【16-04】中華浪漫的STORY~旧満州生まれの八木信人氏~

2016年 9月 7日

八木信人

八木 信人:
北京オリジンPRコンサルティング会社 取締役会会長

1944年長春市生まれ。1966年北京大学政治学部卒業。株式会社ほしぎ・中国通信社・(株)東京丸一商事に務めた後、株式会社電通に入社する。電通を定年退職後、現 在では北京オリジンPRコンサルティング会社を設立し、取締役会会長となっている。

 1944年、私は旧満州国の新京(現在の長春)で生まれ、そこで生活をしていました。物事がわかるころになると、なぜ日本人の私たちが中国にいるのかを疑問に思い、父に聞いてみた事があります。父 は当時の事を振り返りながら、詳しく聞かせてくれました。今でもはっきり覚えています。

 1930年代、映画好きだった父は、日本から中国の旧満州(現在中国の東北地方)に渡り、「満映」に勤務するようになりました。 

 1945年8月15日に日本が無条件降伏する前後、父と母は様々な軍隊に遭遇したそうです。日本軍が撤収して間もなく進攻して来たのはソ連軍の部隊。ただし、これはソ連軍の正規部隊ではなく、急 遽ソ連の国内戦争で捕虜にしていた白軍の兵士を教育して組まれた部隊だった為か、彼らは突然家に押し入り物を奪う事が多く、父の大切にしていたドイツ製カメラも奪われたそうです。

 当時、長春にいた日本人女性は、日本人女性だとわかると暴行される事件が頻発したため、みんな丸坊主にしていたそうです。この後、すぐに正規のソ連軍が長春に進駐してきて、白 軍の犯罪者を粛清したのだそうです。

 父は言いました。「この状態がいつまで続くのかとビクビクしていたある日、朝起きると家の前の通りにズラッと多くの兵士が寝ていた。彼らは何なのだろう、家に押し入るでもなく通りに寝ている。怖 いから早くどこかへ行って欲しい、と思っていたところ、突然二人の兵士と少年兵が私たちの家の扉を叩いたんだ」。恐怖の中で幼い子供を抱えていた母は、彼らが何を言ってきても家に入れるものかと思い、拙 い中国語で「何ですか?」と尋ねたところ、彼らは「鍋を貸してくれないか」と言ってきたそうです。扉を開けると家に押し入ってこられると思った母は「ダメです!」と拒絶したそうですが、父が間に入り「 彼らは少し様子が違う。貸してあげなさい」と言うと、母は渋々鍋を貸してあげました。兵士は「感謝します」と言い、少年兵は満面の笑みを浮かべ敬礼して帰っていったそうです。

 しばらくすると外から良い香りが漂い、食料も底をつき始め空腹だった父たちには少しこたえたそうですが、彼らが乱暴な事をしなかったのでほっとした気持ちの方が強かったようです。

 その日の午後、また先ほどの兵士と少年兵が訪れ「鍋を貸していただきありがとうございました。とても助かりました」と、約束通り鍋を返しに来ました。鍋を受け取ると何故かズシリと重いので、蓋 を取ってみるとなんと、鍋一杯にご飯が詰められていたのです。それだけではなく、少年兵はどこから持ってきたのか「これはそのお礼です」と言って、大きな電球も一個くれたのです。長春の冬はとても寒く、そ の時にもらった電球がとても暖かく嬉しかったと母はよく話していました。

 その後、彼らの部隊からこの地域の指揮部として我が家の二階を貸して欲しいとの申し出があり、父が了承して提供することになったのだそうです。当時若かった母を少年兵は「姐姐(お姉ちゃん)!」と呼び、用 がない時でもたびたび遊びに来ていたのを、幼心に覚えています。

 その時の中国には多くの軍隊が存在した為、父はこの部隊がどこの軍に属するのか、何の目的で長春に進駐しているのか、その時はまだわかりませんでしたが、父はある日、彼 がこの部隊にいる理由を知る事になりました。この少年兵の村は日本軍により全て奪われ、殺され、焼き払われ、奇跡的に生き残った彼をこの部隊が見つけ、行動を共にするようになったのだという現実を。

 彼らの軍隊は中国共産党が指導する軍隊で、名前は八路軍。彼らの任務は日本軍を中国から追い出し、新しい中国を樹立することでした。その為に彼らは命をかけていたのです。

 父はもう一つ話してくれました。近所の人がある日、万年筆が無くなっている事に気付き「絶対にこいつら兵隊の誰かが盗んだに違いない!」と指揮部に怒鳴り込んだところ、部 隊長はすぐに兵士全員を整列させて、端から一人ひとり持ち物検査を始めました。その検査の厳しさに驚いた近所の人は、慌ててもう一度家に帰りくまなく探したところ、座 布団の下に失くしたはずの万年筆を見つけました。

 おどおどして部隊長に「本当にすみません。私の勘違いでした!」と伝えたところ「大切な万年筆が見つかって良かったですね」と、咎める事もせずに兵士を解散させたそうです。もちろん、他 の兵士も誰一人としてこの近所の人を咎めなかったようで、この日も彼らは前の通りで寝ていたのだそうです。

 父は言っていました。「私たちは皆日本人だ。私たちが軍部に属していないとはいえ、日本軍によって村を皆殺しにされ焼き払われたこの少年兵を始め、な ぜ彼らが私たちの事を人間として対等に接してくれるのかが、とても不思議だった」と。

 後から思うと、この時の経験が心に大きな感動を与え、これらの兵士たちを導く存在にひかれるようになり父は中国に留まる決意をしたのかも知れません。映画を愛した父はこの人たちに誘われ、戦 争の災禍から映画機材を守り、新中国の新しい映画製作所ー東北電影制片所の設立のために、中国に協力する多くの日本映画人と共に長春からさらに北へ移動したのです。

 父の決断で我が一家は全員中国に残ることになり、私は1967年9月に大学を卒業して、23歳にして初めて祖国日本の地を踏むことになったのです。


※本記事は『CKRM中国紀行』vol.02(2016年1月)「中華浪漫的STORY ~旧満州生まれの八木信人氏~」(pp.110-111)に掲載されている。


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