所はまた土地にて鮮満に償うべし……」と書き送った。「それでは間違いができる」と象山は諭したが、残念ながら日本の近・現代史は象山の憂慮したとおりの「間違いの道」を歩んだ。1895年、日 清戦争後の下関条約で、日本は、中国から台湾、澎湖島を取り、更に、当時の日本の国家予算(約8000万円)の4倍強に当たる2億両(テール)(約3億6000万円)もの賠償金を取った。第1次世界大戦中の1915年、欧 州動乱のドサクサに紛れて、不法にも、「対華二十一ヶ条の要求」を中国に突きつけ、呑ませた。福沢諭吉の言う「我國は隣国の開明を待て共に亜細亜を興すの猶豫ある可らず。寧 ろ其伍を脱して西洋の文明國と進退を共にし、其支那朝鮮に接するの法も隣国なるが故にとて特別の會釋に及ばず、正に西洋人が之に接するの風に従て処分す可きのみ。悪友を親しむ者は、共に悪名を免かる可らず。我 れは心に於て亜細亜東方の悪友を謝絶するものなり」の実践に他ならなかった。

 中国革命の父孫文は、死の前年、1924年、日本に「西洋帝国主義の番犬となるか、あるいは東洋王道の前衛となるか」と警告を発したが、日本の中国大陸に対する蚕食は、やむことがなかった。1931年の「 満州事変」、1937年からの「日華事変」等々、近・現代において日本が、中国に対してなした「仕打ち」は凄まじいものであった。

 日本の民衆が、このことを忘れても、中国民衆は、忘れるはずはなかった。彼らが、1945年8月15日、日本敗戦により「さあ、今度は俺たちが、日本に請求する番だ」と思ったのは当然であった。しかし、1 972年、日中国交正常化に際し、中国の周恩来総理は、

  1. 日本の民衆も、中国の民衆と同じく被害者だ。日本軍国主義の指導者と、日本の民衆を分けて考えなくてはならない。
  2. 賠償請求によって、苦しむのは日本の民衆だ。苛酷な賠償に苦しんできた中国民衆は、そのことがよく分かっている。
  3. 中国は、日本からの賠償を得なくても国家を建設し得る。

 等々中国民衆を説得した(抑え込んだ)。日中共同声明前文で「日本側は過去において、日本国が戦争を通じて中国国民に重大な損害を与えたことについての責任を痛感し、深く反省する」述べ、こ れを受けて中国側は、本文第5項で、「中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求の放棄を宣言する」とした(【注】)。当時、中国は、対 外的にはソ連と深刻な対立状態にあり、早急に日中国交正常化図る必要があったという事情も日本側に有利に働いた。

3.安倍首相の靖國神社参拝は日中共同声明違反

 このような経緯からすると、先の戦争をアジア解放の「聖戦」だと主張する靖國神社に東条英機らA級戦犯が「護国の英霊」として合祀され、そこに日本の首相らが参拝することは、中国とすれば、話 が違うのではないかと云うことになるのは当然であろう。

 安倍首相の靖國神社参拝には、中国、韓国はもちろん、欧州からも批判が起こり、米国は「失望した」というコメントを発した。靖國参拝について《戦没者の追悼・慰霊はどこの国でもやっていることで、批 判される筋合いのものではない。内政干渉だ》と声高に語る人々がいる。韓国、中国らの批判は、靖國参拝に対してなされているのであって、死者に対する追悼、慰霊が批判されているのではない。中国、韓国が、毎 年8月15日に日本政府主催で行われる「全国戦没者追悼式」を批判したことはない。靖國神社は、アジア・太平洋戦争は、侵略戦争でなく、植民地解放のための聖戦だった、と世界で通用しない特異な歴史観に立つ。 

 私達は、アジアで2000万人以上、日本で310万人の死者をもたらしたあの戦争の「敗北を抱きしめて」(ジョン・ダワー)、前文に「政府の行為によって、再 び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し」と謳った憲法を制定し戦後再出発した。1972年田中内閣の日中共同声明、85年の中曽根首相の国連総会演説、95年の村山首相談話は、前 記憲法前文の精神を受け継いだものだ。村山首相談話は、98年、小淵内閣の日韓共同宣言、2002年、小泉内閣の日朝平壌宣言、12年、韓国「併合」100年を迎えての菅直人首相談話等に引き継がれており、日・中 ・韓・朝間での国際合意だ。

 靖國神社の歴史観はこの国際合意と真逆の関係に立つ。靖國問題の本質は、A級戦犯の合祀にあるのでなく、A級戦犯合祀にふさわしい靖國神社の「聖戦」という歴史観にこそある。安倍首相の靖國神社参拝は、日 中共同声明に違背する。それは同時に「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し」(憲法前文)て出発した日本の戦後の歩みを否定するものである。

 今、強制連行・強制労働を巡って、中国で相次いで提訴がなされていることは理解できなくはない。しかし、これらの提訴が反日のナショナリズムを背景とするものであれば、歴史問題の真の解決には資さない。日 本の侵略と植民地支配によって、アジアの民衆が大きな被害を蒙ったことは、否定しがたい歴史的事実であり、今もなお、この被害についての手当がなされていない以上、条約がどうであれ、法律がどうであれ、受難者・遺 族らに対しては、何らかの慰藉の手立てが講じられるべきだ。歴史問題の解決には、被害者の寛容と加害者の慎みと節度が不可欠だ。領土問題は、相手のあることだから日本側だけでは解決できない。靖國問題は、歴 史に真摯に向き合う姿勢があれば、日本側だけで解決可能だ。歴史問題は裁判でなく、和解による解決こそが望ましい。

【注】 日中共同声明で中国政府が放棄したのは国家の請求権だけであって、個人の請求権は放棄されていないという見解がある。日本政府自身が、原爆被害者からの国家賠償請求に対して、サ ンフランシスコ講和条約で、日本政府が放棄したのは、国家の請求権についてのみであり、個人の請求権に関しては、外交保護権を放棄したのであって、請求権そのものを放棄したのではないと、国 家の請求権と個人の請求権を分ける考え方をしていた。


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