【14-06】黄土高原で緑化協力に取り組む(その2)

2014年10月21日

高見邦雄

高見邦雄(TAKAMI Kunio):認定NPO法人緑の地球ネットワーク 事務局長

1948年生まれ。東京大学中退。日本と中国の民間交流活動に従事した後、1992年緑の地球ネットワークの設立に参加し、中国・大同市における緑化協力を担当、事務局長。著書『ぼくらの村にアンズが実った』(日本経済新聞社)は、中国版と韓国版も出版されている。友誼奨(中国政府)、栄誉市民(大同市)、緑色中国年度焦点人物(全国緑化委員会、国家林業局等)、外務大臣表彰、JICA理事長表彰など受賞

その1よりつづき)

果樹を植え、農村の教育を支援

 農村で実施しているもう一つのプロジェクトに小学校付属果樹園がある。

 1990年代まで、大同市の農村部はほんとうに貧しかった。1993年の秋、あちこちの農村を歩いていた私は、霊丘県南部の山村を訪れる偶然の機会をもった。同行していた青年団大同市委員会の幹部が、都市の人たちが農村の教育を支援する「希望工程」を計画するため、上寨鎮下寨北村を訪れることになり、それについて行ったのだ。

 想像を超える貧しさだった。住民一人あたりの年間所得は、わずか230元だと紹介された。小学校に教室は一つしかなく、1年生から3年生まで30人ほどを一人の先生が教えていた。冬には零下30度近くになるのに、窓は障子張りで、穴だらけだった。天井から裸電球が1個吊るされているだけで、教室は薄暗かった。

 4年生以上はどうしているか先生に尋ねると、高学年を教えることのできる教員をこの村では確保できない、郷政府のある大きな村の学校に通っている、どれだけの子が通っているか自分にはわからない、とのことだった。

 村を歩くと、学校に行っていない子に何人も出会った。「どうして学校に行かないの?行きたくないの?」ときくと、うつむいて涙を流す子、「行きたい!」と言い捨てて走って逃げる子、反応はいろいろだが、どの子も学校に行きたいのだ。

 そして失学する子は女の子が多い。すべての子を通学させられればいいが、そうでない場合はやはり男の子が優先される。農家の土塀などに「文盲を娶るな!」などと書かれているのは、女の子にも教育を受けさせないといけないことを、ちょっとひねって呼びかけているのである。

 そのような現実を前にすると、「地球環境のために木を植えましょう!」と訴えるのが空語に思えてくる。緑化協力を目的とするNGOはどう対処すべきだろうか。思いついたのが小学校付属果樹園の構想だった。果樹を植え、収益が上がるようになったら、その一部を学校に集め、失学児童の就学保障など教育支援に役立てる。

 この提案に青年たちはすぐに賛同してくれた。それが実現すれば、学校を建てるだけでなく、毎年の費用を捻出できる。しかし、村の長老たちからは猛反対があったそうだ。この一帯は日中戦争における激戦地で、大きな被害を受けており、その老人たちにとって日本軍を追い払ったことが人生最大の誇りだったのに、日本からの援助など受けられないというのだった。

 青年たちは諦めず、1週間以上も村に泊まり込み、一人ずつ説得して回った。最終的に「平和と友好の時代の象徴として小学校付属植物園を建設しよう」という決定がなされた。

 1994年4月、大同を訪れたボランティアツアーは強行日程を強いられた。その村の人たちから、「起工式に日本人が参加しないわけにはいかない」という誘いがあったのだ。

 植えたのはリンゴだった。村の大人たちが穴を掘り、日本人が植え、子どもたちが水をかけた。老人は周囲に座り込み、その様子を楽しんでいた。一回り大きな人垣ができたのは、噂を聞いて集まった周囲の村の人たちだった。

 村の人たちは私たちが渡した労賃を集め、ほかからも寄付を集めて小学校を建て替えた。9月にはタイル張りの瀟洒な学校が建っていたから、その冬、子どもたちは寒い思いをしなくてすんだ。

 残念ながら、この第1号プロジェクトは失敗した。自然条件はリンゴに適していなかったし、栽培経験のない人がいきなりリンゴに挑んだのも問題だった。山にマツを植えるのに比べ、果樹の栽培ははるかに複雑で、経験と技術を要する。

 その後も失敗はあったものの、小学校付属果樹園に取り組むことで、村の人たちと私たちとの距離が縮まった。子どもたちの作業への参加がとくにうれしく、ツアーに参加する若者も、老人も、それを大歓迎した。

成功し、大学生を送り出す村も

 成功するプロジェクトもでてきた。渾源県呉城郷呉城村はその典型である。この村は1994年春からアンズの栽培を開始しており、私たちはその数年後からこの村と協力を開始した。手腕のある女性郷長の指導を受け、植える前の準備が周到だった。いくつものグループに分かれて、アンズ栽培に経験のある河北省張家口市、保定市などの農村を訪ね、栽培の要点を学ぶことから始めていたのである。

 私たちが協力したのは小さな部分だが、村は独自に規模を拡大し、300ha、25万本を数えるまでになっている。

図5

図5 アンズを植える

 2004年7月、国連環境計画(UNEP)親善大使として加藤登紀子さんがこの村を訪れた。ちょうどアンズの収穫期で、しかもこの年は大豊作だった。

 村の幹部が加藤さんに紹介した。「以前はアワ・キビ・ジャガイモ・トウモロコシなどの雑穀を栽培していたが、1ムー(6.7a)あたりの収入は100元にしかならなかった。アンズが収穫できるようになって、収入が5~10倍に増え、いいところは20倍にもなった」

図6

図6 アンズの実

 「以前は小学校を卒業させるのもたいへんだったが、数年前から数人ずつ大学生を送り出すようになった。それもみな、あなたたち日本人のおかげだ。アンズを植えるのを応援してくれただけでなく、小学校付属果樹園にすることで教育の大切さを伝えてくれたのだ」

図7

図7 満開のアンズ

 しかし、問題は残っている。2011年から2013年にかけてアンズは大豊作で、多くの収入を村にもたらした。だが2014年は収穫がほぼゼロだった。この地方の農村も暖冬がつづき、アンズの開花時期が早まっている。2014年はとくにそうで、いつもの年の開花期は4月下旬なのに、4月10日には満開になった。そのまま温かくなれば問題ないのだが、5月3~4日に、氷点下5度まで下がってしまった。アンズは蕾が固いあいだは低温にきわめて強いが、蕾が膨らみ、開花してからは、零下2度だと影響を受けないが、零下4度になると凍って落ちてしまう。

 従来の品種は種のなかの杏仁を利用する仁用杏だが、果肉を目的とする品種のほうが開花時期が遅いので、新たにそちらを試みている。効果が確認できれば、接ぎ直して品種を更新する計画である。

その3へつづく)


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